12・愛しています

学校での昼休み。

私は3年生の教室に行き、芹歌せりかさんに声をかけました。


芹歌せりかさん。私に付き合ってください」


いつも側にいる3人の女の子達との給食を食べ終わった芹歌せりかさんは、後片付けをしながら私を白い目で見ます。


「悪いけど男にしか興味ないから。女同士で付き合うとか有り得ないから」


「私だってありません。というか分かっていてわざと勘違いした発言をしていませんか?」


「何、あたしに意見?生意気チビ」


「はい、生意気チビで結構ですから。今日は芹歌さんと行きたい所があるのです。宜しければ私と御一緒していただけませんでしょうか?」


自分に関わろうとする者には、取りあえず足元を引っかけるような事をしないと気が済まない性格の芹歌さん。この人にとって相手を小馬鹿にしたり、意地悪をするのは挨拶みたいなものだと私は悟ったので軽く流しています。


「あんたと一緒に行って、あたしに何か得する事でもあるわけ?」


「別に良いですよ。公園で芹歌さんが私に甘えて抱きついてきた事を・・・・」


「きゃー!やめろ。言うな!」


周りの目を気にする芹歌さんに本気で口を塞がれました。


「私と御一緒していただけますか?」


江梨花えりか。おまえ、おぼえてなよ」


「はい。おぼえておきます」


私が笑顔でおぼえておきますと答えたら、今度は芹歌さんの顔色が急にすぐれなくなりました。あれ?


「いえ、いいです。おぼえてなくて」


ふぇ?芹歌さん。急にどうしたのでしょうか?

芹歌さんのお顔の色がいきなり悪くなり、言葉も急にしおらしくなったので私は戸惑いました。


後からベステト様に教えていただいたのですが、不敵な笑みを浮かべる私に芹歌さんは大騒ぎになったベランダでの一件を思い出してしまい、調子に乗った自分がまた私に追い詰められるのではないのかと恐怖したからだそうです。


今の芹歌さんにそんな事は絶対にしませんから。

むしろ憎まれ口さえも可愛らしくて愛おしいです。






帰りの会が終わると私は急いで玄関に向かいました。

玄関でしばらく待っていると芹歌さんが私の前にやって来て、嬉しそうに声をかけてきます。


「江梨花。お待たせ」


芹歌さん。クラスメートの前で私と会っている時と二人きりの時では態度が違いすぎます。そんなに皆さんの前だと、私と仲良くするのが恥ずかしいのですか?

少し、ショックなのですけれど。


私は芹歌さんと一緒に、校門前で待たせているハイヤーに乗りこみます。


「本当にタクシーに乗って行くんだね。江梨花、お金は大丈夫なの?」


「はい。ハイヤー代をお母さんからもらっているので大丈夫ですよ」


「そういえば、あんたのパパは国会議員だったね。金持ちのお嬢様はいいね」


これは、いつものおふざけの嫌みではなくて、少し本当の嫌みっぽいです。

私が一般家庭よりも裕福な環境にいるのは事実なので否定はできません。

小学校の頃から時々言われたセリフなのでだいぶ慣れましたけれど、それでもこういう事を言われるたびにお友達との間にちょっぴり距離を感じてさみしくなってしまうのです。



「ごめん、江梨花。そんな顔しないで。あたしが悪かったから機嫌直して。ね!」


よほど私のお顔は落ち込んでいるように見えたみたいです。

芹歌さんに余計な気づかいをさせてしまいました。

気をつけないといけません。


「今、芹歌さんが優しい言葉を私にかけてくれたから幸せになりました」


「なっ、なに恥ずかしい事言ってんのよ」


私の言葉を聞いて芹歌さんがちょっとお顔を赤らめてそっぽを向いちゃいました。でも本当なのですよ。

他人の気持ちを気づかう芹歌さんの姿を見れて嬉しくて。しかもその気づかった相手が私だったので余計に嬉しくて、幸せな気分なのです。




ハイヤーはお隣の鎌倉市を越えて逗子市に入りました。134号線を道なりに走ると披露山公園が左手に見えてきます。右手には相模湾に面した海が青々と広がっています。目的地までもうすぐです。


