#02

 



「――というワケだ」


 ノヴァルナが、キノッサとイェルサスとハッチに、乗員乗客の記憶を消去するだけで、問題なく惑星サフローに着く事になる、カラクリを説明し終えると同時に、その『ラーフロンデ2』は、宇宙の暗闇に白く輝いた『虚空界面』を抜け、再びベシルス星系外縁に転移を終えた。


 ただしノヴァルナ達は、『ラーフロンデ2』には乗っていない。斜め上方に『クーギス党』の宙雷艇、いわゆる海賊船で随伴している。

 また人質として、ランを『クーギス党』に差し出した代わりに、陸棲ラペジラル星人のカーズマルス=タ・キーガー率いる、陸戦部隊20名が参加していた。


「確かに、理屈は分かりますが…ホントにそれで、誰も気付かないもんなんスか?」


 そう言って訝しげな顔を、宙雷艇の操舵席で計器を確認するノヴァルナに向けたのは、機関士席に座るキノッサだった。


「あ?乗客の連中は、遊び目的で来てるんだぜ。みんなのほほんとしてんのに、ベシルスの外縁から、サフローまでの道中なんざ、誰も細かい事まで覚えてねーよ」


 と、ノヴァルナは言い切る。ただそれでも艇長席に座るイェルサスは、納得出来ない様子で問い掛けた。


「でも乗員達は気付かないのかな?」


 するとそれに応えたのは、ノヴァルナではなく、火器管制席のカーズマルスだ。


「逆ですよ、トクルガル様。そういった者達ほど、ルーティンに沿って勤務していますから、ルーティンとルーティンの間に一瞬、我を忘れていたぐらいにしか、感じないでしょう」


「そんなものかな?」


 小首を傾げるイェルサスに、ノヴァルナは、宙雷艇を制止させたまま、機関出力を上げて告げる。


「ただ、船長やブリッジ要員なんかは、知ってるかもしれねーな。護衛艦隊と連携が必要だし、おそらくはじめから、イル・ワークラン家の息が掛かった奴らで、固めてるんだろ…て事で、話は終わりだ。急加速すっから、舌噛むぞ」


 言い放ったノヴァルナは、操舵席のパネルに指を走らせた。


「護衛艦隊の奴らが来る前に離脱する。重力子フィールド、オーバーフロー…よし、発進!」


 彼等を乗せた宙雷艇は、『ラーフロンデ2』から距離を取ると、重力子の黄色いリングを幾つも圧縮して重ね、バネに弾かれたように一瞬で飛び去る。


 それは徐々に加速をかける、通常の重力子航法とは違っていた………




 

 

 通常の三次元空間を移動する物体は、光の速度を超える事は出来ない。ある程度まで進歩した文明なら、須く共通して突き当たる、壁となる理論である。


 そして通常空間を航行する宇宙船は、速度が光速に近付くにつれ、その宇宙船内部の時間の流れは縮む。これも共通の理論であり、観察された事実だった。

 実際、宇宙船などのような超高速の移動物体でなく、飛行機のようなものでも、原子時計を積んで計測すれば、時間がズレる現象が観察されるのだ。


 別の銀河の、未だ重力子の発見にすら至らない、とある惑星文明では“ウラシマ効果”と呼ばれるこの時間変動現象…恒星間航法DFドライヴを開発した文明にとっては、もはや“忘れられた理論”になろうとしていたのだが………






 ロッガ家所属の駆逐艦は、艦底部に海賊船を捕えた姿で減速を開始した。その進行方向には、惑星サフロー秘密駐屯地の係留施設である、旧式軍用輸送艦三隻と小惑星を組み合わせた、簡易ステーションが衛星軌道に浮かんでいる。


 駐屯地に他に駆逐艦は見当たらない。配備されている他の二隻は今頃、『クーギス党』から返還された旅客船『ラーフロンデ2』とランデブーし、大急ぎで事後処理を行っているはずだ。


 駆逐艦は反転重力子の、オレンジ色に輝く光のリングを前方に発生させた。それをくぐり抜ける事で慣性を減殺、一気に速度を落とし、桟橋代わりになっている、小惑星に刺さった軍用輸送艦の一つに接舷する。


