13・故郷へ
末期には薬も効かなくなり、嘔吐と激痛に全身を苛まれながらも
それを芹歌さんに渡してもらえるように病院にお願いしていたのですが彼女の死後、手帳は芹歌さんの手元には渡りませんでした。
手帳を渡された芹歌さんのお母さんが手帳をびりびりに破ろうとしたのです。その場に居合わせた
遺族に渡しても破り捨てられるだけとなった手帳は行き場を失い、看護婦を引退した
手帳には芹歌さんの喜んだ時の出来事や笑っていた時、泣いている時の様子が事細かに書き記されていました。
病に苦しみながらも、幼い芹歌さんを思い出して書き記す友里恵さんは幸せそうで、本物の母親よりも愛情にあふれたお顔です。
友里恵さんの残した手帳を読みながら芹歌さんは、ぽろぽろと涙を落として小さく体を震わせています。
私は芹歌さんへの愛おしさがこみ上げてきて、無意識に彼女の頬に両手で触れてしまいます。私に両手で自分の頬を触られた芹歌さんは、目にいっぱい涙をためながら私を見ました。
「良い子だから泣かないで」
私が頬を触ってこう言うと、いつもこの子はにっこり微笑んでくれる。
「うん」
芹歌さんがこくんとうなずき、私に笑顔を見せてくれました。
「良い子ね」
私は涙をためながら微笑む芹歌さんをぎゅっと抱きしめます。
するとこの子はいつも安心したお顔になって甘えて抱きついてくる。
友里恵さんの記憶を見たからでしょう。
彼女が幼い頃の芹歌さんにしていた行動を自分がしてしまいました。
私の方が年下なのに。
なんだか芹歌さんのお母さんになったような気分です。
私達は疋田美晴さんに何度もお礼を述べてマンションを後にしました。帰りのハイヤーを呼んで車に乗り込んだ私達はお互いに手を握り合って、お家に着くまで離す事はありませんでした。
その夜、自分の部屋で私は芹歌さんの事を神様達に相談しました。
「芹歌さんの事が心配です。私がいなくなっても大丈夫なようにしておきたいのですけれど」
「芹歌はもう大丈夫だよ。あの子は優しさを知った。本当の優しさを知った人間は心が強くなる。そう簡単には挫けない」
ベステト様が心配はいらないよと私に言い含めてくださいます。
私はベステト様のお言葉にうなずきながらも芹歌さんへの思いが消せません。
「今度こそ。あの子には何かを残しておいてあげたい」
私がそう呟くと、スカートスーツ姿の
「
「江梨花は本当に優しい子だから。実は愛の女神の生まれ変わりなんじゃないのって思うくらい慈愛に満ちているからね。だからあたしは江梨花が大好き」
はう。ベステト様がダイブしてきました。私は押し倒されて身動きできません。
「それでいつ、あちらの世界に戻るつもりなのですか?」
できれば、今すぐにでも帰りたいのですけれど。
私に抱きついて甘えているベステト様がおっしゃいました。
「江梨花の故郷を探したけどなかなか見つからなかったんだよね。それでラーの目をこの次元層の外にまで向けたらやっと見つかったよ」
「別の次元層に江梨花の故郷はあるのですか?それはまたずいぶんと遠いですね」
私が疑問に思っているとベステト様が教えてくださいます。
「今、あたしたちがいる世界がある次元層だけでも無数の世界が存在しているんだよ。この世界そっくりな世界も数え切れないほどある。
それは他の次元層でも同じ事。それなのにどうしてわざわざ他の次元層の中の世界からこちらの次元層の中にある世界にまで江梨花を転生させたのか、薬師はそこを不思議に思っているんだよ」
なるほど。
今いる世界から別の世界に移るだけでもとんでもないので、どれだけ遠いのかはもう私の理解の範囲外ですけれど。とにかく薬師様みたいな規格外の神様でさえ驚くほど遠い所に私の故郷はあるのですね。
「もっとも江梨花に神作りなんていうとんでもない能力を与えるほどの奴だから、そんな事は手間にもならない奴なのかもね」
ベステト様がおっしゃっているのは、あの声だけで姿の見えなかった人ですね。
私はベステト様の金色に輝く長いふわっふわの髪を手で掻き分けてお顔を出すとベステト様にお尋ねしました。
「それで、故郷の世界にはどのくらいかかるのですか?」
「それはね、無理。あたしも薬師も世界を超える力はあるけど次元層を突破できるほどの力は無いから」
「ふぇ、じゃあ私は故郷に帰れないのですか?」
