第15話

 魔者の侵攻があった二年前と同じ年に犠牲者が出たのは分かる。果樹園を取り返しに行こうと逸った誰かが死んだとか、きっとそんなところだろう。

 だが、そうやって魔者の恐ろしさが浸透してから一年も経ち、光聖でなければ魔者に太刀打ちできないと誰もが納得していた頃に改めて犠牲者が出た、というのは腑に落ちない話だ。外に行けば殺されると分かっていて出て行ったって言うのか?

「実際、不用心ではあったんだろう。兼ねてからフォウリィの過去や動向を懸念していた前首長のエスイーズが、かつての保守派の中心だったケンズたちを外に呼んで、密談しようとした。けど、そこを魔者に襲われ一網打尽にされた。……ってのが、その時の事件の概要だ」

 要は、のこのこ出かけて行っては案の定魔者に食い殺さてしまった、わけだ。それだけ聞くと、エスイーズやケンズとやら行動は愚かも愚か、腹を空かせた猛獣のいる檻の中に裸で入っていくような蛮行だった。光聖は魔者を残らず掃討したのではなく、その一部に被害を与えて押し返したに過ぎない。都の外で魔者に襲われる危険は考慮して当然だし、結果本当に襲われてしまったのだとしても、そこに同情の余地は一切ないように思える。

「けど、そうじゃない。前首長たちだってばかみたいに遠出したわけじゃないんだしな」

 色めき立ってティアフが反論する。

「外って言っても、光聖が奪還した土地まで出て行っただけ。魔者を撃退した後、アルマリクは果樹園を後ろに、つまりアルマリク側に広げる作業を始めていた。取り戻された分だけじゃ、アルマリクの名を保てるほどのベリィの収穫は見込めなかったからな。自分たちにできることもやってたんだよ。光聖も農夫たちの熱意は理解していたし、だからその辺りの安全を光聖は保証していたんだ。でも、光聖の網を抜けた魔者がいて、それがたまたま前首長たちを殺してしまった」

 なるほど、言われてみれば、せっかく取り返した土地を光聖が守っていないわけはない、か。

 加えて、光聖にばかり期待するのではなく、果樹園を元の状態に戻そうとアルマリクの農夫たちは奮起していた。アルマルベリィの収穫がアルマリクの復興に繋がるのなら、それを光聖が支援しない理由はない。手中に戻したわずかな領土を守る義務が、光聖にはあったはずだ。

 とはいえ、やはり外は外、魔者のテリトリーには違いない。光聖と言えど完璧な安全を確保できるほど、魔者たちも甘くなかったというわけだ。

「じゃあそいつらは、運が悪かったのか」

「フォウリィもそう発表してる。魔者を見逃した光聖の否を認めつつも、護衛もつけず外に隠れて出て行ったエスイーズたちのことを批判したんだ」

 暗に対立を止めない反光聖派を揶揄する内容を盛り込みつつ、しかし理に適った批判ではあった。光聖に頼らなければ果樹園を、アルマリクを取り戻せはしないと皆が理解してきた頃になっても、光聖を嫌って密談を企てた反光聖派に同情してはいけない。そうしたフォウリィの姿勢に倣うように、反光聖派の末路は自業自得だったと誰も擁護はしなかったし、どちらがより正当なのかは論ずるまでもなくはっきりしていた。

 一方で、残った反光聖派にしてみれば、この仲間の死に方は最悪だったと言える。対立する光聖の株を上げるばかりか、反光聖派は身勝手だと非難され首を締め上げられる始末だったのだ。