 軍用輸送艦側の二箇所から、チューブ状の連絡通路が伸び出し、駆逐艦の外殻装甲板の一部がスライドして姿を見せた、連結口と繋がった。

 ピリリリリと笛を鳴らすようなアラーム音が響き、エアロックと接続したドアの表示灯が赤色から緑色へ変わると、そのドアは重たそうに開く。

 駆逐艦からは、まず主計科連絡員が管理エリアへ向かうため、足早にドアをくぐり抜けた。桟橋側通路では、ケーブルや工具箱を抱えた整備士の一団が、駆逐艦に乗り込むために、連絡員が全員ドアから出て来るのを待っている。


 右肩にロッガ家の家紋『光芒四ツ葉星団』、左肩に『第8特務戦隊』と記された紋章を付ける、軍服姿の主計科兵達は、整備士達の傍らを通り過ぎると、小声で仲間と話す。


「整備の連中、もう待ってたとは、今日は珍しく仕事が早いな」


「ああ。やる気のなさも、仕事のうちみたいな連中だってのによ」


 主計科兵達の嘲笑う声が、微かに漏れ聞こえながら小さくなって行く。ヘルメットを目深に被った整備士達は、その後ろ姿を一瞥して列をなし、駆逐艦の中へ向かった。艦体の前方と後方で繋がる、二本の連結チューブからそれぞれ十名だ。


 だがその整備士達は、駆逐艦のエアロックへ入ると、奇妙な行動を取り始めた。所定の位置でもないのに、持ち込んだケーブルを放り出して、各々が手に提げていた工具箱を床に置き、蓋を開けたのだ。中に入っていたのは、見覚えのあるアサルトライフル―――『ラーフロンデ2』を襲撃した海賊が、持っていたものと同一だった。


 その整備士の一人が、アサルトライフルの安全装置を外し、モードを“麻痺”にセットして一度構える。そしてそのライフルを右手で肩に担ぐと、左手でつなぎの作業服のジッパーを胸元まで下ろし、さらに目深だったヘルメットを、斜に被り直した。そこに現れたのは、いつもの不敵な笑みを浮かべたノヴァルナの顔だ。


「あっちぃーな、この服」


 ぼやくノヴァルナの傍らを、アサルトライフルで武装した“整備士”が六名、素早く通過して、エアロックのドアの両側に移動する。無論、彼等は整備士ではなく、カーズマルスの部下の陸戦隊員であった。


「そりゃあ整備士の服は、安全面からも、厚手じゃなきゃ駄目っスからねぇ」


 そう言ったのは、新入りのキノッサだった。小柄なキノッサはヘルメットが大き過ぎ、大きなクラゲにでも、頭をかぶりつかれているように見える。


「おう。ウチの整備士の連中も、同じようなの着てっから、大変だな…今度から整備場の室温は、低めにしてやるとすっか」


「こりゃまた、ご奇特な事で」


 このような時に、場違いな事に気を回すノヴァルナに、キノッサは妙に感心した様子で見上げた。


「そ、それより…」


 不安げな声で訴えたのは、イェルサスである。ノヴァルナとキノッサが振り向くと、イェルサスはアサルトライフルを手に、絶賛困惑中といった顔をしている。


「僕、射撃はあんまり、と…得意じゃないんだけど」


 と言うイェルサスの表情には、“得意じゃない”というより、“人を撃ちたくない”という気持ちが読み取れた。


 そんなイェルサスの頭に、ノヴァルナはポン!と軽く叩くように手を置く。


「相変わらず、優しい奴だなイェルサスは」


 ノヴァルナはそう言って、敵意のない笑顔を向けた。

 

 ノヴァルナ達が話している間に、陸戦隊員達はエアロックの扉を開け、警戒しながらも、迅速な行動で通路を進み始める。指揮官のカーズマルスは、別働隊の方にいるが、彼抜きでも士気は高いようだ。

