第33話

 ココメは大人しく、セイバーの二人に連れて行かれたらしい。あのサリーリアという女性と、名前だけ出て来ていたゲフタとかいうセイバー。ごつい男だが、フルフェイスにフルアーマーという重装備でなく、サリーリアに似た準重装のセイバーだったようだ。曰く、セイバーの装備は割りと自由で、自分の好きなようにして良いのだとか。一端のセイバーではそういうわけにもいかないだろうが、修業の末に自分の戦い方スタイルを確立し、例えば重装備では動きにくいと感じれば、納得行くまで軽量化して構わない。むろん、世界の正義を標榜する清廉潔白な組織として、公序良俗に反するようなハレンチな格好で戦場を飛び回る輩は許容されないが、その線引きも結構緩いもの、らしい。

 一発かすれば致命傷、みたいな装備のセイバーも、実は珍しくないのだとか。それには、一定以上の強さを持つ魔者が相手では、どんなに出来が良くても物理的な防具では守りに限界がある、というどうしようもない現実もあるようだが。

「もう、こんな時間か」

 朝。にわかに街に音が溢れてくる頃。避難するほどの危機には見舞われなかった西側でも、人々の生活は少しばかり慌ただしく始まった。東側でマイナーがあれだけ暴れて、多くの被害が出たのである。その支援と復興だけでも、アルマリクは当分てんやわんやとするだろう。

 幸いと言うべきか、建物はかなり壊されてしまったが、一般市民にはほとんど被害が出ていなかった。フォウリィが計画していたスパイ粛清に、その余波が一般市民にまで及ぶ可能性を考慮して、光聖支部のある北東側の住民の事前退避が含まれていたことが幸いした。結果的に、これがマイナー襲撃に事前に備えたような形になった、というわけだ。準備をしていた分、範囲を拡大しても避難が滞ることもなかった。

 代わりに、アルマリク防衛の任に就いていた多くのセイバーの命が失われた。エストっちやリエッタを含め十数人も殺した俺が他人事のように語って良い話ではないが、それ以外の多くは、あの少女のマイナーの戦果だった。今も暴れている、というわけではないので、おそらくは勇者に退治されたのだろう。しかしどういうわけか、勇者の姿もマイナーの姿もいつの間にかなくなっていて、確認のしようがなかった。知っている者も誰もいない。勇者とマイナーの戦いに巻き込まれて生き残ったセイバーはいなかったのだ。

 現在のアルマリクの守備はないも同然だった。ここを魔者に叩かれでもしたら一溜りもないだろう。というか、昨日の夜には本当に魔者の襲撃があったらしい。マイナーに誘われるような形で、かなりのマカイが押し寄せてきていた。カナタは少女のマイナーを勇者に任せて、このマカイの大軍に対抗していたのだ。これを全滅した後、フォウリィ邸に駆けつけたカナタは偶然俺たちの話を聞いてしまって、昨晩のような形となったのだった。

 ちなみに昨晩の時点では、カナタの部下たちはフォウリィ邸や光聖支部の探索などしていなかった。どころか、サリーリアだけでなくゲフタも、実は部屋の外の廊下に身を潜めていたという。そもそもカナタは、昨晩まで自分の仕える人間が悪事に手を染めていたなどとは思いもしていなかったのだ。とすれば、事前に部下を配していたというのでは話がおかしなことになってしまう。

 誠実が鎧を着て歩いているような彼が、だというのに“部下を配して証拠を探させている”という風な嘘を吐いたのは、フォウリィを追い詰め、真実を吐かせるためだった。あれは、カナタの一世一代の大芝居だったわけだ。

 そのかいあって、光聖のセイバーであり、アルマリクに駐在する部隊の隊長をやっていたカナタが、フォウリィの口から直接真実を聞き、それを事実として認めると宣言した。これの裏付けが実際に成されるかは、フォウリィの右腕だったココメがどれだけ素直に話すのか、一緒に聞いていたサリーリアとゲフタによって話の客観性がどれだけ担保されるのか、ゲフタが物的証拠をいくら見つけられたのかにもよる。が、少なくとも二人のセイバーが揃って真と語る証言だし、ある程度の証拠は見つけられたから、ゲフタはサリーリアと共にこの街を去ったのだろう。審問会とやらでもそうそう無碍には扱われないと思われる。

 それにしても、カナタが殺されたと知ったら、あのサリーリアとかいう女はどんな顔をするだろう。いかにも、カナタに心酔している様子だった。かんかんに憤慨して、俺を殺しに来るだろうか。

「そりゃ、来るんじゃないか」

 隣に座るティアフはまるで他人事だった。俺とティアフが初めてまともに会話した西の時計塔、頂上の鐘楼に腰掛けて都を眺める今の様子も、同じようにどことなく他人事だった。

「サリーリアだけじゃない。光聖が、おまえを敵だと認識した」

「それって、何か変わるのか? マイナーは斃すべき敵なんだろ、最初から」

「光聖が現在把握しているマイナーの数は九プラス一体。それに追加で数えられた。見敵必殺の扱いは変わらないし、今日明日にも大挙して討ちに来るって話でもないが、まあ、積極的に探される立場にはなったってことだ」

 存在が知られているか、そうではないかの違いに過ぎない。“名”ばかりのマイナーだったのが、セイバー殺しと都市の体制と機能の転覆をやらかして、晴れて“じつ”が伴った。

