2章ー4・凶と禍

家に帰った後、あたしはベステトから色々説明してもらった。


頭の中に浮かぶベステトは、ぼんやりと透き通った儚げな黒い仔猫の姿から、はっきりと見える元気な女性の姿に変わっている。


服装は古代エジプトの貴族女性が着ていた透けるような白地のチュニックドレスに、優雅なショールを細やかに襞を寄せて身に纏っている。おしゃれだ。


日焼けサロンで毎日焼いてた?てくらいに真っ黒に日焼けした褐色の肌。

サファイアよりも深く濃いアクアブルーの輝く瞳。

膝までとどくほどに長い金髪は凄いくせ毛でふわふわに膨らんでいる。

はっきり言って物凄い美人だ。トップモデル並のプロポーションだし。


ちょっと自分の容姿に自信のある女の子は、相手と自分の綺麗な部分を無意識の内に比べてしまう悲しい本能がある。そして全てにおいて勝ち目が無いと落ち込む。決して表には出さないけどね。


(あたしが美人なのがそんなにくやしいのかよ?)


そしてベステトと魂で繋がっているから、あたしの感情はベステトに完全にバレバレだった。


「うっさい。人の心を読むな」


敗北感を味わっている自分の心を全部知られて恥ずかしい。



(あたしの顔を良く見なよ。誰かさんにそっくりだと思わない?)


金色の産毛に覆われた猫耳をぴくぴく動かして可愛らしい。

美人でスタイルが良くてその上、猫耳にしっぽまであるってずるくないか?


ベステトに言われてその顔をじーっと見ているとじわじわと分かってきた。


ん。あれ?

これって・・・・・・あたしの顔じゃないの?ていうか、あたしじゃん!


ちょっとだけ欧米人っぽく彫が深いけど、これはあたしの顔にそっくり。



(あたしはね。江梨花えりかよって、あんたそっくりに作られたんだよ。心と顔をね。ただし、ちょっと改造はされている。心は素直に。顔は欧米人ぽく。



何で江梨花えりかって人は、あたしなんかにあんたを似せて作ったの?



(そりゃあ多分、江梨花があんたを好きだったからだろ)



え?!

あたし、そんな気無いよ!悪いけど同性には興味無いから!



(早とちりするな。江梨花があんたを好きだったっていうのは人間愛。人として好きだったって事)



そうだったんだ。

あたしみたいな奴を好きになってくれたんだ。その人は。


嬉しかった。そして救われた気がした。何となくぼんやりとその人の姿が浮かぶ。あたしより背が低い女の子の姿。おっとりした品の良い、可愛らしい顔をしている。


これが江梨花という人なの?

心が温かくなる。そしてなぜだか優しい気持ちになる。



(ふぁ?いきなり来たぞ!江梨花の存在が増えた!)



え、どういう事?



(今、芹歌せりかが江梨花の存在を感じてくれたおかげだよ。かなり存在が増えたよ)



ベステトにそう言われて、あたしは左手に握る桜色の宝石を見た。

また少しだけ輝きが強くなっている。


これで一カ月分くらいは増えたかな?



(いくらなんでも、そんなには増えないよ。でもそうだね。たぶん、3日分くらいは伸びたと思うよ)



たったの10%か。



(10%でも増えるのは凄い事だよ。もう江梨花の存在を増やせる触媒はほとんどいないからね。江梨花の両親でさえ完全に消えていたから。芹歌は特別だから置いといて。他人のちえりに江梨花の存在が残っていたのは、むしろ奇跡だったよ)



ふーん。

そういうものなんだ。


あ、そういえばベステトって、今は元気じゃん。

それって、江梨花という人の存在が増えたからなの?



(近いけれど違う。そちらでも神力が回復できたら便利だったんだけど)



どう違うの?そもそもあんたら神って何なの?



