4・女の子

私の部屋は6坪でたたみ12畳分の広さがあり、伸び伸び寝転んでも余裕があるはずだったのですが大きな体のプーさんがゴロゴロするととても狭いです。プーさんがゴロゴロしながら甘えるたびにさっきから部屋は揺れるし、机や本棚やベッドにプーさんの体がぶつかって部屋の中が大変な事に。


「プーさん。お願いだから大人しくしてください」


「にゃーん」


私の言葉が分かったのか、プーさんは私の体に自分の頭をすりすりしながらお返事してくれました。分かってくれて良かった。そう思った次の瞬間


「ごろにゃーん」


寝転んで私の勉強机の脚を前足でちょんちょん突いて遊び始めました。

勉強机がゴトゴト動いて今にも倒れそうな勢いです。

ふえーん。ぜんぜん分かってくれていませんでした。


黒い仔猫さんもベッドの下に避難して怯えて「みゅうみゅう」鳴いています。



「何か物音が2階の方から聞こえてくるけれど江梨花えりか何かしているの?」


階段を上がってくるお母さんの声が部屋の外から聞こえてきます。このままだと大きな熊のぬいぐるみに見えるプーさんの動く姿をお母さんに目撃されちゃいます。どうしましょう?!



がちゃっというドアノブの音がして扉が開くとお母さんが入ってきて、私の部屋の中を見てしまいました。


「きゃー。江梨花えりか、これはいったいどういう事なの!」


物が散乱して本棚もベッドも机もずれている私の部屋の様子を見て、お母さんが驚いています。


「江梨花、何をしていたの?説明なさい!」


お母さんには散乱した部屋の中に私一人しか見えていないようで、いつもより強い口調でそう言いました。


お母さんが私の部屋に入る直前、困っている私の目の前に女神様が現れてプーさんに小瓶の液体を飲ませました。するとプーさんがあっと言う間に仔猫さんくらいの大きさに縮んだのです。それを女神様は素早く抱きかかえるとお母さんが私の部屋の中に入って来ました。


女神様はまだ、お母さんに怒られている私の隣でプーさんを抱いたまま立っています。どうやら女神様が触っているものは私以外の人には見えなくなるみたいです。



いつもはとても優しいお母さんなのですが、さすがに怒りたくなるほど私の部屋は酷い状態でした。1時間近く問い詰められ怒られてやっと許してもらうと、私は冷めてしまった夕ご飯の席につきます。お母さんは無言で冷めてしまったおかずやお味噌汁、ごはんを温めてくれました。黙っていてもお母さんの優しさを感じます。


ごはん、美味しいです。ありがとう、お母さん。


心の中で私が感謝しているとお母さんが不意に口を開きます。


「そういえば、さっきは部屋の散らかりぶりに思わず忘れてしまっていたけれど、あの大きな熊のぬいぐるみはどこにやったの?たしかプーさんだったわよね?」


そこに気がつきました?!

食べていたおかずをふき出すほど慌てた私の様子を見たお母さんは、口もとに小さな笑みを浮かべて私を見つめながら言います。


「もしかして、あの江梨花の部屋を荒らした張本人はプーさんだったりして」


「ごほっ!ごほっ!」

私は咳きこんでしまいました。


お母さん・・・まさかプーさんの正体に気づいてはいないですよね?




夕ご飯を食べ終わった私は自分の部屋を掃除して、帰って来たお父さんにベッドや机の位置を直すのを手伝ってもらいました。お父さんは私に怒らなかったけれど代りに呆れて笑っていました。

これからはもっと注意しながら神様を作らないと駄目ですね。

そうしないと、また大変な事になるかもしれません。








翌日の朝、私は昨日の神様作りの失敗点と疑問点を考えながら学校に向かっていました。薬師如来様をご本尊にしているこの街で一番大きなお寺の道沿いを歩き、住宅街に出てしばらく歩くと電柱と壁に隠れるようにして学校への方向の道を伺っている女の子の姿が目に入りました。


何をしているのでしょう?


隠れている女の子が見ている先を私も見てみると、そこには冗談を言い合いながらふざけている4人の女の子達の集団がいました。


うん?

あの子達から隠れて様子を見ているのかな。どうしてでしょう?


しばらく観察していると、ふざけ合う女の子達は先に行ってしまったのに隠れている女の子の方はずっと電柱と壁の間に隠れたまま動きません。


やがて女の子は隠れるのをやめて、学校とは違う方向にうつむきながらとぼとぼと重い足取りで歩いて行ってしまいました。あの制服は私と同じ美空(みそら)中学校の制服です。


どうしたのでしょう。何か忘れ物をしてお家に取りに戻るのでしょうか?でも、今からだと学校に遅刻しちゃいますよ。追いかけて声をかけようか迷いましたが、それだと私まで遅刻してしまうので女の子の様子が気になりましたが学校に向かいました。






教室に入ると私が席に着く間もなく、西島綾香にしじまあやかちゃんに話しかけられました。


「ねえねえ、エリちゃん知ってる?再来週の土曜日にモルガンが隣街のドーム球場で初コンサートするらしいよ。私、絶対チケット取って見に行くんだ!ねえ、エリちゃんも一緒に行こうよ!」


「ふぁ!モルガンもついに大きく羽ばたく時がきたのですね?これは見逃すわけにはいきません!」


モルガンというのは4人グループの男性バンドの名前で、歌詞も曲もノリノリになれる私の大好きなバンドグループなのです。もちろん綾香あやかちゃんもモルガンの大ファンです。ボーカルのリョウ君なんか男性なのに女の子みたいに綺麗な歌声なのですよ!


