#03

 

「侵入者だと!?どういう事だ!?」


 駆逐艦のブリッジでは、思いがけない出来事に、艦長が声を荒げていた。


「わ、分かりません!ですが侵入して来たのは、例の宇宙海賊と思われます」


 オペレーターの一人が、口ごもりながら報告する。駐屯基地に戻り、クルー達の誰しもが緊張の解けかけた時に、この全く予想外の侵入者警報である。オペレーターだけでなく全員が動揺していた。


「海賊達は桟橋の連絡チューブから、侵入した模様!!」


 別のオペレーターが叫ぶ。ブリッジの前方には、デッキごとに分けた艦内マップのホログラムが投影され、侵入者のマーカーが反応のあった順に、次々と赤く出現する。


「保安科員を至急全員派遣しろ!!」


 艦長が鋭い声で命じた直後、最後の侵入者マーカーが五つ、赤く反応した。しかもその反応があったのは、ブリッジの扉のすぐ向こう側だ。それを見たブリッジクルーが驚愕したのと同時に、小爆発が起きて扉が吹っ飛ぶ。


「!!!!!!」


 振り返った艦長は、何かを言う前に、乱入して来たカーズマルスの、アサルトライフルから放たれた麻痺ビームを受け、驚いた表情のまま、意識を奪われて床に崩れた。

 さらにカーズマルスの後から突入した四人に、ブリッジクルーは全員抵抗する暇もなく、失神して倒される。


 ブリッジを制圧したカーズマルス達は、クルーが倒れて空いた席に素早く座り、機器を操作し始めた。






 一方、船室に軟禁されているノヴァルナの二人の妹と、護衛の『ホロゥシュ』も当然、駆逐艦に起きた異変に気付いていた。


「侵入者警報?何事だ?」


 ササーラが怪訝そうな顔で、船室奥の壁に埋め込まれたコムスクリーンに映る、侵入者警報の文字を見詰めた。彼等がいるのは監房ではなく下士官用の船室であり、情報端末があってもおかしくはない。


「海賊の連中が、仲間を取り戻しに来たんじゃないっスか?」


 と言ったのはヤーグマーだ。確かにこの艦には、海賊船を奪った時に捕らえた、海賊達も乗せられている。


「そんな無茶をするとは、思えんがな―――」


 『ホロゥシュ』筆頭のマーディンは、腰掛けていたベッドから立ち上がって続けた。


「―――ともかく、この混乱を逃す手はないだろう」


 その言葉に全員が頷く。機会を見て脱出を図ろうというのは、すでに認識を共有出来ている話だ。


 やがて、四人の保安科員が隔壁の両脇を固める、下士官室エリアの奥の部屋で、壁を叩くような大きな物音と、男達の怒鳴り声が上がった。


 顔を見合わせた保安科員達は、最初は侵入者警報が出ているため、隔壁の両側から中を見るだけだった。しかし物音も怒鳴り声も、一向に収まる気配がなく、次第に保安科員達は苛立って来る。

 とその時、扉が開いて中から若い男が、互いの胸倉をわしづかみにしながら、転がり出た。モリンとヤーグマーである。


「んだと、てめ!!もいっぺん言ってみやがれ!!」とモリン。


「ああっ!?うるせーつってんだ、カス野郎!!」とヤーグマー。


 監禁ではなく軟禁であるため、扉には鍵が掛かっておらず、喧嘩で勢い余って飛び出した体だ。二人は背中を通路の壁にぶつけ合いながら、奥の方へ行こうとする。

 そうなると保安科員も、さすがに傍観してはいられない。四人とも銃を肩に掛けて駆け付けた。


「こらぁ!小僧ども、何をやってるんだ!!」


 荒々しくつかみ合う、モリンとヤーグマーを引き離しにかかろうとする保安科員。

 彼等が軟禁に使用していた、船室の前を通り過ぎようとした瞬間、開いたままの扉の中から、ササーラが太い脚を伸ばし出して、先頭の保安科員の横腹を、思い切り蹴飛ばした。


「ぐはぁっ!」


 反対側の壁に激突して倒れる先頭の男に、その後を来た男も脚をとられて転倒する。ササーラは素早く向きを変え、その男の頭をも蹴り飛ばした。


「き、貴様ら!」


 さらにその後を来た、二人の保安科員の男が急停止し、銃を構えようとする。だがその二人は、ササーラに続いて飛び出したマーディンに、右ストレート、左フック、ボディブロー、ショートアッパーを瞬く間に喰らい、ノックアウトされた。


「マーディン、よけろ」


 そこにササーラが大声で言い放ち、頭を蹴り飛ばした保安科員の一人を投げる。その男はマーディンに倒された二人の上に落下し、三人とも意識を失った。

 しかし横腹を蹴られた最初の一人が、ふらつきながらも、ベルトのホルダーから軍用ナイフを抜き、ササーラの巨躯に突き立てようとする。


「ササーラ!」


 先に気付いたマーディンが警告を発したが、明らかに遅い。

 ところが次の瞬間、向かい側の扉が勢いよく開いて、ササーラを刺そうとしていた男の顔面を硬い角でガン!と強打した。もんどりうって転倒し、気を失う男。


「あら、失礼」


 そう言って、傍らに転がった保安科員の男を見下ろし、開けた扉から出て来たのは、フェアンを連れたマリーナだった。


「姫様」


 何事もなかったように、うやうやしく頭を下げるマーディンとササーラ。マリーナは二人にすました口調で尋ねる。


「中から様子を聞いていて、そろそろかと思い、扉を開けたのだけれど…少し早かったのかしら?」


「いえ。大変素晴らしいタイミングで、さすがはノヴァルナ様の御妹君。感服いたしました」


 互いに冗談とも本気ともつかぬ物言いで、マリーナはしとやかに微笑んだ。するとフェアンがマリーナの袖を引っ張り、通路の奥を指差す。


「マリーナ姉様~。あれはー?」


 フェアンが指差した先では、モリンとヤーグマーが、まだつかみ合いを演じていた…いや、演じていたはずが、つい日頃の鬱憤まで口にして本当の喧嘩になったらしい。


「だいたいてめぇは、前から気に入らなかったんだ!弱っちいくせに、上から目線でよォ!!」


「るせぇ!!スラム街じゃ、いっつも小銭しか巻き上げられなかった、根性無しの野郎が、でけぇ口叩くんじゃねー!!」


 その光景に、スラム街上がり組の教育系であるマーディンは、無言でこめかみに太い血管を浮かせ、マリーナは真冬の風を思わせる口調で言い捨てる。


「あれは…ほっときましょう」


 だが脅威はまだ去っていなかった。保安科員の落としていた銃を、マーディンとササーラが拾い上げようとした矢先、新手の保安科員が複数、下士官室区画通路の先のT字部分に現れたのである。


「おまえ達!!何をした!!」


 今度現れた保安科員達は皆、はじめから銃を構えていた。

 こうなると不利だ。今まではガルワニーシャ重工関係の民間人と偽っていられたが、この状況は言い逃れも出来ない。モリンとヤーグマーも、もはや喧嘩している場合ではなくなった。


「姫様は部屋の中へ、お戻り下さい…」


 そう言いながら両手を挙げ、マリーナとフェアンをかばうように並ぶ、マーディンとササーラ。

 ところが事態はまた急転する。通路の向こうの保安科員達に、横合いからビームが放たれたのだ。


 三人の男がビームに撃たれ、紫色の小さな稲妻に絡み付かれて倒れる。あとの兵士達は銃を構えたまま、T字路でマーディン達から向かって左に一斉に振り向いた。




▶#04につづく

 

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