ちょこれーとday

木陰

それはとても勇気がいること

甘いチョコレートは苦手だ。

唐突にそんなことを思う、サークルの同期からの告白を受けている最中なのに、だ。

想像すらしていなかった告白に私はひどくうろたえてしてしまったのか、彼は優しく笑って返事はいつでもいいからと言ってくれたけど、私の頭は人生で最大のパニックを起こしていて

「嫌い、じゃ……ないんだよ? でも、ごめん」

正常ではない私がとっさに口にしたのは告白を拒否する言葉。

相手の顔を見ることができなかった。

大学に入って半年、周りの人は彼氏だ彼女だと次々にカップルを作っていって、羨ましいと思っていたし、仲のいいグループでいるときも「彼氏ほしいよー」と幾度となくぼやいたことだってある。

そういいながら恋に終わりがあることも私は周りの情報でしっているのだ。

どちらにしろ、自分が告白されるなんて微塵も思っていなかった。覚悟もなかった。

息がつまるような胃が痛くなるような感覚に私はうつむいて下唇を噛んだ。その様子に彼は開きかけた口を閉じて、優しく私の頭を二回叩いて、私が彼をみると笑って「ごめんな」と謝ってくれた。

喉のやけるような痛みに私は必死に涙を、泣き叫びだすのを堪えた。私の選択は正しいはずなのに、どうしてこんなにも私は苦しいのだろうか?



誰もいなくなった教室で一人突っ伏していると

「なぁに、泣いてるの?」

前の方から肩を叩かれる。少し身じろぎをして目線を動かすと明るく染め上げられた茶色い髪に耳元で光るピアスがみえた。

「紫草か。別に……泣いてな」

「泣いてるでしょ。七海振ったんだって?」

顔を無理やり上に向かせられると紫草の顔がよくみえた。

「ほぉら、ウサギみたいに目が真っ赤。」

七海という単語をきいた瞬間からひりつくような痛みが増したように、その痛みに堪えがきかなくなって大粒の涙が頬を伝って机の上に置かれた私の腕を濡らしていく。

「な……で」

声が掠れて上手く言葉にできなかったが紫草はちゃんと理解してくれたのか聞き返すことはしなかった。

「なんでって?さっき七海が私のところに来て、俺の勘違いだったわ。って赤い目しながら律儀に教えてくれたわよ。馬鹿よね、関係壊すような真似してさ。……ほんっとう馬鹿よ」

私の目元を親指の腹で拭いながら呆れたように今目の前にはいない人を思っているようだった。

「由香はさ、七海嫌いだったの?」

どんな顔をしてもいいようにとっさに自身の両手で顔を覆い隠すと感情を抑えつけるように全力で横に頭をふる。

「好き?」

好きか嫌いかと言われたら好きなのだろう。

しばらく考えてゆっくりとうなずくと紫草が両手を外すように暖かな手で包み込んできた。

そして目線を合わせるようにしゃがんだ目をみると予想よりはるかに厳しい表情でまともに顔を見るのが怖かった。

「由香、なら理由を教えて。七海を振った理由。由香彼氏欲しいっていってたじゃない」

理由、と口の中で反芻する。

理由なんてあったのだろうか。友達としてすごく仲が良くて、紫草と七海と三人でいるのが大好きだった。永遠に続いて欲しいと思うくらいに……

「わからないよ」

「え?」

「私、わから、な、い。七海のことは好きだけどそれが恋愛感情なのか友情なのかわからないよぉっ。ねぇ紫草!このまま三人で楽しくいようよ。付き合ったらなにが変わるの?変わってしまうんでしょ?恋に永遠がないのはいくら私だってみんなの話きいてたらわかるもん。だったら友達でいいじゃないかぁ……」

どんどん口調が速くなっていくのがわかった。焦っているのがわかった、それほどに必死だった。

なにに必死なのかと聞かれたらそれは私には理解できなくて止まり掛けていた涙がまた溢れ出す。生理現象のためでてくる鼻を抑えるために一生懸命に鼻を啜って嗚咽を堪えていると紫草は机にポケットティッシュを置いてくれた。

それを私は受け取り鼻を噛むのを待って紫草は話を続ける。

「由香は、七海と他の子が付き合ったらどう思う?」

「他の子と」

「そう、そしたら結局もう三人ではいられないよ。七海の隣は由香でも私でもない。その彼女の物だよ。七海を振ったあんたに邪魔する権利はないよ」

涙がとまった。どろりとした感情が私を飲み込もうとする。結局どちらにしてもなくなることに私は今気づいたのだ。だったら無くなるのなら

「由香、逃げないで」

相手を思って切なくなる感情が独占欲が嫉妬心が恋ならば私は逃げちゃいけないんだ。

「紫草、恋って綺麗じゃないんだね。」

「…知らなかった? 恋って醜いものなのよ。」

「間にあうかなぁ…」

「七海は今部室にいるわよ。間に合わせなさい。」

「いって、くるね」

「いってらっしゃい。早くしないと他の子が七海とっちゃうかもよ?」

意地の悪い顔でウインクする紫草に少しだけ笑って頷いて、小走りに彼のいるであろう部室へと向かう。

まだその手はあけておいて、と願いをひとつに。


この感情がきっとこれから先、友達を傷つけるかもしれない。それでも私は知ったこの気持ちを偽らない。遅くないことを信じてる。途中購買で目に入ったチョコを買う、今日はバレンタイン。

私の甘さを苦さを七海に届けよう。


ねぇ七海、七海の甘さで私を愛して。

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