#20
ところが、と言うか当然、カダールに対するノヴァルナの答えは素っ気無い。
「はあぁ? 第二惑星がどうかしましたかぁ?」
「なッ!…にッ!?」
ナグヤ家はクーギス家と密約を結び、この星系の第二惑星に、自分達から奪った水棲ラペジラル人を使役させる『アクアダイト』抽出プラントを、極秘建造中ではないのか?…それをキオ・スー家に知られたくないのではなかったのか!?―――ヘルメットの中で血走った目を見開き、激しく泳がせるカダール。
ノヴァルナはそんなカダールの一縷の望みを、いとも簡単に打ち砕いた。
「あんな表面温度が五百度もある、炭酸ガスが大気の岩石惑星などに何の用もありませんが?」
「ぇあ!!??」
「ましてやこのMD-36521星系の恒星は、超高圧電磁波も放射しておりませんしぃぃぃぃ」
丁寧な言葉遣いがもう限界に近付いたのか、段々と口調が恣意的になって来るノヴァルナは、聞かれもしていない事まで言い放つ。『アクアダイト』産出の条件は、超高圧電磁波を照射される海洋惑星であるから、つまりそんな話は端からまるっきりのデタラメだと言っているのだ。
“は!…謀られた!!!!”
この時になってようやくカダールは、この星系での戦いが首尾一貫、自分達を罠に嵌めるために仕組まれたものである事に気付いた。あんぐりと開いたカダールの顎は、閉じる事を忘れたかのように震えたままだ。この失態が自分の家督継承とイル・ワークラン家そのものに、どれほどの不利益をもたらすかを想えば、卒倒しそうである。
だがノヴァルナは辛辣…いや、もはやそれを通り越して悪辣だった。
スロットルを加減しながら、『センクウNX』をカダールの『セイランCV』に近付かせ、まるで耳打ちでもするような光景を作り出すと、通信マイクに向けボソリと告げる。
「そう言えば、もしかするとあの“海賊共”…先日のキオ・スー城奇襲未遂事件とも、関わりがあるやもしれませんなぁ」
それを聞いたカダールは思わず「ううっ!」と呻き声を漏らした。ここでその話題を持ち出して来るのは、キオ・スー家をナグヤ家もろとも抹殺しようとした傭兵たちを、裏で操っていたのがイル・ワークラン=ウォーダ家である事を知っているに違いない。
ここでノヴァルナに脅されるまま、協定相手を討つのか?…いや、出来るはずがない。それなら目前の巨大戦艦『ヒテン』と、ノヴァルナの乗るBSHOを撃滅するのか?…いや、限りなく不可能に近い。そして自分の判断と行動は衆人環視の目に晒されている………憔悴するカダールを、ノヴァルナは容赦なく追い込んでいく。
「さあカダール殿。悪党共に正義の鉄槌を!」
「ぐぬ!…」たじろぐカダール。
ノヴァルナはまるで歌舞伎役者のように迫る。
「さあ!!」
「ぐぬぬ……」カダールの口元が引き攣る。
「さあ!!!!」
「ぐぬぬぬぬ………」カダールのこめかみから、一条の冷や汗が流れる。
「さあ!! さあ!! さあ!! さあ!!!!」
「ぬッ!……」
一瞬息が止まったカダールは、コクピットの全周囲モニターに映るロッガ家艦隊と、ノヴァルナの戦艦とに生気を失った視線を巡らせた。すると次の瞬間、大きく表情を歪めて、火山が噴火を起こしたかのように、自分達の旗艦である『ジルミレル』に向けて叫ぶ。
「ぬぇえええい!!!!!! 攻撃しろぉおおおおお!!!!!!!」
「こ、攻撃!!?? どちらを攻撃するので―――」狼狽する側近。
「決まっているだろう!! 所属不明の艦隊だぁッ!!!!!!」
「えええっ!!?? しかし!!!!―――」
「ええい! 攻撃せんかーーーーッッ!!!!」
喚き声を上げたカダールは、鬼のような形相で超電磁ライフルを撃ち放つ。弾丸はベルカン准将の座乗する、ロッガ家の軽巡航艦のどてっ腹に命中した。そしてエネルギーシールドに砕かれたものの、その中から飛び出した超々硬度タングステン合金の弾芯が、艦舷装甲を突き破り、火柱を噴かせる。『クーギス党』の母船を仕留めるため、対艦兼用弾をライフルに装填していたのが、軽巡航艦には仇になった形だ。
「カダール殿!! 本職らを裏切るつもりかーッ!!!???」
激震に見舞われる軽巡航艦の艦橋で叫ぶ、ロッガ家艦隊司令のベルカン。
「アッハハハハハ!!!!」
その光景に高笑いをしたノヴァルナは、徐々に怪しくなる敬語でこれ見よがしに督戦する。
「さすがはウォーダ総宗家、イル・ワークランのご嫡男カダール殿。お見事な一撃! そぉれ、続けてどうぞ。ジャンジャンどうぞ!!」
「おのれ! おのれ! おのれぇぇぇッ!!!!」
罵り声を上げながら二弾、三弾と撃ち放つカダール。無論、その罵り声は銃撃しているロッガ家艦隊ではなく、背後の宇宙空間に浮かぶ、自分を陥れたノヴァルナに対してである。
そしてさらにノヴァルナの煽り文句は、実況している女性レポーターのプリム=プリンをも煽り立てた。アントレム星人特有の、頭に生える蟻のそれと似た触角をクルクル回し、興奮気味に伝えだす。
「おーっと! ここでカダール殿下! 海賊船団に対し、攻撃開始です!!!!」
カダールの放った銃弾は立て続けにベルカンの軽巡航艦に命中した。警報が鳴り響く艦橋の中では、混乱する部下たちにベルカンは自らも混乱しながら下令する。
「こうなれば反撃!…いや撤退!…いや反撃しつつ撤退だ!!!! 全艦、中立宙域へ向かえ!!!!」
ロッガ家艦隊の軽巡航艦一隻と三隻の駆逐艦は、一斉回頭しながら砲撃を始めた。狙いは攻撃を仕掛けて来たカダールの『セイランCV』だ。赤い曳光ビームが幾筋も、暗い闇を切り裂いてカダールに迫って来る。
「ぬあッ! 馬鹿め!!」
カダールは罵り声を上げて機体をひねり、ビームをかわしながら胸の内で“ベルカンめ、こちらの意図を見抜けんのか!”と呻いた。
この男の狙いは、ベルカンの乗る軽巡航艦の比較的頑丈であったり、損失しても航行に支障ない箇所を攻撃し、戦うふりをしておいて、ロッガ家艦隊を中立宙域まで落ち延びさせる事であった。だが当のロッガ家艦隊はそれを察せず、砲火を向けてきたのだ。しかしベルカンにしてみれば、初対面に近い他国の武将と、そのような暗黙の意思疎通が図れるはずもない。
しかもその光景を見たイル・ワークラン艦隊が、主君のカダールを援護するため、ロッガ家艦隊を攻撃し始める。彼等からすれば、カダールのような主君でも見殺しにすれば、今度は自分達がイル・ワークラン家から粛清されてしまうからだ。
重巡『ジルミレル』が、主砲をベルカンの軽巡航艦に向けて一斉砲撃をかける。急速回避するロッガ軽巡だが数本のビームが命中。艦体そのものには損害はなかったが、ビームを防いだエネルギーシールドは、一気に過負荷状態へ陥った。それを皮切りに駆逐艦同士も砲撃の応酬を開始する。
▶#21につづく
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