#22

 

「す…す…すまねえな、ナグヤの。あんたを悪く言っちまってよぉ………」


 戦艦『ヒテン』の艦橋で艦長席に座るノヴァルナの前に立ち、ごつい背中を丸めながら、ようやく詫びを入れるヨッズダルガ=クーギスの傍らでは、モルタナが必死に笑いをこらえていた。


「んじゃ、まぁ。お詫びのしるしに、三べん回って『ワン!』と鳴いてみっか?」


 そう返すノヴァルナにヨッズダルガは両腕を振り回しながら怒鳴る。


「あぁ!? てめぇ、ふざけんな!!!!」


 そのやり取りにモルタナはこらえきれなくなって笑い出した。


「アハハハハハハハ!!!!」




多くの仲間…家族が死んでしまった………




 だからせめて笑い声を聞かせてやる事が、彼等へのたむけだとモルタナは思う。生き残れる連中の陽気な笑い声のために、『クーギス党』は戦ったからだ。


 モルタナは笑いを収めると真顔でノヴァルナに向き合った。彼の席の左右にはランにキノッサと、ハッチ、モリン、ヤーグマーが並んでいる。砕けた態度ばかりだったノヴァルナだが、こうして見るとやはり星大名の嫡男としての風格があるのと、自分達との距離を感じてしまう。


「今回の事では…本当に世話になったね」


「いいって事だ。俺達も得られるもんが多かったし、お互いさまさ」


 多くを語らなくていい…微笑むノヴァルナの目がそう言っている。


「それよりねーさん。この会見が済んだら、早めにそっちの水棲ラペジラル人のコンテナを、この艦に積みかえてくれ」


「え? それはどういう意味だい?」


 思いがけない事を言い出すノヴァルナに、モルタナは怪訝そうに尋ねた。それに対しノヴァルナは簡単に言ってのける。


「一応、俺の住んでるラゴンも海が七割強の海洋惑星だからな。居留地は限定させてもらうが、狭いコンテナの中で冬眠させられているよりかはマシだろ」


「あんた……」


「おっと。余計な礼は無用だぜ。もっともタダで住まわせる気はねえからな…ラペジラルの連中には、ラゴンで『シズマパール』の養殖業を自営してもらう」


 そう言われて一瞬不安そうにしたモルタナは、すぐに安堵の表情になった。『シズマパール』の養殖は彼等の故郷のシズマ恒星群でも営んでいた産業だ。それに自営というなら隷属ではないという事だ。ノヴァルナが筋道を通す若者なのは、モルタナ達にとってすでに疑いようもない。


「そこまでしてくれて、あたいらはどうやってこの借りを返しゃいいのさ? 生半可なもんじゃ釣り合いなんか、取れやしないよ」


 モルタナの問いに、ノヴァルナはすぐには答えず、逆に問い掛けた。


「その前に、ねーさん。あんたら、これからどうするつもりだ?」


 するとモルタナは父親のヨッズダルガと顔を合わせ、軽く頷いてノヴァルナに向き直る。


「降伏する必要もなくなったし、もう少し今の稼業を続けようかと思い直してね。シズマ恒星群周辺に戻って、キルバルターのやり方に反感を持ってる奴等を集めるつもりさ」


「それなら話は早い」とノヴァルナ。


「ねーさん達には中立宙域を動きながら、隣接する星大名達の情報を集めてほしい。俺たちの宙域より、銀河皇国の中央に近いからな」


「そんな事でいいのかい?」


 拍子抜けした調子で確認するモルタナだが、ノヴァルナは大きく頷いた。


「ああ。今回の件もおそらく中央絡みだろう…だが俺達の住むとこからじゃ探り難いんだ。オーニン=ノーラ戦役の時みたいに中央で異変が起きると、こっちにまで影響が出る。それに備えておきたいってわけさ」


 ノヴァルナがそう言うと、『ホロウシュ』達は僅かに身じろぎした。モルタナは気付いていないが、今のノヴァルナの言葉は、ウォーダ家全体…つまりオ・ワーリ宙域国の支配者としての観点に立ったものだったからだ。


「わかった―――」


 モルタナはキッパリと応じておいて、冗談を続けた。


「――じゃあ、にーさんが銀河統一に乗り出す事があったら、あたいらも雇っておくれよ」


「おう! 任せとけ!!」


 そう応えるノヴァルナの表情に不敵な笑みが戻る。


「ま。そういうわけだ。あとは自爆した『リトル・ダディ』の代わりが届くのを待つだけだし、今度はねーさん達を俺の船でもてなす番だな。ゆっくりくつろいで行ってもらうぜ」


 ノヴァルナが口にした“リトル・ダディの代わり”という、意味深な言葉…それは時系列を遡り、戦艦『ヒテン』で戦場に到着したプリム=プリンが実況中継を始めた頃の事である。

 超空間サーバー網を利用した中継は、ほぼリアルタイムでベシルス星系第六惑星『サフロー』にも届いていた。誰もが興味深げに見始めたその中継は、ある人間達にとって、作戦開始の指示を意味していたのだ。


 その人間達とはロッガ軍の秘密駐屯基地付近に待機していた、『クーギス党』の別動隊―――陸棲ラペジラル人のカーズマルス=タ・キーガー率いる、陸戦隊である。


 彼等は海賊船の一隻を使用し、駐留艦隊までも討伐部隊とともにMD-36521星系へ出撃して、無防備となった駐屯基地に、実況中継の開始と同時に再潜入。整備兵がほとんどの基地を瞬く間に制圧すると、小惑星の本体に突き刺すように繋がれていた、桟橋代わりの三隻の旧式輸送艦を切り離して強奪したのだった。

 旧式とはいえ、船歴が二十年以上あってまともに整備も受けていなかった『リトル・ダディ』に比べれば状態は良好で、これが三隻もあれば一隻はバラして、『ビッグ・マム』の修理にも流用出来る。つまり『クーギス党』はまだ、活動を続ける事が出来るという事だ。




 そしてその輸送艦三隻がノヴァルナ達と合流するまでに、さらに慶事があった。オウ・ルミル=ノーザの星大名アーザイル家の恒星間クルーザーが、ノヴァルナの妹達を連れてドッキングを求めて来たのである。

 妹達との再会を心から喜んだノヴァルナは、妹達の窮地を救ってくれたナギ・マーサス=アーザイルには、周囲の者が驚くほど素直に頭を下げて礼を告げた。そしてそれと同時に、今回の事件と関係する貴重な情報も入手する事が出来た。ナギもアーザイル家が敵視するロッガ家の不審な動向を探るため、自ら惑星サフローにやって来ていたのである。




 フェアンとマリーナの二人の妹と友人のイェルサス。新たに配下となったキノッサ。そしてランをはじめとする、頼りになる親衛隊の『ホロウシュ』達………




 居並ぶ仲間達を背後にし、ノヴァルナは宇宙戦艦『ヒテン』の艦橋から、遠ざかっていくクーギス家の母船『ビッグ・マム』と強奪した輸送艦の姿を眺め、いつもの不敵な笑みを浮かべた。『ビッグ・マム』の舷側にはもはや隠し立てする事をやめた独立管領クーギス家の家紋、『七曜星団紋』が新たに描かれている。


“あばよ、ねーさん。また会おうぜ”


 胸の内でそう呟いたノヴァルナは、艦長席に腰を下ろし、不在の艦長の代わりとばかりに溌溂とした声で命じた。戻ればまた親父や爺とのひと悶着が待っているが、来るなら来いだ!




「針路196プラス17。さぁて! 家に帰るとしようぜ!!…………」













【第5.5部につづく】

 

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