#04

 

「なんだ、お前達!!!!」


 誰何などお構いなしに、ビームは保安科員達に襲い掛かる。さらに三人、四人と倒れると、保安科員達はろくに反撃もせず、逃げ出した。


「クソっ!ひけ!!」


 保安科員達がT字路を右方向に姿を消すと、その反対側から四つの足音が駆けて来る。そしてマリーナとフェアンにとって、今一番聞きたかった者の声が、通路の向こうから響き渡った。


「マリーナ!フェアン!」


 それは言うまでもなく、姉妹の兄、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの声だ。


 マリーナとフェアンは「兄上!」「兄様!」と小さく叫ぶと、跳ねるように背筋を伸ばし、戻りかけた船室から先を争って飛び出す。

 驚いた表情の、マーディンとササーラの脇をすり抜けたマリーナとフェアンは、その先でT字路から姿を現したノヴァルナに向け、一目散に駆け寄って行った。


「兄上!」「兄様!」


「二人とも、無事か!!!!」


 両腕の中に飛び込んで来る、二人の妹の勢いに転びそうになりながらも、ノヴァルナは満面の笑みで迎える。

 マリーナもフェアンも、なぜ兄がここにいるのかなど、意味のない疑問であった。兄と再会出来たという事実がすべてであり、今この時間において他の事はどうでもいい。


 ちょうどその時、通路上に並んで浮いていた、赤い警報ホログラムが回転を止め、一斉に床へ吸い込まれるように消え去る。ブリッジを制圧した、カーズマルス達の仕業だ。

 同時にカーズマルス達は、駆逐艦の保安科員の通信と、データリンクシステムを落とした。これでさらにノヴァルナ達にとっては、仕事がしやすくなるというものだ。


 背後でイェルサスとキノッサとハッチが、銃を構えて警戒する中、マーディンとササーラとモリン、ヤーグマーがノヴァルナの前に膝をつく。


「ノヴァルナ様」


「おう、おまえらも全員揃ってるな。よしよし」


 右腕にマリーナ、左腕にフェアンの背中を抱え、両手に花状態のノヴァルナは、部下達も無事の様子に満足そうに頷いた。

 とは言え助けられたマーディン達は、狐につままれたような表情のままだ。


 つい先程まで、どうやってここから脱出し、ナグヤと連絡をとって主君ノヴァルナを救出するかで、全員が頭を捻っていたのである。それが突然、そのノヴァルナの方から救助に現れたのだから、困惑するのも無理はない。

 

「ノヴァルナ様こそ、よくぞご無事で…ですが、これはいったい、どういう事なのでしょう?」


 立ち上がったマーディンは、疑問を口にした。その間にササーラ達は、倒した保安科員の銃を拾い上げる。


「おう、いろいろとあってな。詳しい話はあとでするが、とにかく俺達も、今や海賊の一味ってワケだ」


「は?」唖然とするマーディン。


「いいから取りあえず、こっから逃げ出すぞ。ついて来い!」


 そう言って、ノヴァルナはマーディン達を促して、二人の妹を連れ、先頭きって通路を早足で歩きだした。素早くキノッサがノヴァルナを追い抜き、先頭を代わって護衛に入る。

 マーディンはハッチを追い抜きざま、無事を喜んで背中を軽く叩いた。それを次のササーラはバシッ!と強く叩いたため、ハッチは背中を手で押さえ、苦笑混じりで頷く。そして最後に、モリンとヤーグマーと顔を合わせ、ハイタッチを交わした。


 すると主通路に出たところで、ノヴァルナ達は、海賊―――『クーギス党』の陸戦隊員と出会う。それは駆逐艦侵入時に、ノヴァルナと共にいた六人で、さらにその後ろに、マーディン達が奪った海賊船の乗組員が六人いる。

