8・心
お家に帰り部屋着に着替えて中間テストのために机に向かうと、黒い仔猫さんが私の膝の上に乗って私のお顔を覗き込んできました。
「甘えん坊ですね」
私は黒い仔猫さんをそっと撫でます。
私に撫でられて黒い仔猫さんは気持ちよさそうに目を閉じてゴロゴロ喉を鳴らし始めました。
「可愛すぎです」
どうして仔猫さんという生き物は暴力的なまでに可愛いのでしょうか。
もう、この子の為だったらどんな事でもしてあげたくなるくらいに可愛いくて可愛くて仕方がなくなりますね。キティは恐ろしい生き物です。
「そういえば貴女のお名前がまだでしたね」
体を撫でられて気持ちよさそうにしている黒い仔猫さんに、私は話しかけました。
女の子ですから女性らしいお名前にしないと。スマートフォンで参考になりそうな仔猫さんの名前を探していると「愛猫女神」とうサイトを見つけたので調べてみました。愛猫という表現の可愛らしさに引かれたし、女神という言葉には親近感しか持てないので自然に開いた画面だったのですが、中を見て驚きました。
英語のサイトでそこにはバステトという女神様?の映像が映っていたのですが金色の長いくせっ毛に青い瞳。褐色の黒い肌に大きなお胸がどんと出ていてすごい自己主張しています。なんでしょうかこの大きさは?牛さんですか?くびれた細い腰にきゅっと持ち上がったかっこいいお尻にはしっぽが付いていました。全裸ではないですけれど体に合わない小さすぎる水着を着ていました。
可愛いといえば可愛いのですが、それよりもなんだかえっちい。
外人さんらしくとてもスタイルが良いのですがどうなんでしょうか、こういう映像って。どういう人に需要があるのか何となく想像がついてしまいます。
一応、英文を読んでみると細かく設定らしきものが書かれていました。
古代エジプトの女神様で猫の神様。太陽神・ラーの娘であると同時に妻でもあり、他の神々の妻でありながら母親でもあるって。ちょっと愛が多すぎではないのでしょうか。
神話では人類大虐殺の暴威を振るう事で知られると同時に、豊穣と安らぎをもたらす破壊と恵みの女神でもあるそうです。ベステトさんって、色々設定が多すぎて混沌(カオス)な状態になっていますね。
ベステトさんの浮気・・・・失礼。愛の多さと見境のない奔放な神話のエピソードにあきれているとスマートフォンに着信が入りました。
着信の相手は
私の頭に最初によぎった思いは「えっ、どうして?」という驚きでした。
煙たがられていると思っていたから私の電話番号を教えてはおきましたが、まさか彼女の方から電話をしてくるとは考えてもみませんでした。
「はい。
「あ、えっと。
ちょっとおどおどした声の
「どうしました、
「そう?そうなんだ?」
そしてなぜか嬉しそうな響きが声に混じっているように感じるのは、私が自分の都合の良いように芹歌さんの気持ちを解釈したいという無意識の願望なのでしょうか?本当に喜んでくれていたら私も嬉しいのですけれど。
「えっと」
「はい」
「あのね」
「はい」
芹歌さん、何か言いたそうなのに躊躇していますね。
何でも思った事をズバズバ言うイメージだったので少しだけ以外です。
「今から会えないかな?」
「はい、いいですよ。どちらでお会いしましょうか?」
私は心の中で(え、会ってくれるの?)と嬉しくなりました。
私達は落ち合う場所を決めて出かける事になりました。向かったのは
「お待たせしてしまってごめんなさい」
私が芹歌さんに頭を下げると、芹歌さんは「私も今来たところ」とそっけなく答えてきました。
「とりあえず、どこかに座らない?」
という芹歌さんの提案でブランコに2人並んで座ります。芹歌さん、ブランコをこぎながら右手に白いビニール袋を持っていますが中身はなんでしょう?何だかジュースの缶みたいな形の物が2個入っているのは分かるのですが。
「今日、家で何してたの?」とか「いつもあんたってにこにこしているよね」とか要領を得ない事ばかり話しかけてきます。芹歌さん、本当にどうしちゃったのでしょうか?
「あー、もう。今日の学校まではあんたが積極的にあたしに話しかけてきてたじゃん。どうして今はそんなに大人しいわけ?」
あれ、芹歌さん。少しご立腹ですか?
だって、昨日から今日まで芹歌さんはずっと私のお話に面倒そうなお顔でそっけなく答えていたじゃありませんか。そりゃあ、私だって異世界に来る前の記憶を取り戻しつつあるとはいえ、まだ中学2年生の子供ですよ。こんな突然の芹歌さんの変化には驚いて気持ちが追いつきません。嬉しいですけど。ちょっとだけ待ってください。今、気持ちを切り替えますから。
私が戸惑いから立ち直りかけた直前に芹歌さんは右手に持っていたビニール袋から1本の缶を取り出すと私の目の前に突き出しました。それを見てまた私は驚いてしまいます。
「はい」
芹歌さんが私の顔の前に突き出すように出してきた物。
それはアルコールの入った飲み物でした。
「え?」
「ほら、あげる」
「あ、はい。どうもありがとうございます」
「私も飲むからあんたも飲んでね」
「え、私達。これを飲んじゃうのですか?」
何かの罠でしょうか?
