第13話
アルマリクに限らず、この世界にある都のほとんどは、基本的には外部の人間に対して門戸を開放している。旅人であろうと商人であろうと、理由もなく受け入れを拒否されることはほとんどないと言って良い。
その代わり、都市に入るためには例外なく、光聖による入都審査を受けなくてはならない。むろん、これに引っかかれば入都は不可、追い返されてしまうどころか、事由によっては“
例えばアルマリクなら、農夫が外の果樹園に作業をしに行くというだけでも、このチェックを避けて通れない。農夫本人から馬車の積み荷まで余すことなく調べられてしまうし、その調査には全面的に協力しなければ、おいそれと都の外にも出れはしないのだ。
こうして、内部の人間にさえ厳格に運用される審査。過敏なようにも思えるが、しかしこうまで徹底して行われているのにはもちろん理由がある。
それは、俺を見れば何となく分かろう、という話なのだが。
マイナーと呼ばれる魔者の一種は、見かけだけなら人間と見分けがつけられない、ややこしい性質の持ち主なのである、ということ。もし彼らが人間の振りをしてしまえば、誰もがマイナーだとは気づかずに都への侵入を許してしまう可能性がある。都を囲む第一の防御である“市壁”を易々と突破されるに留まらず、何の防衛も出来ぬまま中枢へ踏み入られて、瞬く間に致命傷となる事態だって十分に起こり得るわけだ。
実際、過去にマイナーが都へと人知れず入り込み、多大な被害を出すに至った例は数知れない。たった一人のマイナーを相手にして国が丸々滅んでしまった、悲惨な事例さえある。
全世界でもしこんなことが繰り返されれば、人類はあっという間に滅んでしまうだろう。
そうならぬよう、光聖は都の出入りに使われる門にはセイバーを配置して、昼も夜もなく監視し、マイナーに限らずあらゆる不測の事態に備えているのだ。
アルマリクもまた、同じだった。
試しのために日中アルマリクを出た時も、試しを終えて夕方になり、こうしてアルマリクに帰って来る際も、光聖による検問は抜かりなく、きっちりと行われる。
外向き、ケスタらは様子を見に行くという理由で果樹園に行くことになっていた。二年前に魔者にやられた果樹園だが、比較的被害の少なかった都に近い側の果樹園を光聖が取り返し、安全を確保したことで、その翌年には生き残っていた果樹からの収穫が始まっている。今年も既に十一月に入り、来年にかけて行われる二度目の収穫期を目前に控えていたので、様子を見に行く、というのは至極真っ当な理由だった。
持っていくもの、出ていく人。本来なら、検査に引っかかる事項はない。
……俺を隠して連れていなければ。
今さら確認するまでもないが、俺は人間ではなくマイナーである。魔者の一種。平たく言って人類の敵だ。普通なら、この審査をパスできる理由はどこにもない。
しかし、知っての通り、既に試しは行われた。俺はまんまとアルマリクの外へと出ることに成功していたのだ。帰りもこうして、まさしく審査を通ってアルマリクの内へと戻ろうとしている。
一体、どんな手品を使ったのか。
分かってしまえば簡単だ。俺がセイバーに見つかる事態は避けられない。なら、“その上でスルーさせれば良い”のである。
「俺たちは、光聖の内部に何人かの仲間を送り込んでいる」
ケスタが言うには、二年前の襲撃で光聖の需要が高まった時期に、フォウリィはアルマリクの都民からも、光聖の一員となってアルマリクを守る勇気ある者、志の高い者を募った。突然の襲撃に対応して展開された撤退戦の始終を知ったフォウリィが、平和な土地で光聖の手が入らなかった分、最低限の自衛力として働いていたアルマリクの都民を“戦士として使える”と評したことがきっかけとなった。
この公募に手を挙げた戦士たちは、望み通り光聖の戦闘員として登用された。ただし、同じ戦闘員であるセイバーとは別物、言葉を選ばなければ“格下”としての入隊だ。セイバーとはそもそも、対魔者に特化した訓練を受け、ある種の儀式を経て“聖なる力”を得た特別な戦士のことを言うのであって、光聖の戦闘員だからという理由だけでは、セイバーとは呼ばれ得ないからである。