「江梨花。そろそろどこに行くのか教えてくれてもいいでしょ?」


サーファーショップを過ぎた所でハイヤーが止まりました。


「着きましたよ。芹歌さん」


どこに何をするために行くの?と聞かれても教えなかった私に焦れて、芹歌さんが尋ねた時がちょうど目的地に到着した頃合いでした。タイミングバッチリです。


ハイヤーを降り、大きなマンションを見上げて私は芹歌さんに話しかけました。


「芹歌さんの目に触れる事も叶わなかった消える運命の品物でした」


「いきなり何の話よ?」


「貴女の叔母さんの残した物です」


私の言葉を聞いた芹歌さんの動きが止まりました。

長い時間沈黙していたような、ほんのひと時であったような。

そんな静かな沈黙の後に芹歌さんの声がマンションの前で響きます。


「え、なんで?どうして江梨花が?」



私は芹歌さんの手を優しく握ります。

そして笑顔で芹歌さんに言いました。


「叔母さんが残した芹歌さんへの品物がここにあるのです」



エレベーターでマンションの4階に下りて左に進むこと5つ目の扉の前で私達は立ち止まります。古さを感じさせる玄関のインターホンを鳴らすと少し声の枯れた女性の声がインターホンから聞こえてきました。


「はい」


私はインターホンの女性の声に答えます。


大津賀友里恵おおつがゆりえという者の身内の者ですが疋田美晴ひきだみはるさんですか?」


大津賀友里恵おおつがゆりえとは芹歌さんの叔母さんの名前です。

そして疋田美晴ひきだみはるさんは、この部屋の住人であると同時に芹歌さんの叔母さんが入院していた病院で叔母さんのお世話をしていた看護婦さんです。



「え、大津賀おおつがさん?」


インターホンから聞こえる声が少しだけ高くなり、慌てて玄関の扉を開ける音が聞こえてきました。私は芹歌さんの手を握ったまま、玄関から少し下がって相手を待ちます。



「貴女が大津賀おおつがさんのご親族の方?」


扉を開けて出てきたのは60歳前後に見える女性でした。間違いありません。ベステト様に見せていただいた情報通りのお姿です。この方が疋田美晴ひきだみはるさんです。私は疋田美晴ひきだみはるさんにお返事しました。


「何の連絡もせず、突然おしかけてしまいまして誠に申し訳ございません。実は偶然、私の知り合いから疋田ひきださんの所に入院していた大津賀友里恵おおつがゆりえさんの手帳があるかもしれないというお話をうかがったもので、居ても立ってもおられず失礼しました」