 今ひとつ事情が飲み込めていないマーディン達、つまり駆逐艦に捕らえられていた者は、反射的に海賊達へ向けて銃を構えた。しかしノヴァルナが即座にそれを制する。


「だからそいつらは味方だって。やめろマーディン!行くぞ」


「はあ…」


 少々頭の硬いところがあるマーディンは、ノヴァルナに告げられても、懐疑的な目をしたまま銃を降ろした。


 ノヴァルナは陸戦隊員達に、「そっちも無事だったか」と声を掛け、相手が頷くと、一緒に来るように言う。

 人数が来た時の倍以上になった一行が、再び通路を進み出すと、マーディンは少し気になっていた事をノヴァルナに尋ねた。


「ところでノヴァルナ様。ランがいないようですが?」


「ランなら心配すんな。海賊の人質に残して来ただけだ」


「…????」


 またもや理解不能な主君の返答に、マーディンはますます困惑した。人質としての価値なら、ランよりノヴァルナの方が、よほど高いはずだ。

 無論、マーディンは『クーギス党』の副頭領、女海賊モルタナの存在とその性癖を知る由もなく、彼女にとってノヴァルナよりランの方が、価値が高い事など想像の限界を超えている。

 

“だめだ。これはやはりノヴァルナ様が、きちんと説明して下さるまで待とう…”


 中途半端な情報では、何が何やら混乱するだけだと、マーディンが考えるのをやめたその頃、イル・ワークラン=ウォーダ家の嫡男、カダール=ウォーダは、彼の座乗する重巡航艦の艦橋で、側近に不審そうな顔を向けていた。


「旅客船にガルワニーシャ重工の息子は、乗っていなかっただと?」


「は…いえ、海賊どもが『ラーフロンデ2』を襲撃するまでは、確かにいたようです。警備モニターの画像にも写っております」


 側近は目を泳がせながら、カダールに説明する。


「すると海賊どもが連れ去ったというのか?人質にして身代金でも要求するつもりか?…おい、今までそういう事例は、あったのか?」


「いいえ。これまで奴らの目的は、積み荷の水棲ラペジラル人のみでした」


 そのはずである。宇宙海賊を名乗ってはいるが、彼等は元はシズマ恒星群を統治していた独立管領の一つ、クーギス一族とその一党であり、かつての領地に暮らす水棲ラペジラル星人を、義侠心で奪取しているからだ。


「分からん。どういう事だ?」


 腕組みをして、艦長席に背を沈めるカダール。側近は腰を低くして、自分の推論を述べた。


「資金的に苦境に陥り、身代金目的に連れ去ったのかも知れません。普段の奴らは文字通りイーセ宙域で、キルバルター家ゆかりの者から物資を奪って、生計を立てている海賊にございますれば…」


「それは奴らが、キルバルター家に恨みがあるからだろう。何せ奴らがシズマ恒星群を逐われたのは、奴ら以外の十三人衆を、キルバルターが籠絡したためだ―――」


 カダールは短絡的な性格ではあったが、何も考えずに、行動しているわけではなかった。


「―――少なくとも、こちら側では秘密となっている、水棲ラペジラル人以外に手は出さないのが、奴らの大原則であるはず。銀河皇国から朝敵…つまりテロリストと公式認定されれば、全ての権利を剥奪され、殲滅対象になるだけだからな」


「は…」頭を下げる側近。


「それで、旅客船はどうした?」


「はい。時間もなかったため、すでに乗客の記憶を消去し、惑星サフローへ向けて、準光速航行を開始しております。通常時間であと30分ほどで到着する予定です」


 『ラーフロンデ2』の乗客を、記憶消去に留めていたのは、この準光速航行を利用していたためである。


 通常、限りなく光速に近付く事も可能な、重力子ドライヴによる、星系内惑星間航行の速度は、光速のほぼ20パーセント以下に制限されている。

 その理由は、光速に近付く事で発生する宇宙船の内外の時間のズレを、船体を包む重力子フィールドが緩和していたのが、30パーセントを超えた辺りで崩壊し、急速にズレが大きくなるからであった。宇宙船の時間が圧縮され、通常空間より時間が短くなる現象だ。


 『ラーフロンデ2』は通常、光速の12パーセントで、ベシルス星系外縁部からおよそ7億1千万キロ進んだ、第六惑星サフローへ、約5時間半かけて航行している。

 しかし海賊の襲撃を受けた今回は、約2時間半後に返還された星系外縁部から再度、航行を開始し、速度を光速の92.5パーセントまで、一気に加速したのである。慣性をもコントロールする、重力子ドライヴならではの加速機能だ。


