第4話:事件

 その日、昼過ぎに僕は横田空港へ行った。

 貿易省に勤める義兄がオーストラリアから帰国するので出迎えに行ったのだ。

 本当は部下が出迎えに行ったりするのだろうが、義兄はその日は休暇だというので、部下は呼ばず僕を呼んだ。一緒に酒でも飲もうというのである。義兄の妻、すなわち僕の姉は企業で働いているので、迎えには行けない。娘は小学校だ。

「口やかましい女どものいないところで、男同士しんみりとやろうじゃないか」

 と機内からの電話で酒を飲む真似をしながら、僕を誘ったわけである。僕も今日は仕事はないし、この義兄には、本当の兄のような感覚がある。なにしろ幼い頃から僕はこの人に遊んでもらったり、勉強を教えてもらったりしたものだ。

 それどころか、この人は僕の、いや、僕ら姉弟の命の恩人でもある。

 あの大震災の時に隣に住んでいて、当時中学生だった彼は、両親を目の前で失い、崩れ残ったマンションに取り残されていた僕らを助けてくれたのだ。

 その後も、彼の親戚の援助で立川に移り住んだ時、毎日のようにうちに来てくれた。

 そんなんだから、僕は、この人には頭が上がらないし、親しみもある。

 それで、今日はバイクはやめて、多摩都市モノレールで空港まで行くことにした。

 空港東側にあるターミナルは、乗客でごった返していた。震災で羽田が使えなかった一時期、そして、6年間だけ首都だった立川にも近かったことから、横田空港は首都空港として機能した。大戦後、米軍が撤退したこともあって、今は滑走路を挟んで反対側、福生市側に司令部のある空軍第1航空団と共用で使われているが、兵器の自動機械化による「人間兵力」の軍縮が進む中、基地から民間空港へと役割がどんどん拡大しており、空港周辺もホテルあり、物流倉庫ありで、発展を続けている。

 高架駅を降り、そのままターミナルへ入る。

 空港は、国内線・国際線が半々で使われている。

 3階の国際線待合いロビーに着いた時には、すでに義兄の乗ったシドニーからのパンパシフィック航空212便は着陸していた。館内の端末を操作すると、水色の三本ラインをボディ全体に描いた双発ラムジェットのエアバスが、エプロンに入って来てボーディングブリッジに着くところが映った。ハイブリッドラムの、翼の前に飛び出してモコモコと奇妙な形をしたエンジンが特徴的な音速旅客機だ。

 窓の所へ行き様子を見てみる。少し離れたところにある上半分が透明のボーディングブリッジを、乗客がぞろぞろと出てくるのが見えた。義兄の姿は確認できなかったが、乗っているのは間違いないので出口で待つ。

 荷物を受け取った乗客が出てきた。

 義兄は真ん中あたりにいた。すぐに僕と目が合い笑顔になる。

「お帰り兄さん」

「やあ。悪いなあ、わざわざ迎えに来てもらって」

 やや照れくさげに言うのがこの人のくせだ。

「兄さんが来いって言えば地球の裏側でも行きますよ」

 そうかそうか、と笑いながら「いい弟だよ」と言った。

「荷物はそれだけですか?」

「あとは直接官舎に送ってもらったから身軽さ」

「まだ飲むには時間ありますけど、どうします?」

「どこで飲むか決めてるのかな?」

「一応。四谷のフォースバレービルなんかどうです?」

「あの、線路またいで建ってるやつか?」

「そうです。70階に展望飲屋街が出来たんですよ」

「四谷か」

「どうでしょう。あそこならタクシーでもLRTでも、地下鉄でも、溜池山王まですぐですし、高輪も直通で行けますよ」

 貿易省は永田町にある日枝神社の横、溜池山王の交差点角にある。首相官邸の直ぐそばだ。高輪には官舎がある。

「ん、悪くはないな」

「ただ、時間はまだありますけど、どうしますか。そこなら昼間からやってますけど」

「2時過ぎだな。少々早めだが、もう行くか? モノレールで来たんだろう?」

「ええ」

「なら、立川経由でのんびり電車を乗り継いでも、4時前には店に入れる。俺も明日は省に出ないといかんから、早い方がいいな」

「じゃあ、明るいうちから、酒をちびちびで行きましょうか」

「それも醍醐味だな」

 広い待合室から1つ下のコンコースへと降りる。人でごった返していた。

「今回はどういうお仕事だったんですか?」

「国連の貿易問題特別委員会でね。跡見貿易相のお供だったんだが、大臣はおととい帰国し、あと調整で残ってたんだ。国連本部ビルに籠もりっきりで、シドニー観光も出来なかった」

「新貿易体制の確立がテーマだったんでしょう?」

「そう」

 2011年から5年間続いた第3次世界大戦で、グローバル経済は破綻し、戦後の貿易は協定などなく需給に応じて地域間で行われてきていたが、戦後約20年、貿易経済も再びグローバル化してきた。そこで貿易問題などを調整するための新たな国際機関の設置が急務となっている。WTO(世界貿易機関)が大戦時の世界的軍需体制下で解体してしまい、あらたな国際貿易体制の確立と新産業に合わせる必要があるのだ。

「単なる貿易問題ならWTOの復活でいいんだが、大戦前にはなかった市場が生まれてきているからね。技術も革新している。いくつかの国が台頭し、いくつかの国は没落した。新興国、独立国をどう組み込むか、それも問題になっている。世界の五大勢力の市場争奪戦は続いているし、なによりネットワーク経済の拡大だ」

「ネットは生活に欠かせなくなってますからね」

「インターネットは大戦で一度は崩壊したが、エクサネットやMLCなどのグローバルネットが出来てもう20年だ。より大容量で高速化すれば、それだけビジネス規模も大きくなる」

「大変ですね。貿易問題でネット世界まで考えないといけないなんて」

「そうなんだよ。ネットは流通経済の主流になりつつあるが、ネットは国境がないだろう。個人貿易も拡大しているし、国家間の新貿易体制にとって重要になってきているんだ」

「なるほど。それでわざわざオーストラリアか」

 僕が感心していると、なぜか義兄は黙った。それからぽつんと、

「それとな、これはオフレコってことで聞いて欲しいんだが」

「なんです?」

 オフレコと言われれば興味がわく。

「今回の話し合いは新貿易体制だけじゃなかったんだ」

「といいますと?」

「実は宇宙植民地の問題が議題に上がった」

「宇宙……って、建設中の月面都市のことですか? 採掘権の対立は合意したんじゃ」

「月の資源採掘権の問題は暫定合意だからな、まだ火種は残っている。それもあるが、そう遠くない将来、スペースコロニーと月、それにいずれ火星への入植・移民が始まれば、既存国家の植民地になるだろう。それが貿易体制に影響するのは、まだだいぶ先のことだが、専門家による研究を始めておくべきだという意見があってね」

「はあ、宇宙植民地ですか」

 火星有人飛行が成功して、まださほど経ってないのに、もう火星も視野に入った宇宙の植民地問題がテーマに上がっているのか。

「跡見貿易相は、この事を知らん。取材に来ていたエリンターの連中もほとんど知らんだろう。各国の関係者だけで極秘中の極秘に持った会合なんだ。まあ、跡見大臣の場合、こんな話してもSFだと一笑に付す。それどころか、そんなこと話し合ってどうするとこっちが責められる。あの人はちょっと視野が狭すぎて困る。大庭科学相などに貿易相も兼任して欲しいところだけど、そうもいかんからなあ。……もっとも、各国どこも似たような状況らしいので、一部の官僚や政治家だけで話を進めている。実際、俺にこの会合に出るよう言ってきたのは一万田総裁だ」

「企画院の?」

「そうだ。企画院内部で宇宙開発のことが取り上げられているのだろう。しかし、こんなこと跡見大臣に知られたら、俺のクビはふっとんじまう」

「その時は企画院にでも再就職したらどうですか? 国家計画の中枢ですから、そっちの方が兄さんの能力に合ってます」

「英介君くらいだ、俺の真の能力をわかってくれているのは」

 そう言って義兄は笑った。

 ネット経済に宇宙植民地か。世界の構造も複雑化して、ややこしくなっていきそうだ。エリンターとしてはネタに尽きないからありがたいことだが。

 モノレールの駅へ続く、コンコースの出口まで来た。上の方にある電子掲示板に次の電車の出発時刻が表示されている。

 その時、何か叫び声が後ろの方で聞こえた。

 僕らは振り返った。

 コンコースの人がたくさんいるあたりで、何人かが立ち止まって横の方を見ていた。

「どうしたんだろう」

 そうつぶやいた時、

 視界が白く光った!

