第15皿 スイートピー
カランカラン
「こんにちはー」
「あっ、いらっしゃいませー。1名様ですか?」
「はい。」
「お好きな席へどうぞー。」
入ってみると中は普通の喫茶店のようであった。
椅子やテーブルから、壁も天井まですべて木でできていた。キャンプ場のコテージみたいな。
大きな窓から光がいっぱい降り注いで、天窓に大きなむき出しのプロペラの換気扇がついていて、おまけに小さなシャンデリアがここぞとばかりに主張していた。
普通の、って言ったら失礼かも。とても綺麗なお店だった。
こんな森の中にあるのが不思議なようで、こんな素敵なところなのにちょっともったいないとも思った。
僕以外人が誰もいない。
「ご注文は、お決まりですか?」
さっきお出迎えしてくれた女の子が水を持ってきてくれた。
店にもこの子しかいない。高校生だろうか?金髪だけど、顔は日本人の顔で、少し不思議な子だった。背中まで伸びた髪がきれいで、とてもかわいい子だった。
「えっと・・・メニューってありませんか?」
「メニューはね、無いんですよ。」
どうしろというのだろう、と少し困った顔をした。
「えっと・・・お客さん、今日はどうしてこちらへ?」
「噂で、聞いたんです。狐のやっているお店がこの辺りにあるって。それで一度来てみたくなって、途中で迷子になって・・・さまよっていたらこのお店を見つけたんです。」
と話している途中で、この子が狐な気がしてきた。
「そうですか・・・残念ながらウチは家族で経営している普通の喫茶店ですよ。お母さんは今買い物に行ってて、私一人なんですけど。」
「そっか・・・何かオススメはありますか?」
女の子があごに手を当てて首をかしげて考える。この仕草が妙にかわいかった。
「そうですねぇ・・・アプリコットの紅茶とか、りんごとはちみつのパイとかー」
「うん、うん。」
「リュウゼツランと椿葛和えとかー、トリカブトのハーブティーとかー」
「うん・・・ん?」
「あっ、そういえば今日綺麗なスイートピーが咲いてましてねっ!スイートピーのスウィートポテトとかオススメですよ!」
手を合わせてとびっきりの笑顔をくれた。少しどきっとした。
「じゃあそれで。あとは、アプリコットジャムの紅茶をお願いします。」
「はーい、かしこまりましたー。少々おまちくださーい。」
女の子はてくてくとお店の奥へと消えていった。
☆
「おまたせしましたー」
女の子が料理を運んできてくれた。
小さなスイートポテトが6つ、皿の端っこにスイートピーが3つ添えられていた。
黄金色で、少し表面が焦げていて、芋と花の香りが混ざってとてもおいしそうだった。
そして紅茶が2つ運ばれた。
「2つ?」
「一緒に食べてもいいですか?」
そんなかわいい声でお願いされたら断るわけにもいかない。向かいに座ってもらって、一緒に食べることにした。
銀紙の器をぺりぺりとはがして、スイートポテトを口へ運ぶ。やわらかい。
歯を添えたところから、ほくりとこぼれるようにいもが口の中へところがってきた。
さつまいもの味。溶けるような舌さわり。
これが紅茶によく合った。
最初は何もせずに紅茶を飲んだ。
本当に美味しい紅茶やコーヒーは、何も入れずとも美味しいという経験があった。
この紅茶は少し檸檬の味がして、それでいてほのかな甘みが口の中へと広がった。
「ふふっ、おいしそうに食べますね。」
どこか嬉しそうな顔をして、向かいの女の子が笑顔で紅茶をすすった。
「この紅茶ね、花の蜜を入れてあるんですよ。」
「・・・うん。蜂蜜よりも優しくて薄い甘さがする。」
ジャムをスプーンに少しとってカップの中に入れて、くるくるとかきまぜた。
今度はあったかくて甘い味がした。
そしてスプーン一杯にジャムをとり、口にくわえた。
甘い、あまい、あまい。
どろどろした血のような―少ししつこいくらいの―でも嫌じゃない甘さが口からあふれる。
紅茶を飲む。
口の中でジャムと紅茶が浸透して、この時しか味わえない微かな花の香りを舌の先で丁寧に丁寧に追いかけていった。
彼女がポットをこっちへ向ける。
「はい、おかわりどうぞ。」
「ありがとう。」
綺麗な色の紅茶を注いでもらう。
「スイートピーも食べられますよ?どうぞ。」
女の子に促されて花びらをかじる。
なるほど、口直しになる。やわらかい、花びらを、舌で転がしていじめた後に奥歯で噛みちぎって飲み込んだ。
あまい野菜というか、味のないフルーツというか、その赤いスイートピーの花弁は見た目通りのさっぱりとしてて。
スイートピーの蜜は薄い砂糖水みたいな味だった。
今度は、スイートピーをスイートポテトの上に乗っけて一緒に食べた。
衝撃だった。さきほどの味とは全然違う。スイートピーの花びらが全部砂糖で出来ているような、赤いところほど甘い味がした。
「うふふっ・・・」
彼女が幸せそうな顔をしている。
「何?何か面白いことでもあった?」
「別にー。ただね、人が美味しそうに食べてるとこ見るのが好きなだけだよ。」
その言葉と笑顔にドキっとした。
☆
「ごちそうさま。」
「はい、お粗末様でしたー。」
結局彼女と一緒にお食事を楽しんでしまった。
「えっと、お代は・・・」
「お代はね、いらないよ。」
えっ?