そしてこのグループのメンバーは皆さん男性なのに女の子の格好をしています。髪を銀髪や紫髪にしていて、お化粧をしているからでしょうけど、お顔がとっても綺麗で女の子の服装が凄く似合っているのです。


あー。これはとても待ち遠しいです。

何が何でも再来週のモルガンのコンサートは見にいきますよ!


私と綾香あやかちゃんは手と手を取り合い、空いた方の手でガッツポーズを何回もして教室の中で人目も憚らず叫びました。


「YES!YES!YES!」


生温かいクラスの視線を感じますが気にしません。

私達は嬉しくて、今にも空に舞い上がりそうな気分でした。






「それが、どうしてこうなった・・・」


給食の時間、綾香あやかちゃんがため息を漏らしながら呟きました。

私も無言で頷きながら肩を落とします。


再来週の金曜日と土曜日は宿泊学習で2年生全員が山のキャンプ場にお泊りするそうです。モルガンの初コンサートに浮かれていて、すっかり忘れていました。


「1年生の宿泊学習は4週間後なんだって。あーもう!1年生と2年生の宿泊学習の日取りが逆だったら良かったのに!」


綾香ちゃんがくやしそうにそう言います。

そうですね。

日取りが逆なら良かったです。

それともモルガンのコンサートが逆の日程になるとか・・・・ん?

もしかして、こういう時こそ神様の出番なのではないのでしょうか?


こういう努力ではどうにもならない事こそ、神様のお力にすがる時じゃないの?

うん。そうだよ。今こそ神様を作るべきです。

誰にも迷惑をかけずに物事を変えるなんて、神様でもなくちゃできません。

幸い、昨日の神様作りの失敗から私はある予測を立てています。

昨日は神様の姿と能力と名前を考えたらプーさんが現れました。でも動き出しませんでした。その後、黒い仔猫さんみたいだったら良かったのにと思ったら動き出したのです。


という事は神様を作るにはその姿と能力と名前の他に、たぶん性格というか心のようなものも考え出さないといけないのではないのかと予測を立てたのです。





学校が終わるとさっそく私は物事を逆に変えられる神様を作る為に人気の無い場所に向かいました。自分の部屋の中でやって、また失敗したら大変な事になるかもしれませんからね。


バスに乗って街はずれの小高い丘の上にある公園に着くと、私は深呼吸をして精神統一を始めます。


意識が集中してきたところで頭の中に神様のイメージをじっくりと作り出していきます。物事全てを反対にできる神様。姿は・・・かっこいい神様。モルガンのボーカル・リョウ君をイメージします。能力はどんな事でも逆にできる能力。そして名前は逆神ぎゃくしんでどうでしょう。


最後に心ですが、うーん。どうしましょうか。

やはり、ここは無難に私と同じ性格でお願いします。



光り輝く光輪が私の目の前に現れ、そこから神様のシルエットが出てきました。

やりました。成功です!

そう思ったのも束の間。かっこいいリョウ君の姿をした逆神ぎゃくしん様はぼんやりとしていて何だか透き通っています。あれ、どうしたのでしょう?影の薄い逆神様に近づくと逆神様はぽやんと消えてしまいました。


ふえーん!失敗です。

どうしてなのでしょうか。何がいけなかったのでしょう?


イメージ力がまだまだ足りなかったのかと思い、もっと集中して具体的に神様を作っても、また透き通った儚い神様になってすぐに消えてしまいます。それならと心の部分を昨日のように仔猫さんで考えても、やっぱりすぐに消えてしまいます。


分かりません。どうして失敗してしまうのですか?



神様を作る事に集中していたらいつの間にか、日がだいぶ西に傾いてきました。

暗くなる前に帰らないと。

私は急いで公園から出て、小高い丘にある長い階段を下ります。

その時、丘の横を流れる川の橋の上で人影が見えました。

私は階段を下りながら目を凝らして人影を見ます。


あれは・・・今朝、電柱と壁の間に隠れていた女の子じゃないですか。

どうしてあんな橋の上で一人で立っているのでしょう?


橋の上で背中を丸めて立っている女の子の様子を不思議に思っていると、女の子が橋の欄干の上に登り、そのまま川に飛び込んでしまいました。


「ふえー?!」

女の子が自ら川に飛び込んだのを見て、私はパニックになります。

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