第17話

 普通に考えればワイロだろうが、フォウリィは既に世界最強の組織、光聖に属している。しかも前線で戦うセイバーとしてではなく、そのセイバーをこき使う側の人間として、だ。もはやこれ以上ないくらいの地位に立っていて、一体誰にワイロを使わなくてはいけないのか。

 あるいは、本当はアルマリクのために使っている、という線もないではなかった。秘密兵器を外で製造していて、その資金になっている、とか。

 むろん、ばかばかしい、とティアフには一笑に付された。

「ワイロだよ。行き先は一つ。光聖の、自分より上の人間さ。それ以外に金の行く先は考えられない。世界最大の組織の人間がおもねる相手なんて、それ以外にはね」

「そりゃそうだろうが、理由が分からないな。おもねらなきゃいけないような身分じゃないだろう?」

「世界全体で見れば高い方にいるのかも知れないが、光聖の中で見れば低い方にいる、ってことなら? あいつは一度失敗してる。多分、その時に光聖の誰かに拾われて、あいつはまだ光聖に籍を置いていられるんだ」

「じゃあ、今回のワイロは恩返しか?」

「もしくは見返り。最初からそういう取り決めだったとしても、不思議な話じゃない」

 全てに確たる証拠はないが、筋の通っていない話、というわけでもないかった。

 行く先を掴めていないだけで実際に資金は消えているのだし、その使い道として最も妥当なのが自分より上の人間にへのワイロであることから、この推察は組み立てられている。

 ワイロは可能性の一つ。ただし、優先的に考慮しなければいけない可能性。

 その点、アルマリクを救う秘密兵器に出資しているという説は、本当だったとしても害がない。言いがかりをつけた反光聖派はむろんタダでは済まないが、結果としてアルマリクが救われるなら本懐は遂げられる。

「あたしたちは光聖と戦争したいわけじゃない。フォウリィがトップにいる限り、アルマリクの光聖は決して良い様には使われず、アルマリクが元の姿を取り戻す未来がないから、やつを潰そうとしてるんだ。敵を間違えて光聖本体と戦って、やつらに愛想を尽かされたんじゃアルマリクはお終い」

 光聖なしにアルマリクが救われない実情は反光聖派も重々理解している。もし、光聖がアルマリクから手を引くようなことがあれば、それはアルマリクの終わりだ。果樹園どころの騒ぎではない、都市ごとなくなってもおかしな話ではないのだ。

 この、“愛想を尽かされる”というのが厄介だった。

「フォウリィはワイロを使ってる。それを受け取ってる癌みたいなやつがいる。もしフォウリィの悪事がばれそうになったら、関わってる人間は必死でフォウリィを庇うだろう。金づるがいなくなるから、後は芋づる式に自分の悪事もバレるかも知れないから」

「まあ、必死になるよな、それは。けど、愛想を尽かすってのは、どうなんだ? 光聖が一つの都市を見捨てるなんて、仮にも正義の味方がするようなことじゃないように思えるけど」

「理由は二つ用意できる。まず一つ。フォウリィの側の人間としては、フォウリィの悪事を突っついて来るような連中がいる場所にフォウリィを置いておきたくはない。当然の危機管理だ」

「そんな理由でセイバーを引き上げたら、ものすごい反感を買うだろ」

「だから二つ目、表向きの理由があるのさ。光聖ってのは“正義の味方”で、“世界を守る”なんて理想を標榜してる。夢見がちな連中に見えるけど、実はそうじゃない。やつらはいかにすれば自分たちが、本当に世界を守れるのかを真面目に考えて実践してる。その内の最も基本的な方針が、“優先順位をつける”ってことだ」

「優先順位?」

「魔者は世界中にはびこってる。でもセイバーは世界中に配置できるほどの人数を確保できていない。慢性的な人手不足でこれに対処するには、優先順位を決めるしかなかった。より多数の魔者がいるところ、より強大な魔者がいるところに、よりたくさんの人員を注ぐ、それが光聖の理念、実戦的な世界の守り方だった」

 二人のセイバーに完敗するミノタウロスのような魔者がいれば、その二人のセイバーを無傷でミンチにできた俺のような魔者がいる。両者を同じ“魔者”にカテゴライズして同じだけの人員を割くとして、ミノタウロスの方に合わせれば当然俺を止められないし、俺の方に合わせればミノタウロス討伐に携わる人員に余剰が出てしまう。

 これでは、俺と戦ったセイバーはハナから無駄死にが決まっていたようなものであり、ミノタウロスと戦ったセイバーの余りはもっと別の場所で活躍できたはずだ。この不足と超過のギャップを埋めるための考え方の一つとして、光聖は守るべき場所、人、物の“優先順位”を定めるようにした。

 ミノタウロスと俺とを同列の魔者と扱わないことで、より適切に人員を配置できる。事前の調査が的確なら、数だけでなく人材の中身についても吟味できる。必要最低限で効率良く、魔者の退治がこなせるようになるわけだ。