そればかりは決まりだから仕方がない。ともかく、アルマリクの多くの戦士にとっては、この、アルマリクの防衛に携わる人員を広く公募するというフォウリィの提案は嬉しい話だった。彼らにしてみれば、アルマリクとその周辺の平和は、光聖に頼らず自分たちで守って来た自負がある。アルマリクのために、自らの身を防衛と奪還の任に就かせることは半分、誇りであり、使命のようなものだった。その意図を図ったように、フォウリィが汲む形となったのである。
また、戦士の多くは農夫を兼任していたが、肝心の果樹園が使い物にならなくなっては、農夫の方は休業せざるを得なかった。戦士としてもセイバーが表に立つ以上は、圧倒的に力の差があるセイバーでない者の出番はなくなってしまう。こうなると、アルマリクの男どもにはやることがなくなってしまうのだった。アルマリクでは伝統的に、都の外で行われる農業と魔者との戦闘には男が出払う代わりに、都の内の商売は女が引き受けるのが常だったからである。職を失いかねない男たち、その働き口としてセイバーはうってつけだった、……という実際的な面においても、フォウリィの戦士を公募する案は歓迎された。
ケスタたち反光聖派は、この公募に乗じて身内を間者として送り込んだのである。
彼らとて最初からフォウリィを悪者と断じていたわけではない。しかし諸々の事情で疑わしい、信用できないと踏んでいたのも事実だった。そこに来てフォウリィが、言ってみれば自身の身内を募り始めたので、この公募に反光聖派が乗らない手はなかった。
そうやって、光聖の中に一握りの反光聖派が潜む現状ができあがった。
今回、アルマリクを出入りするに当たって、俺を見つけておいてスルーしたセイバーもまた、実は反光聖派であり、ケスタらの息がかかった間者なのだ。
その間者が、俺を外に連れ出したい時に限って門番をやっていたというのは、これもまた都合の良い話であるように聞こえるが……タネも仕掛けもなく、本当に都合の良い話だった。味方である彼が、今日のこの日、反光聖派が俺と出会った翌日に門番をやっていたのは偶然、たまたまだった。
もっとも、そういう配置にならなければ、仲間の誰かが門番役に立つまで待つだけの話ではあったのだ。
また幸運なことに、これは俺がマイナーであることを知らないケスタらの預かり知らぬ話で、俺とティアフだけが気を揉んでいた懸念だったのだが、俺をマイナーだと見抜けるレベルのセイバーが門番に立っていなかった。
マイナーは人間に似ている。だが、一定以上に強いセイバーであれば、気配として察知する魔力の質でマイナーの存在を見破れるのである。
これは幸運と言っても、約束された幸運だ。
今、アルマリクにはマイナーを見抜けるだけの力量を有するセイバーが三人しかいない。
その内の二人は前線に出ていて、その内の一人は都にいるが、俺たちが出ようとした方角とは反対側の、人通りの多い南門の警備についている。元々同程度のセイバーは六人もいたのだが、内二人となるエストっちとリエッタは俺が殺してしまった。もう一人は俺がアルマリクに来たのと同じ日に都の中で暴れたという、まだ見ぬマイナーに殺されてしまった。
瞬間的な人手不足、その隙間を縫う形で、この幸運は実現されていた。
「……さて、また夜まで隠れてろよ、ロー」
ケスタらのアジトであるケーキ屋の脇道に荷馬車がつける。積んでいた木箱を降ろしてケーキ屋の裏に運ぶためだ。俺は木箱に入ったままケスタに運ばれ、路地裏でようやっと這い出る。
「夜まで隠れてろっ、て。地下室に行くんじゃないのか?」
「ケーキ屋はまだ営業してんだよ。客がいる中で仕掛け扉を動かせるわけねえだろ」
それはそうだった。俺は素直にケスタの言に従い、顔を隠すための帽子を受け取って、足早に路地裏の深いところへと潜り込んだ。夜まではまた昨日のように、路地裏を徘徊して時間を潰すことにしよう。
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