 耳をつんざくような大きな音が響いて、思わず僕は首をすくめた。風が顔に当たる。

 白煙がすごい勢いで拡がり、破片が飛び散るのがみえた。案内モニターの支柱がゆっくりと倒れ、床に激突して大きな音を立てた。複数のモニターがめちゃめちゃに壊れる。

 僕は我に返った。

「爆発だ」

 その時にはもう、背負ったカバンに手をやっていた。中に一眼のブレインカメラが入っている。それを取り出しながら、僕は駆けだした。

「あ、英介君、危ないよ」

「兄さん、警察と消防。救急車を」

「わかった」

 義兄は携帯を取りだした。

 まだ白い煙が漂う中、僕は素早く動画撮影に入る。こう言う時は携帯のカメラよりもこっちだ。細かい調整はしてないが、電脳が勝手にピントを合わせてくれるだろう。

 倒れた支柱を飛び越すと、辺り一面大小の破片が床に散らばっていた。負傷者が何人もいる。

 これは事故じゃない。爆弾テロだ。こんな所に爆発するものなんて無い。

 映像を撮りながら、

「救急車、急いで。ターミナルの職員を呼ぶんだ」

 周りに叫んだ。カメラを片手に構えながら、爆発の中心部へ向かう。

 そこの床は大きくへこんでいて、ひびだらけになっていた。

 僕は急停止した。少し離れたところに男が倒れていた。黒いスーツ姿のその男が爆心点にいたのは明らかだった。他の負傷者と違い、その男だけ、両足がなかった。腹の辺りにも傷があるらしく、スーツが裂けていておびただしい血が流れ出ている。ぴくりとも動かない。

 すぐ横に誰か立った。義兄かと思ったが違っていた。

 同じようにブレインカメラを手に持って撮影している。少し年上か。30代前半くらいに見える男だ。

「これはひどい……」

 その男はつぶやいた。

 どうやら、同業者らしい。僕と目が合い、顔をしかめたままうなずいた。

「職員はまだか。ターミナルにも病院があるだろう」

 彼は叫んだ。辺りを見回すと、大勢の客が遠巻きに集まってきている。義兄が携帯に向かって何かをしゃべっているのが、白い煙の向こうに見えた。

「少なくとも12、3人負傷者がいるな。この男は……もう死んでいるよ」

 僕は倒れている男の様子を見て言った。死体を見るのははじめてではないが、あまり気持ちいいものではない。

 離れたところで叫び声が聞こえた。思わずそっちを見ると、並んだ座席の向こう、驚いて見守る人の間を、Tシャツ姿の若い男が走っていくのが見えた。何人かがその男を指さして、「あいつだ、あいつの仕業だ」と叫んでいる。

 まだ犯人がいる。

 僕はとっさにその男を撮影した。カメラの電脳が素早く判断してレンズを動かし、移動する男をアップにする。

 若い男は人垣を抜けようとしたが、予想外にも人垣は割れず、かえって何人かがその男に躍りかかった。見た感じ痩せて力のなさそうに見えたのが、付近の連中に勇気を与えたのだろうか。それとも義憤に駆られたものか。

 あっけなくその男は取り押さえられた。

 僕の横に立っていた同業者らしき男は、駆けだしてその現場へ向かった。僕は一瞬躊躇し、この現場の方を撮った方が売れるかも、などという不謹慎な考えが頭をよぎった。こういうエリンター根性は自分でもいやになることがある。僕は首を振って、同業者のあとを追った。義兄が駆けてきたので、

「兄さん、けが人の様子を見てください」

「わかった」

 取り押さえられた現場へ行くと、腕をひねられて若い男がうめいていた。まだ若く、Tシャツにジーンズの格好で、やや長髪、無精ヒゲを生やしていた。

 何かわめき散らしている。

 撮影しながら耳を澄ますと、

「環境破壊反対! 戦争反対! 人類は地球を壊すな」

 どうやら最近多い過激な環境保護団体あたりのメンバーらしい。呂律が回ってないので、ドラッグでもしているのかも知れない。してなくても、人混みに爆発物を投げつけるなど、まともな精神状態ではない。

 男の映像や周りの様子を撮っていると、警察官と空港職員が駆けてきた。白衣を着た医者らしきものもいる。

「こっちです、こっち」

 周りの人間が叫んで手を動かす。

「けが人はあっちに多数います。急いで」

 同業者の男は自ら白衣の男を案内していく。なかなか機敏な人だ。

 警官は、客らが取り押さえた男に手錠をかけた。その様子も撮影したが、警官はじろっと僕をにらんだ。僕はさっさと向きを変え、現場の映像などを撮る。警官はなにも言わなかった。

 現場は急に騒がしくなった。

「こりゃあ、飲み会どころじゃないな。英介君は仕事になりそうだね」

 義兄がそばによって言った。

「しょうがないです。エリンターですから」

「現場に遭遇したんだ。出来るだけ撮って売り込んでやればいい」

 励ましているのだろうな、と思ったが、皮肉にも聞こえた。

 しばらく様子を撮影していると、

「ちょっとよろしいでしょうか」

 振り向くと警官が立っていた。

「なんでしょうか」

 義兄が対応する。

「事件の様子をご覧になっていましたか。ちょっとお話をお聞かせ願いませんでしょうか」

「ええ、いいですけど」

「そちらは、ああ、カメラで撮影をされたようですが」

「……」

「その映像を提供してはいただけませんかねえ」

 警官は最初から僕をうさんくさい輩のように、軽い口調で言った。

 事件解決のために協力することはやぶさかではないが、この警官に協力しようと言う気は毛頭わかなかった。エリンターとしてのプライドも、一応ある。

「……」

「事件解決に協力していただきたいんですよ」

 市民の義務だろう、と言わんばかりだ。僕が黙っていると、義兄が口を開いた。

「警察官による映像の提供依頼は、きちんとした手続きの上で行うべきではないかと思いますが」

「ああん?」

 警官は義兄をじろっと見た。

「あんた、この人の知り合いか何か?」

「兄ですが」

 ふーん、とじろじろ見て、

「じゃあ、あんたから話を聞こうか。えーと名前と職業言ってもらえるかな」

 端末を手にとって聞いた。口調が変わっている。義兄は動じることもなく、

「高階秀紀です。貿易省貿易経済局審議官をしています」

「し、審議官……?」

 警官はぽかんとした。

「弟は私の仕事を手伝っております。そのカメラは、我々にとって重要な情報も含まれておりますので、そのデータの提供依頼は、本省を通じて正式にお願いします」

「は、はい……し、失礼しました」

 警官は敬礼こそしなかったが、慌てた感じで離れていった。その後ろ姿を見ながら、

「審議官というだけで、ずいぶん低姿勢になったな。貿易省と内務省じゃ所属官庁は全然違うのに」

「どこの省にもいるんだよ、上に弱い人はね。つまり自分の立場を守るのに必死な人さ。そう言う人は見ただけでわかる。彼もそうだ」

 そう言って義兄は苦笑している。

「別に兄さんが文句言っても、警官がクビになるわけじゃないでしょうに」

「それがな、官僚ってのはよその所管から文句言われるのを嫌がるんでね。警官もまあ、官僚だからな」

「よそから言われたら、身内でかばい合うんじゃないかと思いますけど」

「いや。よそものにつけ込まれたやつだって、身内から攻撃されるのさ」

「ははあ、そういうもんですか」

 まあ、とりあえずカメラのデータを提供せずに済んだ。提供して返してもらえなかったりしたらえらいことだ。デバイスにコピーを取っておこう。

「うん? そういえば、警官に、重要な情報が入っているから、とか言ってましたけど、いいんですか、そんなこと言って」

「我々とは言ったが、貿易省のデータとはひとことも言ってないからな。しかも重要な映像には違いないだろう。突っ込まれることはない」

「なるほどね」



 2日後、福生警察署に赴いた。空港のすぐ近くにあり、周辺の派出所や交番の情報ターミナル、いわゆるハブ署でもある。

 ここの3階で、横田国際空港爆弾事件についての発表が行われるのだ。

 会見場にはいると、すでにいろんな社のエリンターや雑記者、カメラマンが集まっていた。席を適当に選んで座る。

 福生署の署長、倉野警視が、組織犯罪対策課の戸山警部と並んで座った。警部補くらいの警官が脇に立った。彼が司会進行役らしい。

「えー、おととい起きました横田国際空港ロビーでの爆発事件について、ただいまから説明を始めたいと思います。では、概要を戸山警部から」

 戸山は立ち上がって事件の説明を始めた。

「事件が発生しましたのは、6月2日午後2時04分。場所は、東京都武蔵村山市残堀3丁目、横田国際空港民間第1ターミナル内アクセスコンコース中央付近。爆発の威力は現在調査中。人的被害として、死亡1名、負傷16名で、負傷者のうち2名は重傷です。死亡者は科学省科学技術政策局審議官、太田原明氏。42歳」

 被害者の肩書きを聞いて、ドキッとした。

 ちょうど現場近くには貿易省審議官の義兄がいたのだ。偶然とはいえ、同じ審議官という肩書きの人物が事件にあったのである。

「このほかに、コンコースの案内塔1基が倒壊。床に直径2mほどの破損があります」

 警部は物的被害の説明を続け、

「犯人は、佐山秀俊、21歳。大阪科学技術大学2年。ただし昨年末から大学には出てきていないようです。本人は否定しておりますが、環境保護過激派『地球の緑の丘』日本支部の構成メンバーで、現在は同団体所有の東京都豊島区池袋本町の雑居都市地区にあるグリーンプラネットビルに居住していることが判明しております」

 2日でそこまでわかっていると言うことは、おそらく公安の監視データベースがあって、検索したらヒットしたのだろう。

「動機はなんですか。その被害者を狙ったものですか。政府関係者のようですが」

 質問が飛んだ。

「本人は、今のところ、日本政府の環境破壊政策と、国際ウォーシミュレーション大会への参戦に反対するためのアピールとして騒ぎを起こしたもので、死亡した人物を狙ったわけではないと言っています」