(神はもともと人の心が生み出したものにすぎない。だから、神は人の心の中にしか存在できなかった。それをどっかの誰かさんが江梨花に力を与えて、人の心の中から出られるようにしたんだよ。


神は人の純粋な叡智と愛。愛情や優しさや深慮や探究などを核にして最初は生まれる。畏怖や忌によって生まれる神もいるけど。そっちは神といっても本能的なものから生まれる神だから基本、大した神じゃない。


そしてあたしら神は一度具現化すれば神力を永久機関として永遠に存在できる。ただし、今のあたしみたいに本来のベステト神ではなく、その塵芥でしかない偽者にはマナの補給がないと神体を維持できない。


幸い、ちえりや芹歌の優しさからマナの補給ができたから今は神力が戻っているけどね)



え、偽者?

あたしが見ている今のベステトは本物のベステトじゃないの?



あたしの質問にベステトは悲しそうに笑いながら言った。


(ベステトは消滅した。人間風に言うなら死んだ。今、芹歌の側にいるあたしはその死んだ時の燃えかす。ベステトが死ぬ時に残した無念の思い。残留思念が形になっているだけなんだよ。


ただ残留思念とはいっても神の残した思いだから、こうして形を保てるほどのパワーがあるだけで、本来なら姿すら人には見えない)



あんた、死んだの?

今、あたしが見えているのはあんたの無念の思いなの?



(そう。あたしはベステトの心残り。死んでも死にきれなかった思いが、偽りの形を持って現れただけなんだよ)



その心残りが江梨花という人なの?



ベステトの偽りの影が静かに目を閉じてうなずいた。




自分が死んでも残るほどの思い。

それほどまでに江梨花という人が大切だったんだ。


死んでも死にきれないほどに心配で。どれほどの無念と悲しみの中で死んでいったのだろう。







それで、あんた達を殺した奴は一体、誰なの?



(悪魔だよ)



悪魔?

神が悪魔に殺されたの?



(悪魔といってもただの悪魔じゃない。世界(宇宙)どころか、次元層そのものを滅ぼして回る最凶の悪魔。創造神どころか神皇や神帝でさえ足元にも及ばないほどの化け物なんだよ。はっきりいって手に負えない。


悪魔の名前はきょう。あたしら神がマナから生まれ、マナからパワーを得るのに対して、きょう怨呪オドから生まれ、怨呪オドからパワーを得る)



「もしかして、桃ちゃんっていう神も死んでたりする?江梨花という人を復活させるためには、万全な状態の桃ちゃんじゃないといけないんでしょ?」



(たぶん、桃ちゃんは死んでいないと思う。あたしや薬師やくしなんかは殺されちゃったけれど、あの子は江梨花を復活させられる唯一の希望だって自分でも分かっている賢い神だから。


きょうから逃げ延びていると思う。ただ、未だに桃ちゃんから連絡が来ないという事は、あの子もただでは済まなかったんだと思う。生き延びているにしてもかなり衰弱しているか。それとも・・・・・・)



ベステトと同じで死んでいるか。その言葉だけは言えないよね。だって、それは途切れそうなほどに弱い希望の糸を自ら断ち切る行為も同然なのだから。



とにかく、桃ちゃんは死んでいない。江梨花という人を助け出す方法が見つかる頃には、桃ちゃんも元気な姿で現れる。


今は、そう信じて突き進むしかないんだ。





それからベステトには、江梨花という人の神作りの能力の事やあたしとの出会いの話もしてもらった。おかげで難解には違いないけれども、今の状況を理解できるようにもなった。


すると、一つの疑問が浮かんでくる。

なぜ、江梨花という人が異世界に戻ったとたんに、きょうが襲いかかってきたのか?


