第12話
おおん、と馬が鳴いて、馬車が止まった。「着いたよ。周りには誰もいない」というメイルクの合図を聞き、ケスタが荷台を降りる。話は一旦切り上げ、というわけだ。
俺は何も、ケスタから話を聞くためだけに馬車に揺られていたわけではない。アルマリクの今についての説明など、あのケーキ屋の地下室でいくらでもできるのだ。それをわざわざ馬車まで使って外に出て、都の外、三十分も行ったところにある果樹園までやって来たのには別の理由があった。
さく、と。馬車を降りれば芝生を踏む。
二年前、魔者を相手にした壮絶な撤退戦があった果樹園の地面だ。ここだって、ともすれば何者かの血を吸った場所かも知れなかった。
ご存知の通り、俺はつい昨日に生まれたばかりである。二年前の果樹園撤退戦など知りもしなかったし、増してや巻き込まれたわけでも、知人を魔者に殺されたというような因縁があるわけでもなかった。けれど、撤退戦があった、という過去を聞いた上で実際に立って目にする果樹園は、少しだけ特別に見えるのだ。わけも分からず死んでいった人々への同情。理不尽にも人の命を奪っていく魔者への怒り。当然、そんな真っ当な感情は微塵だって浮かびやしない。言うなれば、重い歴史の一ページ、その
部外者だからこその気楽で他人事な感想。果たして、当事者であるケスタやメイルクは、どんなに悲痛な思いでこの地を踏んでいることか。馬車を引いてきた馬、あのアルマジロを巨大化させたみたいな動物は、一体どっちに近い気持ちでこの果樹園を眺めていることか。
……そう、そうだ。
馬というのは人間が移動に用いる動物の総称で、他にもでかいトカゲみたいなやつがいた。つまりは、このずんぐりむっくりにもちゃんとした固有の名称がついているはずなのだ。
……全く、思い出せはしないが。
通称“馬”の黒目が、ぎろりと俺に向いた。思わず目が合ってしまった。身体に対して小さな目。草食だったか、優しそうな瞳。それを細めて非難がましく見つめられても、覚えていない、あるいは知らないものは仕方がないじゃないか。
「用意しろ。“試し”を始めるぞ」
しばし“馬”と睨み合って声にも出さず抗議をしていたら、ケスタに急かされた。
“試し”とやらに選ばれたこの場所は、果樹園内ではあるが、立ち並ぶ果樹からは一定の距離がある開けた土地だ。果樹がないのはもちろん、一切の障害物がない真っ平らな草原。その一方に陣取ったケスタは、やる気満々といった風に準備運動を始めていた。メイルクは、「頑張りなよ」と俺の肩をぽんぽんと叩くなり、馬を連れて引っ込んでしまった。
のっしのっしと背中の全面を覆う甲羅から続く短い尻尾を揺らして、“馬”が遠ざかっていく。それを尻目に、俺はケスタの真正面、少し離れた位置に立った。
ケスタを習って準備運動ぐらいはするべきか。少し悩んで、止めておく。
怪我の予防目的であれば、そもそも怪我をしない俺には意味がない。本番に向けて身体を慣らしておく目的であれば意味はありそうだが、“慣らしておかなければフルパフォーマンスが出せない”ほど、俺の身体は繊細にはできていないと直感が指摘している。
空腹にならないこと、睡眠を必要としないこと、どんなに再生したって息も上がらないことを鑑みるに、この肉体は疲れ知らずである。目に見える破壊以外でも、疲れる側から肉体が再生しているのだと考えれば、なるほど、疲れないのも納得だ。もし本当にそうだとして、消耗、疲労、それに伴う身体機能の低下とは俺の肉体が無縁だとするのなら、パフォーマンスの悪い状態は存在しようがない。ひるがえって“フルパフォーマンスが常”と考える方が自然ではないだろうか。
で、あれば、ケスタが必要としたウォーミングアップは必要ない。走っていようが横になっていようが、俺のコンディションには良いも悪いもない、ということになるのだから。
……多分。