「では、被害者は偶然居合わせたと?」

「被害者のことは知らないと言っています」

「警察では、どう判断しているのです? 偶然なのか、あるいは個人的恨み、科学省関係者を狙ったテロ」

「まだ何とも言えません」

「『地球の緑の丘』は何か言ってるのですか?」

「同団体は、事件には関与していない、そもそもテロには反対している、これは我々を陥れる政治的陰謀ではないか、と言う回答を声明しております」

「犯人についてはなんと?」

「以前、当団体に所属していたようだが、現在はなんの関わりもない、と言ってますね」

 信じてないようだ。当然だろう。ウソにしては陳腐だ。

「爆発物は、何かの武器を使ったものですか?」

「現在科学警察研究所で分析していますが、手作りのものと思われます」

「手作りとは、どういうことですか? 何かに火薬でも詰めて作ったと言うことですか?」

 ええと、と警部は手元の端末ボードを操作した。

「現場から見つかった破片を分析した結果、デュワー瓶のようなものに爆薬を詰めたものと思われます」

「爆薬の種類は?」

「硝酸アンモニウムと油分が検出されておりますので、工事などに使われるアンホ爆薬のような式のものではないかと」

「起爆方法はわかりますか?」

「わずかですが光学基盤の破片が見つかってますので、電気雷管のようなものではないかと思われますが、まだ詳細はわかっていません」

「送検はいつです?」

「一両日中ですね。証拠が揃いましたら、直ちに身柄を検察へ移します。テロ対策法に基づき、1ヶ月以内に裁判が行われるでしょう」

 会見はあっさりと終わった。

 情報はあまりない。記事にするのは雑記者か編集者だが、この程度のデータでは簡単な説明記事だけになってしまう。著作権すら認められないかも。

 他に取材できるものはあるだろうか。

 考えながら席を立つと、目の前に誰か立った。

「どうも」

「あ、あなたは」

 爆発事件の時に、コンコースにいた同業者だ。

「空港でお会いしましたね」

 名刺を取り出して差し出してきた。

「電経新聞専属エリンターの和倉晶です」

 大手の専属とは偉い身分だ。僕も慌てて名刺を出した。

「フリーエリンターの市来英介です」

「よろしく」

 知的な感じのする顔立ちで笑顔を見せた。

 記者会見場となった会議室を出ながら、事件について意見を聞く。

「犯人の佐山、動機はなんだと思いますか」

「あなたはどう思います?」

 と聞き返してきた。

「そうですね、単純に考えると、『地球の緑の丘』が環境保護を訴えるために騒ぎを起こした、と言うことになると思いますが」

「では、死亡した科学省の審議官は偶然と?」

「そこですよね。科学省、と言うところが偶然にしては出来すぎているようにも思えるし」

 うむ、と和倉はうなずいた。

「確かに、科学省が推進する政策の中には、環境保護団体から批判されている分野もある」

「核融合とか」

「そう。ナノテクノロジーとかもそうだね」

「でも、そう考えると、『地球の緑の丘』の態度が変に思いませんか?」

「そう。そこだよ」

 和倉はあごに手をやった。

「あの組織は、別に過激な活動を隠してはいない。これまでにもいくつかの事件に関与したことを認めている。去年の海南島の爆破事件も彼らが犯行声明を出している。ただ、露骨な対人テロはしてないが」

「そうですよね。仮に爆破に巻き込まれて犠牲者が出ても、やむを得なかったとか、貴重な犠牲だとか言いそうなものだけど、全く関与を否定しているし……」

「しかも、佐山は犯行の動機は、環境破壊批判なのに、それすら無視した格好だ。だから逆に怪しくも思える」

「彼らがやらせたと……」

「問題は動機だと思うよ。環境破壊に対する抗議なら、否定はしないはず。なのにその理由で関与を否定していると言うことは、何かもっと別の動機があった。それも彼らにとって都合の悪い理由が」

「たとえば、あの被害者を狙った個人テロとか」

「そう。それも団体の幹部との個人的な怨恨のような、環境問題とは関係ないことでね」

 福生署の建物から出る。

「ところで和倉さんは、警察からデータ提供とか求められました?」

「いや? 君は求められたの?」

「ええ。でも拒否しましたけど」

「それは当然だね。マスコミ人としてのプライドだよ」

 旅客機の離陸していく音が聞こえる。

 駐車場に着くと、端の方に止めていた僕のEMMBに近づいた。

「僕、バイクで来たもんで」

 と車体をぽんぽんと叩くと、

「へえ、アニバーサリー2030じゃない。珍しいのに乗ってるなあ」

「あ、ご存じですか」

「まあね。どれどれ、お、これシマノのカーボニクスカウリングだね。いいのを付けてる」

「お詳しいですね」

「こう見えても、バイクは趣味なんでね。僕のはあっちにありますけど」

 と言うので、彼のあとをEMMBを押しながら付いていくと、駐車場の真ん中あたりにごついデザインの水素エンジンバイクがあった。重量感たっぷりだ。

「これ、ドゥカティのシルバーモンスターHX?」

 僕のアニバーサリーも結構するのだが、こいつは限定生産でもっとずっと高い。何となく差を付けられた気分だ。同じエリンターと言っても、大手新聞とフリーの違いがここに出てるのか?

 和倉はうれしそうな顔で、

「EMMBも好きだけど、僕はどっちかというと水素エンジン派かな。いかにも機械的な機関部という感じが好きなんだよね」

「そういうこだわりってありますよね。僕もこいつの前は水素エンジンのに乗ってたんですよ」

「ほう、車種は?」

「安いやつですけど、白鷹のHHR(ダブルHR)45Cです。ヨーロピアンの」

「ああ、いいバイクだ。白鷹は作りが職人的なんだよね」

「そうなんですよ。すごく乗り心地も良くて。でも残念ながら事故っちゃって」

「怪我は?」

「僕はかすり傷程度だったんですけど、HHRは全損でした」

「それは、バイクがあなたの命を守ったんですよ」

「はい。僕もそう思います」

 実際、オートバイでは、車体が壊れているがライダーは無事か、逆に、車体は傷が付く程度だったのにライダーが即死、なんてことは良くある。

「こいつに替えた時、前のを裏切ったような感じがして、すこし申し訳ない気がしましたよ」

「わかります、それ、わかります。バイク乗りは皆そうです」

「でも、EMMBのテクノロジー的な部分も好きだったし、このアニバーサリーは発表の時から欲しかったんですよね」

「確かに、これはいいバイクだからね」

 と和倉は僕のアニバーサリーの周りを回りながらじっくりと眺めた。バイク好きなのは相当らしい。

「音聞かせてもらってもいいですか?」

「いいよ、なんなら乗ってみる?」

「え? マジですか?」

「構わないよ。それに乗ってるなら免許は大丈夫でしょう。その代わり、君のアニバーサリーも触らせて欲しいな」

「どうぞどうぞ」

 と言うことで、お互いのバイクに乗ってみることにした。出力の違いで免許も異なるが、幸い僕は限定解除なので問題はない。

「ここから、北に向かって行き、東に16号へ出て、空港沿いに南下して、ここまで戻ってくるってのでどうだい?」

「そんな長距離、いいんですか?」

「駐車場でグルグル回ったくらいで、バイクの良さはわかんないだろう?」

「おっしゃるとおりです」

 和倉さんの水素バイクにまたがる。ヨーロピアンタイプは久しぶりだが、思った以上に車体が重く感じる。いかにもモンスターバイクだ。少し乗りこなす自信がなくなる。

 エンジンを点火すると、独特の震動が伝わってきた。いかにも生きているという感じがするマシンだ。それに比べるとEMMBは静かな乗り物。人によっては物足りなさも感じるだろう。

 和倉さんが先に出て、僕が後から続くことにした。

 さすがに警察署前ではおとなしい運転をして、そのまま北上。羽村駅の近くで交差点を右に曲がる。青梅線を越え、工場地帯を抜け、再開発地区を抜けて、しばらくすると突き当たりの交差点に出る。右に曲がり16号バイパスに入った。このあたりでやっとこのバイクの感じがつかめてきた。速度を上げていく。

 左側は空港と同居している空軍横田基地のフェンスだ。片側4車線の広い道路を飛ばしていく。震動が細かくなり、ギアを変えるとグンとパワーが増したように感じられた。モンスターバイクらしさは、ある程度速度があった方がわかる。特に前傾姿勢になるからなおさらだ。僕のEMMBはアメリカンと同じ姿勢なので、体感速度はかなり違った。

 前方を走る和倉さんも一気に速度を上げる。僕のEMMBかと疑うほどにその加速はすごい。他人が乗ってみてはじめて自分のバイクの良さに気付いたようで、少し嫉妬を感じた。自分の彼女が他の男と楽しげに話しているのを見た時に感じるような嫉妬だ。和倉さんは相当乗り慣れているようである。

 飛ばしていると風が気持ちいい。バイクはこの感覚がたまらない。何も考えずに、空気を感じていられる。

 左の横田基地の向こう、空港の方から斜めに飛行機が上昇していくのが見えた。

 250人乗りの国産クオッドティルトローター式旅客機だ。主翼に付いているエンジンが下向にジェットを噴射して機体を浮上させている。大戦中に発達した短距離離着陸機の一種である。

