第5話:戦争ゲーム

 8月12日。

 終戦記念日である。第3次世界大戦は2016年の今日、終結した。世界海洋連合対環球同盟の間で起こったこの戦争は、限定的だが核兵器も使用され、2億人が死亡した悲惨な戦争だ。日本も市民と兵士合わせて61万8千人が死亡している。特に核攻撃阻止に失敗して核爆発が生じた旧厚木基地周辺の犠牲者34万人が大きい。

 その日、僕は取材だった。

 なんだか腐れ縁になってきているトウキョウ・サイバー・ポスト社の依頼(というか命令?)で、国際ウォーシミュレーション大会の参加チーム出発の様子を取材するためだ。

 同大会の取材は、東京ローカルの一新聞社には許可が下りなかった。

 仕方なく、埋め合わせ的な記事として出発式典の様子などを取材することになったのだ。田村編集長は、横田空港での爆破事件犯佐山の話を聞いて、裏に何かあることを感じた。だから彼が主張した国際ウォーシミュレーション大会の取材もしたかったのであるが、あの大会は限られた関係者しか取材できないのである。

 社のベテラン編集者、高木は、市ヶ谷の防衛総省で開かれる終戦記念日式典の取材である。他の面々も調べものだのなんだので僕だけが横須賀へ行くことになったわけである。

 なぜ同じ日にウォーシミュレーション大会の出発式があるのか、それもよくわからない。共に軍事関係だからか?

 横須賀の海軍基地には、EMMBで向かった。電車で行くことも考えたが、乗り換えが面倒なのだ。

 ルートは決めていた。新青梅バイパスの田無ジャンクションから第2環状都市へ入る。断面が台形状をした都市の内部を縦貫する第2環状道を南下すれば、そのまま湾岸へ出られるからだ。

 バイパスのジャンクションからは、カーブを描いて環状都市内部へと入っていく。

 ややオレンジがかったライトの下を、片側3車線の道路が続く。僕は右の車線に位置するとオートドライブに切り替えた。左車線は所々環状都市へ上がるランプがあるし、真ん中車線は無人トレーラーなどが飛ばしているから、追い越し車線とはいえ、巡航ではここが一番いい。

 まもなく立体都市が終わって視界が開けた。深大寺の森が見え、中央高速と交差する新調布ジャンクションが通りすぎる。調布市街地を右手に見たあと、多摩川を渡る。川崎市内に入るとまた第2環状都市の立体区に入った。東名の川崎ジャンクションのところで一旦途切れ、その後も、横浜市宮前区まで立体区が続き、ここで立体区は終わる。ここまで、風景のほとんどはトンネルの中だ。

 立体区から出ると、目の前には川崎市街地、右手奥に横浜市街地が拡がっている。遠方には超高層ビル群が見える。

 日吉の手前でオートモードからマニュアルに戻す。

 鶴見川に接するところで、第2環状道は終わり、この先は新鶴見バイパスになる。再開発地区を抜けながら、震災後に再建された首都高湾岸線へと出る。

 右には巨大な鶴見核融合発電所の白いドームが見えていた。

 これは日本で3番目の核融合発電所で、主に工業地帯へ電力を供給している。

 前に取材でエネルギー問題を調べたことがある。

 世界大戦の前後で、日本で使われるエネルギーの種類は大きく変化した。

 戦前は、まだ石油依存体制が強く、車の燃料も、暖房用も、石油関連であり、あるいは国内の発電所も火力系が多かった。プラスチックなど石油製品も一般的だったという。

 しかし、今世紀初頭には、すでに脱石油の動きもなかったわけじゃない。

 車両の動力としては、ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車の研究は進み、暖房も灯油を燃やすタイプから電気に変わりつつあった。発電も、原子力と、太陽エネルギーや風力などの天然エネルギー発電が急速に増え、一般向け燃料電池発電機の普及も始まりつつあった。

 これらの動きの背景には原油高騰があった。高騰の原因は、油田地帯での戦争や、中国の急速な経済・工業化による消費拡大、投機的な石油関連先物取引の影響などがあったらしい。

 しかし、脱石油エネルギー体制に転換するほどには、まだ動きは弱かった。

 それが大きく変わったのが世界大戦である。

 きっかけは、2009年9月19日の、大震災である。この震災が立ち直りつつあった世界不況を、一気に恐慌へと引きずり下ろした。

 2011年、恐慌がきっかけで成立していた「環球同盟」が周辺諸国と事実上の戦争状態に入ったことが、世界大戦の始まりとなった。2013年に世界有志連合が地球海洋連合へと発展すると、2つの陣営による地球規模の戦争へと発展する。

 戦争において先手先手で情勢を進めていた同盟は、ロシア、中国、カスピ海と黒海の沿岸、中近東の油田地帯を支配下に置いており、非同盟諸国への原油輸出を制限した。これが世界有志連合の成立のきっかけであるが、同時に連合は脱石油体制を本気で取り組まねばならない事態に追い込まれた。

 日常に必要なガソリンや石油製品だけでなく、軍事用石油の急激な需要増で、原油の値段は高騰どころの話ではない事態になった。これに投機筋が戦争情報を事前に得て、買いに走ったことも、原油価格を暴騰させた。

 石油不足は社会にも深刻な影響を与えた。それがさらに戦火を拡大することになる。

 日本は今次大戦でははじめ中立で(震災被害でそれどころではなかった)、途中から連合国側に付いたものの、地上戦は行われなかった。核攻撃1回と大戦終盤の空襲被害を受けているくらいだ。その直接的被害よりも、むしろ、石油エネルギー体制に大ダメージがあったと言える。それが対戦国「同盟」の思惑であった日本国家崩壊に結びつかなかったのは、大きな2つの理由があったからだ。

 ひとつは、すでに国内で通称「09革命」が進行中だった。大震災の少し前から計画が始まったというこの大構造改革では、エネルギー体制の変更も検討されていて、研究が進んでいた。全国レベルではまだ石油関連産業は健在で、市場もそのままだったが、戦争による石油不足は、一気にエネルギー体制の転換を迫った。そこに研究中だった様々なエネルギー生産、供給システムが注目を浴びたのである。

 もうひとつが、大震災である。戦争前に首都圏が壊滅したため、日本は首都と産業生産地帯の再建が急務の課題だった。既存の工場地帯なら再開発を行うのは大変だが、廃墟から立ち上げるのならいくらかやりやすくもある。消費の度合いも、首都圏が発展している状態と、廃墟からの再建途上では大きく違う。震災もまた石油体制崩壊のきっかけであった。

 石油に代わるエネルギー、石油を使わない製品、その研究は急速に進み、新政府となって間もない国家からの支援もあった。いずれにせよ、石油が入ってこない以上、莫大な金を投資してでも、新しいエネルギー体制を確立しなければならない。

