#01

 



 同時刻。ベシルス星系第六惑星サフロー。


 黒に近い焦げ茶色と、緑がかったカーキ色の大地が、モザイク模様を描く、海のない岩石惑星である。

 かつては、アンモニアの海があったようだが、恒星『スラベラ』の赤色巨星化に伴って、蒸発してしまったらしい。


 そもそも、サフローの“第六惑星”というのも、『スラベラ』が赤色巨星化して以降の位置づけで、皇国科学局によるシミュレーションでは、赤色巨星化前のサフローは第十惑星だったという。つまり以前に存在していた第一から第四惑星は、赤色巨星化する『スラベラ』に飲み込まれ、燃え尽きたのだ。宇宙が不変ではない事を示す一例であった。




 そのサフローに向け、オウ・ルミル宙域の星大名、ロッガ家から派遣された家紋のない駆逐艦が、漆黒の宇宙を一直線に滑る。


 駆逐艦の艦底には、拿捕された海賊船が固定されていた。ノヴァルナの妹マリーナにフェアンと、二人を護衛する『ホロゥシュ』達が、『クーギス党』から奪い取った船だ。


 駆逐艦が目指しているのは、サフローのレジャー用ドーム都市に対し、惑星の裏側の位置になる、護衛艦隊の駐屯基地であった。

 ただし基地といっても小規模なもので、直径百メートル程のやや偏平な小惑星の内部をくり抜き、そこに三方向から古い軍用輸送艦を後部から突き刺した、間に合わせの補給及び、休息施設だけのものだ。

 また防衛装備も、軍用輸送艦に設置されているCIWS(近接防御火器システム)のビーム砲を、そのまま使用しているのみで、長距離センサー警戒網などは、構築されていない。




 駆逐艦のブリッジでは艦長が、イル・ワークラン=ウォーダ家から派遣された、カダール=ウォーダの側近と、無線連絡をとっていた。


「では、その海賊どもの船を奪ったのは、『ラーフロンデ2』に乗っていた、ガルワニーシャ重工の社員達で、間違いないのだな?」


「ああ。『ラーフロンデ2』の乗客名簿とも照合した。重役の娘二人と社員だ。『ラーフロンデ2』の方に、娘達の兄と連れ合いが残っているらしい」


 メインスクリーンに映る側近の質問に、駆逐艦艦長は鷹揚に頷いて応じる。指揮系統が異なるため、双方ともへりくだった物言いはない。


「ふーむ…しかし、力ずくで海賊どもの船を奪って逃げるとは、えらく怪しいな。その乗客名簿のデータ、改ざんされていたりする可能性はないか?」

 

 怪しむ側近に、オウ・ルミル軍の艦長は、面倒臭そうな口調で告げる。


「ガルワニーシャ重工は、貴殿らオ・ワーリの企業だろう。怪しいと思うなら、そちらで調べた方がよいと思うが?」


「派遣されて来たばかりの我等には、乗客名簿のデータなどない」


 艦長の言いように、煩わしげに応じる側近。すると艦長はからかうように提案した。


「希望するなら転送するが?」


「要らん。他家の者に、簡単に転送コードが教えられるか!合流してからでいい」


 苛立つ様子で返事をした側近は、さらに言葉を続ける。


「全く、面倒な事になったものだ。カダール様にどう報告すれば…まぁいい、以上だ。通信終わり」


 独り言で愚痴をこぼし、一方的に通信を切ったカダールの側近の態度に、駆逐艦艦長はスクリーンに唾を吐きかけたい衝動をこらえた。

 いくらこんな任務で、護衛艦隊総員の士気が下がりきっていても、唾を吐きかけるなど、指揮官が部下達の前でやってよいはずがない。

 そのメインスクリーンは、外の映像に切り替わり、赤色巨星『スラベラ』を映し出す。大きさに反し、表面温度は通常の恒星より低いはずだが、それでも遠く離れていながら、艦を焦がされるような巨大さであった………