 移動しながら、違った速度で浮き上がっていく飛行機を見るというのも、不思議な感覚だ。

 上昇していった旅客機はゆっくりと旋回しながら前方上空を過ぎ、青空に溶けていく。

 和倉さんが右折車線に入ったので、僕も後に付いていった。あっという間に16号とお別れである。少し名残惜しかった。

 第5ゲートの前で右に曲がり、丘越えの道を行く。一瞬だけ市街地が目の前に拡がった。民間ターミナルが飛行場の東側に移設されたため、西側は停滞気味である。空港整備によって発展した瑞穂市や隣接する立川市、昭島市にくらべ、元から基地の門前町だった福生市のほうが寂れている。そのため地元では、軍縮が進んでいるのを理由に基地の全面民間開放を訴えている。航空機の発達で特に民間機の騒音が低減したこともあり、あとは今の空軍基地を開放して、一方を国内線、もう一方を国際線にするか、あるいは今もすでに空軍基地側の一部で行われている民間貨物空港を拡張すれば、福生市側も大いに発展するだろうという思惑である。

 新奥多摩街道に戻り、北上するとあっという間に福生警察署の前に戻ってきた。

 警察署の前の路肩にバイクを止めて、エンジンを切る。

「気持ちよかったです。水素エンジン久しぶりでした。さすがにドカはいいなあ」

「アニバーサリーも良かったよ。結構加速性能はいい。直駆動というのもあるだろうけど、もしかしてチューンしたんじゃない?」

「すごい。よくわかりますね。チューンっていうほどじゃないですけど、駆動系のソフトをアップロードして調整したんです」

「そうか、EMMBはソフト調整が出来るんだよな」

「水素はメンテナンスが大変ですもんね」

「何せ一体性が強いからね」

 お互いのバイクに戻る。お互いバイク好きってことで、なんとなく親しみが増した気がする。

「そう言えば、全然関係ないことなんですけど、和倉さん、聞いてませんか?」

「なにを?」

「警察が、風俗関係の一斉摘発をするって言うような情報」

「風俗の? 取り締まり?」

「詳しいことは知らないですけど、何か聞いてませんか?」

「風俗のね……、さあ、聞いてないけど、その情報はどこで?」

「中目黒の歓楽街を取材に行ってて聞いたんです。なんでも、客としてきたお役人が、そんな話をしていたとか」

「警察の摘発を?」

「いや、摘発かどうかは、なんとも。何か政府の方で計画があるとかなんとか、そう言うことだったようですが。単なる摘発ならまだしも、法改正とかだとかなり大きなテーマになるので、ちょっと気になりまして」

「計画……」

「直接に聞いたのは取材した店で働いていた女の子から聞いたんですけど、厚生労働省の課長だったか、大きな計画があって大変だとか」

「ほう……。なんだろうなあ。不法移民の調査でもするんだろうか」

 和倉は首を傾げた。

「雑居都市群の解体と再開発じゃないかっていう噂をしてましたよ」

「ああ、政府の計画って言うなら、そう言うのかもね。僕は聞いたことはないけど、知り合いに警察幹部がいるんで聞いてみるよ」

「お願いできますか?」

「でも、そのネタ、僕の方で先に使わせてもらおうかな」

「げっ、しまった」

 和倉は可笑しそうに笑った。

「冗談冗談。その時は、お互いネタを提供し合って使おう。僕は電経の専属だからそこしかないけど、君はフリーだろう。直接のライバルじゃないところに持ち込むならいいよ」

「わかりました。紳士協定ですね」

「同業者同士は仲良くしないとね。どこでどんなネタが流れてくるかわからないし」

「でもそうなると、僕の方がお得ですか? 和倉さんは大手ですから情報源も広いでしょう」

「わかんないぞ、フリーの君の方が、思わぬ情報源を持っているかも知れない」

「そうだとすごいんだけど」

「言うまでもなく、ニュースソースは第3者には秘密にすること」

「もちろんです」

「よし決まりだ」

 僕らは意味ありげににやっと笑った。



 爆弾事件の捜査は、あまり進展がなかった。

 警察は犯人が所属していた環境保護過激派『地球の緑の丘』の池袋にあるビルを家宅捜査した。団体側は猛抗議したものの、捜査を直接邪魔することはしなかった。余計なトラブルを引き起こしたくなかったのか、いや、おそらくは証拠は見つからないという自信があったのだろう。

 実際、そのビルからは犯人佐山に関するものはほとんど出てこなかった。ただ警察側もことのついでに同団体の活動に関する資料をいろいろ押収したようである。転んでもただでは起きないと言うか、最初からそのつもりだったと言うか。

 佐山自身、団体とは関係がないことを取り調べで語ったらしい。団体はそう言うことはさせない。自分自身で勝手にやったことだ、と言うわけで、微妙に団体をかばうところが、ますます怪しかった。

 さらなる捜査の結果、佐山が借りていたというアパートが見つかった。雑居都市群の目黒近くにある木造の建物で、あの大震災よりも前に立てられたものだった。僕も取材に行ったが、よく残っていたな、とそっちに感心するほどのボロアパートである。大家は取材にうれしそうに、聞いてもいないことまでいろいろしゃべった。

 佐山の部屋からは爆弾造りに使ったと見られる工具や爆薬に転用できる輸入肥料などが出てきた。デュワー瓶もいくつか見つかったので、さらに爆弾を作るつもりだったのだろうか。

 結局、佐山の単独犯行と言うことで、検察は起訴に持っていった。『地球の緑の丘』の関与は、証拠が挙がらなかったのである。

 テロ対策法により、裁判は迅速に行われ、佐山は意図的殺人、傷害、建造物破壊、爆発物製造、爆発物使用、危険物原料無許可保管、農薬法違反など11の罪で懲役70年となった。検察は国家転覆予備罪、無差別殺人企図も含めて110年を求刑していたのに対し、弁護側は殺人の意図はなかったこと、被害が軽微などを理由に、13年を求めていたから、検察の主張に近い判決となった。無差別テロに対しては厳しいのが現在の法律である。弁護側は控訴を検討したが佐山自身がなぜか判決を受け入れたため、裁判は一審で終わった。

 事件そのものはとんでもないことなのだが、背景に灰色の部分はあるものの、単独犯、被害も死者1名、破壊もほとんどなく、裁判もあっけなく終わったため、メディアもこの事をしつこく取り上げることはしなかった。ネタと取り上げ方が、メディアのウリであるから、センセーショナルな要素としては、今ひとつだったわけである。

 事件からおよそ1ヶ月半後の7月20日。

 僕はトウキョウ・サイバー・ポストの田村編集長から呼ばれた。

 佐山が刑務所へ収監されるので、その取材をしてこい、というのだ。

「取材って言っても、海上重犯罪刑務所に送られて、それで終わりじゃないですか。佐山に面会でもするんですか?」

「面会しても大した情報は出んだろうが、海上刑務所と刑罰についてのデータを集めてきて欲しいのだ」

「佐山の事件の特集じゃないわけですか」

「半分だな。刑罰特集みたいなのもやりたい。佐山の方は、その動機にあった国際ウォーシミュレーション大会の方で持っていこうかと思っている」

 国際ウォーシミュレーション大会。すなわち戦争ゲーム大会だ。今年3回目にして、日本も参加することになった。

「取材許可もらったんですか?」

 僕は意気込んだ。あの大会は取材制限が厳しいのである。

「いや、もらってない。申請はしているがね」

「なんだ……」

「ただ特集は組みたいのでな。その記事の一環として、佐山のネタも拾ってきて欲しいわけだ」

「海上刑務所の取材許可は?」

「とってある。ちょっと大変だが行ってきてくれ。明日の午前10時に、羽田空港第3ターミナルだ。同行に高木を付ける」

 ベテラン編集者である。

「高木さんよろしく」

「おう」

 高木は自分の席に座ったまま、手を上げて動かした。

「ところで、おまえ、前に風俗街を取材したよな」

 と編集長は僕をじろっと見た。

「しましたよ。ていうか、そちらで記事にしたやつじゃないですか」

「その時、フレッシュ・ヘルスの『目黒マリオン』って店、行ったか?」

「マリオン? ああ、行きましたよ」

 みるくちゃん、という名の女の子が、話をしてくれた店だ。近頃じゃ、性行為もなく、ただお話だけして満足して帰る人もいるという話だったが。

「あの店がどうかしましたか?」

「警察の摘発を受けたぞ」

「え?」

 編集長はやや苦い顔をした。

「摘発されたって言うのは?」

「そのままの意味だよ。昨日、いきなり警察関係者がやってきて、風俗営業法に違反している恐れがあるので、家宅捜査をするっていうことだったらしいが」

「はあ……、その店だけですか?」

「それがな、いくつかの店がやられたらしい。全部中目黒の店だ」

「それはまた」

 そう言えば、忘れていたが、みるくちゃんは、近く摘発でもあるんじゃないかって心配していたな。たしか、お役人のお客さんが、大きな計画があって大変だとかなんとか、言ってたとか。これが、役人の言っていた「大きな計画」だったのか?

 違うような気がした。

「それでな、岩坂が摘発された店をチェックしたんだがな」

「ええ、それで?」

「ほとんど、おまえらが取材した店だぞ」

「え……?」

 僕らの取材した店ばかり?