 そこで、電気エネルギーを主体とする社会と生産の体制を基本に、その電気を生産する方法が検討された。

 既存の燃料電池や風力発電、太陽エネルギーは大いに使えるものの、いずれも国家全体を支えるほどのものではない。そこで、エネルギー配分を見直し、各家庭や企業、工場単位の小型発電機の普及、あるいは、電力を無駄にしない配分システムの開発が考えられた。

 一方で、大規模なエネルギーの供給が可能な発電所の研究・建設も行われた。当初は核分裂型の原子力発電所が有望だったのだが、震災の大津波で浜岡や東海、福島第一などの原発が軒並み被害を受け、汚染が広がったこと、日本海側の原発が戦争で攻撃目標となったことから、考え直さざるを得なくなった。地下に建設する案も出たものの、これも反対が多かった。放射性物質の汚染は問題である。

 そこで、核融合に注目が集まった。発電に使うレーザー核融合は、核分裂と違い、施設が一部でも破壊されるとプラズマが消滅し反応が自動的に止まってしまう。もともと中性子線放出以外に汚染が少ない上に、廃棄物もわずかだ。高温になるわりに物質密度が少ないため、熱暴走による爆発の危険性もほとんどない。しかもエネルギー転換の度合いが高かった。

 開戦前、国際間の調整が進まなかったこともあって、核融合研究施設はまともに建設もされてなかったのに、戦争が始まると、国際共同研究はどこへやら、各国で一斉に研究が始まった。結局、戦争中に実用型融合炉の完成はなかったのだが、研究が一気に進んだのは事実である。

 戦時中は、既存のエネルギーシステムの他に、比較的規模の小型化したトリウム原発を数基建設し、さらにメタンハイドレート、天然ガス、高純度石炭など、国内で産出できる原料を使った小型の火力発電の大量設置でなんとかしのいできたが、戦後には、戦時中の研究成果が一気に花開くことになった。

 2019年に、最初の実用型核融合発電所が青森県に完成し、次いで2020年に福井県に完成した。両方とも原子力研究の中心地である。

 核融合発電にも反対がなかったわけではない。

 大戦中に大量に使用された水爆は、核融合だ。水爆の場合は原爆のエネルギーで核融合を起こすため、汚染もひどい。兵器用レーザー水爆は開発が進んでいたが、ミサイルや爆撃機に搭載できるほどの小型化が間に合わず、戦争には使用されなかった(間に合ったからといって、いいことなど1つもないのだが)。そのため、旧型水爆の使用による被害が、核融合に対する反発を生んだ。その大半は無知による反対で、放射能で汚染される、爆発する、と言った理由での反対であったものの、一部にはその技術の度合いを知った上での反対もあった。そこにはさらに、環境保護と科学技術を対照的に見る思想から反対する意見(すなわち科学技術はなんでも反対!)と、核融合でも中性子線照射とそれによる放射化した危険な物質の生成があることを指摘しての反対とがあった。

 しかし、戦後、首都復興や、核分裂型原子力発電の廃止から、核融合は国民にあっさりと受け入れられてしまったのである。09革命を推進していた政府が、事細かに情報を開示したのも、過去の隠蔽体質の強かった原子力発電とは大きく違っていた。なんでも反対的な人が多かった反対派は責めどころがなかなか見いだせず、国民の支持も得られなかった。

 2024年、茨城県の東海村と鶴見に3番目と4番目の発電所が相次いで完成し、特に鶴見は大都市圏内だったので、ずいぶんと話題になったものだ。現在国内の核融合発電所は全部で9ヶ所。核融合炉は12基が稼働している。来年にもさらに2ヶ所3基が稼働予定だ。一方で、核分裂型の原子力発電所は戦時中のトリウム小型原発4基以外に戦後は1基も作られず、研究用を除く電力系は現在27基の原子炉が稼働中だが、順次廃止の方向へと動いていた。電力はその他の発電システムも普及したためだいぶ改善しているのだが、放射性廃棄物処理の関係で(廃棄物は原子炉から出る高速中性子線を当てることで再核分裂を起こし放射線の弱い安定した物質に変換できる)なかなか止めるに止められない事情もある。

 脱石油体制は、多くの技術でもみられた。

 冷暖房器具は電気へ、プラスチックは植物系ポリ素材になり、小型発電機は燃料電池に、四輪車は電気自動車になった。当初は石油から水素を取りだしていたが、すぐに水素生産体制が確立する。石油は外国から運んでこなければならないが、水素なら国内でもいろんな技術で生産可能だからだ。水素カートリッジはコンビニでも普通に売っている。さらに無線による電力供給システムも普及しつつあるため、電気だけで動く製品はバックアップ用燃料電池と併用化が進んでいる。電池が減ってきたら、電力供給機に無線アクセスして充電すればいい。使用料はネット経由で引き落とされるから、使った分もはっきりするし、手間いらずだ。

 電力を溜める蓄電技術も進んでいる。ナノテクノロジーが発達したおかげで能力が向上した。蓄電器だけでなく、蓄光器も製品化が進んでいた。今のところ、蓄光技術は一部の製品にしか応用が利かないが、いずれ光エネルギーを使う製品は普及するだろう。電気エネルギー時代からさらに光エネルギー時代へと発展することになる。

 これらの技術の多くは、戦時中に発達した。

 戦争は死と破壊をもたらすものだが、皮肉なことに、科学技術も大いに発展する。有無を言わせないせっぱ詰まった状況になるからだろう。

 そのため、戦争を是とする意見も強い。

 戦争は人が死ぬ。ものが破壊される。

 戦争肯定派も、そこら辺はわかっているのだが、1つには戦争に対する異様なロマンチシズムがあり、1つには技術の発展があるから、それを肯定の理由としているのだ。

 反戦教育に問題があるという意見もある。

 ただ悲惨な光景や、人間の死体画像を見せても、効果はない、と言う意見だ。むしろ、人間はそう言うものを見たがる。戦争の映像を見て、殺人嗜好を持つようになった若者の通り魔事件が論争を呼んだこともあった。

 そのあたりから、そもそも戦争とは何かを論じていない、と言う意見まで出て、一時期戦争論が盛んだった。

 戦争は、もっとも単純化すれば、人の社会的勢力同士のナワバリ争いであり、人の勢力の最小単位は人そのものである。そこで、その人そのものを減らすことで、勢力を弱めていく、と言うことになる。だからこそ、戦争は必ず人殺しになるわけで、それ故に悲惨でもあるのだ。

 兵器の種類だの、戦争思想だの、戦略戦術だのは、人を減らす方法にくっついてくるものだ。たとえば核兵器を絶対悪だとする思想は今も根強いが、問題は核兵器かどうかと言うことではなく、人を殺すかどうかなのである。鉛筆でも針金でも人を殺す武器になる。核兵器はいけないが鉛筆はいいという論理ではなく、いかなる方法であれ、人を殺すことが問題なのだ。だから核兵器もよくないのである。