たまたまの偶然。その可能性はある。

でも、あまりにもタイミングが良すぎる気がする。


まるで江梨花という人が戻ってくるのを待っていたみたいだ。

上級神ランクの桃ちゃんの感知力は半端ないらしい。

因果律に縛られないから、あらゆる危険を掌握してしまうとの事。


それでもきょうの襲撃を感知できなかったという事は、凶と禍が江梨花という人に狙いを定めて罠を張り、感知できないようにしていたとしか思えないんだよね。


まあ。どちらにしても上級神ランクの神が敵わなかったほどの化け物が相手じゃ、どう転んでも勝ち目はないから、遭遇しないように祈るしかない。







翌日の学校では朝から、これからどうやって江梨花という人を助け出すための方法を見つけるのか、という事を考えるという迷路みたいな考えに、あたしは頭を抱えるはめになっていた。


江梨花という人を復活させる為にはあたしという触媒と、彼女の存在と強い繋がりがある媒介が必要らしい。それはこちらの世界でいうなら彼女の両親や育った家など、彼女の存在の根幹を成すもの。


でもすでに彼女の両親や家からは、彼女が存在したという事実が消えてしまっていた。もっと大本。存在理由の根幹を成すものがあればいいのだけれど、それは見当たらないらしい。


唯一残るのは江梨花という人が転生する前のエリカという人物だった時に住んでいた教会ぐらいのものだそうだ。


江梨花ではなく、転生前のエリカの存在の方が無事に残っているのは、凶と禍がその時の本人である江梨花を攻撃したから。


本人との直接の繋がりが強いものから順番に存在を消され、徐々に関係の希薄なものへと浸食は広がっている。その最後の頼みのエリカの教会はあちらの世界。惑星レムリアに建っていた。


それならば、今すぐにでもあたしが惑星レムリアに転移すれば良いのだけれど、桃ちゃんが造ってくれた向うの世界への回廊かいろうを通るのには問題があった。


本物のベステトの力なら問題なくあたしの体を運べるけれども、ベステトの残留思念の力では無事に運べず、あたしの肉体は破壊されて霧散してしまうらしい。


何か別の方法を思いつかないといけない。



もう、あたしの頭の中は完全に迷子だよ。アイデアのサービスカウンターがあったら、ぜひ連れて行ってほしい。



「芹歌ちゃん。どしたの?そんなに眉間にしわ寄せて?」


「馬鹿なんだから1人で悩んでないで、あたしらにも話してみ。相談に乗るよ」


「でも馬鹿が4人集まって考えても、余計にこんがらがるだけかもしれないけどね。1人で抱え込むよりは気が楽になるかもよ」



葉月はづきちゃん、美耶みやちゃん、琴音ことねちゃん。あんた達、こういう時はいい奴なんだよな。胸の奥がちょっとだけジーンときたよ。


恥ずかしいから、そう思った事は言わないけどね。

それにこんなとんでもない話できないし。言っても信じてもらえないよ。


「うん。もう少しだけ自分で考えてみる。ありがと」


3人に感謝しながら桜色の宝石をポケットの中で握る。

すると、宝石に化けているベステトもうんうん悩んでいる様子が見えた。



ベステト。何か良い案は出た?



(ある事はあるんだけどね)



なんだ。あるなら早く言ってよ。



(うん。でもやっぱり駄目)



何か問題でもあるわけ?



(問題というか。最後の手段というか。でも、これ江梨花を助け損ねると芹歌まで道連れにしちゃうんだよね。それは江梨花が一番望まない結果だろうし)



何だか不穏な気がしてきた。



(うん。とんでもなく不穏で不吉。だからこの案は駄目)



そっか。何だか、やばそうだという事は分かった。


でも、本当にどうしたらいいの。




もう、授業なんて頭の中に入ってこない。あたしは考えに集中していた。そして気がつくと、いつの間にか昼休みの時間になっていた。


あれ、琴音ちゃん達はどこに行ったんだろ?


辺りを見渡すと、他のクラスメートは給食の準備を始めている所だった。

ちえりがいない。朝は見かけたから、たぶん午前中はいたと思うんだけど。


琴音ちゃん達3人とちえりがいない事が気にかかる。

あたしは教室を出て3人とちえりの行方を捜す事にした。

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