「おまえ、なにか、取材の時におかしな事していないだろうな」

「おかしな事って言いますと?」

「取材をタテにサービスを強要したとか」

「するわけないでしょ。岩坂さんが一緒に付いて来たんですよ。お目付役で」

「だけどお前、あいつも一応女だしな」

 とやや声を潜めて言った。僕もあの取材のあとにはじめて知った事実だが、

「お前のことを気に入ってるようだし」

「どういう意味ですよ。岩坂さんが見逃したとでも?」

「それどころか、一緒になって組んずほぐれつ」

「そんなわけないでしょうがっ」

 と文句を言うと、編集長は笑った。冗談のつもりか?

「大体、それだと捕まるのは僕でしょう。お店の方じゃないでしょうが」

「まあ、そうだと思うがね」

「まったく」

 と僕は鼻をならしたが、

「でもなあ、お前らが取材した店がみなやられているからなあ。俺としては、つまらんスキャンダルで社をつぶしたくはないしなあ」

「僕らの取材した店だけですか?」

「いや、他にも何軒かあるようだが」

「……」

 そうは言われても、心当たりはない。

「僕らは取材しただけですよ? 他に余計なことは何もしていませんし……」

「本当だろうな」

「店を摘発するような事って、何をしたらそうなるわけですか」

 編集長に文句を言っていると、岩坂がやってきた。弥生さんも一緒だ。

「英介くーん、大変なことになったわよお」

「どういうことかわかりますか?」

 わからないのよ、と一見オカマに見えるが実は遺伝子上の女性で、フタナリにしたダブルセクシュアルという、ややこしいをリアル化した彼女は、人差し指をあごにあてて考え込んだ。仕草は女っぽい。

「そういえば、摘発って、店の人や女の子達はどうなったんですか?」

「経営者以外はすぐに放免されたみたいだけど」

「じゃあ、あの時の女の子は大丈夫なんでしょうね。みるくちゃんと言った」

「大丈夫だと思うけど……」

 岩坂は少し不安げな様子だった。

「かわいい子だったもんね。英介君のお気に入りなんでしょ」

「え? いや、それは」

「んもう、嫉妬しちゃうわ」

「岩坂さん、シナを作ると気持ち悪いですよ」

 僕はそう言いながら、彼女の後ろで睨んでいる弥生さんの視線が怖かった。



 翌日、電車とモノレールを乗り継いで羽田空港へ向かった。

 震災の時の津波と地盤沈下で、しばらくの間、使えなくなっていた羽田空港も、今は国際線と国内線でにぎわっている。

 第3ターミナルは一番手前、天空橋よりにある。元国際線ターミナルだ。ここは現在、格安航空会社、離島線、チャーター便、政府関係者などが使うターミナルなので、第1、第2、国際ターミナル、そして沖合の第4ターミナルに比べれば、物静かだ。

 第3ターミナル駅からエスカレーターを上がると、すでに高木は来ていた。よれよれのしわの入ったシャツがいつも同じに見える。

 いたのは高木だけじゃなかった。

 島田弥生が隣に立っていた。

「弥生さん、なんでいるの?」

「いちゃいけませんか?」

 じろっとにらまれ、僕は手を振った。

「いや、そうじゃないけど、編集長からは聞いてなかったので。見送り?」

「ちがいます」

 頬をふくらませる。おっと、この顔もなかなか可愛いじゃない。

「島田も同行することになった。少しは経験をつませんといかんし、今回は滅多に行けないところだからな」

「ああ、それで。で、どうやって行くわけですか?」

 まさか定期便があるわけでもないだろうが。

「海上刑務所行きの便に同乗させてもらうことになった。10時30分出発だ」

「職員の便か何かで?」

「受刑者の輸送便だ」

「へえ、マジですか?」

「佐山も乗ってるぞ」

「じゃあ取材できますかね」

「機内では無理のようだな。向こうに着いてから、その機会があるかどうか……」

 ターミナルに一旦入ったあと、一般客とは違うゲートをくぐってエプロンに降りた。特殊な便用のボーディングブリッジがないのだ。

 政府関係者が移動する場合もここを使うが、受刑者もここを通るのだろうか。

 エプロンに出ると、やや大きな飛行機が止まっていた。前後二つある主翼の途中の部分から外側が90度近く上を向いている。そのため主翼に付いた4発のプロペラも上を向いていた。クオッドティルトローター機だ。

 脇にはなんとなく変なグレーブルーに塗られたバスが止まっている。これが護送車だろう。すでに受刑者は乗せられたあとらしい。

 機体のそばに薄い白茶色の制服姿の人物と青い服を着て機関銃を構えている武装警官が3人立っていた。制服姿の男が僕らの顔を見て近づいてくる。

「トウキョウ・サイバー・ポスト社の方々ですね」

「はい、そうです」

「お待ちしておりました。法務省矯正局東海海上刑務所副所長の清武です」

 まだ若い男だ。僕と同年代に見える。

「まもなく出発しますので、どうぞお乗りください」

 機の脇腹、やや前の方にタラップが降りている。

「しかしまた、ごつい飛行機で行きますな」

 高木が感心したように見上げている。

「輸送力がありますからね、こいつは」

「受刑者を乗せていくんでしょう?」

 と聞くと、

「物資も運ぶんですよ。何しろ海上の孤島ですから」

「俺な、これと同じようなやつに、大戦中に乗ったことがあるよ。あれは確か、戦争も終わりの頃だ。連合軍の特殊部隊に同行して、青海省の奥地にある戦略基地攻略戦を取材した時だったなあ。インドアのすごい戦闘で」

「思い出はあとで拝聴しますから、乗ってください」

 そう言って背中を押しあげると、高木は不満げに鼻をならした。

 タラップを上がるとすぐ右側に頑丈なドアがあった。どうやらそこから後ろは受刑者が収容されているらしい。

 僕らは左側に行き、すぐに螺旋状の階段を上がった。

 2階の前側には乗客用の座席が並んでいて、後ろの方は、また頑丈なドアになっている。それとも、こっちが受刑者の乗るところだろうか。

「あの向こう側が受刑者のいるところかしら……」

 弥生がささやいてきた。

「かもね。1階にも似たようなドアがあったけど」

「受刑者は1階の方に乗せられております」

 と清武副所長が言った。

「では、あのドアの向こうは?」

「あの向こうは貨物室です」

 受刑者は貨物室の下になってるのだ。

「不時着水しても、荷物は出来るだけ無事にしておきたいでしょう」

「受刑者は?」

「海上刑務所は、絶海の孤島なんですよ。物資の方が重要です」

 僕らはあんぐりと口を開けてしまった。人命より物資かい。

「それに、あの刑務所は事実上の無期刑になる長期懲役刑受刑者が行くところなんで……、死刑はほら、特別審査会の審査がないとダメでしょう。事実上、最高刑の収監される場所ですから、死刑と同じです」

「あ、あの、清武さん、あまりそう言う発言、しない方が……」

「いいんですよ、人権人権って一部は騒ぐでしょうが、市民は味方になってくれます」

 なんとも大胆な御意見だ。まあ、かなりその通りではあるのだが。

 と、清武がぷっと吹き出した。

「冗談ですよ。受刑者の収容される部分は頑丈ですし、機体から切り離されて浮かぶようになってるんです。不時着水でも沈まない構造です。ちゃんと冗談と書いといて下さいよ」

 本当に冗談のつもりだったんだろうか。いや、冗談と書いても問題になりそうだ。

 まもなく出発となった。

 4発のエンジンが動き出し、機体はやや前に傾いた状態でゆっくりと上昇していく。羽田空港の全景が見えてきた。

 再建された3つのターミナルビルと、エプロンに並ぶ旅客機。尾翼にカンガルーが描かれている超大型機も見える。カンタスのシドニー便だろうか。斜め後方にはフロート工法によるD滑走路と第4ターミナルがチラッと見える。

 浮かんだ受刑者輸送機は、上を向いていたウィングが元に戻り、ゆっくりと陸側へ旋回し、南へ向いて加速し始めた。機はぐんぐん上昇していく。

 鶴見核融合発電所の白いドームや日本でもっとも高い310階建て高さ1.2kmの横浜シーポートタワーが見えた。川崎・横浜の海岸地帯が小さくなっていく。

「受刑者の人たちと一緒に乗っているなんて、なんか変な気分」

 隣に座った弥生がそんなことを言ったので、

「少し前に見たんだけど、受刑者を乗せた輸送機が砂漠に墜落して、生き残った警官と凶悪犯が追いかけっこをするって言うアメリカ映画があるよ」

「なんてタイトルなんですか?」

「『ザ・ワイルド・チェイス』って言うやつ。凶悪犯3人が、乗り合わせた警官をしつこく追い回すのさ。その警官、別に刑事とかじゃなくてただの警官なんだけど、その凶悪犯達を逮捕するのに協力したわけ。それで恨みを晴らそうと、砂漠や荒野、廃墟の都市なんかを追いかけるんだけど、これがまた大変でさ」

