2章ー5・レムリアへの回廊

どこ、どこにいるの?

トイレ、実験室、美術室、屋上。あちこち捜し回ってはいるけれど見つからない。


非常階段への扉をあけて外に出ると、上の方から声が聞こえてきた。

琴音ことねちゃん達の「動くな」とか「押さえろ」という声が聞こえる。



「やっ!いっ!・・・・・・うっ!」


非常階段を昇るとちえりの悲痛な声が漏れ聞こえた。



「何やってんのよ?!」


大声であたしが叫んだ階段の先には、上履きのままちえりのお腹を足で押さえ込む琴音ことねちゃんや腕を2人がかりで階段の手摺に押さえつける美耶みやちゃん、葉月はづきちゃんの姿があった。


口の中に汚い雑巾を押し込まれているところで、ちえりは苦しそうに泣いていた。ちえりの足元には数百本もの髪の毛が落ちている。


髪の毛を抜くのは、いじめでよく使う手だ。体や顔に傷をつけると後々面倒になるので、数本づつ髪を毟り取る。わずか数本でも無理矢理に髪を抜かれるのは痛い。


それに女の子にとって、髪は本当に大切なんだ。ほとんどの子は自分の髪に気を使って毎日手入れしている。その大事な髪の毛を抜かれるのは痛み以上に精神的にくる。


口の中に汚い物を入れるのも相手の精神を折るのにはとても効果的で、ほとんどの子はその後、吐いたり、泣いたりして、二度と歯向かってこなくなる。


外傷なく相手を苦しめる。いじめの常套手段。

暴力でも陰湿だからこそ、効果的なそのやり方は卑怯。


こんな事をされた相手は、一生忘れられない記憶になってしまうだろう。


駄目だよ。こんな事はもう、絶対にやっちゃ駄目だ!


