47 蛾、寝台、捨てる

 何か薄いものが顔を撫でた。目を開けると、青い空、広大な森、そしてそれを遮る鉄格子と石の窓。

 ここに閉じ込められて何日経っただろう。ここでは珍しいらしい狼を森で見た、と言ったら村人たちは血相を変えて、たちまち私の部屋を牢屋に変えてしまった。嘘の罰にしてはひどすぎるし、そもそも嘘は言っていないのに。

 大人たちは仕事の時間の合間に遊びにきてくれるし、食事だっていつも食べているものと変わらないけど、やっぱり早く外に出て森で遊びたかった。ちょうど窓が森の方を向いているせいで、ぽかぽかした日差しが逆につらい。

 と、なんだか周りの景色がおかしいことに気づいた。すべてのものがすごく大きく見えて、鉄格子すら森の木の感覚ぐらいに広がっている。ついでに体もふわふわしているような気がして、私はそのまま床に寝転がろうとした。

結果からいうと、私はそれができなかった。倒れ込んだと同時に浮遊感がおそってきて、危ないと思った私はとっさに身を縮こませた。すると視界が一回転して、元の、ものが大きくなった景色が戻ってきた。

 いい加減にネタばらしをすると、私は羽が生えた小さな虫になっていた。硬い殻と節でできた手足は6本もあったが、さっきまで4本足だった私がなぜ自然にこの足を動かせるのかは私にも謎だ。そして体の半分以上もある羽は私が何もしない (ように思っている)間にも勝手に動き、体を大体同じ位置にとどまらせている。当然羽を揺らすたびに体がガクガク揺れるのだが、それもなぜだか気にならなかった。

 体の変化に困惑して、私が触覚をいじっていると、一匹の大きな(いや、羽が大きいだけか?)蛾が近づいてきた。

「初めまして。私は森の魔女。あなたをここから連れ出してあげましょう」

 魔女は私と同じく羽を使って飛んでいるのだが、私と違ってその動きにはなんと言うか気品のようなものが感じられた。魔女の提案も万々歳だし、これは頭のおかしくなった私が見ている夢なんじゃないかと思ったけど、それならこっちで好きなことをしようと、私は彼女について言った。

 しかし現実(?)はそんなに甘くなかった。魔女は自分の家に私を連れて行くと狼に変身し、私を寝台に縛り付けた。この前私が見た狼は魔女で、村ではそれに気づいた人々が私を連れ去られないように閉じ込めていたらしい。私は魔女が油断してかまどに近づいたところを蹴っ飛ばして魔女を倒すと、お菓子でできた家を好きなだけかじり取ってからベットで横になった。そして目が覚めると、私は自分の部屋の床で大の字になって眠っていたのだった。外ではお祭り騒ぎが起きていて、何事かと思ってのぞいてみると、漁師の人たちがぐったりした大きな狼を担いで運んできていた。

 どうやら森で私が見つけた狼を退治してきたらしく、私を始め部屋に押し込められていた子供たちも解放されることになったらしい。ふと握っていた左手を見ると、大きい蛾がくしゃくしゃになって入っていた。何やら不思議な気持ちがしたが、気持ち悪かったので捨ててしまった。

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