 反対勢力が図らずも最大級のエールを贈ってしまった形。皮肉、という他にない。

 この一件を境に、反光聖派は苦境に立たされた。世論からそっぽを向かれたというのもそうだし、中枢のメンバーを一度に失って機能不全に陥ったというのもそうだ。

 あまりに時流が悪かった。

 神様に拒否されていると言っても良いほどに。

「それで良く、看板を下げなかったな」

 話を聞いて外から眺めている俺には、もはや反光聖は解体される方が自然な流れのように思えた。しかし、そうはならなかったのだ。

 反抗は今もなお続いている。

 だから俺は、こうしてティアフから話を聞いている。

 ではなぜ、彼らはそうまでして反光聖で有り続けたのだろうか。

「そりゃ簡単だ。あたしたちは、フォウリィがのさばっている以上は、果樹園が、アルマリクが救われることは決してないと確信しているからさ」

 うそぶくティアフ。そう、これまでの話の上では、うそぶいているようにしか聞こえない。

 ケスタ曰く、フォウリィは成功の陰でこそこそと、アルマリクの資金を使い込んでいるのだという。

 魔者に殺されたエスイーズ前首長とやらは、自分を蹴落として当選したフォウリィの前歴……辺鄙なアルマリクに飛ばされるほどのヘマに始まる彼の経歴を怪しんでいたし、それには当時の反光聖派の中心、ケンズも同調していた。

 金使いと暗い過去、両面から見てフォウリィは信用ならないと、反光聖派は今も昔も一貫して信じていたわけだ。

 けれど、過去は過去として切り離して考えた時、今のフォウリィはそこまで信用ならない人物だろうか。

 彼にとっての幸運が続いたとはいえ、アルマリクにおける光聖の存在感を十分に増し、果樹園を取り返す結果となった手腕は紛れもない現実のものである。

 おまえはフォウリィの肩を持つのか、とティアフには責められそうだが、俺は別に、フォウリィ・ウィンプスという人間をことさらに庇おうとは思っていない。かといって、彼の政を批判するティアフたちに心底から共感しているわけでもないから、立場として反光聖派についているだけで、彼らの絶対の支持者でもない。

 善悪の所在などどちらでも良い、と思っている無関心こうへいな化け物から見た両者の構図は、すると、圧倒的に反光聖派の不利なのだった。

 理由は簡単。フォウリィはアルマリクに資するように行い、反光聖派はアルマリクに資するように行っていない。それだけだ。

 庇う気持ちがなくとも、貶める材料がないのでは貶めようもあるまい、というだけの話。

 そもそも。

 疑問に思うべきだった点がある。

「フォウリィについての金の疑惑が本当だとして、だ」

「本当だよ」

「本当だとして、これについての反光聖派おまえらの反応は少し、おかしいんじゃないのか?」

 都のために身を挺するのはセイバーだ。そのセイバーを短時間で掻き集め、果樹園を取り戻すまでに組織を膨らませたのは誰あろう、新首長フォウリィ・ウィンプスだ。彼の泣き所は今のところ、二点。首長就任前の経歴と、立て続けに起こった奪還作戦の失敗と、それに関わる不透明な金の流れ。

 この二点について、反光聖派の主張、その疑惑が全面的に正しかったとして、反光聖派は……昨晩、ニット・ナインデックという男は、反光聖派の目的は何だと言った?

 “この都、アルマリクに巣くう光聖を潰す”。

「いや、これ、話が飛んでないか?」

 彼らがやろうとしているのは実力行使なんだろう。だから戦力を探していたし、ケスタの“試し”を通して御眼鏡に適った俺を引き入れた。引き入れられてから文句をつけるのもおかしな話だが、光聖を潰す、と意気込む反光聖派の熱量に反して、フォウリィはそこまでの悪党だとは思えない。

 これがもう、いかなる反抗手段をも使い尽くして、最後の最後に武力蜂起をするつもりなのだ、というのなら納得が行く。

 だが、彼らは協議、最初にすべきはずの“話し合い”すら行っていないではないか。

 順序として、まずテーブルを挟む。

 不正を追及する反光聖側が証拠を上げ、これについてフォウリィら光聖側が真摯に答える。結果として不当・不正が発覚しフォウリィに首長足る資格なしとなれば、彼が退けば良い。民衆が降ろせば良い。最悪、不利を自覚した光聖側が実力に訴えてきた場合に初めて、反光聖側は武力をもってこれに対処する正当性を得るのだ。強制的に舞台から落とすのは、ようやっとそれからの戦いである。