 そこに、戦争が技術を発展させる理由も含まれていた。人を殺す技術、殺されないようにする技術、そう言ったものが、戦争が終わると、別の技術へと発達する。殺さずに済むなら、生かす方に転用するのは当然だろう。

 人同士が殺し合うと言う意味では、戦争を肯定するものは、普通いない。いるとしたら、敵国に憎悪を抱く人間か、人を殺すことに興味を覚えた人間か、自分の地位を確立したい政治家くらいだ。

 そこで、人は殺さずに、戦いあって技術や理論を発展させよう、と言う理屈が生まれたらしい。

 今日、その出発式を取材する、国際ウォーシミュレーション大会。

 これも戦後誕生した特殊な思想である。

 戦争シミュレーションなら、電脳ネットワーク世界でやれば済むことを、実際の土地で、兵器と兵士を繰りだして、戦争をやろうというのである。

 ただし、兵士はロボットだ。

 指揮官は人間がするが、人間を攻撃はしないと言う前提である。

 データを見ると、今年で3回目となるウォーシミュレーション大会。

 開催場所は、オーストラリア内陸の砂漠地帯となるようだ。

 1回目はアメリカの西部で、2回目は太平洋上の人工島とその周辺の海域で行われた。参加国は、年々増えているため、戦闘規模を一定に抑え、対戦形式もトーナメント式になっている。まさに実戦ゲームである。

 その大会に、日本は今年はじめて参加する。参加するのは陸軍の機械化歩兵部隊だが、その出発式を、なぜか海軍基地の横須賀でやるというのだ。なぜだ? 市ヶ谷の防衛総省でやるか、輸送のことを考えて横田基地でやるならまだわかるのだが。

 おかげでこっちは、わざわざ横須賀まで取材である。

 湾岸高速は、ベイブリッジを越え、横浜市街地を横目に見ながら、本牧埠頭、根岸超高層ビル群、磯子や鳥浜の工場地帯を抜け、並木で横須賀線に入った。湾岸から離れ、内陸を進むこの道路は、震災で壊滅した後、全く同じ場所に再建されたものだという。土地収用の問題らしい。

 都心ではまるっきり都市構造をあらためるため、地主の所有地の他への転換も行われたが、地方ではそれがなかなか出来ないため、復興計画も震災前と同じ町並にすることが多い。

 逗子インターで一般道へ降り、田浦の街へ出る。街の東側にある長浦から南側の大きな湾が、横須賀海軍基地である。真ん中に、吾妻島という島がある。

 大戦後、米軍が撤退し、現在は海軍と海軍に移管された海上保安庁が常駐している。

 EMMBの電脳に今日の式典がどこで行われるのか、参加するロボット兵の積み込み場所がどこかを検索させた。

『横須賀本港地区にその情報があります』

「そこまでの案内を頼む」

『了解しました。ヘッドアップにインポーズします』

 ヘルメットのバイザーに指示のサインが出た。矢印やルート、距離などが景色に重ねて表示される。

 16号を南下して、横須賀駅前を過ぎ、市街地に入ったところで、左側に海軍基地のゲートが現れた。

 詰所のそばでバイクを止めると、衛兵が近寄ってきた。トウキョウ・サイバー・ポスト社が出してくれた身分証を見せる。ここの取材許可データが記録されている。衛兵は身分証をスキャナーにかざした。右の方を見ると、なにやらたくさんの人が大騒ぎしている。横断幕やら旗を振る人もたくさんいる。国際ウォーシミュレーション反対派だ。ロボット権利擁護派もいた。

「あれ、えらい騒ぎですね」

 と言うと、衛兵は道路向こうの人垣を見て、ふん、と鼻をならした。

「気楽な連中だ」

 無愛想にそう言って、

「入ってよし。駐車場は入って左、茶色い建物の向こう側にある」

 と指をさした。礼を言って中に入り、そこまで行くと、車やバイクが並んでいた。そこにも兵士がいた。

「許可証を」

 と再度求められ、身分証を出す。スキャナーにかける。ゲートで許可をもらったかのチェックもしているのだろう。

「式典と積み込みはどこで?」

「この奥の広場で1時から。積み込みは2時から空母埠頭です」

 この兵士も表情は無愛想だが、意外に親切な口調で教えてくれた。アンドロイドではなく人間の兵士なのは見てわかるが、最近はアンドロイドの方が愛想がいい。

 駐車場にバイクを置く。言うまでもなくロックはきちんとかけたが、まあ、軍人が見張ってるのだから大丈夫だろうけど。

 そこから先は、歩いていく。埋め立て地に埠頭がたくさんある場所で、倉庫やなにやら良くわからない施設が並び、海に面した一角が広場になっていた。埠頭には大小の艦艇が停泊している。潜水艦が多いのが目に付いた。今や海軍は潜水艦時代だ。

 2つの、海へ突き出た大きな埠頭には陸奥型と霧島型の潜水戦艦が2隻停泊していた。5万t級の巨艦である。上部外殻が開いていて連装型レールガンがむき出しになっている。前後に3基6門あった。

 なにやら積み込み作業しているところで、兵士が見張りについているものの、マスコミ陣の取材を止めている様子もないので、僕も遠慮なく愛用のブレインカメラで動画撮影に入った。

「さすがに大きいねえ」

 いきなり後ろから声をかけられて、驚いて振り向くと、電経新聞の和倉晶が立っていた。

「和倉さん」

「君も取材に来てたんだな。個人で? それともどこかの依頼かな」

「依頼です。個人じゃ許可もらうの大変ですから」

「そうだろうな。フリーの人たちは偉いよ」

 和倉もカメラで撮影を始める。

「広場の方の式典、だいぶ偉いさんが集まってきたね」

「1時だとあと30分ほどですか」

 見ると、正面に備え付けられたスクリーンでは、正午から始まった終戦記念式典の様子が映し出されている。首相や防衛相の顔も見えた。

「なんで、同じ日に出発式をやるんだろう。別々にしてくれれば、あっちの取材も出来たのに」

「ははーん、軍事パレード見たかったんだろう」

 からかい口調で言われた。

「一応、男ですから。反戦を口にするほど大人でもないし」

 和倉は笑った。

「ウォーシミュレーションも、時期的に今から行かないとダメなんだろう。訓練もしたいんだろうしな。ゲームは9月15日から抽選順に12月まで行われる。オーストラリアじゃ、9月はまだ春先じゃないかな」