 これにより惑星サフローまでは、およそ45分。そして船内の経過時間は僅か数分という短時間で、到着する事が出来るのである。

 そして乗客の記憶については、オ・ワーリ宙域から転移した直後の、座席についた状況からの記憶を消去し、サフローの軌道に進入前の、各自が座席についている時間に目覚めるよう、睡眠誘導していた。多少雑ではあるが、不審がる乗客には、サフロー到着後も監視役がつけられる。


「とにかく、旅客船に残した兵士に、もう一度船内を捜索―――」


 カダールが面倒臭げにそう言いかけた時、艦橋の通信士官が慌てた様子で歩み寄り、データパッドを側近に渡した。

 その内容を確認した側近は、大きく口を開けたまま、顔を青ざめさせる。


「なんだ?どうした?」


 どう見ても、不吉な知らせを受けたとしか取れない表情の側近に、カダールが問い質した。


「そっ!…それがその…」


「よい!早く言え!!」


「はっ…ははっ!惑星サフローの駐屯基地が襲撃を受け、ガルワニーシャ重工の娘達や、捕らえた海賊が逃走したと…」


「なんだと!!!!!!」


 カダールは目を剥いて肘掛けに拳を打ち付け、立ち上がる。


「そのガルワニーシャ重工の連中、やはり海賊の仲間ではないのか!息子の映像があると言ったな。見せろ!!」


「ははっ!!」


 狼狽しながらデータパッドを操作する側近。


 やがて、突っ立ったままのカダールの前に、ホログラムの画面が出現し、『ラーフロンデ2』の警備映像に写った、ガルワニーシャ重工役員の息子とされる少年が投影された。友人らしき小肥りの少年に、ヘッドロックをかけてふざけている。


 その少年の顔がアップになった瞬間、カダールの顔は驚きの表情で、蝋人形のように固まった。


「こ!…こっ!…こいつは!!」


 そう言ったきり、カダールは顔を固めたまま、腰砕けに艦長席に座り込む。


「カダール様?」と側近。


「こいつは、ナグヤの大うつけではないか!!!!!!」


 カダールが叫ぶと、側近も「ええっ!!!!」と跳び上がった。


「まさか!ナグヤ=ウォーダの、ノヴァルナ殿にございますか!!」


「なぜだッ!!なぜ、奴がここにいるのだッ!!??」


 その問いに、誰も答えられるはずはなかった。ノヴァルナ自身、別の目的で来たところを、運悪く巻き込まれたのだからだ。まぁ、ある意味ノヴァルナが“持っている”のだ、とも言えるだろうが………


 しかしカダールにすれば“持っている”で済むような問題ではない。いやカダールだけでなく、イル・ワークラン=ウォーダ家にとっての大問題だ。

 つい先日、イル・ワークラン城で父や父のクローン猶子、そして重臣達と“たわけ者”よと嘲り笑ったウォーダのお荷物が、彼等にとって、最重要の隠し事のど真ん中に、いきなり現れたのだ。


「ぬああッ!!」


 理解不能の事態に、カダールは癇癪を起こして再び立ち上がり、座席を振り返って蹴りつける。その異様な反応に、艦橋にいた士官達は眉をひそめた。

 しかしカダールに、体面を気にする余裕はない。まるで艦長席に別の誰かが座っているかのように、背もたれに向かって怒鳴り付けた。


「まずいッ!!これはまずいぞ!!」


「カ、カダール様…」


 背後から恐る恐る呼び掛ける側近。カダールはグルリと大袈裟に振り返り、両腕を上下させて言い放つ。


「このままだと、俺の不始末にされてしまうではないかァッ!!!!」


「は!?…あ?」


 カダールが不安がる理由が、イル・ワークラン家より自己の保身だと知り、側近は目を白黒させた。


「殺すのだ!!」


「え…しかし相手は、ナグヤの正統継承者ですぞ?」


「構わん!ノヴァルナ・ダン=ウォーダを殺すのだァッ!!」


 そう叫ぶカダールの両眼は、禍々しい光を放っていた………




▶#05につづく

 

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