 一方、同じ駆逐艦の船室では、ノヴァルナの妹達が男女に分けて、二つの部屋に軟禁されていた。


 一つの部屋にはマリーナ・ハウンディア=ウォーダと、その妹フェアン・イチ=ウォーダ。

 そしてもう一つには、親衛隊である『ホロゥシュ』の筆頭、美丈夫のトゥ・シェイ=マーディンと、厳めしい顔立ちのガロア星人ナルマルザ=ササーラ。不良上がりのナガート=ヤーグマーに、同じくシンハッド=モリンが入れられている。


 壁の両側に狭いベッドが置かれた、二人部屋。そのベッドに、向かい合わせに腰掛けたマリーナとフェアン。

 マリーナは平静を装っており、部屋の匂いが気になるのか、時折僅かに顎を上げて、鼻をひくつかせていた。


 それに対してフェアンは、表情に疲労感が漂い、顔色もあまり良くない。


「兄様…大丈夫かな…」


 うつむき加減で、消え入るような声で言うフェアンに、マリーナは部屋の天井を見上げ、「貴女、何度同じ事を…」と呆れたように言いかける。

 しかし妹の憔悴した姿に気付いて、マリーナは小さくため息をついて立ち上がり、フェアンの隣に座り直すと、肩を抱いてやった。


「大丈夫よ、イチ。兄上はきっと大丈夫…少し休みなさい」


 優しく囁くマリーナに、フェアンは「うん」と言い、姉の肩に頭を預けた。兄ノヴァルナを助けたい、助けなければという思いだけが、今のフェアンの支えとなっているのだろう。


 ただ気丈に振る舞ってはいるものの、マリーナとて14才のフェアンと一つしか違わない15才の少女であり、護衛の『ホロゥシュ』と引き離された今、不安という雪が次第に心の中に降り積もって来ているのを否定出来ない。


 それに拿捕されて知った、駆逐艦の所属がロッガ家の軍である事も、その不安を増幅させている要因の一つだった。

 今のところはマーディンが駆逐艦の乗員に告げた、自分達がオ・ワーリのガルワニーシャ重工役員の娘姉妹である、という話を信じているようだが、実は星大名ウォーダの一族の姫だと知られた場合、人質…悪くすれば、ロッガの一族との、政略結婚の道具にされる恐れまであるのだ。




“こんな事になるなら、兄上と一緒にいればよかった…”




 そんな後悔の念が、胸の奥底から湧き上がって来るのを、マリーナは歯を食いしばって押さえ込む。後悔を認めてしまえば、妹の前で涙をこぼしてしまうだろう。

 であるなら、どこまでも気丈でいよう…その代わりとして、マリーナは自分に言い聞かせた。


“涙は見せないわ。姉としてイチを守り抜いて、兄上から何かご褒美を、頂く事にしましょう…”






 同じ頃、マリーナとフェアンを閉じ込めた部屋と、通路を挟んで反対側にある部屋では、二人部屋に四人放り込まれたマーディンらが、二人ずつベッドに腰掛け、むさ苦しそうに膝を突き合わせていた。


「―――ところで、この駆逐艦…どこに向かっていると思う?」


 そう質問したのはササーラだった。大柄であるため、隣に座るヤーグマーが余計むさ苦しそうである。

 ササーラの質問に答えたのは、斜め向かい側のマーディンだ。


「恒星間用のDFドライヴを使用していない以上、ベシルス星系内だな。惑星サフローかも知れん」


「確かにその可能性が一番高いが、この艦がロッガ家のものなら、ウォーダとの条約違反ではないのか?」とササーラ。


「わからんが…この艦には家紋も無ければ、識別標示も無かっただろ?つまり公然と条約違反をする気は、ないって事だ」


「何がどうなってるんスか?俺にゃさっぱり、分かりませんが」


 肩をすくめて首を捻ったのは、ヤーグマーだ。その言葉にモリンも頷いた。


「…今度ばかりは、俺もお前達と同意見だよ」


 ため息混じりに、マーディンが応じる。『クーギス党』から情報を得たノヴァルナと違い、こちらは自分達を拿捕した艦の正体が、ロッガ家の所属であった事以外、何も分からないのだから、戸惑って当然だった。


