6月6日  恐怖の日

 やあやあ諸君。

 私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。


 諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。

 私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。




 2017年6月6日『恐怖の日』。


 私は中学生の頃、肝試しと称し友人3名と地元の有名な心霊スポットを訪れたことがある。月は7月、夏休みの事であった。

 肝試しと言いつつ、当時の私達は誰一人として幽霊だとか、怨霊だとか、妖怪だのといった類は信じてはいなかった。ただ夜中に集まり、ただ騒ぎたかった、ただそれだけの事である。ただそれだけの、たわいのない青春の思い出となる《《はず》》だった。


 私達は各自、自宅で夕食を食べてから近くの公園へ集合と言う予定だったものの、その日の我が家は仕事で両親がなかなか帰ってこず、結局私は何も食べずに友人の待つ集合場所へと向かった事を今でも鮮明に覚えている。

 腹は減っていたが、それよりも遊ぶことに夢中だった私には、それ程の問題ではなかった。


 公園につくと、すでに友人3人が自転車から降りて談笑していた。皆に「遅い」と言われつつもその輪の中に入り、私達は目的地に向かったのである。

 そこは、近所では有名なトンネルだった。一車線だが出口までが長く、夜間でも天井の蛍光灯に照らされ、そして交通量は少なかった。

 確証は無いが、どうやら昔そこでひき逃げ事故が発生し、その際に歩行中だった中学生が車にはねられ死亡したそうだ。轢かれた少年は即死とはいかず、誰かがここを通るのを必死に待ったが、交通量の少ないこの場所で、少年の息があるうちに通りかかる者はいなかったらしい。

 以来、夜間に一人でここを歩き抜けると、トンネルを出るときにその少年の呼び止めるような声が聞こえると言った噂が立つようになった。


 その噂を聞き入れた私達は、こうしてそのトンネルの前に赴き、そして最初の一人を公平なジャンケンによって決めたのである。

 その結果、見事私は先鋒を引き受け、一人トンネルの中へと歩き出した。


 声を出しては恐怖心が半減するとし、待機する3人は外で口を固く閉ざし、私はと言うと恐怖など感じていないと主張するべく、後ろを振り向かずにずんずんと奥へと歩き続けた。

 7月とは言え、薄着だったせいもあり夜のトンネルは肌寒い。天井に付けられた蛍光灯が照らすトンネル内、そしてその先に続いているであろう真っ暗な出口に向け、30m程歩いたところで奇妙なノイズがが聞こえ始めた。

 最初は天井に付けられた蛍光灯が切れる音かと思ったが、一つも切れかかっている様子がない。その音は奥に歩くにつれ大きくなり、そして私は奇妙な点に気がが付いた。

 そのノイズは明らかに下の方から聞こえるのである。


 上からならば蛍光灯の、あるいはその電線関係の音で説明が付くだろうが、どう考えても前方下から、何もないアスファルトからそのノイズが聞こぇてくるのだ。

 奇妙に思った私は3人に向け、ようやく後ろを振り返った。だが、そこにはついさっきまで立っていた友人たちの姿は見えず、その瞬間一気に私の背中に悪寒が走ったのである。


 来た道を全力で引き返した私は、それでも心の中で3人がふざけて、私を陥れようとして静かに立ち去り、入口近くに待機しているのだろうと予想していた。

 私が足を踏み入れたトンネル入り口まで


 20m――


 10m――


 そして蛍光灯の明かりが切れる入口まで走り切った時、私の私の頭のすぐすぐ後ろ、丁度左耳の近くから発された声をを確か確かに私は聞いた。




「「「行かかかかななないいいいでででkjふぁhfなあ;あ」」」




「あああああああ!!!!!!!!」


 この世の物とは思えぬその悲痛な声を耳にした私は思わず叫び、全力で入口付近に停めていた自転車を漕ぎ出した。頭の中はすでにパニック状態で、一緒に来ていた3人の事などもう忘れていた。とにかく、一秒でも早くその場から立ち去りたかった私は、自転車が軋むほどペダルを踏みこみ、冷静さを取り返す頃には友人らと待ち合わせた公園にまで戻ってきていたのである。


 公園には3人の姿があった。私を置いて先に帰ったのだろう。いつもなら冗談で済む話だが、今回はそれどころではない。

 からからになった喉に僅かな唾を送り、先程起こった怪奇現象を私が語ろうとした時である。


「おせーよかける。なにしてたんだよ」


「寝てんのかと思ったぜ。1時間も遅刻しやがって」


 こいつらはどこまで悪ふざけをすれば気が済むのだ。

 私は無性に腹が立って言い返した。


「ふざけんなよ! 勝手に帰りやがって!」


「なにいってんだかける? これから行くんだろ?」


 意味が――わからなかった――


 冷静に話をすれば、彼らはまるでふざけてなどなく、ずっと私が来るのを待ちわびていたそうだ。


 ならば、


 さっき私が共にしていた3人は誰だったのか。


 全身に鳥肌が立った。私がいくら説明しても、友人たちにはただの遅刻の言い訳としてしか捉えてはもらえなかった。だが、これからあのトンネルに向かうと言う3人を私はそれだけはやめろと全力で止めた。

 私がいつになく真剣に話すものだから、その勢いに押されたのか、友人たちは私の話に了承してくれ、その日は解散する事となった。


 白昼夢か、ただの妄想だったのか。

 考えても考えても答えは出ないが、ただ一つ言えるのは私は二度とあのトンネルを通らないだろう。


 家に帰ると母親が夕飯を用意してくれていた。食欲は出なかったが、私は一人きりになるのが怖くて居間のテーブルについた。

 並んでいたのはごはんと、魚焼きと、漬物と味噌汁。

 私は味噌汁を手に取り、その温もりにすこし安心した。よく見ると白い物体が浮いている。その日の味噌汁の具は『麩』だった。




 今日、麩の日。




 今日は恐怖の日、特別な一日である。

 我々は本日を祝福し過ごさねばならないだろう。

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