6・江梨花

ちえりさんの住んでいる所は、古い2階建アパートの1階にある部屋でした。



「それではまた明日、学校で会いましょう」

そう言って私がお別れの言葉を伝えると、ちえりさんはこくんと頷きます。


「さよなら、ちえりさん」

手を振って私がアパートを離れようとすると、ちえりさんが小さな声で呼び止めてきました。


「あの」


「はい?」


「明日も会ってくれるの?」


「もちろんです。お友達なのですから」

私がちえりさんに答えると、ちえりさんは不安な表情を浮かべながら自信がなさそうにまた私に訊いてきました。


「ほんとに?ほんとに私なんかと友達になってくれるの?」


「はい」

満面の笑顔で私が答えると、ちえりさんは不安そうな表情が薄れて嬉しそうなお顔になりました。


「それではちえりさん、おやすみなさい」


「あの」


「はい?」


「ありがとう」


「え、どうしたのですか?私、いつの間にか感謝されるような事をしました?」


「その・・・なんでもない!おやすみ」

また恥ずかしそうに照れながらちえりさんが私におやすみの挨拶をしてくれたので、私は嬉しくなってたくさん手を振りながらお別れをしました。




遅くなってしまいました。

私の帰りが遅いからお母さんが心配しているかもしれません。私は走って帰ろうと足を踏み出した時、気神きしん様の声が頭上から聞こえてきました。


「今から走っていたのでは遅くなってしまいますね。私にお任せなさい」


「あ、気神きしん様、ありがとうございます。助かります!」


空中に浮かんでいるスカートスーツ姿の気神きしん様が左手の人差し指をスーと上に動かすと私の周りの空気がふわふわした感触になり私の体を浮かせました。


空中に浮いた私はそのまま疾風の速さで自分のお家に着いてしまいます。

凄い速さで空中を移動していたのに全然、風を受けなかったのは私を包む見えないクッションのような空気のかたまりのおかげなのでしょうね。


ふんわりと地面に着地すると私は気神様にお礼を言ってお家の玄関のドアを開けました。私を見送った後、気神様はそのまま天高く舞い上がり姿を隠します。





翌日。学校に登校すると私は朝の挨拶をする為にさっそくちえりさんに教えてもらったクラスに向かいました。



ちえりさんは私より学年が一つ上で3年生です。2年生のいる2階から3年生のクラスがある3階への階段を上り彼女のクラスに入ると、私はちえりさんがまだ来ていないかクラスの女の子に尋ねました。


「ちえり?ちえりなら今、そこのベランダに芹歌せりか達といるけど。ちえりに用があるの?」


「はい」

ちえりさんの居場所を教えてくれた女の子に私がお辞儀をしながら答えると、違う女の子が私に話しかけてきました。


「あなた見かけない子だけどちえりの知り合いなの?3年生じゃないよね」


「はい。私は昨日、ちえりさんとお友達になりました小仲江梨花こなかえりかという者です。2年生です」


「え、ちえりと友達になったの?やめときなよ。あの子、芹歌せりかに嫌われているからちえりの友達だなんて言ったらいじめられるよ」


「どうしてですか?」


「どうしてって。芹歌せりかがちえりを嫌いだからに決まっているでしょ」


分かりません。芹歌せりかという人がちえりさんをどうして嫌いなのか分からないし、ちえりさんを嫌いだからという理由でちえりさんのお友達をいじめるという理由が意味不明です。


「あ、ちょっと!そっちに行ったら危ないよ!」


芹歌せりかさんという人とちえりさんが居るというベランダに向かって歩き出すと、芹歌せりかさんの事を教えてくれた女の子が私を呼び止めますが私は止まれません。


教室からベランダに出ると3人の女の子達に囲まれて、暴言を浴びせられているちえりさんの姿が見えました。


「お前、目障りだから学校に来るなってあたしは言ったよね。馬鹿なのは知ってるけど言われた事も忘れるほどの馬鹿だったんだ」


「また物を無くすよ。この前は教科書を丸ごと無くして、その前は体操着と靴を無くしたよね。今度は何が無くなるんだろうね」


「マジでうざいから死んでくんない?ごみが教室の中にあると汚くて授業に集中できなくてさ。早く死んで。すぐ死んで。今すぐ死んで」


何が面白いのか分かりませんが、ちえりさんを囲む女の子達はそう言いながら楽しそうに笑っています。女の子達に暴言を次々に浴びせられているちえりさんは小さく肩を丸めて今にも泣き出しそうです。


これは見ていていたたまれません。あまりにも可哀想です。

3人の女の子達が。


暴言を吐かれるちえりさんも可哀想ですが、それ以上にそんな汚い言葉を出してしまうあの3人の女の子達が見ていていたたまれません。


3人の女の子達に暴言を吐かせて、少し離れた所からその様子を見て愉快そうに口もとを歪めている女の子に近づいて私は尋ねました。


「貴女は芹歌せりかさんですか?」


「はぁ?あんた誰?」


「私はちえりさんのお友達で小仲江梨花こなかえりかという者です。貴女は芹歌せりかさんですか?」


「へえ、ちえりに友達なんてまだいたんだ。こんなぐず女と友達だなんてあんたもどうかしているんじゃないの?」


「貴女は芹歌せりかさんですか?」


「そうだけど。あんた何?あたしに何か用があるわけ?」


私の訊いた人が芹歌せりかさんだと分かったので私はまず、芹歌さんに問質す事にしました。ちえりさんをいじめている女子グループのリーダーはおそらく芹歌さん。それならばリーダーから先にどうしてこんな悲しい事をしてしまうのかその理由をお聞きしないといけません。


