1月17日 おむすびの日

 やあやあ諸君。

 私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。


 諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。

 私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。




 本日2017年1月17日は、『おむすびの日』である。

 このおむすびの日が制定されたきっかけは1995年の1月17日、兵庫県南部地震による大規模地震災害、通称『阪神・淡路大震災』にある。


 今の世の中、外を見渡せばそこかしらに食べ物が目に入る。ある程度の小銭さえあれば、いつでもどこでも腹を満たすことが出来る。そしてそれは、1995年にも言える事だった。そんな飽食の時代に慣れ切った人々に、早朝、5時46分に発生した阪神・淡路大震災は、食糧の確保できない恐怖を再認識させる事となる。


 被災者の数で言えば、近年発生した東日本大震災の方が上回る。これは津波の影響と原発の2次災害が大きかった為だ。だが、津波こそ起きなかったものの、阪神・淡路大震災の被害も甚大であった。当時、あまり進歩していなかった耐震技術は、鉄道、高速道路、空港等、多くの交通手段の要を倒壊させた為である。

 これにより、救急、消火に向かった警察、消防関係者は深刻な渋滞に悩まされる。被災者達には被災地から逃げる事も、外部から食料を調達する事も絶望的な状態であった。


 今ではよく聞くようになったボランティアと言う単語。実はこの阪神・淡路大震災が起きるまではあまり知れ渡っていなかった。利益など無論ない。むしろやればやるだけ赤字になる。だがしかし、この地震発生後、現地の被災者のみならず、世界中から被災地へと支援が止まらなかった。


 引用ではあるが、民間企業からの例をいくつか挙げよう。


神戸市に本社を構えていたスーパーマーケット大手のダイエー以下、当時のダイエーグループ企業(ローソンなど)は、震災の一報を東京都内の自宅で知った中内功社長(当時)の指揮により、建物が半壊状態であっても兵庫県内を中心に関西圏の営業可能な状態の店をすぐに開け、在庫のある商品、空輸で届いた商品(食料品以外の毛布、懐炉なども含む)などを破格(菓子パンやおにぎり一個10円等)で提供した。


セブン-イレブン・ジャパンも、地震発生3時間以内に救援物資や食料などを他地域からヘリ空輸するなど、非常に早い対応を行った。地震当時神戸市内に店舗がなかったセブン-イレブンは震災後素早くヘリコプター6機を自社で借り、京都府の弁当製造工場で緊急製造した弁当・おにぎり等約6000人分を神戸市へ空輸し無償で提供した。


任天堂はゲームボーイを5000台とヘッドホン、トランプ3000個を、セガはリコーダー20000本を被災児童に提供した。


神戸市に本社を置く淡路屋(駅弁製造大手)は震災直後本社工場の損害が軽微だったため在庫の材料を使用して製造した弁当を避難所に配布し、その後各事業者の支援のもと工場設備を回復させ避難所への食料支援拠点として活躍した。


 以上wikipediaより


 そして、企業と違い歴史に名は残してはいないが、無数の一般人により行われた炊き出しである。彼らの作ったおむすびに、被災者達は心から救われたと言う。


 以上の事から、米の大切さと、無償のボランティア活動の温かみを忘れぬように本日はおむすびの日と名付けられた。誰かに親切にされた暁には、恩を返すよりまず初めに感謝し、その恩を安易に忘れてはならないと再認識させられる記念日である。




 今日はおむすびの日、特別な一日である。

 我々は本日を祝福し過ごさねばならないだろう。

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