#19

 

 焦ったカダールは恥も外聞もなく、『ジルミレル』の側近に命じた。


「な! 何をしている! 俺を援護しろ!!!!」


 しかし『ジルミレル』をはじめとする、イル・ワークラン=ウォーダ家の艦隊は動けない。ノヴァルナとカダールが戦っている位置との間に、『ホロウシュ』とキノッサの乗る四機のASGULが人型に変形して立ち塞がっており、さらに近辺にまで来ていたロッガ家の艦隊と合わせ、双方を主砲の射程圏内に捉えた戦艦『ヒテン』が、『クーギス党』の母船『ビッグ・マム』を庇いつつ、海賊船と攻撃艇を引き連れ、獲物を狙うシャチのように遊弋(ゆうよく)しているのだ。

 下手な事をすれば即座に、『ヒテン』からの一撃必殺レベルの砲火に晒されるのは目に見えていた。つまり流れは否応なく、ノヴァルナが作り上げた舞台―――カダールとの大将同士の一騎打ちとなっていたのだ。


 そして第五惑星の反射光をQブレードに煌めかせ、ノヴァルナの『センクウNX』が再びカダールの『セイランCV』に斬り掛かる。


「そぉおら、よおおおおッ!!!!!!」


 傘に掛かった叫び声とともに、袈裟懸けに振り下ろされるノヴァルナのブレードを、自身のブレードで必死に打ち防ぐカダールは、コクピットを襲う激震に歯を噛み鳴らした。


「うわわッ!」


「いくぜ! おらおら!!」


 さらに上下左右、あらゆる角度から斬撃を繰り出すノヴァルナを、カダールは防ぎきれずに、『セイランCV』の機体の外部装甲はボロボロになっていく。火花とプラズマが飛び散り、細かく削られた金属片が幾つも虚空に舞う。カダールの被るヘルメットの中では、ありとあらゆる警報音が真夏の蝉時雨のようにけたたましく鳴り響く。コクピットを絶え間なく揺さぶる衝撃は、まるで巨人の手に掴まれ、冥界へ引きずり込まれて行くようだ。


“ヒイイッ!! しっ! 死ぬ!! 死んでしまうぅぅ!!!!”


 恐怖に駆られたカダールはとうとう、ついさっきまでは自分の方が殺す事を考えていたはずのノヴァルナに、悲痛な叫び声を上げて訴えた。


「まっ!…待て! 待ってくれノヴァルナ殿! 俺だ、カダールだ!!!!」


 するとその通信を聞いたノヴァルナは悪人顔になって、通信回線を生放送中のニヤニヤ動画の回線にリンクさせ、音声だけで応答する。


「あ? カダール!? 知らねーなー、そんな名前の海賊はよ!」


「かっ! 海賊ではない! イル・ワークランのカダールだ! カダール=ウォーダだ!!」


 狼狽した声で告げるカダール。しかしノヴァルナの『センクウNX』は構わずに、右手に握るQブレードの柄で、『セイランCV』の顔面を殴り付けた。細く赤いVの字形に光を放っていたセンサーアイがひび割れて輝きを失い、コクピットの内の戦術ホログラムに表示されていた情報の大半が消失する。


「機体に家紋も描かず、IFF(敵味方識別装置)も作動させてない奴が! イル・ワークランの名を出しても信用出来るかよっ!!!! こいつでとどめだ!!!!!!」


 冷淡に言い放ったノヴァルナは、機体の右手首をくるりと返し、Qブレードの刃でカダール機のコクピットをえぐろうとした。涙目のカダールは蒼白になって哀れな声を上げる。


「待ってくれぇぇぇ!!!! 識別信号ならこれ、この通り!!!!」


 慌ててコントロールパネルを操作し、IFFを作動させると、ノヴァルナ機のコクピット内に浮かぶ戦術ホログラム上のカダール機に、ウォーダ家の『流星揚羽蝶』の紋章が表示された。間一髪、カダールの『セイランCV』の腹部を狙ったノヴァルナのQブレードが寸前で止まる。




「………………」




 戦場に一瞬の静寂が走り、まだ自分が生きている事を知ったカダールが、コクピット内で両手に抱えていた頭を上げた。「これは…どうした事でしょう? ノヴァルナ殿下が攻撃の手を止めました」と、実況のプリム=プリンが不思議そうに言う。