こればっかりはティアフに聞いたって分からないだろう。マイナーの身体の仕組みなんて、マイナーでない人間に分かるとは思えない。いつかそういうことに詳しい医者か学者にかかって、その辺りの仕組みも解き明かせれば最高だ。
「準備はいいな、ガキ。油断した、なんてのは言い訳にならねえぞ」
その、準備運動もせず突っ立っている態度を、ケスタは“舐められている”と取ったようだった。別に舐めてはいない。緊張感がないだけだ。
「分かってるよ。いいから始めようぜ」
“試し”を。
それは試験ともテストとも言い換えられる行事だ。
俺が本当に仲間に相応しいのか、転じて、“本当にセイバーを殺した・殺し得る人材なのか”を見極めるための試金石。
「ルールは単純、先に相手を倒した方の勝ちだ」
ケスタが構えた。
よーいドンの掛け声があったわけではないが、きっと、それがスタートの合図だった。
極端に腰を落とし、脱力しきった前傾姿勢。五メートルはあるだろうという両者の間合いで、その突撃以外の選択を捨て去ったような構えは、俺の目にはいささか奇妙に映った。
だって、五メートルだぞ? 走って近づこうにも、どんなに頑張ったって秒はかかる。いわゆる中・遠距離、そこからの突撃を見極められはしないだろうと、ケスタは断じているのか? それこそ侮っている、舐めているのは向こうじゃないか。
あるいは、あんないかにもなナリをしておいて、実はエストっちのような魔法主体の距離を取った戦い方をするのだろうか?
どっちにしたって、こっちは近づいて殴らなくてはならないのだ。ティアフの忠告を守る以上は、この身一つで、……文字通り“この身のままで”戦うしかない。構えたまま動かないケスタの様子を伺うことを止めて、俺は俺のスタートを切って走り出した。
――が。
走り出せはしなかった。
同時に、何かが俺の顔面を打ったのだ。真正面から真っ直ぐに。ドシャ、という自分の顔面が砕けてひん曲がる音が聞こえたようだが、それが理解されるよりも先に、……言ってみれば、音が脳に届くよりも早く俺が吹き飛ばされてしまったような感覚に見舞われて、何が起きたのかも分からず、俺の身体はひゅーんと真横に殴り飛ばされた。
地面と平行に、滑るように飛ぶ。衝撃も速度もミノタウロスにやられた時とは段違いに猛烈だ。五秒ほども空を滑った俺の身体は、地面に激突してなお勢いが衰えず、それから何回と地面の上を跳ね転がった。
ぐわんぐわんと回転し、身体ごと感覚を揺さぶられる。果たしてどちらが天地だったのかを見失い、青空と地面とで綺麗に分かれていた視界が混濁していく。
と。
認識した瞬間にはもう、意識がはっきりして自分の状況を分析していた。混乱はない。混濁もない。外の世界を認識しているのは脳みそで、脳みそがかき回されるから意識が振り回される。俺の再生能力は機能不全に陥った脳でさえ再生し、万全の状態へと引き戻していた。状況が理解できる。次で、俺の身体が跳ね転がるのは五回目、……今!
「てい!」
地面との接触に合わせて思い切り手を突っ張り、自分を上方向へと跳ね上げる。
それでいくらか、横向きの勢いも死んだ。宙にいる間に身体を回し、周囲に目をやり、猫のように四足で着地する。
一瞬の隙も挟まぬよう、俺は立ち上がって構えた。着地するまでに見えた景色が、そうしろと命じていた。おそらく俺がさっきまで立っていた場所、突如顔面に衝撃を受けた場所に、入れ替わるようにして入っていたケスタが、最初と同じ脱力した構えを取っていたのだ。
示す答えは簡単。
間髪入れず、“次”が来る。
俺が改めてケスタを見ると、しかし、もうその場所にケスタはいなかった。舞い上がる芝生だけがある。ふっと消えてしまったかのようだ。俺は、“俺が吹き飛ばされた瞬間の記憶を頼りに”目の前の空を殴りつけた。
バッシイイイイイイイイイイイイイン!!!!!!!!