 だが、反光聖側のティアフたちは、最初から物理的に光聖やフォウリィを潰す気でいる。話し合いの段階をすっ飛ばして実力に訴えようと画策している。さっきも言ったが、俺という通りすがりの化け物の手まで借りようというのだから、その本気は、少なくとも俺を化け物と知って接し、起用しているティアフの意志は固く、疑うべくもない。

 この知性や冷静さに欠けたやり口は、確かに楽ではある。何度も重ねることとなるだろう協議に比べれば、良し悪しはともかく結果もすぐに出る。果樹園が奪わたままの状況が続いて食い扶持にも困るアルマリクとしては、劇薬めいた即効薬もあるいは有効だろう。

「だけど、正義がない」

 世界の守護者を相手取ってなお有利に立つだけの、そうした光聖を支持するアルマリクの世論を裏切ってなお正義でいるだけの、正当性がない。

 短絡的で、考えなし。俺が手を貸すのは一向に構わないが、成功するにせよ失敗するにせよ、その後の反光聖派の行方など分かったものではない大博打だ。

「そんな拠り所のない正義で光聖に楯突いて、反感を買ったらどうするんだ? 民衆のじゃない、光聖のだ。手を貸してくれなくなったら元も子もないだろう」

「へえ……。なかなか考えてモノを言うんだな」

 ばかにした、というよりは本心から感心したように、ティアフが目を丸くした。

「でもまあ、その通り。これまでの話が全部本当なら、あんたの感想はもっともさ。中心人物を一度に何人も失った一年前の事件で手を引けばよかったものを、引くに引けなくなって頭に血が上った集団、そう見えても仕方がない」

 ただし、とティアフが声のトーンを一つ落として、俺を睨んだ。

「嘘が一つも混ざっていなければ、な」

「嘘?」

 ……“全部本当”、ではない?

 本当ではない箇所が、どこかにあったのか?

「一年前の春に、エスイーズやケンズが都の外で殺された事件。これがもし、、どうだ?」

「どうだって、それは……」

 それは、前提が崩れる。

 一年前、エスイーズやケンズが身勝手にも都の外に出かけて行って、魔者に殺されてしまった悲しくも愚かな事故。それは、アルマリクにおける一つの転機だった。

 それまでアルマリクを引っ張って来たエスイーズの死。

 これを非難することで圧倒的かつ絶対的な支持を得たフォウリィの演説。

 対となって後のアルマリクの行方を決定づけた事件が、実は仕組まれていた……フォウリィの自作自演となれば、含まれる意味合いは全く逆方向へと反転していく。

「千六百二十年、三月十六日。当時、保守派の中核にいたケンズは、エスイーズに呼び出されて果樹園まで出て行った」

 平易な文書が羅列された教科書を読み上げるように、静かに、ティアフが語りだす。

「ついて行ったのは他に、数人の仲間とあたしだけ。着いてみると、エスイーズが言ったんだ。『どうしておまえらがここに?』ってさ。話を聞くと、エスイーズはフォウリィに呼び出されていたらしく、ケンズたちには声をかけていなかったんだそうだ。ケンズもエスイーズも、フォウリィを疑っていた同士だ。あいつは、首長になる以前からアルマリクの要人に金を見せて、引き抜こう、仲間にしようと動いていた人間だったから、誰も信用なんてしなかった。だから皆が、この呼び出しがフォウリィによって仕組まれたものなんだとすぐに気づいたのさ。けど遅かった。最初にエスイーズが死んだ。首を落とされたんだ」

 普通の人間ならば、それで絶命だ。俺のように化け物ではないのだから。

「エスイーズが死んだ後で、その後ろにローブを着て、ふざけた猫の仮面を被った人間が現れた。そう、魔者じゃない、人間だ。それは次の瞬間には消えて、今度はケンズが胸を一刺しにされて死んだ。他の仲間も次々に死んでいった。一方的な虐殺だよ。そいつは誰かを殺すと掻き消えて、次の誰かを殺すまで絶対に姿を現さなかったんだ。見えない攻撃に対処のしようなんてあるはずがない。ケンズは当時、アルマリクで最強の戦士だったけど、そのふざけた殺し屋相手には何の意味もなかった。全部で八人。ろくな抵抗もできずに全滅した」