 

 するとノヴァルナは白い歯を剥き出しにしてニタリと笑った。元来が秀麗な顔立ちの若者であるために、その笑顔は殊更冷酷にも見える。そしてその口を開いてカダールに告げた言葉は、傍若無人が座右の銘同然のこの若者において、意外な事にもへりくだった物言いであった。


「おお! これはまこと、イル・ワークラン=ウォーダ家のご嫡男であらせられる、カダール様ではございませんか! これはご無礼つかまつりました!」




うげ………




 それがそのノヴァルナの言葉を聞いた『ホロウシュ』やキノッサ、戦艦『ヒテン』に搭乗している者達に、クーギス家のモルタナ…そしてこの若者を知る、生中継の視聴者達が共通して発した心の声だった。発音も口調もおかしくはないというのに、あまりにも誠意が感じられなさすぎるのだ。


 聴覚で聞き取った言葉なのに、嗅覚で悪臭を嗅いだような気分にさせられたノヴァルナの言い草に、命が助かったカダールを含め、困惑する周囲の人間の様子などどこ吹く風、ノヴァルナの丁寧でありながらも横柄さが滲み出る物言いは続く。


「これはもしかしてカダール様、わざと海賊共の仲間のふりをして、あちらの海賊共をおびき寄せられたのでございましょうか?」


 そう言ってノヴァルナの乗る『センクウNX』が指差した先には、コバック=ベルカン准将率いるロッガ家派遣艦隊の四隻が、行き場を無くして密集した形で浮かんでいた。


「え?……あ…」


 ノヴァルナの言わんとしている事が全く呑み込めず、カダールは呆けた表情でノヴァルナ機の指し示すロッガ艦隊に目を遣る。その視線の先の軽巡航艦では、艦橋でコバック=ベルカンが棒立ちになっていた。ロッガ艦隊は識別信号をいまだに発していない…いや、発する事が出来ないのだ。なぜなら彼等は識別信号を発してしまうと、ロッガ家の艦隊がウォーダ家の支配するオ・ワーリ宙域を侵犯している事になるからである。


 そもそも今回の秘密協定は、水棲ラペジラル星人の密輸で得られる利益を独占しようと目論んだイル・ワークラン=ウォーダ家が、もう一つのウォーダ宗家であるキオ・スー=ウォーダ家に隠してロッガ家や、惑星サフローの観光ドーム都市『ザナドア』の管理局と締結したものだ。


 しかも不幸な事にベルカンは利己に走ったカダールに欺かれ、自分がこの海賊討伐作戦に参加した時には、すでに海賊側にノヴァルナがいたのをいまだ知らされていない。したがってベルカンはノヴァルナが、専用戦艦『ヒテン』と共に現れたのだと推測していた。それ故に、自分達の仕えるロッガ家のためを考えて、識別信号を発せずにいたのである。




そして無論、ノヴァルナはその辺の事情も全て承知の上で告げていた………




「奴等はいまだ、識別信号を出しておりません。ならば必然的に海賊は奴等…という事になりましょうなぁ!」


「いっ…う…む……」


 ノヴァルナにそう言われて、カダールは返答に窮する。いや、あれは自分に協力しているロッガ家の艦隊だ………とは、言えるはずもない。そんな事を言えば次はノヴァルナから、「ほう。それは何を協力しておられるので?」と突っ込まれるのが分かり切っている。


 そしてノヴァルナが通信回線を全周波数帯にしたままのカダールと繋げ、さらに生中継でNNLニュースを実況中の『ヒテン』ともリンクさせた事で、二機のBSHOの間の会話はすべて、視聴者へ丸聞こえであった。ノヴァルナはその状態でさらに勝手に言葉を続ける。


「おおお、やはりそうでしたか! クーギス家の所有するタンカーを囮にして海賊共をおびき寄せるという、このノヴァルナの作戦に、カダール殿下は海賊のふりで襲撃をかけ、そこの本物の海賊共が応援に現れるのを、待ち伏せされていたのですな!―――」人ASGULのコクピットで引き攣った笑顔を浮かべて呟く。