「理想を掲げてるくせに、その実は合理的、か」

「その合理の下に、光聖は一定の負担を、自らを含めた全ての人間に課している。それが優先順位の下位に配されるリスク、“犠牲”だ」

 光聖の最大にして究極の目的、それは世界を守ること。世界を守ることは、イコール全人類を守ることではない。

 正しくは、“世界を存続させるに足る人類を守ること”。優先順位の一環として、“守るべきモノにも優先順位を設ける”ことで、光聖は効率的に人類を保護している。

「一人の死にそうな人間と、十人の死にそうな人間がいる。どっちかを助ければどっちかは助からない。光聖はためらうことなく、一人の人間を見捨てる」

 将来性を考え、その一人の人間がずば抜けて優秀なのでもなければ、十人の人間を生かす方が後々に資する選択であることは明白である。

 例え、自分の肉親が一人と、見ず知らず人間が十人でも、セイバーは自らの肉親を見捨てなくてはならない。血の繋がりは決して、死んでいった十人がもたらすであろう繁栄には勝らないと光聖は教えている。

 それが、犠牲だ。必要な取捨選択。切り捨てられる命の存在を、光聖は認めている。

「正義の味方が平気で人の命を天秤にかける。決して情実を期待してはいけない、不平等こうへいな組織。意外だと思うか?」

「まあ、そこまで徹底的だと……」

「本当にそうか? 二年前の事件まで、“光聖は実際にアルマリクから手を引いていた”のに?」

「あ」

 忘れていた。いや、繋げて考えていなかった、か。

 アルマリクは平和だったから、光聖は数人のセイバーを配するのみで、余った人員を他の激戦区へと注いでいた。その結果、というと酷だが、果樹園に突如現れた魔者の進撃にアルマリクはろくな対処ができず、数百人の死傷者を出した。しかも、果樹園を占拠されて食い扶持まで失う始末だった

 もしアルマリクに十分なセイバーがいて、日頃から果樹園のパトロールを欠かさず、農夫の保護をしていたらどうなっていただろうか? 被害はもっと抑えられたのではないか。ティアフは父親を失わずに済んだのではないか。過去は変わり、今はもっと豊かで平和だったのではないか。

「けれど代わりに、本来ならアルマリクから人員を割くことでもっていた他の激戦区が、魔者に押し切られてもっと多くの被害を出していたかも知れない。少なくとも当時の光聖は、そっちの方が凄惨になると踏んで、平和なアルマリクからは兵を引いていた。良い悪いの話じゃなくて、光聖はそういうもんなんだ」

 理想を掲げながら、理想主義者ロマンチストではない。

 情ではなく理で動く彼らは、彼らであるが故常に、国一つですら見捨てる覚悟があるし、その正当性を持ち合わせている。

「それが、光聖がアルマリクを捨てる表向きの理由として使われる。フォウリィを庇うやつらが、反光聖なんて物騒な思想の人間がいる都市を守るのは非効率的だと、そこに割く人員は無駄だと訴えれば、光聖はあっさりと手を引くかも知れない」

 セイバーの力を失ったアルマリクに未来はない。均衡が崩れ、わっと魔者が押し寄せて、アルマリクという都市は地図から消えてしまうだろう。

 もちろん、そんな主張が受け入れられない可能性だってある。フォウリィを庇うのが一人や二人で、光聖内での立場も弱いのなら、そもそも誰も耳を挙を傾けてくれないかも知れないし、例え聞き入れられたところで、都一つを犠牲にする選択を易々と採るかも怪しいものだ。

 が、どっちにしたって判断の根拠は感情ではなく理性である。迷うことはあっても、悩ましいからと言って保留にすることはないし、“二万人を見捨てる非道であろうとも”下された判断は確実に遂行される。

 反光聖の運動はそうした、守るべきアルマリクがなくなってしまう危険性と常に隣り合わせの、綱渡りなのだ。

「フォウリィは潰したいが、光聖と敵対はしたくない。でも、フォウリィに楯突けばどうしても光聖との睨み合いにもなる。……難しいな」

「だからあたしたちには、フォウリィとだけ対立するための口実が必要なのさ」

 口実。

 光聖の内側にいるフォウリィと対立しながら、親分である光聖との衝突を避けるなんて都合の良い口実が果たしてあるものか。

 あるとして、一体どんなカードが口実に成り得るものか。

「簡単。フォウリィの金の疑惑を確定させれば良い」

「……それだけ?」

「十分さ。覆しようも潰しようもなければ、フォウリィを庇うこともできない。光聖は合理で動く。合理、つまりは損得さ。一人を生かすより十人を生かした方が良い、っていう分かりやすい損得。今回で言うなら、フォウリィに関係のある連中に、“フォウリィを無理して庇えば損になる”と思わせられれば、こっちの勝ちだ」

 切られるのはアルマリクではなく、フォウリィとなる

 裏を返せば、多少の無理を通してでもフォウリィを庇うことが得だと思われてしまうと、反光聖派対フォウリィの舞台に光聖が乗り込んで来て、勝ち目のない戦いを強いられる。

 その通りだった。光聖と敵対せずフォウリィとだけ戦いたいのなら、両者を引き離してフォウリィを孤立させてしまえば良い。確かに簡単、単純、明快な答えであった。

「で、その確定させる証拠は?」

「ない」

 あったらこんなところにいないだろ。

 悪びれもせず、ティアフ。

 全く、疑問を挟む余地などちっともなく、その通りだった。

「そこで考えたんだよ。ロー。あんたなら……」

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