 それからその映画の話をかいつまんで話す。弥生は生真面目に僕の話を聞いている。

「そ、それで、その警官って、どうなるんです。殺されちゃうとか」

「どうなったっけなー」

「教えてくださいよ」

「映画サイトからダウンロードしてご覧ください」

「意地悪言わないでくださいよー」

「僕ってさ、映画を見てない人に結末を教えるほど、性格悪くないわけ」

「十分、性格悪いです」

 と口をとがらせた。からかうとおもしろい娘だ。

「まあ、この飛行機が落っこちても、海だから大丈夫だよ。みんな死ぬだけだし」

「よくありません」

「でももしかすると、海上刑務所で、受刑者が暴動を起こして、僕らが逃げ回らなければならないと言うことも」

「な、なにを言い出すんですか」

「そんな映画もあったなーって思い出しただけだよ。薄暗い明かりの中を、凶悪な顔をした受刑者が追いかけてきて……。あれ、怖いの?」

「怖くないです」

「海上刑務所じゃ逃げ道ないもんねえ」

「怒りますよっ」

 と弥生はこぶしを握ってにらみつける。

「ひええ、怖ええ。受刑者より怖いかも」

「もうそこらへんでやめとけ」

 と高木が笑いもせずに言った。清武が笑い出す。

「ま、心配はないですよ。着いてみればわかりますけど、受刑者は収監フロアに自動的に収監されて、我々管理官やあなた方とは隔離されるんです。両者の行き来する通路は全くないので、襲われる可能性はありません」

「それで、受刑者はおとなしくしているわけですか」

「ロボットがいますし、逆らって食糧配給が止まったら終わりですから。2019年に完成してから今日まで、5回、受刑者が騒ぎを起こしたそうですけど、すべて失敗に終わりました」

「鎮圧されたんですか?」

「いえ。何もしなかっただけです。食糧配給をストップして、ほったらかし。兵糧責めです。5回のうち3回は受刑者同士で騒ぎを起こした連中を押さえ込んで終了。1回は張本人達が降伏を申し出ました」

「あとの1回は」

「最後まで抵抗した受刑者1名が餓死しました」

「……」

「……」

 本当なのか?

「待遇に不満があったわけじゃないんですよ。待遇もなにも、ただ収監されているだけですからね。我々が暴力をふるうわけでもないし、ロボットが何かするわけでもない。部屋やフロアに分けられて、ただそこに入れられているだけです。でも、それが嫌なんでしょう。要求は多いですよ。あれをさせろ、これが欲しい、でもね、肝心なことを彼らは忘れている」

「それはなんです?」

 清武は僕らを見回し、もったいぶって言った。

「彼らは、犯罪者なんです」

 それが?

「ちゃんとした捜査で犯罪が立証され、法律に基づき、裁判によってきちんと判決が出た。刑務所ですから、矯正局の管轄ではありますけど、海上刑務所は矯正施設じゃない。処罰施設です。裁判で矯正は不可能、と定められたものだけが送られる施設なんです。多くが長期刑で、社会に戻ることはほぼない。半分くらいは、戦前の法律なら死刑になっているような人たちです。計画的強盗殺人、大量殺害、テロなんかをした連中です。戦前では罪の軽かった連続強姦や幼児殺害なんかも、今は重罪ですが、みな許されざる犯罪者です。被害者や家族らには主張すべき人権がありますが、あの連中にはない。1人の人権でも侵害すれば、その分だけ人権を失う、これが今の刑法の基本思想ですからね」

「まあ、たしかにそうだけど……中には、やむを得ざる事情で罪を犯したものもいるのではないですか?」

「いません」

 と清武はきっぱり言った。

「適切な調査と、公正な裁判で決まったことです。情状酌量の余地がある人は別の刑務所へ送られています。それこそ、矯正施設にね。例外は、強姦犯と幼児虐待だけです。レベル2以上の強姦犯は必ず去勢されますから、その意味ではすでに実刑を受けたことになるわけですが、社会的影響もあるし、被害者保護の問題もある。次世代保護倫理侵害は重罪ですから、海上刑務所収監となるのです」

 隣に座っている弥生は沈黙していた。主に女性が被害となる犯罪についてどう考えて良いのかわからない様子だった。

 機は相模湾上空に出て、しばらく飛行した。

 大島を左手に見ながら南下し、まもなく海上に浮かぶ大きな建造物が見えてきた。

 灰色の直方体の建物の上に、海底資源採掘施設のようなむき出しのフロアを重ねた塔や半円形の建物などが並んでいる。アンテナやクレーンも見えてきた。塔のてっぺんに大きく白い丸いラインと『TOUKAI-6 法務省』と二段に書かれた文字が見えた。プレーンポートだ。

 そこへ機体は降下していく。

 近づいてみると、塔はかなり大きな構造体で、この大きなティルトローター機が悠々と着地できる広さがあった。比較して施設全体の大きさもかなりのものだ。

 清武は僕らを案内して機外へ出た。上を向いた4つのエンジンはまだ回転したままで、ローターの風と海風の両方が強い。

「受刑者の隔離システムをお見せしましょう」

 清武は、僕らをポートの端に集めると機体を指さした。

 ガコン、という音がして、ポートの機体の下の部分が開き始めた。その扉が完全に開くと、機体の受刑者が乗っているあたりの部分が突然分離されて下へと降りだした。4本のワイヤーでつり下げられ、ポートの開いた扉の中へと降りていく。

「受刑者は機体から降りることなく収監されるんです。こちらへどうぞ」

 清武は先に立ってポートから降りていく。ティルトローター機のプロペラはまだ回転していた。

 下へ降りると、エレベーターがあり、それに乗ってさらに降りていく。

 僕らが招かれたのは、ポートのある塔とは別の、扁平なドーム状の建物だった。

 応接室に招かれる。が、そこにはなぜかモニターがたくさんあった。

「さて、これをご覧ください」

 清武は手を動かした。モニターの1つが切り替わる。なにか巨大な工場の内部のような骨組みだらけの空間が現れる。そこをさっきのティルトローター機から分離した部分が降りていた。ワイヤーではなく、台の上に乗っている。切り離されてエレベーターに乗せられたのだろう。

 それはその空間の一番下に着くと、横の壁に密着した。

 清武が手を動かして、場面を切り替える。

 ややブルーがかった廊下の突き当たりのような場所が映り、いかにもアナクロな感じのロボットが2体立っている。突き当たりの壁が開いた。次いでその奥の扉が開く。

 するとぞろぞろと同じ服を着た手錠をした男達が現れた。12人現れて途切れる。受刑者達である。ロボットがその人数に向かって何か言い、そのまま引き連れて廊下を歩いていく。入れ違いに別のロボットが2体現れた。2分くらいして、また扉の向こうから5人が現れた。

 新しく来たロボットが、また同じように5人に向かって何か言い、それから連れて行く。

 またロボットが2体現れて、扉から出てきた3人の男を連れて行った。それで終わりだ。

「3回に分けていましたけど、あれは?」

「罪状の種類の違いです。最初の12人は、単独の殺人・強盗犯です。次の5人は思想暴力犯。最後の3人は強姦犯です。彼らは別々のフロアに収監され、生涯、顔を合わすことはありません」

「生涯?」

「ええ。この施設内では、活動領域もまるっきり別々なんです」

 清武は別のモニターを表示させた。

「ご覧ください。ここは、フロート構造体です。説明しましょう。海面下の部分が基部で、エネルギー・動力機関があります。基部は64本のアンカーで海底に固定されてますが、いざというときはアンカーを収容して移動できます。基部の下に付いているヒレのようなのが、固定時は水圧発電機能を持つ安定板で、移動時には舵にもなります。基部の上にあるのが収監フロアで25階建て。運動場、食堂、ロボットの倉庫などもありますが、各フロアは収容通路以外では繋がってません。また、矯正施設と違い、作業場などはありません。彼らは矯正不能として、刑罰を与えられているだけで、余計な施設は必要ないのです」

 罰を与えるための監禁施設なわけである。

「食事は、食堂か、場合によっては受刑者の部屋へ直接運ばれますが、これは全部壁や柱の中にあるコンベアを使うため、自動供給です。食器や盆などはすべて紙で出来ており、しかも一定時間を過ぎると分子構造が崩壊するようになってるため、ぼろぼろになります。受刑者はダストシュートに放り込むよう指示してありますが、それをしなくても、残るのはゴミだけとなります」

「ゴミは再利用ですか?」

「排泄物と一緒に分解炉で微生物分解され海中に放出します。おかげでこの辺りは豊かな漁場になってますよ」

 清武は笑った。

「監視役のロボットはどういう構造なのです?」

「まず受刑者が破壊しないように、継ぎ目の少ない剛構造で出来てます。仮に破壊できても、内部の基盤を利用できないように収監部の扉などに使われる電子ロックとは全然違う技術を使ってます。動力は各フロアにある無線電源ユニットから供給します。いざというときはそれを遮断すればロボットは10分で機能停止します」

「受刑者は個室なのですか?」

「見てみましょう」

 画面が切り替わる。

「受刑者はそれぞれ部屋を割り当てられますが、ご覧のように、個室と2人部屋、4人部屋があります。その違いは犯罪の内容によって変わります。凶悪犯は個室、逆に強姦犯は4人部屋が基本です。トラブルを回避するためゲイは除きますがね。現在この施設には2945人の男性長期受刑者がいますが、収容最大人数は7550人ですから、まだ余裕があります。それに構造上建て増しが出来るように設計されましてね。フロート構造体を横につなげていけばいいわけですから」

