花の話

第14輪 ひまわり



ひなた・・・お店で働く女性。ヒマワリという喫茶店が好き。


まつり・・・吹奏楽部の高校生。日廻りという曲が好き。


わたる・・・この町に住む高校生。ひまわりみたいな人が好き。


りんご・・・美大に通う大学生。向日葵の絵が好き。



☆ ☆ ☆



喫茶店ヒマワリ


朝は常連さんが来てくれて、昼食は家族で楽しめる。アフタヌーンティーも充実で夕方ごろには学生のたまり場になる素敵なお店。近所での評判も良かった。



人の少ないお昼過ぎの時間帯。


カウンター席


お客側に青年と、若い女性。


カウンターの内側にこれまた若い女性が一人。



わたる「・・・だってあいつ、「花は好きだけど何の花がいいか分かんない」


    っていうんですよ?女の子としてどう思います?


    ひなたさんはお花何が好きですか?」


ひなた「私はそうねぇ…カーネーションかな?あと薔薇も好きよ。」


りんご「日向はやっぱり可愛らしいね。私は向日葵かな。あと彼岸花。」


ひなた「さすが林檎。趣味がいいわね。


    航くんも花とか好きなの?」


わたる「うーん。俺は桜とか、あとスミレは好きかな。あとひまわり。」


りんご「意外と乙女だね。いや男らしいのかな?」



何の話かっていうと、今度 祭がソロの発表会をするのでお花を渡したいと航くんが考えているのです。


ちなみに航は祭に片思い中。



ひなた「てか何の花が好きか聞いちゃったらサプライズにならないでしょうに。


    アホ可愛いな。」


わたる「あ、そうじゃん!ダメじゃん。」


りんご「でもあの子抜けてるとこあるからわかってないと思うよ?」


ひなた「リンゴはまつりちゃんに何かあげるの?」


りんご「絵が一枚欲しいって言われたけど、


    あげるんなら祭ちゃん題材にして描きたいんだよねぇ。」


わたる「まつり連れてこよっか?」


りんご「いやいや、今大事な時期でしょ?そんなに時間取らせらんないなぁって。


    あたし写実的な表現よりも想像の絵のほうが得意だけど


    せっかくだから祭ちゃん見て描きたいじゃん?」


ひなた「そうねー。そのほうが祭ちゃんのためかもね。


    航君も絵とか描いてあげれば?」


わたる「俺に林檎さんみたいな絵は描けませんよ。


    ひなたさんみたいにおいしい料理が作れるわけでもないし。」


りんご「でも好きなわけだ。かわいいねぇ。」


ひなた「ほんとかわいい。早く告白しちゃいなよ。


    ダメだったら私が慰めてあげるからさ。」


わたる「うるさい。」


りんご「今の日向の発言は聞き捨てならないねぇ。日向は私のものだろ?」


ひなた「はいはい。もう離婚しましょうね。部屋から出てってね?」


りんご「こ、今月ピンチなんでもう少しだけよろしくお願いします・・・」



☆ ☆ ☆



この奇妙な人間関係。


航は祭が好き。これは恋愛。異性として女として好きなのだ。


祭は林檎が好き。これは尊敬。芸術家として先輩として好き。


林檎は日向が好き。これは依存。同性として同居人として好き。


日向は航が好き。これは家族愛。家族として弟として好きなのだ。



航→祭→林檎→日向→航の一方通行の恋や愛が見て取れる。



この関係。航の片思いや日向と林檎の体のことまでお互いがお互いにバレバレで、それでいて認め合っていて、四人どうし仲がいいという四角関係は、その愛のベクトルで素敵な四角形を描き、その関係性で美しい三角錐を作り上げていた。



☆ ☆ ☆



カランカラン



店の扉が開きベルが鳴る。来店者だ。



まつり「お邪魔しまーす。」


りんご「お、祭ちゃんじゃん。今日は部活早かったね。」


まつり「りんごさーん!こんにちは。


    今日顧問の先生が出張で自主練も禁止だったんですよー。」


わたる「まつり、お疲れ。」


ひなた「お疲れさま祭ちゃん。」


まつり「航お疲れ。ありがとー、ひなたさん。」


りんご「わたるも何か部活やればいいのにねぇ。」


わたる「いいんだよ、進学校の勉強はスポーツだから!」


ひなた「わたるは勉強してないでずっとここに来てるじゃん。


    そんな勉強してるように見えないし、このままだと浪人しちゃうよ?」


わたる「いいの!俺は今青春してるから!


    てか林檎さんだって美大行くのに1浪してるだろ。」


りんご「あっ、それいうなって。」


まつり「航、それは失礼だよ。林檎さんは夢を追ってるんだから、


    そういう道を歩いてきたんだよ?こんなかっこいいことはないよ。」


わたる「う・・・ごめんなさい。」


ひなた「まぁおかげで今ウチに居候のご身分ですけど。」


りんご「う・・・ごめんなさい。」





ひなた「そうそう、まつりちゃん!演奏今週末だっけ?


