火星の子 ~変態~

 今日の授業は少し楽しみだ。なぜなら、俺の気になっていた『完全変態と不完全変態』について学べるのだから。いったい、どんな事なのだろうか。俺は変体だが、変態はしていない。…まぁいい。取り敢えず、学校に行こう。さっきから、窓に石がぶつかっている。見てみると、ヘラが下から投げていた。俺と学校に行こうと誘ってきたけど、自分が遅れそうになると石を投げて催促してくる。そんなことが、日常になりかけてきている。

 「すまない、ヘラ。今日も遅れて。」家から出て、ヘラに話しかけると、「まったくよ。もう宇佐美くんと一緒に行くようになってからというもの毎日遅刻ギリギリよ。少しはこっちの身にもなってよね。次遅れたら顔に石を投げるからね。」頬をプクーッと膨らませ、こちらを見てくる。見た目は可愛いが、言っていることは洒落にならない。取り敢えず全力ダッシュ。毎日この調子で体力が付いた気がする。

 息を切らせ校門に駆け込む。「はぁ、はぁ…、疲れた。いつまでこんなのが続くんだ。」俺が言うと直ぐに「宇佐美くんがいっつも遅いのが悪いんでしょ。こんなのが嫌なら、もっと早く出ることよ。私だってゆっくり来たいわよ。」と全く疲れた様子を見せず返事をしてきた。俺の家から学校まではおよそ3km。その距離を全力で走り切るのだ。それなのにヘラはまだまだ余裕がある。いったい、どんな鍛え方したんだか…。『ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン』鐘が鳴ってしまった。こうなったら、12時を告げられた、ガラスの靴のお姫様張りに走らなくては間に合わない。走り出そうとしたとき。

 「宇佐美くん止まって。」ヘラに引き留められた。「何だよ、間に合わなぃ…グハッ!」言い切る前にお腹に鈍痛が走った。痛みに耐えられずうずくまろうとすると、身体がフワッと浮き上がりそして気付くと、俺はヘラに肩で担がれていた。「きっとこうした方が速いから、ね。そうだ。これからは遅れそうになったら宇佐美くんを私が運べばいいんだ。そうしよう。」なにやら一人でえげつない事をいっている気がしたが今はそれどころではない。

 しかし、直感的に理解し俺は心に誓った事がある。もう、学校に遅刻ギリギリでは行かない。

 

 「さてと、今日の授業は《変態》について教えるのよね…、皆どんな反応するのかしら楽しみねぇ…あら、時間だわ。そろそろ教室に移動しないと、変態するってなると着替えないといけないけど…後で良いかな?行くわよ。ソマリ、ピパ。今日はあなたたちの力も借りないといけないの。」蜘蛛の下半身を持つ女教師。バエルは、分厚い教科書を持ち、王冠を被った黒猫を頭に乗せ、ピパと呼ばれる真ん丸のカエルをお尻に乗せると、カツカツと足音を幾つも鳴らし、教室へと歩き出した。

 「皆さん、おはようございます。」艶のある声が教室に響く。それに答える様に「おはよう~先生。」と、元気な声が響く。生徒の出席は見て確認する。7人しか生徒がいないのにいちいち、出席簿なんかで確認していられない。眼で見た方が何倍も速い。休みがいないことを確認する。「ホームルームは特にこれといって連絡する様なことはないので省略します。それでは早速授業に入りたいと思います。今日の授業は以前から言っているように、《完全変態と不完全変態》についてです。」

 どう進めれば良いのだろうか、取り敢えず、どれだけの子が知っているか、聞いてみるとしよう。「まず、完全変態と不完全変態という言葉を聴いたことがある、という人はいますか?少しでも聴いたことがあるという人は手をあげて下さい。」なるほど、どうやら、宇佐美くん以外の生徒は全員知っているようだ。ここまでは予想通りだ。次に聞くことは決まっていた。「それじゃぁ、この中で、説明できる人はいますか?我こそはという人以外は手を下げてください。」手を上げていたもの全員が手を下げた。ここも予想通りだ。次は具体的な説明か…普通に見せるのが一番かもしれない。「口で説明するより、皆さんがその目に焼き付けた方が良いと思います。準備をします。少々お待ちください。」


 先生が何かを見せてくれるようだ。楽しみで仕方ない。どんなものなのかは全く検討がつかない。先生を待つ時間ももったいない。ヘラに少しでも話を聞いておこう。「おいヘラ。ヘラはどこで変態について知ったんだ。」純粋にそれが気になっていた。「本よ。昔起きた、星と星での戦争の本で知ったわ。変態をすると容姿が変わるそうよ。それはその人一人一人で違うみたいね。どんなのかは知らないけど。…あら、バエル先生が戻ってきたみたい。」と言うと、バエル先生が戻ってきた。しかし、容姿に変化はあまり見られず、唯一変わったとしたら、蜘蛛の巣の形をしたネックレスをかけてきた事ぐらいだろう。何が起こるのだろうと思っていると、「外殻変化チェンジ、ザ·アーマ―」と言い出した。すると、着ている服が淡い光を纏い、変形し出した。光が消えると服は今までとは全く異なる物になっていた。全体的に深い海を思わすような暗い青をしているドレスを纏っている。身体のラインはよく出ていて、背中から腰にかけては大きく大胆に空いているものだった。豊満な胸部には目の赤い黄金の蜘蛛が逞しい脚を食い込ませている。何よりも変わっていることは、「下半身が蜘蛛じゃない…人間の物になっている。」と言うことだ。この変わりようには誰もが行きを飲んだ。

 「ふふふ皆、驚いていますね。良いリアクションですよ。ですが、まだまだ変わりますよ。」とバエル先生が言う。どうやら、まだ続くようだ。「完全変態。永久に眠りし黒猫の王、ソマリ。今こそ我に力を与え給え。」というと、青だった髪の毛は、黒に変わり頭からは可愛らしい猫の耳が生え、王冠が光と共に現れた。腰からは白い羽が一対で生えていた。「これで最後です。毒を支配する蛙の王妃ピパよ。今こそ我に力を与え給え。不完全変態。」と言うと、左手が肥大化し、只でさえ延びていた舌がさらに延び、左目は黒目の部分が紫色になり、白目の部分は黒く変わっていた。背中からはボロボロ出はあるが、悪魔を思わせる羽が生えていた。しかしそれの形は、大きな手にも似ているような気がする。どちらにせよその姿は天使と悪魔と言う二つの相容れない存在を一つの器に押しこんだ様な感じであった。「なんてっこた…。」思わず息を飲む。こんな姿になるとは…。周りを見渡してもこのクラスの誰もがそんな顔をしていた。


 「予想通りの反応ね。ふふふ、驚いていますね。まぁ、無理もありません。初めてなのですから。では、説明に入ります。それではまず、外殻変化からいきましょう。」外殻変化。私の場合、下半身が蜘蛛では戦いにくいから、人の形にしてある。「外殻変化とは、その人が纏っている服を繊維から光、又は闇の粒子に変化させ、体に合った形に変形させる事です。その際、自分の細胞も分解させ変形する事ができます。耳を尖らせる事も尻尾を生やす、事も可能です。」ここまでは基本だ。 

 「次に完全変態と不完全変態について説明します。完全変態も不完全変態も同じことは、生き物と契約をして、自分の体にその力を取り込むという点です。しかし、契約するときの精神状態によって変態は変わってきます。精神がよい方向に向かっているのなら完全変態になりますが、憤怒や嫉妬などの負の精神が強いと不完全変態になります。私の場合はソマリとは完全変態での契約ですが、ピパとは不完全変態での契約となっています。ここまでは、判りましたか?質問等はありますか。」私は出来るだけ判るように話したつもりだが…、果たして、通じているだろうか。……手は挙がらないようだ。

 「それでは、話を続けます。生き物と契約すると、翼を出し入れ出来るようになります。これは、『心の翼』と呼ばれ、契約したときの心の状態が形になりそのまま残されます。後から変えることは出来ません。心が綺麗なほど、白く美しく輝いて見えますが、心がボロボロだと、翼もボロボロになり羽が抜けて骨だけになったりもします。何か質問はありますか。」…今度は手が挙がった。「はい、ヘラさん。何でしょう。」 「質問です。生き物とした契約を解除することは、可能でしょうか。もし出来るのなら、方法を教えて下さい。」ヘラは素晴らしい。そう思った。まさに今それを話そうとしていたのだ。

 「良い質問ですヘラさん。契約したものを解除することは、可能です。しかし、それはとてもリスクの大きいことです。方法としては二つあります。一つは、契約者の変更です。条件としては、相手の器がその契約の変更に耐えられること。もうひとつの条件としては、自分と相手の心が契約の変更を認める事。もし、変更中に別の事を考えてしまうと、二人の体が爆ぜて無くなってしまいます。二つ目の方法は、翼を体から引き千切る事です。しかし、翼を引き千切ると、その翼に込められた感情が自分から消えてしまいます。結論としては、契約を解除しないことをオススメします。」ざっと、説明が終わる。それと同時に授業終了のチャイムが鳴った。「それでは、今日の授業を終わりにします。私からは契約は安易にするものではない。とだけ言っておきます。それでは、さようなら。」廊下に出てから、変態解除を行い、職員室に戻る。「覚醒変態については教えてないけど良いかな、…彼らには危険過ぎるし。」損独り言を呟くと、後ろに何者かの気配を感じた。振り向いてみたが誰かがいると言うわけではなさそうだった。きっと疲れたのだろう。今日はゆっくり休もう…。

 

 「うーん、いまいち分からん授業だったな。」 「宇佐美くんは、途中寝てたでしょ。だからだよ。」ヘラにそんなことを言われた。今日は部活は休みだ。「そう言うヘラは何か分かったのか?」そんなことを聞いてみた。「ええ、まぁ、だけど先生はまだ説明してないことがあるはずよ…。私はそれが知りたい。あ、ここでお別れだね。じゃあね宇佐美くん。また明日。バイバイ。」そんなことを言うと足早に帰って行った。今日のヘラは少し様子が変だった。


 《日付》4月24日 変態については良くは分からなかったが何となくでは理解できた。もし、契約するとなったら俺は何と契約すれば良いのだろうか。できればかっこいいやつが良い。

 帰り道のヘラは少し様子がおかしかったが、きっと部活がないせいだろう。特に気にする必要もないはずだ。明日は何があるのだろうか。楽しみだ。

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