「芹歌さんはどうして醜い言葉を聞いて平気でいられるのですか?貴女もそう思っているからですか?」



「何んなのお前?いきなり芹歌ちゃんに話しかけて」


「ちえりのお友達らしいからこいつも馬鹿なんじゃないの?」


「お前、下級生だろ?先輩に対して言葉遣いがなってないんじゃないの?」


さっきまでちえりさんに暴言を吐いていた3人の女の子達が後ろから何か言っていますが、あいにく私は聖徳太子様ではありませんので対応しかねます。


「芹歌さん。貴女はどうしてちえりさんに対してこんな醜い行動をとれるのですか?自分がとても醜くて惨めな人間に成り下がっている事にも気がつけないのですか?」


私の問いかけに芹歌さんは表情を歪めて私の質問には答えず、関係のない言葉をその口に乗せました。


「うざい」


芹歌さんがそう言った瞬間、3人の他の女の子達が反応して私の体を掴み、芹歌さんから引き離すと私に向かって醜い言葉を浴びせてくるのですが、そんなに耳元で怒鳴らなくても聞こえますよ。


私は耳が良い方なのでもっと冷静になって静かに1人1人言ってください。

ただ、聞くに堪えない醜すぎる内容なので貴女達の心がどうなっているのかが心配です。言葉はその人の本性を表す鏡です。醜い言葉を吐き出せば吐き出すほど、その人の本当の姿がどれだけ醜いかを周囲に知らしめてしまうのに。


可哀想に。

彼女達はその事に気づかず、どんどん自分の吐き出した汚物によって自分の身を汚くしていきます。異臭をまき散らし、見るに堪えない醜い本性を恥ずかしいとも思わずにさらけ出しているのです。


手遅れになるほど彼女達が汚れてしまう前に。

醜い心が彼女達の本性として魂に定着してしまうその前に。


私は一度に多数を救えるほど器用ではないのを自覚しているので、まずはリーダーの芹歌さんから助ける事にしています。


「乱暴はやめてください!暴力は犯罪行為ですよ。私を拘束する貴女達のこの行動も強制的に人の自由を奪い、人間としての尊厳を踏みにじる重大な犯罪行為となります。貴女達は今自分が犯罪を犯した事を理解していますか?犯罪者として裁かれる事を望むマゾさんですか?」


私のその言葉にぽかんとした3人は放置して、私は芹歌さんに向かいます。すると慌ててまた3人の女の子達が私の体を掴もうとしたので教えてあげました。


「私を拘束すれば犯罪者として容赦せず裁きます。犯罪者としての烙印を中学生のその身に押されますが、その覚悟はおありですか?でもその方が貴女達が改心する為には早くて良いかもしれませんね」


単なる思いつきですが、我ながら良いアイデアです。

いっそ、告訴して社会問題として大々的にマスコミに流し、彼女達の心の穢れが取り払われるその時までとことん理解させるのも一つの方法かもしれません。


あれ?

3人が動きません。どうして私を拘束しないのですか?

せっかく良い方法だと思ったのに。


芹歌さんもちえりさんも私のナイスアイデアを聞いてぽかんと立ちつくしています。教室からベランダでの私達のやりとりを見ていた他の男子、女子もぽかんとしているのですけど。


でも、これで芹歌さんに集中的にお話をする事ができますね。

さあ、貴女の誠意が私に伝わるまで容赦はしません。

貴女の心がいかに醜くなってしまっているのかをとことん説明してさしあげます。






「3年生のクラスが大事になっているらしいよ。それもその中心人物があの江梨花(えりか)らしいけど信じられないな」


私のクラスのクラス委員の滝本和也たきもとかずや君がみんなに話しています。3年生のクラスで大騒ぎになっていて担任の優衣ゆい先生も今は教室にいません。


滝本たきもと君は中学になってからエリちゃんと知り合ったから知らないだけだよ」

私のお友達の檜川茉希ひきかわまきちゃんが滝本君に答えます。


江梨花えりかはいつもはぽやんとしていて大人しいけど、本気になると怖いくらい凄いからね」

倉橋貴樹くらはしたかき君も茉希まきちゃんに相槌を打ちました。


「そう。今は親友だけど、小学校の時に私がエリちゃんをいじめた時があってね。あれは本当に恐ろしかった。でも、エリちゃんは本気で私の事を心配してくれていたんだって後から気づいて今は友達」

遠い目をしながら西島綾香にしじまあやかちゃんがしみじみとしています。






私がベランダで芹歌せりかさんに誠意を示していると、先生が来て私のお話をうやむやにしようとしたので私は虐めを見過ごした教師の怠慢をこんこんと説明してさしあげました。すると騒ぎになり校長先生や他の先生まで来たので、私は校長先生に学校としての責任能力の欠如とその無責任さを指摘してあげます。


芹歌さんがなぜか泣き出しながら謝り始めたのですが意味が分かりません。まだ全然自分がいかに自分自身を醜く貶め続けてきたのか、心の底から理解できているはずがないのにどうして謝るのでしょうか?


それに謝る相手が違います。

謝らなければならないのは私ではなくてちえりさんにです。

やはり、芹歌さんはまるで理解していませんね。

まだまだ私の誠意が足りないようです。


私と芹歌さんの両親が呼ばれました。私の父は国会議員で今は東京の国会議事堂で、国家予算の審議中なので来られません。なのでお母さんだけが来ました。


校長先生が私のお母さんにぺこぺこ頭を下げていますがやめてください。みっともないですから。今は私が、ちえりさんをいじめていた4人の将来とこの学校の未来がかかっている大事なお話を校長先生に説明している最中なのですからよそ見はやめてくださいね。

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