俺の拳が何かにぶつかった。空を叩いた音ではない。確かにモノと衝突したのだ。さっきまではそこになかったモノ、即ち。
「高速移動か、それ!」
一瞬でここまで移動してきたモノ。正体は言うまでもなく。
「っは! もう見切ったか!!」
ケスタだ。
あの岩か何かかというような巨漢が、何メートルという間合いをまるで無視して攻撃を当てに来ていたのだ。
最初のもそう、今の二度目もそう。ことは単純、物凄い速度で移動したケスタが、真向勝負で殴りつけてきた。五メートルを詰めるのに秒もいる? そんなことを悠長に考えていた数十秒前の自分を、俺はぶん殴ってやりたかった。エストっち、リエッタ、追手の隊長。既に三人の魔法を喰らっておいて、愚かにも五メートルという距離を安全圏だと思っていたとは情けない。魔法はそんなもの、軽々と飛び越えてくる。そうだ、詳細は不明だが、これもおそらくは魔法による攻撃。疾風めいた速度の強化。ただそれだけであり、だからこそ驚異的な技だった。
ぶつかり合った拳をケスタが上方に払う。持ち上げられた左腕に吊られて俺の身体が伸びきったところにケスタの追撃が入る。防御は間に合わず、大木のような腕が振るわれ、岩石のような拳が俺の腹に突き刺さった。
が、これはいい。
これぐらいなら、ティアフの忠告を破るほどの痛手じゃない。
いくら強力だとは言っても、打撃だったのは幸いだ。もしもエストっちやリエッタ、あの隊長みたいな攻撃方法だったら、この身を維持したまま戦うのは難しかったに違いない。
素直に喰らって吹き飛ばされつつ、体勢を整えて着地する。ケスタの姿はない。次はどう来る。二度も馬鹿正直に正面から突っ込んで来たのだ、三度目は絡め手を使って来そうなも――――
「おうわっ!?」
咄嗟にかがむ。頭をかすって過ぎていくのは足刀だ。後ろに回ったケスタが放ったのは、頭部を狙った上段蹴り。あんなもの、まともに喰らったら首から上が破裂するか、そっくり持っていかれてもおかしくない。
だが、避けられた。ということは、ケスタの右足が伸び切った。攻撃を外して片足立ちの姿勢は、そう易々と動けるものではない。俺はかがんだ姿勢から反撃を入れようとして、しかし。
「――っ!」
身体中の皮膚を撫でた悪寒に従う形でみすみす、隙を見逃して横に跳んだ。
ずがあん!!
軸の左足を折りたたみ、ケスタの右足が身体ごと落ちてきた。衝撃に地面が大きく抉れ、土がむき出しになる。ただ振り下ろしたでは、しかもあの不安定な体勢から繰り出したにしては、桁違いの威力だった。
悪寒に従って正解。一撃目や二撃目のような、速度を乗せた拳打にも劣らないかかと落とし。こんな攻撃を地面と挟まれる形で受ければ、さすがの俺でも“
かかと落としを放った張本人は、ゆっくりと身体を起こしてから、同じくゆっくりと立ち上がる俺に向いた。
構えてはいないが、殴り掛かれば即応して来るだろう。あの意味不明な高速移動での打撃を続けざまに打って来ない分、こちらにも余裕はできるが、だからといって気を抜くタイミングでもない。
こちらもまた即応できるように身構えて、ケスタに相対する。両者の間は二メートルもなかった。この距離で高速移動を使われれば、ろくな反応は望めはしない。
「一発目で殺したかと思ったぜ」
「あんなの初見で避けられるかよ」
ていうか、“殺したかと思った”のに止めなかったのか、こいつ。即座に再生していたから、普通なら死んでいるほどのダメージを負った、とまでは思われていないはずだが。
「二発目もクリーンヒットだったはずなんだがな、どうなってやがる。普通じゃねえぞ、おまえの頑丈さは」
「まあな。普通じゃねえからセイバーを殺せる。そうだろ?」
「……確かに、そうだ」
タフネスの秘密は明かしてやらない。納得いかない様子のケスタが半身に構えた。前傾姿勢ではないから、高速移動ではないのか? と推察する頃には、もう攻撃が飛んできていた。
「いっ」
ひゅん!