「それよりもまず考えねばならんのは、姫様達の安全だ。奴ら、旅客船の乗客名簿と照合していたが、大丈夫なのか?」


 ササーラが一番の懸念を口にする。


「その辺りは、ノヴァルナ様が掛け合って、ガルワニーシャ重工の方から、船のチケットを取らせている。簡単にはバレないだろう」


 マーディンはそう言って、さらに言葉を続ける。


「だがいずれにせよ、このままでは埒があかん。サフローに向かっているにしろ、いないにしろ、この艦の到着先で何とか逃げ出して、とにかくナグヤと連絡をつけねば…」


 確かに、ガルワニーシャ重工の人間であると、身分を偽った事は、ここまでは功を奏したかも知れない。しかし同時にそれは、砂上の楼閣でもあった………









「殺せ」




 重巡航艦の艦長席に脚を組んで座る、カダール=ウォーダは、畏まって報告する側近に、冷淡な口調で告げた。


「は?…しかし、宜しいのですか?」


 たじろぐ側近。カダールは、ロッガの駆逐艦に捕らえてある、海賊船を奪ったガルワニーシャ重工の人間…実際には、ノヴァルナの二人の妹と、『ホロゥシュ』達を殺せと命じているのだ。


「構わん…ただし死体は必要だ。惑星サフローの観光ドーム都市とやらの中で、事故死したように見せ掛けるためにな。殺し方も考え、それに合うような殺し方にしろ」


 カダールがそう言うと、側近も殺害する目的を察したらしく、「なるほど」と応える。


「つまりサフロー到着時に、本当は乗っていなかった『ラーフロンデ2』に、乗っていたという辻褄合わせで、到着後に事故で死んだ事にするのですな?」と側近。


「そうだ。だから検証で怪しまれるような、銃殺や絞殺などはいかん。その辺りに気を配れ」


「ですが『ラーフロンデ2』の方にも、その娘達の兄や友人が残っている、という話ですが…」


「そいつらも殺せ」


 その口調は澱みない。どうやらカダールという男は、悪知恵はよく働くようであった。


 『ラーフロンデ2』に残っている兄や友人とは、ノヴァルナ達の事だが、事情の分からない駆逐艦が、妹達を乗せたまま、先行してサフローに向かってしまったために、例の記憶消去でも矛盾が解消されなくなったのである。

 なぜなら、『ラーフロンデ2』の乗員乗客の記憶を消去出来るのは、惑星サフローに到着する直前まででなければならず、“全員が無事にサフローに着いた”という記憶は、“実際に体験しなければならない”からだ。

 しかしその兄の傍らには、海賊船を奪って逃げた妹達がいない。兄を記憶消去しても、サフロー到着時に、突然妹達がいなくなっている事になる。


 そこでカダールは、それならばいっそ、兄妹達両方を先に皆殺しにしておき、サフローの観光ドーム都市内で、交通事故などに巻き込まれたように、擬装すればよいと考えたのだ。それなら兄妹達が、惑星サフローには到着していた、という記録は残る。兄妹達が再会するのは、死体になってからというわけだ。


 側近はやや考えたあと、カダールのこういった意図を理解し、「かしこまりました…良いお考えかと思います」と、追従口をつけ加えて返事した。


「現星域に留まるロッガの護衛艦隊に、先ほど『クーギス党』から、間もなく『ラーフロンデ2』を自動操船で転移返還するという連絡と、転移座標が送られたとの事です。護衛艦隊は座標に急行中ですので、転移後に、即座に兄達を探し出して処分するよう、要請しておきます」


 カダールは側近の言葉に頷き、さらに尋ねる。


「うむ。それで船に捕えられていた、本物の海賊どもは?」


 海賊船には、マーディン達が船を乗っ取る際に捕えた六人の海賊達もいた。彼等はワイヤーで縛られ、別々に工具収納庫やら、トイレに放り込まれていたのだ。


「そちらは、別に監禁しております。尋問は駐屯地へ到着してから行うという話で」


 側近がそう応えると、カダールは口の端を吊り上げ、陰湿な笑みを浮かべる。


「よし。ロッガ家への協力の一環として、その尋問、俺が直々にしてやろう」


 それはおそらく“尋問”などという、生易しいものではなくなるのが確実で、カダールが窺わせた残虐性に、「かしこまりました」と告げながら頭を下げた側近は、見えない位置で顔をしかめた………




▶#02につづく

 

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