 音を立てて、真相が崩れていく。フォウリィはこの時、何と発表したのだったか? “護衛もつけずに外に出て行ったから魔者に殺されたのだ”と会見したのではなかったか? 人間が関わっていたなど、少しでも口にしていたか?

「最初にエスイーズが死んだのを見て、あたしはとっさに逃げたんだ。近くの果樹の陰に隠れて、一部始終を見てた。おもちゃの人形の首を引き抜くみたいに簡単に人の首が落とされていく光景を、けれどあたしには目が離せなかった」

 壮絶な体験である。

 わずかに十歳そこそこという少女が、八人もの人間、その中には見知った顔もあるだろうという面々を、目の前で次々に殺されていくのを成す術もなく眺めていた。

 現実味などなかったはずだ。ただ混乱するばかりで、おぞましい惨事の最中だとさえ理解できたかどうか。簡単過ぎる人の死と頭の中に入って来る光景とを一致させるには、十歳の少女ではあまりに幼く、小さかったはずだ。

 もっとも、その心情を察するには俺はあまりにも化け物でしかなく、想像するのが精いっぱいだった。けれど、例えまともな人間だったとしても、少女に心底から同情できたかと言えばきっと無理だったと思う。

 この世には魔者が跋扈し、人死にがそう珍しくない。

 アルマリクだけ見たって、昨日の内に三人も死んでいるのだ。

 それでもきっと、一年前のティアフの体験は筆舌に尽くしがたく、心の底から同調してやれるような深く苦い人生はそうおくれたものではないはずだ。

 おまけと言っては何だが、殺している側が嘘みたいな手段を用いているのも、その現実味の薄さに拍車をかけていた。姿を消し、殺す度に現れ、また消えてしまう奇妙な殺し屋。ティアフの記憶が混乱してそういう風に見えている、見えていたと思い込んでいるだけなんじゃないかと疑いたくもなるが、しかし、彼女は“それはない”と言い切った。

「あるとすれば、“そういう風に”人の見え方をかく乱する魔法、だな。何にせよ、あたしを残して全ての人間が死んだ。それは事実だ。一人に三秒もかかってなかった。抵抗できない方法で殺したってことは、無抵抗な人間を殺すようなもんだったんだから、別に不思議な数字じゃない。そうして、当時の反光聖派の中核だったエスイーズとケンズが、揃ってあっさり殺された」

 ローブに猫の仮面の、性別さえ分からぬ異様な殺し屋は、最後に全ての死体を焼いたのだそうだ。焼くと言っても、炭になるほどではなく、放っておけば鎮火して身体が残るぐらいの半端な炎。ついでみたいに火を放った殺し屋は、そうしてティアフには目もくれずに消え去って、二度と姿を現すことはなかった。

 結果として、ティアフだけがその惨劇を生き残ったのだった。少し後に魔者がやって来たのを見て、ティアフは果樹園から出ぬよう、また魔者のいる奥地へも行かぬよう、できるだけ遠くに逃げた。

「魔者が来たのは多分、偶然じゃない。あの殺し屋と、戦線を維持しているはずの光聖がグルでけしかけたんだ。フォウリィが発表した通り“魔者に殺された”ってことにするなら、“死体が残ってるのは変”だからな」

「変? そうなのか?」

「何だ、マイナーのくせに、それも知らないのか。いいか、魔者は人間を殺して、その身体を食べるんだよ。正確に言えば、身体を構成しているマナを吸い取っちまう。だから魔者にやられると、その死体である生身は残らない。ていうかおまえ、セイバーを殺した時に食べなかったのか?」