あたしは琴音ことねちゃん達3人を払いのけ、ちえりを庇う。

口から汚れた雑巾を引っ張り出すと、ちえりはその場にしゃがみ込み嘔吐した。


苦しそうに涙を流しながら嘔吐するちえりの背中をさすり見上げると、美耶みやちゃん、葉月はづきちゃん、琴音ことねちゃんの3人は眉を吊り上げて睨んできた。


「なんのつもりだよ。芹歌せりか?」


「お前、本当に頭がおかしくなったか?」


芹歌せりか。あたしらを裏切るつもり?」




「裏切るも何もないよ」


胸が苦しくて声が閊える。でも言わないと。


「こんな事をされた者の気持ちを考えろよ。どれだけ惨めで悲しい思いになるかぐらい想像できるだろ」


震える声で訴えると、琴音ちゃんが汚物を見る目で答えてきた。


「よくもそんな綺麗ごとが吐けたね。これをあたしらにさんざんやらせてきたのはどこの誰だよ?」



そう。あたしはこの卑怯なやり方を彼女達に指示して、何人もの人達を苦しませた張本人だ。今さら綺麗ごとを彼女達に言うのは天に向かって唾を吐くのと同じ行為だ。



死にたい。死んでお詫びをしても全然足りないけれど。

せめて、死んでお詫びをしたい。だけど、できないんだ。それはできない。


あたしの事を真剣に思ってくれた人がいる。

世界一優しい人が本気であたしの未来を心配して。

死ぬ寸前まであたしを誇りに思ってくれた人がいる。


こんなクズのあたしに命懸けの愛を注いでくれた人の為にも死ぬわけにはいかない。どうしようもないクズで。それは今も変わらなくて。


でも、だからこそ。あたしはこれ以上、酷い事はしない。

あたしの大切なこの3人の友人にもこれ以上、酷い事はさせない。

これ以上、罪を犯させない。何がなんでも止める。


覚悟。絶対に引かない覚悟。立ち上がる。

琴音ことね

葉月はづき

美耶みや


1人、1人目を逸らさない。彼女達の視線から逃げるのは、これまで自分がしてきた罪から目を逸らすのと同じ事だと思うから。


逃げないで向き合うんだ。彼女達にも。自分の罪にも。


そして、殺されたって3人を止めるんだ。




「もう止めて」


心の底からの思いをぶつけて、あたしは琴音を抱きしめる。



「離せ!くそ女!」


琴音が腕の中で暴れる。爪で顔の皮膚を切りさかれた。



「芹歌!今更いい子ちゃんぶってんじゃねぇ!」


「ふざけんなよ!この馬鹿!」


美耶と葉月もやりきれない思いを叩きつけてきた。

2人共、あたしに裏切られたと感じて、悔しさと怒りをぶつけてきている。


髪を力いっぱい引っ張られ、横腹を蹴られ、首を絞められる。腕の肌も爪で切りさかれて血が滲む。


痛いし、息が出来なくて苦しい。

でもやめないよ。琴音、葉月、美耶。

あんた達にはもう罪を犯してほしくないから。


蹴って殴り、引っ掻いて、締めながら、憎らしそうに睨んでいる。

あんた達がそこまで人の痛みに鈍感になり残酷になり卑怯になったのはあたしの責。あんた達のやりきれない思いを虐に向かわせたのはあたしだから。


あんた達をこんな風にした責任をとらないといけないね。


黙ってされるがままでいよう。

でも抱きしめるのはやめない。

死んでもやめない。伝わらないかもしれないけれど。いまさら何だとしか思わないだろうけれど。それでも最後まで抱くのをやめない。


思い出して。

優しさを。

思いやる気持ちを。



目の前が暗くなる。

気が遠くなってきた。

でも意識は手放さない。

ここでやめたら、この子達は変われないから。



(芹歌。このままだと、あんたの体が持たないよ)


ベステトの声が聞こえた。あたしはベステトに答える。


駄目だよ。ここでやめられない。

この子達を間違わせたのはあたしだから。

だから、間違いから救い出すのもあたしがやるんだ。



服がぼろぼろになってきた。体も顔も血だらけだ。呼吸もできない。

クズなあたしにはお似合いだ。



3人がかりで手摺にぶつけられる。

あたしを何とか引き離そうと必死だ。

でも、殺されたって離さないよ。



(芹歌。これ以上はもう無理だ!このままじゃ、あんたが死んじゃう。神力を使うよ!)



ベステト。駄目!

お願いだから、このままにして。

3人の怒りは当然だから。だから、あたしはその全部を受け止めるんだ。



(芹歌・・・・・・)




それからどれだけ時間が経ったのだろう。


途切れそうな意識の中で、いつの間にか3人のあたしへの嬲りが収まっている事に気づく。


離してしまった?!

驚いて自分の状態を見る。そして安堵した。

あたしはまだ、琴音の体を離さず、抱きしめていた。




琴音が泣いていた。

美耶も葉月も悲しそうな顔であたしを見ている。


「何でよ。何でいつもみたいにやりかえさないの?」


「あたしらにいいようにやられて。それでも離さないで」


「傷だらけになって。それでも大人しくして、何考えてんのよ?」



「あんた達はあたしの大切な仲間だからね。分かってもらえるまで頑張るよ」


気絶しそうになるのを必死に堪えて、笑顔を浮かべた。



3人がそれぞれに涙を浮かべて、あたしに抱きついてきた。



「琴音。美耶。葉月。ありがとう」


心からの感謝の気持ちを言葉にすると、3人が泣き出した。


「ごめん」


「芹歌ちゃん」


「ごめんね」



ポケットの中から温かさが伝わってきた。

宝石が輝きを増したのかな?



江梨花えりかの存在が増えたわけじゃないよ。でも江梨花の存在が震えている。芹歌の心に反応しているんだよ。たぶん、江梨花の心と今の芹歌の心は同じなんだろうね)



あたしと江梨花って人の心が同じなの?

でも、江梨花という人は女神様みたいに優しい人なんでしょ?

それが、あたしと同じなの?