「ちょうどいいくらいなんじゃないですかね」

 もっとも、ロボット同士の戦闘だから、季節などどうでもいい。場所だって砂漠だし。いや、そもそも戦争にいい季節悪い季節というものでもないか。

 2隻の潜水戦艦の動画を大体撮り終え、広場の方へ行った。

 スクリーンは正面やや左寄りに立っていて、真正面は式台になっていた。スクリーンの前と、正面右に関係者や貴賓席が並び、向かい合うように、手前には一般来賓席が何列にも並んでいる。その左右と後ろにマスコミ用の場所があり、すでに脚立だのカメラだのが並んでいた。ウォーシミュレーション大会は、結構話題になっている。例の横田爆弾事件も少し絡んでいたので、さらに注目を浴びているわけだ。

「ゲート外に、反対派市民がたくさんいましたね」

「最近、こういうイベントがなかったからじゃないかな」

「それじゃ、お祭りじゃないですか」

「反対派にとってもお祭りだろう」

 と和倉さんは笑った。

 式典の右側にロボット兵が並んでいる。リアルなアンドロイドタイプではなく、無骨なメタル外見のロボットたちだ。人間そっくりのロボットがバラバラに吹っ飛んだりしたら、それこそ生々しい。

 それでも、一応は迷彩服を着て兵士っぽい格好になっている。手には銃を持っていた。最新のレールガンではなく、一般的なライフル銃だ。

 スクリーンでは、終戦式典が終わり、パレードの準備に入った。

「こっちの式典より、あっちのパレードを映し続けてくれるといいんだけど」

「時間的にはギリギリだろうね」

 その通りで、軍事パレードが始まったのは12時45分。

 首相らが見守る中、防衛総省の敷地内にいた兵士や車両などが出てきた。

 大戦に連合軍として参加した退役軍人、続いて陸軍と海兵隊の兵士らが登場した。首都上空をJSF-42有人多目的戦闘機、つづいて無人戦闘機K-19ハヤブサ、そのあとにイベント用に青く塗装された訓練機T-9Xが編隊飛行する。T-9Xは5色のスピンドルスモークを引いて扇状に散開し上昇していく。歓声が上がるのがスクリーンを通して聞こえる。

 その後に各種ヘリやXローター無人機などが次々と飛行してくる。

 その下、地上では車両パレードが始まった。市ヶ谷から新外堀通りをまっすぐ南へ向かい、四谷駅前で左折し、皇居半蔵門の所まで行き、さらに左折して内堀通りを北上し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑の前を通り、靖国通りを左折して、市ヶ谷まで戻るルートだ。

 パレードは軽車両から徐々に大型化していき、兵員輸送車、自走砲、多砲塔戦車や有脚戦車と続く。

 しかし、有脚戦車のいかつい動きが画面に映ったところで、場面が変わった。式典が始まるのだ。

 あーあ、とつぶやくと、隣の和倉さんはくすっと笑い、

「このあとロボット兵と重武装スーツ兵が登場するんだよね」

「へえ。よくご存じですね」

「パレードのスケジュールデータもらったんだ。結局、こっちへ取材に来たわけだけどさ」

「和倉さんもこっちへ回されたクチですか」

「君もか。派手なところはベテランが持っていくのがこの業界の悪いところだ」

「大手もそうじゃ、うちはしょうがないか」

 こちらの式典でまず挨拶に立ったのは、この基地の司令官だった。少将の階級章を付けている。国際ウォーシミュレーション大会参加がいかに軍事的経験値を高められるかと言うことを力説している。和倉は苦笑した。

「完全に軍事演習のつもりでいるな」

「ゲート外にいる反戦運動の市民が聞いたら卒倒しますよ」

「喜ぶだろうさ。批判の口実が出来たって」

 ついで、この大会参加の責任者である防衛総省の局長が挨拶に立つ。

 さらに防衛次官が挨拶に立った。この人は軍人ではなく、政治家である。

 本当は防衛大臣も挨拶に立つところだろうが、あいにく大臣はパレードの方に行ってしまった。この次官も、内心は、俺もあっちがよかった、とかぶつぶつ言ってるんじゃないか。

 偉いさんの挨拶が続くのは、こういう式典の最大の欠点だ。

 しかし、次に立った人物を見て、僕は少し驚いた。

 企画院の一万田紀彦総裁だったからだ。国家の政策を立案し、今も続く09革命の推進機関、企画院のボスだ。僕の義兄に、国連の極秘会談へ出るよう命じた男である。

「終戦記念式典には出なかったんだ」

「考えてみれば当然かも知れないね」

 と和倉。

「あっちは、過去のことに関する式典だ。軍事パレードも政治ショーに過ぎない。けれど、こっちは国家の政策の一環だからな」

「すると、大会参加は企画院も一枚噛んでるんでしょうか。防衛総省の推しだったって聞いてますけど」

「防衛総省が望んだとしても、企画院に話を通しておかないと駄目だろうさ。それで実現したというなら、企画院も大会参加に賛成したと言うことになる」

「あまり革命とは関係ないように思えるけど」

「そうだね……」

 一万田総裁のあとも、次々とどうでもいい挨拶が続いた。与党企画党と最大野党国民党の関係者も出てきた。軍人より威勢のいいことを言っている。大体、戦争というのは軍人が引き起こすようなイメージがあるが、実は、軍事シンパの政治家が引き起こすのが普通である。戦争の悲惨さを知っている軍人ほど戦争を回避しようとするのは歴史にいくらでも例があった。

 やっと無意味な式典が終わると、今度は戦闘を指揮する人間の士官と参加するロボット兵の一部が来賓席の前に行進してきた。

 式台には防衛総省の次官が立った。

 士官の代表が敬礼をし、勇ましい宣言を述べた。必ずや勝利を収め、凱旋するものであります、などと言っている。こうなると演習どころか、戦争だ。最後にもう一度敬礼すると、ロボットたちも一緒に、びしっと敬礼した。あのロボット達は、これから戦場へ向かうのだ。

 数人の士官がマスコミ関係の所にもやってきて、ウォーシミュレーション大会の概要が配られた。見開き式の枠が付いたフィルムペーパーである。わざわざご丁寧なことである。

 すでにある程度わかっていることだが、一応はもらっておいた。

 ペーパーのスイッチを入れると、動画が映し出された。

 ウォーシミュレーション大会は、9月15日から、オーストラリア・ノーザンテリトリーのバロークリークという都市から北西へ200kmほどの荒野で行われる。

 地平線と、ぽつぽつ生えた草、大きな岩が所々に転がっている平原が画面に映し出された。

 そこに東西80km、南北150kmの長方形をしたエリアを用意し、そこを戦場として2つのチームが争うのだ。

 戦術を競うのが目的で、シミュレーションでは予想できない事態にも対処できるかどうかが試される。

 確かに気象条件や、心理問題などは、バーチャルではなかなか実感できない。しかし戦争ではそれらは当たり前のことである。

 今回参加する国は、19カ国。アメリカやオーストラリアなどは3チーム以上を参加させていた。

 参加するチームは、条件を同じとする。

 それぞれの兵力は以下の通りだ。

 特殊な機能、武器を内蔵しない、ただのロボット兵が2000体、戦車20両、軽武装小型車両40台、無人偵察機5機、機関銃や小銃なども一定数とし、弾丸も同様にする。戦車と小型車、無人偵察機はそれぞれの国が採用したものとするが、ロボット兵も含め、大会関係者のチェックを受け、銃器と弾薬もまた大会本部に提出した後、再支給という形を取る。それらのデータはすべて公開されていた。レギュレーションを同じにしないと、軍事大国ばかりが有利になってしまう。