「その代わりに、わたしに料理を教えて!なんでもいいから、あなたの得意料理を一品!」
「う、うん。いいよ。」
「ほんと!?やった! うれしい!ありがとう!!」
女の子の眼がキラキラ輝いた。
そんなにうれしいのか、笑顔で、髪が跳ねるくらい喜んでいた。
「あのさ、そういえば、お母さん帰ってくるの遅いね。」
「・・・うん。」
「もうどれくらいになるの?」
「・・・二年。」
「えっ・・・」
「お母さんがね、すぐ帰ってくるからって出かけてから、もう2年も帰ってこないんだよ。 だから私ずっとひとりぼっちでさ。 だから・・・一緒にお食事出来てうれしかったんだ。」
何も、いえなかった。
はっとして、それから少しして同情した。かわいそうだと思った。思ってしまった。
そしてこの子がたまらなく愛おしくなった。
「・・・ねぇ、何教えてくれるの?」
僕の表情に気付いたか女の子が無理に笑って話しかけてきた。
「えっと・・・そうだな。食パンとかってある?」
「うん、あるよ!」
「フレンチトーストって知ってる?」
「? ううん、食べたことない。」
「じゃあそれを作ってあげる。」
「ほんと!? やった!!」
紅茶にも合う。スイートポテトの材料があれば作れる。なかなかいいんじゃないだろうか。
お母さんが作ってくれた料理の中で、僕が一番好きだったものを選んだ。
食パン、牛乳、砂糖、たまご、これだけで簡単にできる。
まず食パンを4等分する。耳は切ってもいいし、残しておいても美味しい。
ボールに卵を割り、牛乳を適量加えてかきまぜる。
この中に砂糖を入れる。これも適量。紅茶が甘ければ砂糖は少しでいいし、甘いのがお好みならドバドバ入れでも構わない。
これでかきまぜた卵に食パンを浸すだけ。
「ねぇねぇ、食パンそんなにぎゅーってして大丈夫なの?」
「うん、焼けば膨らむから大丈夫だよ。中までしっかりと卵につけた方がいいから、こうやって箸でぎゅーって押し付けるようにしちゃって大丈夫。」
でもやりすぎてパンがつぶれちゃわない程度に。
「これでフライパンで焼くだけ。簡単でしょ?」
「おー、すごいねぇ。いい色。油揚げみたい。」
熱したフライパンをくるくるまわしてバターを溶かして、そこにトーストを置く。
すぐに焼き目がつくので、適当なところでひっくり返す。
中が多少半熟のほうが柔らかい仕上がりになるので、表面が焦げ付かないようにして、それで完成。
「おー、早いねぇ。すぐ出来上がっちゃったね!」
「じゃあ食べよっか?」
「うん! あっ、今度はストレートティー入れるね、まってて!」
「じゃあ、いただきまーす。」
「いただきまーす!」
口に運ぶ。
ふわっと柔らかい、スポンジケーキのような肌さわり。
はくり、ほろりとふわふわなパンを食べた。
「んー!甘い!美味しい!! やわらかくって、いいねこれ!紅茶とも会うね!」
よかった、うまくできて。喜んでもらって。
このフレンチトーストは僕のお母さんの得意料理で、僕の大好きなおやつだったんだ。
「ふっふっふ・・・これに生クリームと花の蜜もかけちゃおー♪」
「うわ・・・何それ贅沢・・・最強かよ・・・」
2人っきりの食事を最後まで満喫した。
☆
「ホントに、お代いいの?」
「うん、いいよ。」
笑顔の彼女。
それが少し寂しそうな、恥ずかしそうな顔になって言った。
「そのかわりさ・・・また、来てね?」
・・・断るわけ、ないじゃんか。
君に会いに来る。これから、何度でも。そのつもりだった。
「今度さ、料理勉強してくるから。そうしたらまた来るからね。」
「えへへー、ありがとう!」
すぐに明るい笑顔になった。
「じゃあ、またね。」
「またのおこしを、お待ちしてます!」
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