「いや、方法はあるよ。次元層の根源法則さえも突き破れるだけの力を持った神を江梨花が作ればいいんだよ」
「あ、上級神のランクの神様ですか」
「そういう事」
「でも確か、上級神のランクだと
「大丈夫だよ。あたしや薬師の力を使えば、すぐに3000穣の
「チートですか。私、チートって嫌いなのですよね。でも今回は故郷に戻りたいのでチートします」
「神を作る能力を持っていて、チートが嫌いって説得力なさすぎだよ。江梨花」
「だって、チートすると何でも簡単すぎてつまらないじゃありませんか?」
「そうだね。だけど上級神のランクの神を作ったら超チートになるよ」
「超チート?どのようにでしょうか?」
「根源法則の支配を受けない上級神のランクの神は因果律に縛られない。物事は何でも原因があって結果があるでしょ。でも因果律に縛られないから原因なしに結果を得られるし、原因の前に結果を持って来たりできるんだよ」
「難しすぎて意味が理解できません」
「じゃあ、分かりやすく例えると。あたしや薬師は江梨花を転生させられる力はあるけど、それは江梨花を転生させる前には転生させられない」
「当たり前では?」
「そう思うでしょ。だけどあたしや薬師のような中級神と違い、上級神は江梨花がまだ転生していないのに転生させる事ができてしまうんだよ」
「ますます分からなくなってきました」
「つまり。まだ転生する前の江梨花が存在しているのに、同じ場所で転生後の江梨花が同時に存在できてしまうという事。江梨花が江梨花と挨拶できたり、一緒におしゃべりしたり、遊んだりできちゃうの」
「なんですか、そのドッペルゲンガーは。とても怖いです」
「ね。滅茶苦茶でしょ、上級神の力って」
「はい。確かに超が付くほどチートです」
「まあ、チートが嫌いならその力を使わなければいいだけだし。適当にいこうよ」
「私も大概ですけれど。ベステト様も気にしない性格なのですね」
「だってほら。あたしってラーの目があるでしょ。だからこの世界の神羅万象全てが理解できちゃって、悟りを開けちゃうわけよ」
「悟りを開いた割にはベステト様は甘えん坊ですね」
さっきから私を押し倒したまま抱きついて頬ずりをやめないベステト様に言うと
「世界の全てを知っているからこそ、江梨花がどれだけ貴重な存在かも理解できているわけよ。だからあたしのこの行動は、極めて正当で間違いのない行動なわけ」
もうベステト様に問答で勝てる気がしませんので、私はあきらめてされるがままになりました。
私はベステト様にお願いして、コップの中にあるピーチジュースの原子に疑似思考力を持たせてもらいました。
次に薬師様にお願いして疑似思考力を備えたピーチジュースの原子に超強力な神様への信仰を刷りこんでいただきます。
出てきました。私の願いの力を掛けなくてもすでに、3000穣の
神様の名前はピーチジュースから集めた
ピンクのパーティードレスに身を纏い、白金のティアラを頭に乗せる可愛いお姿。
緑柱を溶かしたように潤んだエメラルドグリーンの透き通る瞳。
プラチナブロンドの艶やかなストレートヘア。うん。可愛らしいです。
桃ちゃんの心は私の性格をベースにしつつも素直にしてあります。
「やっぱり人は素直が一番ですよね」と私が言うと
「神だから人ではありません」と桃ちゃんに訂正されてしまいました。
あれ、これって素直なのですよね。
思った事をそのままおっしゃるのだから素直ですか。そうですね。
「江梨花を故郷の世界に戻します。あちらでの時間経過はいくら時が経とうとも、こちらの世界では0秒にセットしておきます。これで向うに万年いようと億年いようと、こちらの世界に戻ってきた時は1秒たりとも時は進んでおりませんからご安心ください」
桃ちゃんはそう言うと、ぺこりとカーテシーを私達にしてくださいました。
うーん。やっぱり可愛い。こんな妹が欲しかったのです。
私が故郷にどれだけ長くいてもこちらの世界は時間が経たないので良いのですが、それでも一応はベステト様にお願いして芹歌さんに繋がるようにしていただきました。
ベステト様の御神柱と芹歌さんの魂にホットラインが繋がります。
これで心置きなく私は故郷に帰れます。
では、ふるさと目指して出発です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます