5月28日 業平忌

 やあやあ諸君。

 私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。


 諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。

 私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。




 唐突だが諸君らは今迄一体何人の異性とお付き合いをしたことがあるだろうか。怒らないから正直に言ってみて欲しい。

 片手で数える程か。ならば良い。

 両手で数える程か。ふむ、いつまでも遊べると思うなよ。

 両足を含めても足りないくらいか。いい加減にしろ! お前の様な人間がいるから私の様な人間に回ってこないのだ! ふざけるな!

 と、言いたいところであるが、今日紹介するプレイボーイは、そんな事を言う気も失せるくらいに女性に不自由しなかった。本日、2017年5月28日は『業平忌』である。


 業平忌とは、平安時代の歌人、在原業平ありわらのなりひらの忌日、つまりは命日である。偉人の命日はその名前と忌を合わせ歴史に残る事が多い。だが、この『今日と言う日に祝福を』で取り上げるのは初めての事である。


 在原業平は古今和歌集の序文に記された六人の代表的な歌人、『六歌仙』の一人であり、また藤原公任の『三十六人撰』に載っている平安時代の和歌の名人36人の一人である。つまりは歌人としては名人の域におり、さらには平城天皇の子の阿保親王の第5子として生まれた身分も実力もあるエリートであった。


 だが、在原業平を更に有名づけるのがその容姿端麗さである。ここまでの完璧超人、世の女性が放っておくわけがない。その結果、在原業平は若い娘から99歳の老婆までもを相手にし、枕を共にした相手はなんと3733人と伝えられているのだ。3733人である。3733人!? 正直私もその数字が信じられず何度も調べなおしたが残念ながら間違いではなかった。なんせ毎日違う女性を相手にしても10年はかかる計算である。はあ、凄いですね。正直ため息しか出てこない。


 当時の貴族の恋愛事情は少し特殊であった。男性から気になる女性に向かって和歌を送り、女性側がそれを気に留めれば返信する。今でいうラブレター、いや、出会い掲示板か。そんな出会い方が基本であった。

 先程も言った通り在原業平は和歌の名人である。相手が小野小町であろうが、神の皇女と呼ばれた伊勢の斎宮であろうが彼の和歌は彼女らの心を鷲掴みにしてみせた。この当時に送られた和歌の恋文たちは『伊勢物語』として現代に残されている。気になる異性をラインやメールで落としたいとお考えの諸君らは是非参考にしてみるといいだろう。


 いつもであればリア充共に毒舌を吐き終わるところであるが、今日の私は一味違う。何が3733人だ。全然悔しくない。心からそう言える。

 なぜなら画面の中で理想の女性が私を待ってくれているからである。何を隠そう私は、昨日の拙作を書き終えた後中古のゲーム屋に立ち寄り、『ときめきメモリアル』を購入していたのであった。




 今日は業平忌、特別な一日である。

 我々は本日を祝福し過ごさねばならないだろう。

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