「いいや、全然」

 思いもしなかった。

 少し脇道に逸れるが、魔者が人間をマナごと食べるという話が本当なら、エストっちやリエッタをミンチにしてやったあの殺し方は、どうも最初からカムフラージュにもなっていなかったらしい、という答えになる。もしミノタウロスが殺したと装うつもりでいたのなら、彼らの死体は残っていてはいけなかったのだ。

 後の祭りどころか、最初からカムフラージュする気もなく、そうなれば良いぐらいに考えていたに過ぎないが。

 しかし、どうして俺には食欲がなかったのだろう。今も空腹を覚えることはないが、魔者にも個人差があるのだろうか。

 まあ、それも追々、解決することを祈ろう。……話を戻して。

「魔者にやられたら生身が残らないってのは分かったが、しかしそれじゃ、魔者にやられたかどうかってのも分からないんじゃないのか?」

 死体がない、という事実が動かぬように存在していたとしても、死体がどうやってなくなったかまでは調べようがない。さかのぼって調べようにも、そもそも死体がないのではお手上げだ。

 俺の疑問は当然のものだったようで、ティアフは首を横に振って、淀みなく答えた。

「大体は分かるようになってる。まず一つに、魔者がマナを吸った後ってのは、その場所だけ一時的にマナが濃くなるんだ。魔者が去った後も少しだけ濃度が高い状態が続くから、これが判断の材料になる。もう一つの方、どちらかと言えば魔者に殺されたかどうかの判断を下す最大の理由はこっちだが、“遺留品”、だな」

「遺留品?」

「魔者は生身のマナは吸うが、身に着けている物品、生身じゃない部分は選り分けて吸わない習性がある。だけど、その選別も完璧なものじゃなくて、巻き込んで吸ってしまうことが往々にして起こるんだ。すると、中途半端に分解された人間以外の部分が“遺留品”として遺される。マナを吸い取るって技術は、言い換えれば、“”であり、今のところ魔者と勇者にしか扱えないとされている。少なくともただの人間には、例えセイバーでも無理なのさ」

 勇者、という新たな単語が出てきたが、これは今のところはスルーしておこう。今は、そういう特別な人間もいる、という程度に覚えておけば良いだろう。

「ちなみに“マナ”ってのは、あたしたち人間の身体は元より、この世界の全てを構成している万能な力、素のこと。あんたもあたしも、最小まで分解すれば小さなマナに過ぎない。その集合で形作られている、ってことだ。まあ、その説明もまた今度にしよう」

「ともかく、魔者にやられた人間の遺留品は、マナを吸い取られた形で欠けたような恰好になる。それが普通じゃ有り得ない恰好になるから、魔者にやられた証拠になる、って話か?」

 破ったようでも切ったようでも砕いたようでもなく、表現するのなら“スプーンですくったような”断面になる。対象が硬かろうが柔らかかろうが、丸く、なめらかに切り取られた姿に変じてしまうのだ。

 これは、普通の人間には不可能な破壊の仕方である。“マナを吸い取る力によって以外に有り得ない破損”、というわけだ。

「ただ、あの殺し屋が死体を焼いたせいで、遺留品も焼けてしまってそれほど残らなかった。すくったような破損の遺留品、あるいは断面を調べれば“マナごと奪われてなくなっている”ことも簡単に分かる。こういう“魔者にやられた良い証拠”が、あの現場にはあまり残らなかった。殺し屋が残さなかったんだ。ただ、いくつか残っていた遺留品から、魔者に殺されたのだと断ずる分には問題なかった。光聖が表向きには、エスイーズたちが“魔者に殺された”と発表する分には矛盾が出ない程度だったんだ」

 後に魔者を放つ予定だったのなら、死体を残さないという意味で焼却する意味はない。というより、ただ死体がなくなっただけでは、魔者に殺されたと断じられなくなってしまうから、むしろ悪手になってしまう。

 だから、殺し屋が死体を焼いたのは、むしろ証拠品を“残す”ためだった。人に殺されたと分かる形跡をできるだけ残さぬよう、かつ必要最低限のフォウリィが困らない程度の量を残すには、焼いてしまうのが最も自然だった。