 戦場には、南北の端に司令部を置き、司令部の目の前には陣地が置かれる。

 勝敗は、その陣地を占拠するか、どちらかが降伏するか、ロボットが全滅するかで決まる。司令部そのものは勝敗とは無関係だが、人間の指揮官はここに常駐して作戦を指揮することになる。指揮官の訓練の意味もあるわけだ。司令部を攻撃することは認められておらず、意図して攻撃したと判断されればその時点でゲームは終わり、攻撃した側の敗北と次回参加の禁止という決定が下される。なお、流れ弾を考慮して司令部施設の前には電磁ネットが張られ、レーザー砲が備えられる。

 南北どちらの陣地になるかはくじ引きだ。地形は南北で対称的ではないため、公平を期するのである。

 画面には、電脳が作った戦闘シーンの疑似映像が流れている。派手に爆発が起こってロボットがひっくり返ったり、戦車が砲撃したりしたあと、陣地を数体のロボットが占領して自軍の旗を振り、司令部の指揮官ら人間達(なぜか白人)が「イエスッ、イエスッ」とか「ヒャッハア」とか歓声を上げながら、ガッツポーズで決め、手をたたき合っているところで終わった。いささかわざとらしい演出である。

「安物の映画だな、これは。ハリウッド製か?」

 和倉さんもしみじみとつぶやいた。今時、ハリウッドでも作らないような気がするが、

「電経新聞は直接取材の許可を得たんですか?」

「得たよ。僕は行かないけどね」

「どうしてです?」

 和倉さんは片頬を上げて、皮肉っぽく、

「興味ないからな」

 そう言ってから笑いだし、

「なんてね。ほんとは取材陣に加えられなかったのさ」

 笑っていいのかどうか。

「……この大会について、どう思います?」

「戦術の訓練だとか、そういうのはとってつけたようなもので、要は戦争をしないで国際間のストレスを解消しようという考えなんだろう。同じルールのゲームなら、文句も言えない」

「オリンピックみたいなもんですか」

「あっちはまだ健全だがね。戦争ゲームはどうだか。それをやろうという連中は健全とは言えまい」

「まだしもネットゲームの方が健全ですかね」

「まだしもね。あれは遊びだからな」

「国家間の対立を解消しようとしても、この大会で領土問題なんかが解決すると思いますか?」

「するわけないよ。それはそれ、これはこれ、って言うことになる」

「じゃあ、なんでするんですかね」

「僕に聞かれてもね」

 和倉さんは苦笑し、僕も苦笑した。

 式典が終わり、指揮官とロボット達は、右の方にある空母埠頭へ行進を始めた。脇に控えていた分も含め、2000体のロボットが埠頭の向こうに停泊している潜水空母「大鯨」に向かって進んでいく。大鯨は上部外殻を閉じて完全な潜行モードになっている。

「輸送機で運ばないんでしょうか」

「新型潜水空母の宣伝も兼ねてるんだろう。進水して、今回が初めての公式作戦だからな」

「オーストラリアまで時間かかりませんかね。電磁推進タイプでしょうけど」

「沖縄あたりで飛行機に乗せ替えるんじゃないかな」

「最初からそうすれば良さそうなもんですが」

「あの空母の搭載機に乗せ替えるのかも知れないぞ。大鯨クラスなら大型機も搭載しているだろうし。あるいは戦闘機に乗せる気かもしれんな」

「戦闘機にですか?」

「飛行訓練も兼ねているとか」

 そんな無責任な会話をしているうちに、ロボット達の乗艦は完了した。

 乗艦が終わると、他の準備はすべて終わっていたのか、扉やなにやらがすべて閉じられ、派手なファンファーレと共に潜水空母はゆっくりと岸壁を離れていく。艦橋の上に何人か乗っていて、手を振っていた。岸壁にも式典に出席した偉いさんだの、軍人だのが手を振っている。僕はちょっとだけ動画を撮ったが、何となくばからしくなって見送るだけにした。

 潜水空母はゆっくりと向きを変えると、港内で待っていた駆逐艦2隻を従えて港を出て行った。

「水上艦をお供にしたら潜水空母である意味無いような気もするな」

「そう言えばそうですね」

 式典がいかに形式的なものかは、その終わったあとの様子でもわかる。

 演説ぶっていた偉いさんらは、そそくさと帰っていき、海軍兵らが片づけを始める。来賓の椅子や看板などを持って傍らを通り過ぎる。メディア関係者はまだ撮影や関係者への取材をしていた。

