7・神様でもしちゃいけない
娘が他の女子生徒にいじめを行っていた事実を知らされたご両親が、校長先生や私のお母さんの目の前で、
いじめられた人が死にたくなるほどの仕打ちを
子供の過ちを正さなければならない責任を一番に負っているのはやはり親御さんですから、芹歌さんのご両親が彼女を叱るのは当然なのですけれど、私は芹歌さんを叱るご両親の姿に違和感を覚えます。
「お前はいつも面倒を起こす」「私に迷惑ばかりかけて」「お前なんか私の子供じゃなければ良かったんだ」という言葉が芹歌さんを叱るご両親の言葉の端々に出てくるのです。
校長先生や私のお母さん、担任の先生などに「まことに申し訳ありません」という謝罪の言葉を出してはいますが、娘を叱る怒りの中でぽろりと出る言葉の中に身勝手さや薄情さが見え隠れしています。
私の。私に。主語がほとんど自分になっています。
面倒を私にかけないで。
迷惑を私にかけないで。
自分の子供でなければ良かった。私にとって。
この親御さんにとって一番大切にしている事と価値の判断基準は全て自分。
そこには他人を思いやる気持ちが無いばかりか、自分の娘に対してさえ心が無いのです。
(人は完璧ではありません。人間ですから自分に余裕が無い時は、例え自分の子供であっても突き放してしまう事もあるものですよ)
遠い過去の記憶がわずかに私の脳裏に甦り、経験の浅い子供の私にそう教えて理解させてくれます。
確かにそうかもしれません。でも、これはちょっと。この異世界に生まれ変わる前の過去の断片的経験と記憶に照らし合わせてみても、これが一時の高ぶった感情だけには見えないのです。
ご両親に叱られて泣きじゃくる芹歌さん。
自殺する道を選んでしまうほどにちえりさんをいじめた彼女の歪んだ行いの責任は彼女だけのものなの?
芹歌さんもまた苦しんでいるのかもしれない。その苦しみと歪んだ価値観の末のいじめだとしたら、彼女だけに反省を促せばそれで良いの?
良くないです。彼女が今、何かに苦しんでいてそれを我慢させてどうして彼女が本当の幸せに気づけますか。
芹歌さんには人を傷つける事で得られる醜い悦楽よりも、優しい気持ちで得られる快感のほうが何倍も幸福が得られるのだという事を気づかせてあげたい。
人を傷つける行為で得た歪んだ悦楽は、諸刃の剣となって自分に帰ってきて自らを傷つけるのですから。
感謝と優しさで得た快感の連鎖は幸せな気持ちが人々に巡りますが、蔑みと残忍さで得た悦楽の連鎖は憎悪と恨みが広がります。どちらが幸せで気持ちが良いかは比べるまでもありません。
助けきれないかもしれない。
全ての人を幸福にできると思うのはとんでもない思いあがりだと知っています。
でもなんとかしたい。手が届かないかもしれないけれど。
こんな非力な私なんかにできる事なんて無いのかもしれないけれど。
それでもほんのわずかでも助けられる可能性が残っているのなら、私はその可能性にかけたい。
翌日。
私はちえりさんの教室に行き、ちえりさんに話しかけます。なぜか、ちえりさんが私に対して敬語になっています。やめてください。ちえりさんの方が年上なのですから。
好きな音楽やアーティストのお話をして時間を過ごす間に、ちえりさんのお顔に笑顔が浮かんできました。良かったです。このまま、ちえりさんには幸せになってほしい。なんたって、私のお友達なのですから。私のお友達は全員幸せになってもらわないと私も心から楽しめません。
私はちえりさんとのお話しを終わらせると、
私はお化けですか?