「受刑者はこの収監フロアからは出られないわけですか」

「各フロア同士すら繋がってません。フロアの入り口は一ヶ所。先ほどご覧になった輸送機の受刑者を載せたカーゴが置かれた場所、あそこから続く廊下の先にエレベーターがあり、そのエレベーターの降り口がフロアの入り口なのです。エレベーターボックス内には操作ボタンはありませんから、乗り込んでも動かせません。動かすのはこちらからで、しかも担当者が手順を間違うと動きませんし、3人が同時に担当しないと操作できないので不正は起きにくい構造になってます。それでも、もしエレベーターでカーゴの着いたポートの最基部に行けたとしても、そこから最上部のプレーンポートまで上がる方法がありません。階段もなにもないんですよ」

「この建物は? 収監フロアとは繋がってないわけですか?」

「外見上は、収監フロアの上に乗っかった格好になってるんですが、収監フロアは25階の天井部分に出入り口がありません。その上の26階には何もなく、27階から上がこの建物も含む、職員の施設、来客用の施設、コントロール室、倉庫などがあるわけです。さらにいえば、収監フロアとその上とは電気系統も分離しております。こちらにはこちら専用の発電所もあるわけです」

「完全に分離しているのは良くわかりましたけど、受刑者に問題があった場合、対応できるのでしょうか」

「受刑者同士で喧嘩とかがあった場合は?」

 高木が聞いた。

「ロボットが止めます。負傷者は治療しますが、重傷を負ってもコントロール室からの遠隔操作による治療しかできません。仮に深刻な重傷を負ったとしても、収監フロアから外へ出すことはありません。そのことは事前に受刑者へ説明してます。法律上の重犯罪者の人権は制限されてますから、それでも喧嘩して重傷を負った場合は、自己責任と言うことになりますね」

「死亡した場合は」

「死亡に至る過程を記録し、遺体はロボットの手でシューターに入れられ、最下層の火葬室に送られて火葬に付されます。一旦そこへ入ると外へもフロアへも出られませんし、火葬は自動で行いますので、もし逃げようと思ってシューターに入っても、助かりません。もちろん、そのことも受刑者には説明してあります。火葬後の灰の一部は死亡時記録と共に遺族に渡され、残りは海洋投棄処分となります」

「病気が発生した場合は?」

「衛生管理には十分注意しておりますが、あり得ないとは言えません。その場合は、強制的に各フロアの隔離室へ入れ、遠隔での治療となります。手術が必要な重大な病気の場合でも、苦痛を和らげ、可能な延命処置は行いますが、設備が最高ランクではないですし、完全に治癒することはないでしょうね。一番注意しているのは流行病の場合で、これは可能な限り治療します。しかし、あくまで遠隔操作による収監フロア内での処置となりますが」

「徹底しているな」

「繰り返しますが、ここは矯正施設ではなく、矯正不能者の刑罰施設なんですよね。しかも重犯罪者は人権が制限されている。どうしようもない事例が発生した場合は、それをどうにかする設備もないわけです。全滅しない限りは、施設内放任主義と言ってもいい。我々は彼らに直接何かをさせることも、何かをすることもないですから」

 この話のあと、僕らは昼食を取った。職員用食堂で、メニューは豪華でもなく至極平凡なもので、調理器により自動で作られたものだった。まあ、こんなもんだろう。

 その後、館内の案内になった。案内と言っても、収容フロアは入れないから、その上に乗っているいくつかの施設である。

 清武は、丁寧に内部の状況を教えてくれた。さらに職員を紹介してくれた。驚いたことに常駐職員は全部で7人しかいなかった。これに清武副所長が加わって8人。所長の席は空いていて、清武が所長代理となっているのだという。少人数を補完する形でロボットは300体いるそうで、7人のうち2人はロボット技術者なのだ。他に医者が1人。残りの4人が交替で監視しているのだ。受刑者受け取りに副所長自ら出かけるのも無理はない。

「ただ、臨時派遣職員は時々来ますよ。あと、犯罪心理学者や脳神経学者、教育研究者などが研究に来ることはあります。罪を犯す人間の心理と神経ネットワークの関係などを調べているようですね」

「そう言う時、受刑者の検査とかもするわけですか?」

「ええ。話を聞くことはあります。一応面会所もありますし、家族がたまに来ることもありますから。あとは、スキャンで脳内の状況を調べます」

「それもどこかの部屋に呼んでやるわけですか?」

「いえ、より通常の状態でスキャンするそうなので、各部屋と廊下や運動場に指向性脳スキャナーを設置してあります。本人に気付かれない方がいいデータが取れるそうですし」

「じゃあ、こっそりと?」

「犯罪抑止のために許可されてるんです。それをデータベース化して、犯罪に至る可能性の高い脳内の状態を検出し、犯罪を未然に防ぐ研究も行われてるそうですよ」

「それって、たとえば街中に脳スキャナーを設置して、通行人とかを監視すると言うこともありえるわけですか。それで引っかかる人は動きを追ったり、場合によっては観察下に置くということも?」

「導入されればそういうことでしょうね。今のところは導入してませんし、実際導入されるかどうかは知りませんが」

 そこまでされるといい気分はしないものだ。

「それを実施する側の人間の脳はスキャンされるんでしょうかね」

 高木が質問とも感想とも言えない言い方で聞いた。清武は肩をすくめた。

「そこまではわたしはわかりません。わたしも個人的にはあまりして欲しくない発想ですけどね」

 そう言って苦笑して見せた。

「ところで、収監者と面会できるそうですが、今日収監された佐山秀俊と面会できますか?」

「許可もらってるんでしょう。本人が了承すればいいですよ」

「了承しないとダメなんですか?」

「ダメというか、強制的に面会室へ入れることが出来ないのでね。呼び出してみましょう。いまならまだ、予備室で検査と説明を受けている段階でしょうから」

 清武がロボットの検査を受けていた佐山に呼びかけた。メディアが面会を求めているが受けるか、と聞くと、佐山は少し考えたようだが、うなずいた。清武はロボットに命じて、佐山を面会室へ連れてこさせた。

「そちらの部屋で面会できます。一応規則なので、職員が1人立ち会うことにはなってますが、まあ、記録は自動で取りますし、受刑者と直接会うわけでもないので、お嫌ならはずしておきますよ」

「いや、規則ならそれでやって構いません」

「では、わたしが同席しましょう」

 清武に連れられて面会室に入った。面会室の正面はガラス状の壁になっている。席に着くと、その壁がパッと変わった。向こうに部屋が現れ佐山が入ってくるのが見えた。収容フロアにある面会室とここがバーチャル式に接続したわけである。壁全部が画面になっているので、まるでこのすぐ向こうに受刑者の部屋があるように感じる。

 佐山の方の画面ではこっちがまだ映っていないのか、気付いた様子はない。佐山が席に着き、不思議そうに辺りを見回している。清武が面会を始める旨告げると、彼はうなずいた。直後に佐山は驚いたようにこっちを見たので、おそらく向こうの画面が映ったのだろう。

「面会を始めてください」

「はじめまして。わたしはトウキョウ・サイバー・ポストの編集員、高木一真といいます。こっちはエリンターの市来君、こっちが雑記者の島田です」

 佐山は無言で僕らを1人1人見た。弥生の顔をじーっと見たあと、斜め後ろにいる清武の方をチラッと見た。

「君の裁判での話は聞いているが、再度、事件について聞きたいのだが、いいかな」

 佐山は黙って反応しない。高木は構わず質問を始めた。

「横田空港で爆弾を爆発させた理由はなんだね」

「……」

「答えてもらえないかな」

「……」

「君は爆発の直後に、近くにいた市民らに取り押さえられている。その時、こう叫んだそうだね。『環境破壊反対、戦争反対、人類は地球を壊すな』と」

「……」

 佐山は無反応だ。

「僕はその場にいた。君の叫んでいる様子も記録に取ってある。今もここにある」

 僕が言うと、佐山は僕を見た。やや目に戸惑いが浮かぶ。僕の顔は記憶にないらしい。高木が続ける。

「環境破壊反対、確かに重要なことだが、現在、この国では大規模な環境再生計画を推進中だ。国内だけでなく諸外国でも行っている。一連の開発だけでなく、大戦で破壊された自然も回復を目指して取り組んでいる最中だ。一方で開発計画は都市部など限定してのみ行われている。君はこれも環境破壊だというのかな?」

「……」

「戦争反対という主張は、取調官に対しての君の発言、すなわちウォーシミュレーション大会への日本の参加を指しているそうだが、君はあれが戦争だというのだね」

「戦争じゃないかっ」

 佐山は突然大声を出した。

「でもあれはゲームだよ。人間同士が殺し合うわけじゃない。ロボットを使って戦闘シミュレーションをしているだけだ」

「戦闘すること自体戦争じゃないか。ゲームならバーチャルでやればいいのに、なぜ、わざわざロボットに模擬戦争をさせる。事実上の軍事演習じゃないか」

「それで、君は戦争反対と言っているわけだね」

「……」

 佐山はまた沈黙した。

「環境破壊反対、戦争反対、君がどういう主張をするのも君の自由だと思うけど、ではなぜ、爆弾を爆発させたのだ?」

「……」

「主張するなら他にもいろいろ方法はあるだろう。街頭で訴えるとか、ネットでサイトを開設するとか、なぜ爆弾なんだ?」

「君の爆弾で人が1人死んでいる。君はその人を狙ったわけじゃないのだな。科学省の官僚だが」

 僕も聞いた。

「狙ってない。そんな男は知らない」

 佐山は大声で叫んだ。少し妙な反応だ。

「では、偶然巻き込まれたことになる。君の主張のせいで、無関係の人が1人死に、十数人が怪我を負った。その人達が、君の主張に合わせて死んだり怪我したりする必要はないだろう」