(今のあんたは十分に愛であふれているよ。それが証拠にマナで、あたしの神としての力がどんどん増えている)



そっか。

ちょっとでも江梨花という人に近づけたなら嬉しいな。


そう思った時、急に体がふわりと浮いた。



「え?」


自分の体に何が起こったのか分からない内にあたしの体は手摺をこえて、非常階段の外に出た。



「え、何?」


「芹歌ちゃん?」


琴音達3人とちえりが、宙に浮かんだあたしの姿を見て驚いている。



何か目に見えない大きな腕に掴まれた感じがする。何これ?

あたし。どうなるの?



(あたしの力が効かない。くそ!誰だ、芹歌を離せ!)


ベステトが悲鳴にも近い声を上げた。




「あ・・・・・・」



あたしの体が物凄いスピードで下の地面に叩きつけられるのが分かった。

そして、同時にあたしの意識もそこで消える。








「やっと次元層を渡る回廊に来たね」


ぼんやりとする意識の中であたしは声のする方を見た。

胸にぽっかりと穴が空いている男の子がいた。


辺りは色が無い。かといって暗闇でもない。

表現のしようがない不思議な空間だった。



「どうして、あんたがあたしの目の前にいるの?」



「君が来るのをここでずっと待っていたんだよ。いつまでも来ないから、待ちくたびれて僕の方から君を呼寄せたんだ。ちょうど、ベステトの残留思念の力も貯まっていたからね。これで君は回廊を通れる」



「どういう事?回廊を通るとあたしの体は破壊されてしまうのよ。それじゃ、レムリアに行けないじゃない」



「だから肉体なんか始めから無ければ良いだけの話だろ。意識だけならベステトの中で壊れずに運べる」



「それって、どういう・・・・・・」


質問しかけて、自分の体が変わっている事に気がついて息を飲む。

肌が黒い。良く日焼けした褐色の肌。そして体に纏わる金色に輝くくせっ毛の長い髪。古代エジプトの貴族階級の人が着るような女性の白い服。その下には白い水着のような物を着けている。


胸のふくらみの間のすぐ上には、桜色に輝く小さな宝石が褐色の肌に直接付いていた。


この姿ってベステトじゃん!


「え、何で?どうしてあたしの体がベステトの体になっているの?」



「君が回廊を通るのに肉体が邪魔なら意識だけをベステトに移せば良いだけだったんだよ。どうせ、エリカを復活させたら、またエリカの力で君達も復活できるからね。それで万事上手く行くだろ?ベステトは君の肉体を壊す事を躊躇っていたようだけれどね」



「じゃあ、あたしの本来の体は?」



「うん。見るも無残なペチャンコ」


にっこりととんでもない事を言ってくれた。



「ふざけないでよ!何を勝手に人の体を壊してくれてるのよ!」



「僕はエリカをきょうの魔の手から救い出したいだけ。その為なら何でも利用する。君の命も僕にとっては単なる道具。エリカさえ救い出せればあとはどうでもいい。僕にできる事はやった。後は君次第だから、とにかく頑張りなよ。遠くから成功を祈っているから」



「何、その身勝手な言い方は?いくら顔がいいからって、我儘もいい加減にしなさいよ!」



「僕の顔が良いのは当然だけれど。それと僕の考えは関係ないよね。君って美男子に弱いのか」



「うっさい!」



「可愛いとこあるね」



「黙れ」


あたしが怒りに震えていると、男の子はくすっと笑って姿を消した。




不思議な空間の中に1人とり残されたあたしは考える。

頭の中にベステトの知識があるのが分かった。そりゃそうだね。ベステトの体と頭だもん。


ここは桃ちゃんが作ってくれた次元層をこえる回廊。

行先は分かる。


惑星レムリアのある異世界を目指して、あたしは回廊の中を飛んで行く事にした。


あの男の子の思惑通りに動くのは癪だけれど、目的は同じだからしょうがない。

今はあいつの事を頭の隅に蹴とばしておこう。


江梨花という人を救いたいこの胸の思いは本物だし。

ベステトの無念も晴らしてあげなくちゃだしね。

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