ちょっとへこみました。
彼女達にはまだほとんどお話しをしていないので、いずれ面談の機会を作ろうと思います。それよりも今は気になる人がいます。
ずっと夜遅くまで芹歌さんとはお話しをしたので、私が彼女に対して害意は無いと分かってもらえています。だから私が芹歌さんを見て視線が合っても逃げ出さないでいてくれます。
私は彼女に近づいて挨拶をしました。
「芹歌さん。こんにちは」
「なに?まだ言い足りない事でもあるの?」
机に頬杖をついて芹歌さんは私を見上げます。
「いいえ。ただ、芹歌さんが楽しそうじゃないなーと思って」
「あんたがそれを言う?」
芹歌さんは苦笑しながらも私との視線は外しません。
「昨日から言っていますよね。私は芹歌さんに嫌がらせをしたいのではなくて、楽しくしてもらいたいだけだって。本当にそれだけですよ?」
「あー。この言い合いになるとまた長くなるから私は下りる。とりあえず、私は疲れてるから今日はほっといてくれる?」
「はい。分かりました」
私はお辞儀をして芹歌さんの元を離れます。
しつこく話しかけるのは良くありませんからしょうがないですよね。
少しづつでも心を開いてくれたら嬉しいのですけど。
今は距離を置くしかありません。
ところで最近になって気づいたのですが、私はピンチや本当の本気になった時にだけ、遠い過去の記憶が甦るようです。最初の経験は3歳で高熱を出した時でした。その時にこの異世界に生まれる前の記憶の断片が私の心に焼き付きました。それ以来、私は同い年の子供達に比べて少しだけ大人びていたそうです。
2回目は小学校5年生の時。私は性格がとてもおっとりしていてゆっくり話す子だったのですが、それが
そして3回目があの黒い仔猫を乗用車から救った時。この時にはかなり細かい生活や対人関係の記憶が甦り、しかも神様を作る能力を与えられていた事まで思い出しました。
そして4回目が昨日です。芹歌さんの身の上とご両親の態度に疑問を感じた時にまた過去の意識が私のものになりました。私は段々、過去の自分を取り戻しつつあるようです。
それと同時にあちらの世界への懐かしさと慕情がつのるようになってきました。あちらの世界が今、どうなっているのか心配になってきてしまうのです。
学校からの帰り道。私はぽつりと呟きます。「女神様」と。
「どうしました、
「御用ですか、
最初に万能のお薬の女神様がお返事をしてくれて、そのすぐ後に空気を自在に操れる女神様の
「あ、ごめんなさい。
私のうっかりにも気神様は嫌な顔一つされず、にっこり笑って姿を消されました。私の性格をベースにしているからおっとりしていて怒らないのだと、これも最近になって気がつきました。
「お薬の女神様は・・・」
私が言いかけるとお薬の女神様が細くてしなやかな指先を私のお口につけておっしゃいました。
「お薬の女神様というのは少しだけ迂遠な感じがします。私には
綺麗でやわらかな笑顔でそうおっしゃられたので、私はお薬の女神様を
「
「どうぞ、何なりとお聞きなさい。わたくしの答えられる範囲内でなら何でもお答えしますよ」
「ありがとうございます。薬師様はどんなお薬でも生み出すのが可能なのですよね?」
「はい」
「それなら、例えば意地悪や酷い事をしてしまう人の心を温かい優しい心に変える事ができるお薬を生み出す事も可能ですか?」
「もちろん、可能です」
やっぱりですか。
昨日まではそこまで頭が回りませんでしたが、また過去の記憶を取り戻して私は賢くなりました。そして思い当たったのです。あのどんなお薬でも生み出せる女神様なら、世界中の人々の心を全て優しい心に変えてしまう事もできるのではないのかしらと。
そして私の心に疑問が湧いてきました。それほど万能なお力があるのならば、なぜ芹歌さんにいじめられていたちえりさんを私が助けに行く前に、女神様がお薬で解決してしまわなかったのかと。その方がよほど事態を簡単に収められたはずなのに。
「江梨花がわたくしにお願いしなかったからです」
「それだけですか?」
私は女神様への疑問がまだ消えません。
「江梨花。わたくしは貴女の心を元にして貴女に作られた神なのですよ。貴女とわたくしの感じ方や気持ちは同じなのです。だから貴女は私がどうしてお薬を使わなかったかをすでに知っているはずです」
「はい」
そうでした。
お薬や何かの力で人の心を無理矢理変えてしまうのは私にとって強い抵抗があります。それでは好きでもない人を愛させたり、やりたくもない嫌な事でも心を操って無理矢理思い通りにする傲慢な悪魔となにも変わりません。人も動物も植物も皆、この世に生きる全てのものはその短い生涯を必死に精一杯、一生懸命生きています。
考えて。感じて。笑って。怒って。迷って。悲しんで。
いっぱい、いっぱい努力して真剣に生きているものの一番大切な心を、他の者が操り人形のように好き勝手に自由に動かして良いものじゃ絶対にないです。
それだけはしちゃいけない。
それは一生懸命生きている命への冒涜だと思うから。
「どんなに困難な道のりでも人が思いを変えるのはその人自身でなければなりません。そのお手伝いをするのは良いけれど、相手の人格も尊厳も無視してロボットのように人を扱ってはいけません。皆、一つ一つが代りのいない尊い存在なのですから」
「はい」
私は私の感じているままの思いを薬師様に聞かされました。
どんなに困難でも。
いくらその力を持っていても。
人の心を操りたくはないのです。
人は人の力だけで幸せを掴まなければ意味がない。
動かされて。自分では何も考えない。
それはもう生きる屍です。
どんなに苦しくても。
辛い道のりでも。
選ぶのは自分自身の心だけでありたい。
少なくとも私はそう思うのです。
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