一瞬に距離を詰める飛び膝蹴り。先ほどまでと同じ高速移動なのか、自前の脚力だけで出した速度なのかは分からないが、反応できたのが奇跡みたいな奇襲だった。
ブリッジのように上体を逸らして回避。そのまま地面に手をつき、足を跳ね上げ、逆立ちの姿勢で下半身を回し、追撃する。ケスタが応じ、俺が次の手を打つ。ケスタの手の内は高速移動ばかりではなく、近接での打ち合いに持ち込まれてもやはり、崩せるわけではなかった。
巨体通りのパワーと、巨体に似合わぬ身のこなし。肌を撫でる寒気のような悪寒が止まらない。
ケスタの打撃は時折、妙な加速をして打ち込まれて来た。次の行動を無視したむちゃな攻撃をして態勢を崩しても、どういうわけかすぐに立て直して隙を見せない。理不尽、とまでは言わないが、その姿勢制御には違和感があった。
自分の力だけでやるには無理のある、明らかに不自然な動き。魔法を使っているには違いないが、一体どんな魔法を使えばこんなことが可能なんだ?
姿勢を正すだけなら、空から糸で身体を吊るような魔法を使っていればいくらでも正せよう。しかしそれでは高速移動の説明がつけられない。
それも、何度となく応酬する内に正体が見えて来た。これまでの高速移動と合わせて考えて、俺は、俺の肌を撫でる“悪寒”こそがケスタの戦略の鍵なのだと気づいた。糸ではなく、その外的な力の正体は。
「風、おまえは風を起こしているのか!」
肌を撫でるように生じる悪寒は、俺の危険察知能力が叫んでいるという錯覚ではなく、実際に起きている空気の流れによるもの。昨日からずっと肌寒い程度に気温が低く、空気が冷たかったから、そこで起こす風が冷めているのは当然だ。俺の肌は、その不自然に吹く冷たい風を感じていた。
「気づくのが少し遅い、ぜ!」
容赦なく顔面を狙う渾身の打拳を両腕でガードする。衝撃を逃がし切れず、俺の身体は防御した姿勢のままでざざあ、と後ろに滑った。
「自分の周りに風を起こして、自分を動かす。殴打や蹴りに乗せてもいいし、こうやって」
ケスタが消える。芝生の草花が舞う。四度目の高速移動に合わせて、俺は何もない空間を叩く。だが、ケスタの打撃を相殺するはずのタイミングで風が吹き。
「移動に使っても良い」
直後、思い切り背中を蹴飛ばされた。
背骨が砕けていたっておかしくない衝撃。いくら効かないとは言っても、その容赦のなさだけはひしひしと伝わって来る。地面に手足をついて勢いを殺しながら着地すると、もうケスタの姿はなかった。
二発目、三発目の高速移動を受け流せていたから、てっきり見切れないものではないと高を括ったが、どうやら自惚れだったらしい。今日、二度目の油断だ。
視界の端にケスタが見えて。
「ごふっ」
姿勢を復帰させるよりも先に、腹を蹴り上げられた。足先が突き刺さって肺が潰され、行き場を失った酸素が口から漏れる。
今の五発目は素直に蹴りに来たが、さっきの四発目にはフェイントが入っていた。今まで通りなら攻撃が来ていたはずのタイミングで風が吹き、高速移動にもう一回、ケスタが移動をプラスしたのだ。
「くそ、……があ!」
蹴り飛ばされた先でカウンターを狙った俺に対し、間を外して今度は側面からの殴打。
見切れないほどの高速移動に乗せた攻撃と、攻撃のタイミングに移動を挟んでのワンテンポ遅れた攻撃。ご丁寧にも、攻撃と移動の間にはほとんどタイムラグもない。最初の何度かで攻撃の合間に時間があったのは、ケスタがわざとそうしていただけで、本来はクールタイムなど存在しないのだろう。
となれば、無理だ、この二つは見分けようがない。
カウンターを見せれば外され、カウンターを控えれば直接当てに来る。俺には高速移動そのものが完璧に見えているわけではないのに、立ち止まって応戦する俺の動きはケスタには良く見えている。そう、なれば応戦しているのは俺ではなく、ケスタの方なのだ。だというのに、攻めているのもケスタの方。高速移動を見破らぬ限り、今の俺には両方を一辺にケアする対処法がなかった。
もちろん、ガードを固めれば攻撃される分には困らないが、これは苦肉の策にもなっていない。カウンターに繋がらず、ただガードするだけでは事態の好転に繋がらない……いや?
