9・チートにもほどがありますよ?
目覚めると私は身動きができませんでした。
「ふにゃ?」
誰かに抱きしめられています。
夢心地の中でお母さんかなと思いながら私を抱きしめている人を見て驚きました。
「ふぁ?!」
芹歌(せりか)さんが私を抱きしめています。
なぜ、私はベンチの上で
「あれ、
目覚めた私に気がついて
「目覚めるならその前に言ってよ」
えーと。
目覚める前に自己申告は不可能では?
「えへへ」
でも私は喜んじゃいました。
芹歌さんには煙たがられているだけだと思っていたので、まさか抱きしめられるなんて思ってもみませんでしたから。いくらなんでも抱きしめておいて大嫌いという事はないですよね。
そう思って私がにこにこしていると
「何へらへらしてんの?気持ち悪い」
冷たく芹歌さんに言われちゃいました。
照れ隠しだよね?
そうだよね?
私に抱きついていたのが恥ずかしくて憎まれ口をたたいているだけだよね。
そう思うのに面と向かって言われるとやっぱりへこみます。
「芹歌さんは意地悪です」
私が頬をふくらませると、芹歌さんに鼻で笑われました。
「江梨花が私にした事に比べたら、空の彼方の宇宙の高さと地球の裏側まで掘る深さくらいの差があるよ」
なるほど。
芹歌さんの言葉に私は納得しかけましたが思い止まり反論しました。
「だから、私は意地悪で芹歌さんに話していたのではないのです。人との気持の良い関わり方を分かってほしくて話していたのです」
私の反論も虚しく、芹歌さんはちょっとだけ意地悪な表情になって「おだまり!」とばかりにおっしゃいました。
「年下のくせに生意気」
「はい」
「おせっかい」
「はい」
「うざい」
「はい」
私への意趣返しと悪戯心でしょうけれど、もう終わりにしてください。
ほんの少しだけですが、心が折れたので。
「何か反論はある?」
ふふん、と芹歌さんは満足気です。
「ありません。そろそろ許してください」
私がへこみながら答えると芹歌さんがにっこり笑って
「じゃあ、許してあげる」
と言いながら私に抱きついてきました。
「
「ふぇ?!」
私はわざとジト目で言いました。
「さんざん貶しておいて、最後は愛の告白で締めましたね」
そうですか。意地悪ツンデレもここまできたら立派なものです。
もう、芹歌さんにはツンデレ女王の称号を差し上げましょう。
「間違いなく芹歌さんはSですね」
「案外、Mかもよ?」
芹歌さんとはそれから、ちょっとふざけたおしゃべりを楽しんでさよならをしました。
「じゃあね」とそっけなく背中を見せて公園を出ていく芹歌さんが「車と痴漢には気をつけなよ」
と背中越しに思いやりの言葉を私にかけてくれます。
本当にこの子は最後までツンデレさんでした。
薄暗い帰り道を歩いていると、くすくすと笑う薬師様のお声が私の頭上から聞こえてきました。
「昨日とは反対に、今日は江梨花があの子にやられっぱなしでしたね」
楽しそうな女神様に私はため息をつきながら答えました。
「あそこで私が言い負かしては駄目でしょうから」
「そうですね。江梨花のお話を理解してはいても、責められたという感情はどうしてもしこりとなって心に残る事もありますからね。特にプライドの高い子は。江梨花も段々と分かってきたじゃありませんか」
「はい。少しづつ向うの世界で生きていた時の記憶が戻ってきているので」
今日の芹歌さんの態度を見て分かった事と謎が一つづつ増えました。
まず分かった事は芹歌さんは過去に深い愛情をもらっていたという事です。十分な愛と思いやりをもらわずに成長した子供は後からいくら優しさや思いやりを教えても理解できません。頭の中にそうした思考システムそのものが無いからです。
芹歌さんの今のご両親を客観的に見ると、芹歌さんが優しさや思いやりを理解する感性が欠落していてもおかしくはない状態でした。
でも芹歌さんは私がしつこいくらいに話したとはいえ、ちゃんと優しさと思いやりを理解できていました。だからこそ素直な態度こそなかなか出せないでいますが、私の思いにこんなに早く応えてくれたのです。