「なんてぇ阿漕(あこぎ)な人なんだろ、ウチの殿下は…それにしてもどうして普通に喋ってて、こんなに敬語が口汚く聞こえるのかねぇ。珍獣レベルだぜ」


 一方、レポーターのプリム=プリンはノヴァルナの言葉の中身から、推測を述べる。


「え、えぇーと…つまりこれは、海賊のBSHOと思われていたのは、実はイル・ワークラン=ウォーダ家のご嫡男、カダール=ウォーダ殿下の機体で、仲間と勘違いした本物の海賊が応援に来るのを待ち構えて、海賊のふりをしていたところを、ナグヤのノヴァルナ殿下が攻撃をかけた…というお話なのでしょうか?」


「………」


 プリンの声が聞こえているはずのノヴァルナが無言なのに気付くと、生中継の画面に視聴者からの批判の書き込みが殺到し始めた。炎上である。



やらかした!!ww……やらかしたぞ!!……また殿下ご乱心www……同士撃ちじゃねーか!

……バカ息子www……これはひどいwww……やってもーた……うわあああああああ……

味方を撃つとか……恥さらしもう氏ねよ……これでもナグヤの跡取りW……ダッセー!……


 視聴者からの書き込みがノヴァルナに対する罵詈雑言で埋め尽くされる中、それを受ける当人はむしろ、狙い通りとほくそ笑んだ。これでこの舞台を見聞きしている連中―――オ・ワーリの民衆だけでなく、各ウォーダ家の連中はさらに耳目を集中させる事になるからだ。


 やがてノヴァルナは、まるで悪魔がその言葉で人間を破滅への道へ踏み出させるが如く、纏わり付くような口調でカダールに告げた。




「つきましてはカダール殿下。このノヴァルナ、お詫びに手柄を殿下に譲りますゆえ………我等で力を合わせ、あの“海賊”どもを殲滅致しましょうぞ!」




「!!!!!!!!!!!!」


 その言葉はカダールと、そしてロッガ軍のベルカンの精神に、あたかも後頭部を角材で殴られたかのような衝撃を与えた。ノヴァルナの言葉はカダールに対する明らかな脅迫だ。イル・ワークラン=ウォーダ家がロッガ家と秘密裏に手を結び、相当額の利益を貪っていた事を、この生中継の中で公言されたくなければ、手を組んでいるロッガ家の艦隊を攻撃しろ!…と言っているのである。


「そ!……い…それ…は!……」


 秘密協定の相手を討てと言われても、おいそれと仕掛けるわけには行かないカダ


 理解不能の言葉を並べ続けるノヴァルナに、カダールも混乱したままだ。


「む…な、なんの話を……」


 小声でそう問い質そうとするカダールだが、ノヴァルナに聞く耳はない。一方的に大声で話し続ける。


「―――そうとは知らずこのノヴァルナ、早合点して殿下の機体を損じてしまいました。なにとぞお許しを!」


 ノヴァルナが言っている事には、カダールだけにとどまらず敵味方ともに、すっかり幻惑されてしまっていた。そんな中で機転が利く…と言うか、おそらくこの発想に一番近い思考回路を持つキノッサは、ノヴァルナの行動を読み取り、一ールは、血の気がひいた白い顔でしどろもどろに応じた。そんなカダールに対し、ノヴァルナはとぼけた声でしれっと告げる。


「どうぞ私の事はお気になさらずに、カダール殿下。武功を挙げるチャンスですぞ!」


「う、うう…だが、な……」


 拒めばキオ・スー=ウォーダから怪しまれ、追及を受ける事になる。応じれば秘密協定を結んだオウ・ルミル宙域のロッガ家と、イーセ宙域のキルバルター家、さらには取引場所の惑星サフローを支配下に置く、銀河皇国の某貴族との関係を大きく損なう事になる。

 退くも地獄、進むも地獄のこの状況に、カダールはこめかみに血管を浮かせ、額を冷や汗で濡らす一方、口の中に渇きを覚えて、歯に貼り付いた舌が言葉を詰まらせた。


「いかがなされました? 急がぬと海賊共が逃げ出しますぞ」


「い、いや…そ…き、貴殿はよいのか? ノヴァルナ殿」


「は? 何がでしょう?」


「だっ! 第二惑星の事だ」


 何とかこの場を逃れようと考えたカダールが思いついたのは、第二惑星に埋蔵されている『アクアダイト』の話であった。これを取り引き材料に使えれば…という苦肉の策だ。



▶#20につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る