「そうじゃ、ない!」
何度、高速移動に乗せた攻撃を喰らったか。ケスタのヒットアンドウェイは完璧で、捉えようがない。こっちから能動的に合わせるには、最初の関門である動体視力から圧倒的に足りていない。カウンターは不可能だ。だったら。
ばこん!
ケスタのストレートが俺の顔面に入った。やっぱり、見ようとして見えるものではなかった。これも気づけばストレートを打ち込まれていたのだ。しかし、例え見えていなくとも対処のしようはあるじゃないか。
「ほお」
ストレートを打ち込んだまま、ケスタが唸った。それまでと同じように拳を入れたはずが、結果がまるで違ったのだから、ケスタの当惑の混じった感嘆は当然のものだった。
顔面を殴られて、俺はその場から微動だにしていない。どころか、打たれたと同時にその太い腕を掴んでいた。
「捕まえたぜ」
直接攻撃の常。相手に触らなければダメージにならないのだから、それはこっちにとっても接触のチャンスである。見える見えないに関わらず、絶対に訪れる接触の瞬間、というわけだ。あの追手の隊長のように、物理的に剣の届いていない範囲を空間ごと切られてしまっては掴めやしないが、拳打蹴打を武器とするケスタなら話は別だ。これでも膂力には自信がある。巨漢と言えど人間一人を抑えつけるなど、何トンあったかも知れぬ鉄塊を砕くことに比べれば造作もない。
「お返しだ!」
すかざず、空いている方の手で顔面を殴り返してやった。逃げられはしない、けれど、ケスタが風の魔法で俺の拳を少しだけ逸らしたせいでクリーンヒットともならなかった。殴り飛ばされたケスタが、まるで効いていない、という風に余裕で着地し、立ち上がる。
反撃、と言い張るにはあまりに少ないダメージだ。が、これでいい。ヒットアンドウェイの内、“
「そう来なくちゃおもしろくねえ。試しにもならねえ」
精一杯に殴って、与えた傷は唇が切れたぐらい。血を拭くこともせず、ケスタが笑う。
「さあ、こっからだぜ。頑丈なだけじゃあ、このテストはクリアにならねえ。大切なのは耐えることじゃなく」
「セイバーを殺し得る、力だってんだろ!」
そう、これは試金石。耐え切れば勝ち、という意味合いの試合ではなく、“俺がセイバーを殺した事実が本当かどうかをケスタが見極めるための”腕試しなのだ。だから俺が、いくら耐久力の面で強さを見せつけたところで、それはケスタを満足させる結果には繋がらない。
俺の再生能力は、突き詰めれば最高の防御手段に過ぎないのだ。勝つための能力ではなく、負けないための能力と言って良い。ケスタほどの攻防一体を相手にすると、自分の“攻める能力”、攻めに転じるきっかけを掴む技術がいかに貧弱かを思い知る。
とはいえ、そういう能力が目覚めるのを待ったり、今から育んでいる余裕はない。
大切なのは、持ち前の再生力をいかに攻撃に応用するか。ティアフの忠告を守った上でそれを実践するには、再生を活かして肉体を極限まで強化し、直接的なパワーへと転ずる他になかった。
言うなれば、身体の中に肉を詰め込む感じ。過剰に再生し筋肉の密度を引き上げる。極論、ケスタの攻撃によって破壊されないぐらいに筋肉が厚く、ケスタの防御を打ち破るぐらいに筋力が増せば、捕まえて殴ってしまえば終わらせられる。
だから、勝負はそう長くは続かなかった。ケスタとしても、俺を倒すには俺を殴り続けるしかない。
「今度こそ決めるぜ、ケスタ」
打ち込んで来た腕を掴む。千載一遇のチャンスがやって来た。俺は思い切り、ケスタの顔をぶん殴ってやった。
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