「……」

 佐山はまた無表情に戻った。ころころと変わるやつだ。

「死傷者がでたことで、君の主張は意味をなくした。ただのおかしなやつだとみな思っている」

 佐山は高木をにらんだ。

「しかも、君は戦争反対を主張しながら爆弾を爆発させているのだよ。君の行為は戦争と何が違う?」

「違う! 戦争は政治家の汚い欲望で起こされるものだ。俺は正義のためにやっただけだ」

「君がたとえ正義だと言っても、それで人が死んでいるんだよ。人を殺して自分の主張を通すのだったら、君のやっていることは戦争と同じじゃないか?」

 佐山は立ち上がった。背後にいるロボットが向きを変える。

「違う! 政府の連中は自分たちさえよければいいのだ。革命なんて嘘っぱちだ。あいつらは国民を都合のいいようにしようとしているのだ。だから俺は鉄槌を下すために……」

 とそこまで叫んだところで、佐山は口をつぐんだ。急に気の抜けたような顔になり、ゆっくり腰を下ろした。

「どういう意味だ? 君は単に自分の主張をアピールするために事件を起こしたんじゃなかったのか?」

「……」

 佐山はそっぽを向いた。僕は尋ねた。

「君は本当に、被害者を知らないのか? 科学省の審議官だが」

「……」

 そっぽを向いたままなんの反応も見せない。ただ、微妙に緊張感を表している。

 どうもおかしい。この男はなにかを隠している。もっと別の動機があるんじゃないか。

「高木さん……」

 高木はかすかにうなずいた。

「佐山、君は弁護士の控訴を断った。テロ関係は罰則が厳しい。君は70年もここに収監されることになっている。人間の寿命から言えば、まだ限界ではないだろうが、それでも90歳を超えるのだぞ。ほぼ無期懲役と同じ扱いだ。それでも君は構わないのか? 本当は何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

 佐山はそっぽを向いたままだったが、かすかにふるえていた。

「なぜ控訴して争わなかった。誰かをかばっているのか? 君の所属していた『地球の緑の丘』の誰かをかばっているのか」

 佐山はきっと高木をにらんだ。口をゆがめ、まるで怒りを抑えきれないようにかすかに痙攣している。

「あ、あの連中は、関係ない」

 それだけ絞り出すように言うと、またそっぽを向いた。

「もう一度聞こう。君はなぜ、あのような事件を起こしたのだ?」

 佐山の様子は明らかにおかしくなっていた。その内面で様々な感情が渦巻いて爆発しそうな感じだ。単に腹を立てているのではない。何か本当は言いたいのに言わないようにしている感じがする。

 そして、急にこっちを見たかと思うと、斜め後方にいる清武に目をやった。

「看守さん、俺はもう話すことはない。面会はここでやめます」

「そうか」

 清武はこっちを見た。ああ言ってますが、どうしますか? と言う表情だ。

 高木は佐山を見つめたままだったが、軽く息を吐いた。

「わかった。ここまでにしておこう。面会してくれてありがとう」

 穏やかな声でそう言った。

 高木は立ち上がると、

「また来るよ。話したくなったらトウキョウ・サイバー・ポストを指名してくれ。君の助けになれるかもしれない」

 佐山は、ふん、と言う感じで激しく顔を横に向けた。

 佐山のいる面会室の映像は消え、そこにはただのガラス状の壁が残った。

「ありがとうございました。おかげで、いろいろおもしろい話が聞けましたよ」

 高木の挨拶に、清武もうなずき、

「なかなか興味ある内容でしたね。面会記録は残しておきますが、その内容については、法律上、あなた方の許可なく公開・閲覧されることはありません」

「よろしく」

 部屋を出る。

 すでに4時を過ぎていた。

「5時に輸送機が羽田へ戻りますので」

「いろいろ見せてもらいありがとうございました」

「いや、なんの」

 清武は笑った。

「記事が載ったら、ファイルをここ宛に送ってください」

「もちろんです」

 プレーンポートまで上がると、まだクオッドティルトローター機のエンジンは止まったままだった。海の中にある上に、30階にも相当する高さなので風がかなり強い。手すりに掴まって景色を眺める。

「たまに来るには良い景色ですけど、いつもここにいるんじゃ、まいっちゃいませんか?」

「住めば都ですよ。ここにもいろいろおもしろいことはある。情報ならネットから取れますし、余暇の時は、釣りをすることもあります」

「この高さから?」

 清武は笑った。

「ここじゃ、アタリが来たかどうかわかりにくいですね」

 そう言って、下の方を指さす。

「さっきいた場所から外の方に飛び出た足場があるでしょう。あれを降りると、小さな港があるんです。船で運ぶこともないわけじゃないので。その港で釣りをするんです」

 他の施設の陰になってよく見えなかったが、確かに海の方へ飛び出たように骨組みの足場が見える。収監フロアからも離れている。

「また、佐山の話を聞きに来るかも知れません。その時はよろしくお願いします」

 高木が言った。清武はうなずき、

「いつでもどうぞ。私も、住めば都とは言いましたが、よそから人が来るのはうれしいんですよね。ここのみんなもそうです」

 やがて、クオッドティルトローター機のエンジンが始動した。僕らは乗り込んで、2階席に着いた。

 機体はゆっくりと上昇していき、ポート上で手を振っていた清武も、大きな海上刑務所の構造体も小さくなっていった。

 夏の日はまだ高く、青空の下を機体は東京方向へと飛行していく。

「高木さん、佐山の話、どう思います」

「そうだな……」

 高木は考えているようだ。

「裏があるように感じませんでしたか」

「あるだろうな。だが、『地球の緑の丘』との関係ではないように思う」

「どうしてですか?」

 と弥生が聞いた。

「佐山は、あの組織との関係を断ち切っている感じだった。しかも、望まずして」

「かばってましたね」

「もっと別の何かと関わりを持ってしまったんで、『地球の緑の丘』に迷惑をかけたくない。そんな感じがしたな」

「何かいろいろ言いかけて口をつぐんでました。あれはなんだったんだろう」

「誰かに命ぜられたことを、口止めされている。脅されている、と言うことだろう」

「一体、どういう脅迫を受けたんでしょう」

 と弥生。

「家族の命とかだろう。相当大きな組織、だが政府側ではないようだな。革命を非難する発言をしていた」

「すると、死んだ科学省の審議官、あれも偶然ではなく、狙われたと言うことですかね。あの質問には敏感に反応してましたし」

「それ、考えられますよね」

「佐山の主張していた中で、環境破壊はともかく、あのウォーシミュレーション大会のこと、あれに何かあるんじゃないか。なんとしても調べてみたいな」

 そこで僕はふと今朝の会話を思い出した。

「高木さんは、大戦の時、従軍記者だったんでしょう?」

「ああ、そうだよ」

「なんで、今の会社で編集員とかやってるんです?」

「あ、それわたしも聞いてみたかったんです。なんでうちみたいな所にいるんだろうって」

「みたいな、って、島田。うちの会社だってちゃんとした新聞社だぞ。そしておまえはその社員」

「でも高木さん、いろいろコネもあるし、大手の人たちからも信頼されてるみたいだし。他の所にも就職できたんじゃないかって思ってたんです」

「それか、フリーエリンター、と言うか、フリージャーナリストでも通用しますよ」

「時代が違う。エリンターはともかく、フリージャーナリストを雇うメディアなどない」

「でも、大手なら取材と記事を書くのを兼任している人、何人もいるじゃないですか。僕も1人知ってますよ、専属のエリンター。今度の事件で顔見知りになったんですけど」

「どこの誰だ?」

「電経新聞の和倉晶って人です」

「和倉……、ああ、あいつか」

「ご存じなんですか?」

「親しく付き合ったことはないが、昔から知ってるよ」

「昔から?」

「大戦の時、連合軍の従軍取材団の中にいた。腕はよかったな。そうか、電経に勤めていたのか」

 僕はちょっと混乱した。和倉晶は、僕より年上なのは間違いなさそうだけど、それでも10歳は違わないだろう。歳はいってても30代半ばくらいだ。僕は32歳くらいかと思っていたが。大戦は20年も前のことだ。その頃まだ10代前半くらいということになるけど。それで腕のいい記者だったって……。

「和倉さんて、いくつくらいの人なんですか?」

「いくつかなあ。俺より上だったような感じだったけど」

「高木さん、おいくつでしたっけ」

「俺? 俺は、今年で52歳だよ」

 もう50代になってしまったという口調だ。

 和倉もそれくらいなんだろうか。確かに高木も50代にはちょっと見えない。でも、40代半ばくらいの感じはする。和倉も若く見えるだけなのだろうか。そのわりには、バイクの話とか、まるで若者らしかったが。

 僕はわけがわからないまま、高木が大戦中の話を始めてしまったため、この話は終わってしまった。

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