「あら。やっぱりあの大津賀友里恵さんのご親族の方なのね。でもずいぶんとお若いようだけれど」



私は再度お辞儀をして疋田美晴さんにお答えしました。


「実は私の隣にいる女の子は大津賀友里恵さんと深い御縁がございまして」



「この方が?」


疋田美晴さんが芹歌さんを見て小首を傾げます。

私によって、知らない人のマンションにいきなり連れてこられて、知らない人に見つめられた芹歌さんは戸惑った表情を見せます。当然ですね。芹歌さん、ごめんなさい。


「私の隣にいる女の子の名前は鷹蔵芹歌たかくらせりか大津賀友里恵おおつがゆりえさんの姪御さんです」


鷹蔵芹歌たかくらせりか・・・・・・芹歌せりかちゃん?貴女があの芹歌ちゃんなの?」


疋田美晴ひきだみはるさんの瞳に光が差しました。

嬉しそうなほっとしたような。そんな表情を浮かべて疋田美晴さんは芹歌さんを見つめました。



「あの・・・・・」


状況がまるで分からない芹歌さんは戸惑いつつも、たった一つの心の支えだった叔母さんが関わっている事だけは理解して、自分から疋田美晴さんに尋ねようと口をひらきます。



「取りあえず、あがってちょうだい。散らかっているけれどごめんなさいね」


疋田美晴さんは芹歌さんの手を引いて玄関から中に入れてくださいました。私も一緒にお邪魔させていただきました。


リビングのソファに案内されてお茶まで出していただき、私達が恐縮していると疋田美晴さんが小さな破れかけの水色の手帳を持ってきてくださいました。



「これは?」


疋田美晴さんに手渡された表紙の破れかけた手帳をみつめて芹歌さんが尋ねます。



「それはね。大津賀友里恵おおつがゆりえさんが亡くなる寸前まで手放さなかった手帳なの。あの人はいつも芹歌せりかちゃんという小さな女の子の話ばかりしていてね。私なんか一度もあった事もないのにあまりにも彼女が事細かく話すものだから一度は芹歌ちゃんに会ってみたいと思っていたのよ」


「叔母さんがあたしの事をいつも話してくれていたの?」


「そうよ。芹歌ちゃんは私に似て将来は美人になるだとか。あの子の笑った時の顔は可愛くて可愛くて目に入れても痛くないとか。悲しそうに泣いている顔をみると自分まで胸が苦しくなって辛いだとか。それはもう、毎日毎日飽きもせず」


「叔母さん」


芹歌さんが破れかけの手帳を大事そうに胸に抱く。

そんな芹歌さんの様子を見て疋田美晴さんは嬉しそうに目を細めました。


「あの人の言葉が耳に残っていたから芹歌ちゃんは幼くて可愛い女の子だっていうイメージができあがっていたけれども、あれから何年も経っているのだから大きくなっているわよね。今、中学生?それとも高校生かな?」


「中学3年生です」


芹歌さんが答えると疋田美晴さんは声を弾ませます。


「でも本当にあの人の言った通りの子ね。美人で可愛い。素直そうな子だわ」


「そんな。あたしなんか」


芹歌さんがうつむくと、疋田美晴さんが「駄目よ」と言葉を続けます。


「貴女はね。あの人が最後の時まで思い焦がれた大切な子なのよ。あの人が全身全霊で自慢し続けて愛情をかたむけた女の子なのだから。そんな風にうつむかないで胸を張りなさい。貴女はあの人の一番の誇りだったのよ」


「あたしが叔母さんの誇り?」


「そうよ。貴女は自分にとって世界一ですって。その手帳にもたくさんその事が書かれているわよ。見てごらんなさい」



芹歌さんはこくんと頷いて、破れかけの水色手帳を開きページをめくります。


そこには芹歌さんへの叔母さんの思いが綴られていました。




芹歌。

この世に生まれてきてくれてありがとう。

私は貴女に出会えた事に本当に感謝しています。

貴女の笑顔を見るたびに私の心は温かくなります。

幸せな気持ちになります。


でも、もうすぐ私はこの世界から消えて無くなります。

もう貴女の笑顔が見られないのかと思うと、元気なうちにもっとたくさん貴女に会っておけばよかったと後悔しています。


芹歌。どうか思いやりのある優しい子になってください。

思いやりも優しさも心の中にある愛情は見えるものではないけれど。

人をとっても幸せにしてくれる素敵なものだから。

大切なものだから。


貴女はこれからも辛くて苦しい思いをしてしまうのでしょうね。

私の唯一の心残りはそんな貴女の側にいられない事です。

貴女が悲しみで小さくなっていても側にいてあげられない。

それだけが心残りです。


死にたくない。

貴女に出会うまでは、自分の命なんてどうでも良かった。

でも今は違う。生きたい。死にたくない。

貴女の近くでずっと生きていたい。

芹歌とお別れしたくない。


芹歌。私はもう、貴女を励ましてあげられないけれど。

どうか、笑顔でいてください。

悲しみを乗り越えて。

思いやりのある優しい子になって。


優しさは自分だけではなく周りの人も幸せにしてくれます。

人に優しさをあげられる人は、周りからも優しさをもらって幸せになれます。


前はそんな事は考えられもしなかった。

でも今はそれを心から信じられます。

芹歌。思いやりのある優しい子になってください。

それが私の最後の願いです。

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