子供ならいざしらず、大人になるまで何十年も思いやりを持たずに生きてしまった人は、もうそれが魂に焼き付いてしまっていてその醜い心が本性になってしまっています。ほぼ手遅れ状態という事です。
そんな人が親であると、一時であろうとも自分の子供に十分な愛情など注げません。愛情そのものを理解できない生き物なのですから。
そんな愛情を理解できない親に育てられて成長した子供はやはり愛情を知らない人間に育ちます。ここから思いやりや優しさを理解してもらうには長い時間と忍耐が必要です。いくら頑張っても駄目な場合もあります。
両親とは別の誰かから子供時代に優しさをもらっていた場合は希望がありますが。
では芹歌さんに深い愛情を注いでくれた人は誰だったのでしょう。
そしてその人は今、どうしているのでしょうか。
情報が欲しいです。
こういう場合は手っ取り早く神様のお力を貸していただきましょう。
どんな情報でも全てを見つけられるそんな神様。
私が暗い道で立ち止まり精神集中をしていると、
「江梨花。もしかして神を作ろうとしているのですか?」
私は精神集中を解いて
「はい。芹歌さんやご両親の事を知りたいので、そういう事が分かる神様を作ろうかと思いました」
「あら。そんな簡単な事なら、わたくしがそういう能力を使えるお薬を差し上げますのに」
「え?そんな事もできるお薬まで生み出せるのですか?」
「はい」
「えーと。今だけじゃなくて過去に遡って情報を見る事も?」
「はい」
「あのですね。薬師様」
「はい?」
「それって凄い能力ではありませんか?超能力ですよね?」
「超能力ですか?確かにそうなりますね」
「もしかして、いちパンマンに出てくる戦慄のヒナツキみたいな超能力とかも使えるようになりますか?」
「ヒナツキどころかいちパンマンなんかワンパンチで倒しちゃう程度のお薬も簡単ですよ。そうそう、わたくしが本気でそういうお薬を出したらたぶん、パンチを一振りしただけで銀河系を数万は消滅させられるくらいの力を出せるお薬になりますよ」
「それって、宇宙そのものを消せるほどですよ」
「はい」
薬師様はさも当たり前のように、にこにこしてお答えくださいました。
「それって、いくらなんでも滅茶苦茶ではありませんか?」
「だって、わたくしはお薬に関しては万能ですから」
「万能と言えば何でも通用すると思っているのですか?」
「あら。だって、そんな事を言い出したらそもそも異世界転生だの。魔法だの。神を作るだのといった事がとんでもないと思いますけれども」
「そうですね。言われてみれば薬師様のおっしゃる通りです」
「ご理解いただけましたか。江梨花?」
「えーとですね・・・」
「はい?」
「いくら自分の創造世界であってもこれは無茶苦茶ですよ。少しは自重してください」
「江梨花。あさっての方向を向いて、いったい誰に話しかけているのですか?」
美しいお顔を不思議そうに傾げながら薬師様が私に尋ねられたので私はお答えしました。
「いえ、何となくです。知らない誰かさんに文句の一つも言いたくなっただけです」
「意味が分かりませんが、江梨花がそれで満足できたのなら良かったです」
薬師様のお薬は、人を神化できるほどだと分かりました。
もう、好きにしてください。
「それではわたくしが、未来も過去も思いのままに情報を見られる能力が身につくお薬を作りますね」
「いえ。結構です」
「どうしてですか?」
「そのような調子でお話しを進めたら全ての物語は始まったと同時に終わりです。一行で十分になってしまいますから」
「それなら神を作れる能力を江梨花がもらったところでもう手遅れでしたね」
にこにこしながら薬師様がそうおっしゃいました。
「とにかく、せっかくの(神様の作り方)なのですから。私は神様を作ります」
気をとり直して、私は薬師様にお答えしました。
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