 陸戦隊の六人がエアロックを出ると、まず『ホロゥシュ』のヨリューダッカ=ハッチが続き、ノヴァルナも歩きだした。そしてイェルサスを振り返って、話の続きをつけ加える。


「今回は撃っても麻痺させるだけだ、心配すんな。それよりこう考えろ、“自分は人を撃ちに来たんじゃない、マリーナを助けに来たんだ”とな」


 憧れの相手の名をいきなり出され、赤面するイェルサスに、ノヴァルナは、今度は人の悪い笑みを浮かべて、キノッサを従え扉をくぐる。


「トクルガル様って、あんまり武将の血筋っぽくないっスね。まるで大企業の気のいい、ボンボンみたいっス」


 キノッサは、後からやや遅れてついて来るイェルサスの印象を、幾分呆れた調子の小声で、ノヴァルナに告げた。


「そーか?若いくせに、えらく苦労人ぶってる、どっかの誰かより、素直でいーじゃねーか」


 とぼけた口調で言い放つノヴァルナに、キノッサは苦笑を浮かべる。


「それ、あたしの事っスか?ひでぇなぁ…しかしあんなんだと、この先、少なくとも『ム・シャー』とかじゃ、生きていけないっスよ」


 すると駆逐艦の通路を、細かく区切る隔壁に開いた扉の、何枚か向こうで、アサルトライフルの単連射音が聞こえた。先行する陸戦隊が、乗組員と遭遇したのだろう。

 しかしノヴァルナはそれを気にせず、キノッサと会話を続けた。


「それはおまえがまだ、アイツの一面しか見てねーからだ」


「はあ?」


「アイツがびくびく、あたふたしてるのは、覚悟を決めるまでだ。一度肝を据えたら、根性はそこいらの奴じゃあ、歯が立たねーって」


「そうなんスか?」


 半信半疑なキノッサの言葉を耳に遠く、ノヴァルナはイェルサス=トクルガルの命を救った日の事を、思い起こした。


 それは二年前、ノヴァルナの父ヒディラス・ダン=ウォーダが、隣国ミ・ガーワに侵攻し、領域の四分の一ほどを支配下に置いた時の事である。


 味方の裏切りにあい、ナグヤ=ウォーダ家の人質にされたイェルサスは、ナグヤ城に連行され、ひどく怯え、憔悴しきっていた。初陣から帰還したノヴァルナは、イェルサスのその惨めな姿に、嫌悪さえ覚えたものだ。


 ヒディラスはイェルサスの命の保証と引き換えに、ミ・ガーワ宙域の君主トクルガル家の、ウォーダ家への従属を迫った。

 しかしイェルサスの父ヘルダータは、トクルガル家の家督を継ぐ際の混乱で、後ろ盾となってくれたスルガルム/トーミ宙域星大名、ギイゲルト・ジヴ=イマーガラとの関係から、これを即座に拒否。

 このヘルダータのにべもない態度に、ヒディラスは激怒し、家臣達を集め、その前でイェルサスの処刑を命じた。


 するとどうであろう、それまで怯えきっていたイェルサスが、ヒディラスに死を告げられた瞬間から、態度を一変させたのである。

 体の震えを止め、背筋を真っ直ぐ伸ばし、口元を引き締め、前に立つ敵将をキッと見据えたその姿に、ヒディラスも家臣達も一瞬息を呑んだ。


 そしてその場に居合わせたノヴァルナも、イェルサスの豹変に目を丸くすると同時に、少なからず興味を抱いた。

 図らずもノヴァルナはこの時、悪夢のような初陣を経て、死線を越えるとはどういう事かを知ったばかりであり、程度の差こそあれイェルサスの瞳に、自分と同じ光を感じ取ったのであろう。



―――死のうは一定



 目の前に死を突き付けられた時、覚悟という名の生が剥き出しになる。


 だからノヴァルナは、イェルサスの助命をヒディラスに願い出た。

 妹のマリーナは、“イマーガラの捕虜にされかけた兄上が、同じ立場に置かれたトクルガル殿に同情なされた”と、考えたようだが、実際は少し違う。

 ノヴァルナが、イェルサスの助命を願い出た時考えていたのは、単に


“今、そうするべき”


という直感的なものであった…いや、ノヴァルナにそうさせるだけのものを、イェルサスが見せたのである。






「こせこせしてるおまえがサルなら、イェルサスの奴は、あれで油断ならねぇタヌキ…ってとこだな」


 キノッサにそう言い放ったノヴァルナは、ロッガの護衛駆逐艦内で、通路に倒れる意識を失った乗組員の脇を、早足で通り過ぎた。その直後、艦内で侵入者警報が鳴り始める。


「ふん。ようやく気付きやがったか!」


 ノヴァルナは攻撃的な笑みを、通路に一列に並んで浮かび上がり、回転を始める赤い警報ホログラムに向けた。ロッガ兵のIDチップを持たない者が触れると、位置を特定される探知機能付きホログラムだ。しかしノヴァルナは、そのホログラムを突き破るように平然と通路を歩きだした………




▶#03につづく

 

 

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