 取材する気も起こらない。

「もういいや。これでも記事には出来るだろう」

 どうせ、トウキョウ・サイバー・ポストは、大会の取材は認められていないのだから、大した記事も作れないし。

 東京まで面倒に感じた。電車乗り換えが面倒だとEMMBに乗ってきたのはいいが、考えれば、帰りも運転しなければならない。電車とどっちが楽だろう。

「和倉さんは、今日もバイクですか?」

「いや、社の車。オートクルーズにして、車内でデータをまとめようと思ってるんでね」

「はあ、さすがですね。僕はバイクなんで、帰りが面倒になってきました」

「君のEMMBなら、オートモードあるだろう」

「ありますけど、二輪ですから。気は抜けませんし」

「たしかにそうだ」

 トウキョウ・サイバー・ポスト社によるのはやめて、家に帰るつもりになった。まだしも第2環状道はオートモードで走りやすい。

 僕が帰りのことを考えていると、

「おう、君も来ていたのか」

 と言う声がした。

「大佐、ご無沙汰してます」

 和倉さんが答えた。

 見ると、やけにがっしりした体格の、ベレー帽をかぶってサングラスをかけた軍人が立っている。

 陸軍の格好なので、式典に招かれたのだろう。

「取材か、ご苦労なことだな」

 そう言いつつ僕を見た。ちょっと緊張する。

「そっちは同僚か?」

「紹介しますよ。フリーエリンターの市来英介君。同僚じゃないけど、同業ですね。市来君、こちらは相良頼興陸軍大佐」

「市来です。はじめまして」

「相良だ。よろしく」

「大佐は、今日はお呼ばれですか?」

「まあな。今の部署がちょっと関わるんでね」

「あれ、士官学校教授はもうやってないわけで?」

「今は情報局の対外連絡部にいるんだ。今度はオーストラリア遠征だからな。あそこには戦友もいるし、ちょっと行ってこようかと思っている」

 僕が会話を黙って聞いていると、

「大佐は、大戦に従軍してね。そのあとは陸軍士官学校で有名な鬼教授さ」

 と和倉さんが説明してくれた。

「士官になろうってもんが甘やかされてたら、戦争は負けだからな。鬼にもなる」

「市来君、軍の取材や大戦中の話が聞きたかったら、大佐にお願いするといい。コワモテなわりに親切なんだよ、この人は」

「コワモテは余計だ。こんなガタイも好きでなったんじゃないからな」

 どういう意味だろうと思っていると、

「俺は戦傷でね、」と袖をまくった。あっと思わず声が出そうになる。

 下から出てきたのは、無骨な金属の腕だったからだ。サイボーグだったのだ。

「あの頃はまだ再生医療は発達してなかった。俺は手足バラバラの重傷だったし、指揮官だったから、復帰する時間を惜しんでこうしたわけさ」

「そ、それはどうも……」

「いや、同情はいらない。そんなつもりで言ってるわけじゃないし、改造を施したのも自分でそれがいいと思ったからだ」

「そうだったんですか……」

 大佐は腕を曲げ、金属の表面をなでる。確かに、表面を疑似皮膚で覆うわけでもなく、金属むき出しのままにしてある。敵に対して威嚇するような意味もあったのだろうか。

「だが、今になるとちょっと面倒ではあるな。変に目立つし、体中に埋め込んだ機械も、決して肉体と適応しているわけじゃない。体温調整も難しいしね。時々、病院で炎症を抑える治療を受けている。しかしそれをすると、抵抗力が落ちる。抵抗機能と炎症抑制とは正反対でね、そのバランスを維持するのが難しい」

「生体部品に替えることは考えてないのですか?」

「考えない訳じゃないが、俺の場合、機械部分が組織に癒着しているんだ。何しろサイボーグ技術が実用化されたばかりの頃のものだったし。そのくせ適応してないから問題が起こる。念のため、細胞バンクには俺の細胞を預けているが……。ま、他にもいろいろ考えることがあって、このままにしてある」

「そういうサイボーグ化の割合は、その出征した兵士の中でどれくらいあるかご存じですか」

「お、早速取材だな」

「すいません」

 いや、構わんよ、と大佐は言い、

「数字は大まかだが、我が国は、大戦には後方部隊も含めるとのべ25万人が参加して、約1万3000人が戦死した。戦闘に支障のある傷を負ったものは9万人ほどいるが、そのうち私みたいにサイボーグ化したものがおよそ4万人いる。あとは一般的な医療だな。サイボーグ化してもあとで生体部品と取り替えたものは多い」

「死傷率がかなり高いですよね」

「我が国は、大戦の後半から参戦したわけだが、その時すでに戦闘の大半が大陸内奥部に移っていて、悲惨な地上戦が展開されたからだ。どちらの陣営も少数部隊による攻防で町や村単位での戦いになる。核攻撃を除けば、連合軍の戦死者の大半もここで出ている。しかも対戦車兵器や対人兵器は発達した。レーザーガン、レールガンなどそれまでなかった兵器も出てきたからな。悲惨なのは兵士だけじゃない。戦場となった地元の住民はもっと悲惨だよ。彼らは生体部品どころか、サイボーグ処置すらされてない」

「もし、今戦争が起こって負傷した場合、軍ではどのような対策を立てているわけですか?」

「軍籍にあるもので、後方勤務を除く全員が細胞バンクに登録してある。実戦となったら、おそらく全員にその義務が適用されるだろうな。それで負傷すれば、直ちにその部分の細胞や臓器の製造を開始し、治療が施されるだろう。サイボーグ化するよりも、その方が治りも早いし、安定している」

「では、もうサイボーグ化はないと?」

「いや……、これはあくまで仮定の話だが、もし戦争となれば、おそらく武装サイボーグ化が行われるだろうな」

「死ににくい体や、敵より強い体を作る、と言うわけですか」

「基本的にはそういうことになるな」

「最近は、たとえば今日、パレードにも出たそうですけど、強化スーツや重武装スーツが出てきてますよね。あれを装着すれば、体は生身でも戦闘での死傷率は下がるし、攻撃力も上がるのではないですか?」

「必ずしも、そうは言えないのが実情だよ。各種武装スーツは、内部温度調整や動きに難点がある。特に都市部での戦闘に向いていない」

「それはどうしてですか?」

「立体的な動きに弱いのだ。スピードや上下を移動するのに不向きだ。それに比べるとサイボーグは運動機能を高めるのに主眼があるから、高層化した現代の都市戦では有効なんだよ」

 なるほど、平原での歩兵戦なんて言うのは、近頃あまりないだろう。

「それに手足のサイボーグ強化や、皮膚の硬化は、戦争が終われば生体部品で元に戻せばよい。大戦の時と違い、最近は機械化する時のやり方もうまいから、切り離すことも可能になってきた」

「じゃあ、戦場の状況に合わせてそれらも想定する、とそう言うわけですね」

「人間が参加するならば、だ。ロボットを戦場に送り込むのなら、話は別だろう」

「それが今回の参加、と言うわけですか。そのわりに、戦場設定が大平原ですが、都市戦は想定しないんでしょうか」

 大佐は苦笑した。

「あれだけの規模で演習用の都市を造ったら、それだけで金がなくなる」

 僕はさらに聞いた。

「ぜひ、本音の部分をお伺いしたいのですが」

「本音? こわいね」

「今回の大会、軍では本気で訓練になるとお思いですか? それとも、戦争に代わる国際間の調停に有効だと思われているのですか?」

 大佐は、半分困ったような、微妙な笑いを浮かべた。

「近未来の戦争が、ロボットを投入した、無人戦争になると、本気で思われますか?」

「微妙なことを聞くものだ。戦争の本質はどうか、と言うことだろう。君もちまたで盛んな戦争論者かね」

「そう言うわけではないですが、わざわざロボットだけで戦争することに意味があるのか、疑問ではあります」

「人間を投入して犠牲者を出すよりはマシじゃないかね」

「それなら戦争する必要もないと思いますが」

「……ま、そう言う考えもあるだろう」

「ゲートの外で騒いでいる市民団体は、戦争反対、あるいは、ロボットをそう言うのに投入するのは、ロボットの人権を侵害している、と言う意見ですよね」

「ロボットの人権ねえ。擬人化していると言うことなのかな?」

 大佐は苦笑しながら首をひねった。

「彼らの意見は本質的なものじゃなく、表面的なものだと、僕は思ってます」

「それには同感だ」

「でも、人権はともかく、なぜロボットを投入してまで戦争ゲームをするのか、そのあたりが僕もわかりません」

「データを取るという意味もあるだろうし、技術を高めるためという理由もあると思うが?」

「それなら、戦争という形ではなく、何かの電脳シミュレーションでもいいですよね。いろんな状況を想定して、ロボットや機械にそれをクリアさせるというゲームを国際大会としてやればいい。その方が様々なデータも集まりますし、批判も受けずに済むし、メディア映像権もついてもうけられる」

