3月24日 日本の無人探査船が世界最深部に到達した日

 やあやあ諸君。

 私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。


 諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。

 私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。




 地上から見れば、どこまでも平坦に続く海面。では海底はどうなっているかと言うと、当然の如く浅いところもあれば深いところもある。一番深いところはどこか。それは日本とインドネシアの間、グアムより僅かばかり東にずれたマリアナ海溝である。本日、2017年3月24日はそんなマリアナ海溝の『世界最深部に日本の無人探査船が到達した日』だ。


 海溝とは、深い海底の中でもさらに凹んでいる箇所を指し、海淵とはその中でもさらに凹んでいる箇所を指す。マリアナ海溝にあるチャレンジャー海淵。日本の無人探査船『かいこう』がその最深部10911mに到達したのは、1995年の3月24日の事であった。


 深度10911mと言われてもピンと来ないだろう。分かりやすく言うならば、地上で最も高いところがヒマラヤ山脈のエベレストであり、その標高は8848mである。つまりはこのエベレストがすっぽりと収まるほど深いわけである。うむ、ピンと来ないな。


 19世紀半ばのヨーロッパでは、深海調査を行う際、その深度が深くなるにつれ生物の数が減った事から、ある一定の深度を超えると、全く生物が存在しない『無生物帯』が広がっていると考えられていた。だがなんと、世界最深部のチャレンジャー海淵にも生物は生きていたのである。そのうちの一匹が『カイコウオオソコエビ』だ。


 太陽光が届くのは、せいぜい海面から200m地点までだ。この太陽光で植物性プランクトンが光合成をし、それが海洋生物のエネルギーへと変わる。さらに深い震度では、落ちてくる死骸や糞などを取り入れる。カイコウオオソコエビが生きるのはその最深部。ほとんど餌が取れない環境下であるが、一体どのようにして生きているのか。


 研究の結果、カイコウオオソコエビは特殊なセルラーゼを保有しており、海底に落ちた木片などをエネルギー源に変えていたと言う。そんな進化を遂げずとも、海面付近まで上がってくればごちそうにありつけるだろうに。それでも頑なに世界最深部に引きこもり続けるカイコウオオソコエビの心の闇は、マリアナ海溝よりも深いのかもしれない。




 今日は世界最深部に到達した日、特別な一日である。

 我々は本日を祝福し過ごさねばならないだろう。

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