未成年がアルコールを飲むのは法律で禁止されています。
「何びびってんのよ。昨日、あれだけの啖呵をあたしだけじゃなく、校長先生や担任にまで切っておいて。今更この程度でびびる小心者だったの?」
芹歌さんが呟きます。
「苦い。まずい」
「はい。ジュースが良いです」
全然美味しくないです。
というか凄く苦くてまずいです。これは拷問の一種かもしれません。
よく大人はこんなまずい飲み物をお金を払ってまで飲もうとするものです。これでは完全に罰ゲームです。こんな美味しくない物はもう二度と飲みたくありません。今だけは芹歌さんのせっかくのご厚意なので頑張りますが。
あ、もしかしたら私に対する昨日の意趣返しでしょうか?昨日、さんざん私に泣かされたので。でもだとしたら芹歌さんもかなりのダメージを受けています。自分を犠牲にしてまで私に復讐をしたかったのでしょうか?私、そんなに恨まれてしまいましたか。
でも何だか体がほてって熱くなってきました。
段々とふわふわした気分になってきます。
隣のブランコに座る芹歌さんを見るとお顔が真っ赤です。
「あれ、芹歌さん?とてもお顔が赤いですよ。大変です!風邪ではないのですか?!」
芹歌さんの体調が心配になり芹歌さんにかけよろうとすると足元がふらついて、思わず芹歌さんの体に倒れ込みそうになってしまいました。
「危なっ!」
芹歌さんが私の肩を押さえてくれたので倒れ込まずに済みました。
「あ、ありがとうございます。芹歌さん、お顔が真っ赤ですよ?ご気分は悪くありませんか?」
「これ風邪とかで顔が赤くなっているわけじゃないから。それより、あんただって顔が真っ赤だよ」
「ふぇ?」
「気づいてないの?これ酔ってるだけだよ」
「これって酔っているのですか?」
ふぁ。そういえば大人の人が飲み過ぎてお顔を赤くしている様子を見た記憶があります。これがあの状態なのでしょうか?頭の中がぼーとしてきました。なんだか風邪を引いた時の症状と同じですね。
わざわざお金を払って風邪の症状と同じ状態にするものを口に入れるなんて。大人の人はとんでもない変態さんだったのだと今、気がつきました。これはいけません。変態さんだけは許すわけにはいきません。
神様にお願いしてお仕置きしてもらいましょう。
世界中のアルコールを口にする大人の人は全員お仕置き決定です。
「あんたこそ大丈夫なの、
はう。私って不気味なんですか?ショックです。
「ちょっと江梨花、何泣いてるの?!」
「ふぇーん。だって、芹歌しゃんがぁ。私の事を不気味っていったぁー」
「江梨花の言葉がおかしい。呂律が回ってないよ。あんた、まだ半分しか飲んでないじゃん。初めてだとしてもお酒に弱すぎない?!」
「はうー。なんれすか、せりゅかしゃん?私は弱いのれしゅか?あい。そうれしゅけど」
「江梨花の酔い方がトップスピード」
「ふぇーん。せりゅかしゃん」
恥ずかしながら前後不覚になった私は、泣きながら芹歌さんに抱きついて胸に顔を埋めてしまいました。
「あんたって泣き上戸だったんだね」
「せりゅかしゃん」
「何?」
「幸せになってくらしゃい。せりゅかしゃんが幸せりゃないと私が悲しいれす」
「あはは。あんた、お人よしすぎるわ」
芹歌さんが私の背中に両手を回して私をぎゅっと抱きしめてきたのを感じて、私は芹歌さんのお顔を見上げました。
どうしてなのか分かりませんが、なぜか芹歌さんの目に涙が溜まっています。今にも流れ落ちそう。
「せりゅかしゃん。悲しいのれしゅか?」
私の問いかけに芹歌さんは静かに頭を横に振りました。
違うのですか。でも、涙を目にいっぱい溜めていますよ。
何か悲しい事でも思い出したのではないのでしょうか?
「せりゅかしゃん。辛い事があったら何でも私に言ってくらしゃいね。私は弱いれしゅけど、せりゅかしゃんの為なら頑張れましゅから・・・・」
私はそこで力尽きて眠ってしまいます。
だからその後、芹歌さんが私に何を言ったのかは分かりませんでした。
「あんたみたいなお人好し今まで見た事ないよ。パパもママもあんたみたいに温かくない。
あんたみたいに馬鹿なやつは今まで1人もいなかった。本当のあたしを見てくれる奇特な人なんていないと思っていたよ。
あんたみたいな馬鹿は世界クラスの天然記念物だよ、きっと」
芹歌さんは眠ってしまった私を抱き起してブランコの後ろにあるベンチまで運んでくれたようです。
「小さいくせに生意気で。底抜けの馬鹿」
眠っている私に向かって芹歌さんがこれみよがしに毒づいています。
「以外に重いよ、チビ女」
私をベンチに座らせて、眠る私の体にくっついて。芹歌さんは温もりを感じようと必死なくらいに私に自分の体を密着させて抱きしめてきました。
「馬鹿女。生意気チビ。お人よし」
私を罵っているはずなのに、その声は不思議と優しかったと
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