 そうやって事実は隠され、うまいこと“魔者による殺害”として事件は処理された。

「事件現場の……公的には“事故現場”か、現場の検証は光聖が担当した。あたしはその様子も遠くから見ていたよ」

「うん? 何だよ、光聖が後始末なら、わざわざ証拠を焼き払うなんて面倒なこと、しなくて良かったんじゃないのか?」

 実行犯も捜査班も同じ側の人間なら、証拠隠滅などいくらだって可能である。不都合な遺留品が残っていれば、魔者にしかできない壊し方があっては偽造は不可能にしても、見つけた段階で壊すなり隠すなりしてしまえば良いのだから。

「それが、そうはいかなかった。検証したのは光聖の末端で、彼らは自分たちがグルだってことを知らなかったんだよ」

「知らない? 同じ組織の人間が?」

「そうさ。この事実を知っていたのは、フォウリィにごく近い人間、“アルマリクの光聖支部の中でも上位の限られた人間たちだけ”だったんだ。“光聖の一握りが秘密裡に反光聖派を処刑した”ってこと、この事件がフォウリィによって主導されたって真実は、あたしたちアルマリクの民衆に隠したように、光聖の末端にも隠さなくちゃいけなかった」

 検証を担当した事情を知らぬセイバーが、ことの真相に気づいて正義の炎を燃やし、白日の下で光聖の不正を糾さないとも限らない。フォウリィがせっかく描いた計画が、あと一歩というところで内部からのリークによって水の泡になるなんて、これでは笑い話にもならない。

 ティアフの言によれば、光聖は基本的には善良であり、腐っても正義の味方である。故に殺し屋は……殺し屋を使ったフォウリィ側は、現場検証が行われるよりも前に証拠の隠滅を図らなくてはならなかった。

 火を放たなくてはならなかったわけだ。

「それで、おまえはどうしたんだ。検分に来た光聖と一緒に帰ったのか?」

「まさか! 光聖にやられたって知っていて、どうしてついていけるんだ。あたしは隠れて、保守派の誰かが果樹園に来るまで待ってたんだよ。二、三日は立ち入り禁止になってたから、きっとそれぐらいを外で過ごしたんだ」

「過ごしたって、外で一人で、どうやって?」

「果樹園には作業用具を置いている小屋がいくつかある。その内の一つに引きこもっていたのさ。もっとも、食料がなくてね、ひもじかったもんさ」

 事件が起きたのは三月。丁度、収穫が終わった頃だったから、実を付けている木は一つもなかった。

 辛かったのだろうと想像はできるものの、すっかり空腹を忘れてしまった俺にとっては、“ひもじい”なんて感覚はやはり、すっかり縁のない話でもあった。しかし、十三、四の子どもが目の前で大勢の人間を殺され、正義の味方であるはずの光聖からは逃げざるを得ず、助けを待って都の外の小屋に何日も一人でいただなんて、それが生半な数日であるはずがないことは考えるまでもなかった。

 しかし、ティアフは耐え抜いた。耐えなければならないと、自分を追い込まずにはいられなかった。

「光聖に見つかれば殺されると分かっていたから、逃げる他になかったし、それにあたしは、父親が殺されるのを目の前で見たんだ」

 エスイーズやケンズたち、その場にいた全員を殺すことが光聖の目的であったなら、生存してしまったティアフは明確な討ち漏らし、ということになる。完璧と思われた工作のほころび。子どもとはいえ、真相を知る唯一の人間が明るみに出ていけば、ことがひっくり返りかねない。

 なるほど、だからティアフは“地雷”なのだ。フォウリィたちにとっての急所、――――何? 父親?

「かつての反光聖派の中心、ケンズのフルネームは、ケンズ・ケイ・エコンっていう」

 ああ、ティアフのフルネームは。

「ティアフ・ケイ・エコン。あたしのお父さんは、当時の反光聖派の中核だったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る