 が、ティアフの言うように、札付きとなっても俺の基本的な扱いは変わらない。世界中に散らばるマイナーの中の一体を積極的に探し出そうとするのは現実的ではないし、対マイナー用の捜索部隊を編成すると言っても、きちんとした装備と人材を割り振るとなれば数は用意できない。結果、ごく少数の限られた精鋭が世界を歩き回って魔者を討ち、それ以外の多くのセイバーは要地に陣を敷き迎撃する、という戦略を光聖は取らざるを得なかった。

「つまり、これからの旅にも大して影響はない、ってことか」

「相対すれば戦いになる。カナタのように見逃しはない。おまえがマイナーである限りは、な」

「そんなのと一緒に旅をするって、頼んでおいてなんだけど、イヤじゃないのかおまえ」

「しょうがないだろ。アルマリクには残るなってクギを刺されたんだから」

 俺がティアフとの約束を果たしたことで、今度はティアフが俺との約束を果たさなければならなくなっていた。“世界のことを教えてくれ”という俺の頼みを、彼女は俺をある場所に連れていくことで果たそうとしていた。

 そのためには、都を出て旅をする必要があった。ティアフが最初からそのつもりでいたかは分からないが、何にせよ、今のアルマリクを放って旅に出るというのは、彼女にとって非常に辛い選択には違いなかった。

 むろん、今回の反光聖派による反抗が、マイナーの襲撃と重なった不運もあって、都市機能にかなりの被害を出すに至ってしまったことが理由である。公都のトップが死に、その右腕は光聖本部へと連行、都市防衛に当たっていたセイバーのほとんどが殺されるなど、アルマリクは今や崩壊状態にある。

 そこまでするつもりなどなかった、成り行きでそうなってしまった、不可抗力だった……とはいえティアフは、反光聖派唯一の生き残りとして責任を取らずにはいられず、この都に残ろうと決めていた。俺にも、その気持ちは十分に理解できる。旅に付き添ってもらわなくとも、行くべき方角と尋ねるべき街を教えてもらえれば、後は何とかなる。それで、ティアフは約束を十分に果たしたと言えただろう。

 けれどサリーリアには、残るな、と一喝されたそうだ。

「今回の事件、光聖は正直に民衆に話す。そうすれば、元々光聖嫌いだったアルマリクにはまた、同じような感情が蔓延するだろう。その時、反逆の象徴になってしまう“生き残りの少女ティアフ”という存在は、混乱を助長し、復興の妨げになるかも知れない」

 だから、出て行け、と。

 裏を読むなら、これはほとんど脅しのような警告だった。ティアフが残り、これ以上の反乱が起きるようなら、“光聖はいよいよアルマリクを見捨てなくてはならなくなるぞ”と、そう言外に滲ませていた。

 慈悲のない、情のない言葉だと受け取るか。いいや、彼らとて、好きで物事を天秤にかけたり、好きで人物を見捨てているわけではないのである。増してや都一つ、何万という人間の命はおいそれと放り捨てられる軽いものではない。そういう沈痛な状況はできれば起こしたくないというのが光聖の正直な思いなのだと、サリーリアの警告を解釈することもできた。

 つまり、ティアフが出て行って、これ以上の混乱が起きないのなら、光聖は真摯にアルマリクと向き合うと、そう宣言したようにも聞こえたのである。

 ティアフは重々、サリーリアの言葉に込められた思いを察していたようだ。今のアルマリクに更なる混乱をもたらすつもりはさらさらない。自分が争いの火種にしかならないのなら、サリーリアの警告に従って故郷を出ていくことも“しょうがない”と割り切る他になかった。

「そこまでの事件を起こした、ってことだ。反光聖派あたしたちはアルマリクを潰すためでなく、生かすために活動してきた。その成就の邪魔になるなら、あたしは出て行くべきなんだろう」

 理性的な判断だ。怖いぐらいに大人びた選択。

 けれど。

 そうした時、彼女は目標を失ってしまうのだった。反光聖派という仕掛けが舞台から降ろされると同時に、アルマリクの今後は正常な光聖と善良な市民の手に委ねられる。それは反光聖派、あるいは運動としての反光聖の正しい解体のされ方であり、歓迎すべき転機、節目には違いなかったが、しかし反光聖派に属し運動していた者にとっては、自らの拠り所を後にしなくてはならない瞬間でもあった。

 だが、それは普通であれば、元の形に戻るだけの話である。反光聖派は当然ながら、アルマリクの大勢の市民の内、熱意のあった者が立ち上がって結成した時流であり、組織なのだ。この熱狂が冷め止んだ時、彼らは普通の市民へと戻る。アルマルベリィの採集に精を出したり、大通りの商店で物を売ったりする生活へと戻っていく。

 考えていなかったわけではあるまい。とはいえ、いざ追い出されてみると、自分にはそういう“普通の道”が残されてはいなかったのだと、ティアフはしみじみと実感したようだった。

「親はいないし、家族代わりだった皆も死んじまった」

 少なくとも、ケンズの生きていた頃には帰れない。アルマリクでひっそりと暮らしていこうにも、子ども一人でいかに過ごせと言うのだろうか。誰か、親切な人に養子にでもしてもらうか? 光聖の力添えがあれば可能だろうが、その肝心の光聖に“出て行け”、要は“アルマリクに関わるな”とクギを刺された身では、協力は望めまい。そもそも、自分が公にしろそうでないにしろアルマリクに留まるということは、何かの拍子に反光聖の波に担ぎ上げられてサリーリアの危惧するような事態になる可能性を残してしまう、ということに他ならなかった。それは、ティアフにしたって避けたい未来だった。

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