 大佐は笑った。もうけられる、と言うところが可笑しかったらしい。

「君の言うとおりだね。ただ、それだけの理由なら、あえて国家が乗り出すことではないだろう。防衛総省がいくら参加を申し出ても、企画院や財務省が首を縦にはふるまい」

 その言葉は、さっきの一万田企画院総裁の出席の時に感じた疑問にも直結していた。

「すると大佐、企画院は、この大会参加に賛成だったわけですね」

「総裁が出席しているんだ、そうだろうね」

「なぜ、企画院は、賛成したのでしょう。どういう理由があるのですか?」

 大佐は沈黙した。ほんの短時間だけ、意味ありげな沈黙だった。わずかにほほえみを浮かべた。

「それは、一軍人の私にはわからんよ。企画院にでも聞いてくれ。仮に知っていたとしても、軍人が政治のことについて云々するわけにはいかないのでね。特にマスコミ関係者の前では」

 大佐の目はマジだった。そのことについては、一切答える気はない、と言っていた。

 ここが僕のまだ未熟なところだが、話を変えたように見せかけて搦め手から答えを引き出すといったテクニックがない。

 僕はちょっと戸惑って目をふせた。大佐は名刺を取り出し、僕に渡して、

「君はなかなか見所があるよ。さっきの和倉君の話じゃないが、軍のことで気になることがあれば、私に連絡してくれても構わない。いつも希望に添えるとは限らないがね」

 あえて、誉め言葉に期待を持たせるようなことを言うのが、この話題を打ち切る次の手だというのは、僕にもわかった。

「おそれいります」

 それが僕の言える精一杯であった。大佐はうなずき、

「和倉君は、他に質問はあるのかね?」

「ほぼ彼の質問に出たので、もういいですよ」

「そうか。じゃあ、これで失礼するよ。また機会があったら話をしよう」

 大佐はそう言うと、堂々たる姿勢のまま、すたすたと歩いていった。副官だろうか、待っていたらしい士官が彼に近寄って声をかけるのが見えた。

 僕はため息をついた。

「さてと、帰るかな」

「なかなかいい質問していたじゃないか」

「そう思われますか?」

「思うよ。君とは紳士協定を結んでてよかったよ。忘れてないよね、紳士協定」

「覚えてますよ。お互いの情報を提供し合う。お互いのシェアに関わらない範囲で」

「そうそう」

「国際ウォーシミュレーション大会の情報でいいのがありましたら、お願いします」

「そうだな、僕が直接取材に行くわけじゃないから、どこまで情報を提供できるかわからないけど。その代わり、君もおもしろいネタがあった時は頼むぜ」

「了解しました」

 僕はふと、先日の疑問を思い出した。

「ところで和倉さん、トウキョウ・サイバー・ポストの高木さんをご存じですか」

「高木?」

「高木一真さんです」

 たかぎかずま、と和倉はつぶやいて、

「知らないなあ。どうして?」

「いや、高木さんに和倉さんの話をちょっとしたんですよ、そしたら、ああ、知っているよって、言うものだから」

「僕を知っている?」

「ただ、昔から知っているみたいなことを言ったんで」

「昔から……ほお」

 和倉は首をひねった。

「大戦中に取材団の中にいたことがあるとか、そんなことを。和倉さん、歳いくつなんですか?」

「いくつに見えるよ」

「30ちょっと過ぎくらいかと」

「大体当たってるよ」

 と含み笑いをする。

「じゃあ高木さんの言ってることは間違いですね。大戦は20年も前ですし」

「それはたぶん、僕のおやじのことだろう」

「お父さん?」

「そう。僕のおやじも記者だったんだよ。今はやめて悠々自適だけど、大戦の取材もしてたからね」

「それですよ。高木さん、勘違いしたんだな」

 笑い話で終わった。

 車で帰る和倉と別れ、僕はバイクで基地を出た。往きと同じルートで東京へ向かう。

 ふと思った。

 和倉さんのお父さんも、アキラって名前だったんだろうか。

 僕は高木さんに、和倉晶と言ったはずだけど……。

 この引っかかり、なぜか消えなかった。



 取材の翌日、僕はデータを持ってトウキョウ・サイバー・ポスト社へ行った。

 相変わらず、壁には壊れかけのフィルムディスプレイが貼り付けられていて、社の宣伝はなくなったが、連合通信社のニュースサイトが表示されていた。

 編集室に顔を出すと、編集長と高木さんがいた。弥生さんや岩坂は見あたらないので、追加取材か資料室かだろう。

「おう、昨日はご苦労さん。どうだったね?」

 編集長は不機嫌なまま、気持ちのこもってない挨拶を寄越してきた。いつものことなのでそれに反応せず、

「いささかわざとらしい感じはしましたね。士官とロボット兵が行進したりして。軍事パレードに比べれば地味だったけど」

 と高木を見る。軍事パレードを取材した高木は、

「あっちもショーのようなもんだ。どうでもよかったな。政治家と軍人のさほど意味のあるとも思えない演説と、兵器の行進。ただそれだけだ。論評抜きの説明的な記事にしかならなかったよ」

 それなら、僕をそっちにしてくれればよかったのに。

「結局、ウォーシミュレーション大会の取材は許可されなかったわけですか?」

 編集長は苦い顔をした。

「うちみたいなローカル新聞社が、国際大会となんの関係がある、と言うことなんだろう」

 僕としては、慰めの言葉も浮かばない。慰める気もないが。

 それにここでは内緒の話だが、電経新聞の和倉さんから情報をもらえることになっている。その後で、情報ネタとしてここに持ってきたら、編集長ら、どういう顔をするだろうな。

 どこで手に入れた、と追求してくることだろう。

 その時は、ニュースソースは秘密にして、僕を売り込むだけ売り込んでやろう。契約料も少しは上がるかも知れないぞ。

「どうかしたのか?」

 編集長と高木は、僕をまじまじと見ていた。

「あ、いいえ、別に」

 編集長は不機嫌さを取り戻して、

「大体、あのウォーシミュレーション、なんのために参加するのかさっぱりわからん」

「ロボット兵による戦争ごっこですからね」

「軍事訓練としても無意味だろう。電脳ネットでシミュレーションした方が、よっぽどデータはえられると思うがね」

「なにか、別の思惑とかあるんじゃないですか?」

「別の? 別のなんだ?」

「よくわかんないですけど、イベント化して、戦争の代わりにするというのは、少しはあり得ると思うんですけど」

「あんな戦争ごっこでか?」

「外交の1つの手段とすれば。オリンピックだってそう言うところあるでしょう?」

「火に油を注ぐだけかもしれんぞ。オリンピックはまだスポーツだから負けても我慢もするだろうが」

「使用兵器のルールを定めておけば、あとは指揮官の器量次第でしょう? 弱小国が大国に勝つことだってあるんじゃないかと思いますけど」

「おまえ、ウォーシミュレーションに賛成なのか?」

「いえ、全然」

「そのわりには、熱心に論じるじゃないか」

「いや、単に編集長に反論してみたかっただけです」

「おまえな」

 高木が横で笑った。ほんと言うと、和倉さんの受け売りみたいな理論だけど。

 そこに、ドタドタという足音が聞こえてきた。

 大体想像は付く。

「大変よ、大変!」

 岩坂が駆け込んできた。僕の顔を見る。

「あ、英介君。ちょうどよかった」

「どうしたんですか、慌てて」

「いま、警察からの事件情報配信を見てたんだけど、今日、これまでに送られてきたニュースの中に見つけたのよ」

「なにを見つけたんですか?」

「ネットのニュース見た? 正午以降に」

「いえ? 見てませんけど……。正午には横須賀でしたし」

「今すぐ見て。社会関係。エライ事が載ってるわよ」

「……?」

 編集長が手近のモニターをネットに切り替えた。

「どんなニュースですか?」

「前に取材した中目黒のお店のこと覚えてる?」

「摘発されたっていう話でしょう。またなにかあったんですか?」

「あの時、あなたに声をかけた女の子がいたでしょう」

「ええ。取材した子で、みるくちゃんていう。彼女がどうかしたんですか?」

「……死んだのよ」

「え……?」

 その言葉に僕は凍りついた。

 画面のタッチパネルを素早く触る。

 社会面、事件、検索画面。

 ニュースの見出しが列挙される。それを素早くスクロールする。編集長や高木も画面に見入った。

 あった。

『今朝、厚生労働省高齢者福祉援護局援護部第一援護課課長の奥野修一さん(45)が、女性と一緒に車の中で死亡しているのが発見されました。女性は秋山ゆうさん(20)で、東京中目黒のマッサージ店のコンパニオンをしていると言うことです。2人の乗った車は奥野さんの自家用車で、車内に練炭を燃やしたあとがあり、また2人に外傷などが見あたらないことから、自殺したものと見られております』

「そんなバカな……!」

 僕は思わず叫んだ。

「これ、あの時の子だよね?」

 岩坂が女性の画像を指さして聞いた。

「彼女です。でも、自殺なんて……」

「やっぱり変だと思う?」

「変も変です。……あの時彼女は言ってましたよね、お客のお役人で役所の計画がどうこう言っていたという。この男のことじゃないですか?」

「そう。そのことを思い出して、もしかしてと思ったのよ」

「それだったら、やっぱり変だ。2人が親しい関係という話じゃなかったでしょう」

「なんの話だ?」

 編集長が僕と岩坂を交互に見た。

「風俗店の女の子が、厚生労働省のお役人から聞いた話で、なにか大きな計画があって大変だと言っていたと。それが摘発の事じゃないかって、彼女は思ってたようだけど」

「ああ、その話なら岩坂に聞いた気がするな」

「気がするなって、ちゃんと言いましたよ、編集長~?」

 岩坂が憮然とした顔で文句を言う。

「だが、その店は摘発されたな、実際」

「余計おかしいじゃないですか。そのことを漏らした役人が、店の子と自殺するなんて」

「付き合ってるような話じゃなかったわよね。お客さんとしての話だったわ」

 と岩坂。

「あとから親しく付き合うようになったと言うことは考えられんか?」

「たとえば、摘発されたことでその役人がそのコンパニオンの娘に同情して、とかな」

 と高木も言った。

 僕と岩坂は顔を見合わせた。そんな話、にわかには信じられない。同情して自殺するか?

「やっぱ、変ですよ。摘発だって、その理由も良くわからないのに。大体、厚生労働省が大きな計画を立てたって言うのと、その摘発と、関係があるとは思えないんですが」

「摘発計画だったかもしれんぞ。厚生労働省だって、一応は風俗に関わる役所じゃないか」

「それだったら、その何軒かの店を摘発するのが、大きな計画だって言うんですか?」

「まあ、そう言われれば変だがな」

「そこに、この心中なんて、話が出来すぎてますよ」

「私も同感だわ。どうも変よ、コレは」

「変だとしても、どう変なんだ? 今のところよくあるただの事件じゃないか?」

「何かの陰謀だとでも言うのかい」

 と高木。編集長もうなずき、

「陰謀だとしたら、どういう陰謀なんだ?」

「いや、それはだから、この死んだ役人が漏らしていた大きな計画ってのに関わるんじゃないかと。それを知ったから口封じされたとか」

「口封じねえ。おまえは、そのコンパニオンから具体的には聞いてないのか?」

「具体的もなにも、その子だって具体的なことは知らなかったと思いますよ」

「ふーん……」

 編集長は腕を組んだ。

「知らないなら、殺されることもなかったのじゃないか?」

「それだったら心中だって変ですよ」

「そうよ。それにその計画がどういう計画だったのかにもよるんじゃないかしら」

「厚生労働省のでか?」

 編集長はあまり関心を見せないような態度だ。

 全員、黙って記事を見る。

「……たしかに、微妙に違和感を感じる内容だな」

 と高木が言った。編集長は、彼を見上げて、

「そう思うか?」

「ええ、ですが、これだけじゃ、大したニュースにはならないでしょうね」

「そうだな。紙面データの片隅に載せられる程度のニュースだ」

「そうでしょうか」

 僕は疑問を呈した。編集長は僕に視線を移し、

「おまえ、少し調べてみるか?」

「もちろん。彼女には相談も受けたんです。これじゃ落ち着けないですよ」

「わかった、やってみろ」

 編集長はあっさり言った。事前に取材費が出るわけじゃない。ただ、なにかネタをつかんだら、その情報は買うと言うことだ。

 僕としては、情報を買ってもらわなくても、これは調べてみるつもりだった。

 彼女の顔が浮かんだ。

 真剣に相談してきていた。

 相談に乗るといった時、うれしそうにうなずいて、今度来た時はサービスすると言っていた。僕は何の役にも立たず、しかも彼女を助けられなかったことになる。

 携帯を手に取る。

 そのアドレスリストには、みるく、という名前と番号が並んでいた。

 あの子はもういないのだ。そしてアドレスだけが残った……。

 ただ取材で話を聞いただけの、一度しか会ったことのない女の子だったが、彼女の死は自分でも驚くほどに喪失感をもたらした。

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