    土曜日だよね、見に行くよ!」


まつり「ありがとうございます日向さん!」


りんご「あれ?私日曜日って聞いたけど。」


まつり「土曜はリハで日曜が本番ですよ。


    アンサンブルコンテストっていうんですけど。」


りんご「まつりちゃんも頑張ってるんだよなー。


    じゃあ約束してたものがんばって描かないとなー。」


まつり「いえいえ!りんごさん美大でお忙しい身なのに


    私のわがまま聞いてもらって申し訳ないです!」


りんご「ちょっと日向さん聞きました?


    私のことをこんなに気遣ってくれる女子高生がいるなんて…」


わたる「美大生は忙しいかもしれないけど林檎さんなんて暇そのものだろ。


    わがまま言っていいぞ祭。」


ひなた「そうよ。まつりちゃん音大行ってもこんな駄目な大人になっちゃだめよ?」


りんご「ちょっとひどくない!?」


まつり「はい、気を付けます。」


りんご「まつりちゃんまでそういうこと言うの!?」



☆ ☆ ☆



土曜日



祭は楽器を運んでいる途中で、誤って先輩の楽器を落としてしまった。


楽器は高価なもの。そして吹奏楽では体より大切なものだ。


重たく硬いケースに守られて幸い楽器に傷はなかったが、祭はひどく落ちこんだ。


楽器運びが1年生の役割で、男子部員が少ないこともあったが、祭は自分を酷く責めた。先輩にいいよと言われても心のどこかで引っかかっていた。



そしてリハーサルで祭はありえないようなミスをした。





喫茶店ヒマワリ


カウンター席に3人。航と日向と祭が座っている。



お店はもう閉店時間を過ぎていた。



わたる「明日本番だってのに何で今日呼び出すかね林檎さんは。」


ひなた「ごめんねまつりちゃん。急に呼び出しちゃって。」


まつり「いえいえ…で、林檎さんはどこにいるんですか?」


ひなた「ちょっと前に家に戻ってったけど


    …てかわたる、その花瓶に入った向日葵は何?」


わたる「摘んできたんですよ。一本。残りは花屋で買ってきましたけど。」


まつり「…何で?」



カランカラン!



大荷物を抱えた人が入ってきた。



りんご「ごめん!遅くなった!祭ちゃん体調大丈夫か?てか時間大丈夫か?」


まつり「え、えぇ…大丈夫ですけど。」


りんご「まつりちゃん今日は何時に寝るつもり?」


まつり「えっと…ご飯食べてお風呂にゆっくり入って


    少しぼーっとしてから寝たいんで


    …そうですね、10時くらいには布団に入りたいですね。」


りんご「おっけ!ひなた悪いけど軽い食べ物つくってあげて!わたる!手伝え!」


わたる「はい…て何を?」


りんご「新聞紙広げてー、水これに汲んできて!


    あと明かりがほしいな。照明集めてきて!」


ひなた「リンゴまさかここで描くつもり?」


まつり「えっ!」


わたる「今!?」


りんご「そう!今なんだよ!今必要なの!時間無いから急いで!」


まつり「りんごさん何で…」


りんご「航が言ってたんだよ!


    まつり元気がなかったって、どうかしたんじゃないかって。」


まつり「あっ・・・」


りんご「祭、本番は明日だ。元気出せ。 …時間ないから始めるぞ。」





店内のテーブルを動かした。床には新聞紙を敷き詰めた。


店内の照明を全部つけて、準備万端!


椅子に向日葵の花瓶を持った祭を斜めに座らせた。


その正面に油絵の具を持ち大きなキャンバスと立って向き合ってる林檎さん。



りんご「えっと・・・8時には終わらせて帰してあげないとね。ちょっと時間足りないなぁ・・・でも本気で行くよ。行くよ!」



僕と日向さん、そして祭が見守る中制作が始まった。



油絵はよく分からない。てか美術がよく分からないが林檎さんはすさまじかった。鉛筆で(よくよく聞いたら鉛筆じゃないらしいけど)下書きをざっくりと終わらせ、何かよく分からないところに色を広げていった。


輪郭も境界線もわからない。そんな空間に色を重ねていった。


色を何種類使っただろうか。3度4度重ねていくうちに全体がぼんやりと見えた。


僕が形を認識したところでその勢いは止まらずどんどん色が加えられていった。


影が、そして光が生まれた。


祭の顔らしきものが出来上がったがそれより何より向日葵が美しかった。


この表現は何だ。この色は何だ。彼女には何が見えているんだ。


林檎さんの目はかつてないほど真剣で、汗も滴り、一言もしゃべらなかった。


猛獣のような眼、猛禽のような眼光、鬼の眼差し、何と形容していいか分からなかった。


これが芸術家の眼か。真剣になった人間の目か。


汗をぬぐうときと、1,2歩下がってキャンバス全体を遠くから見るとき以外で彼女の手は止まらなかった。


こんな集中を止められるわけがない。


だがその役目は俺にあった。



わたる「林檎さん・・・もう、7時50分です。」


りんご「・・・」


ひなた「・・・りんご、気持ちはわかるけど」


りんご「・・・まつり!あとどれくらい大丈夫だ!」


まつり「・・・あと30分でお願いします。」


わたる「まつり!」


ひなた「まつりちゃん!」


りんご「おーけー!おまかせあれ!」



再び30分の沈黙が流れる。


聞こえるのは筆の音、そしてりんごさんの大きな動作、息遣い。



・・・



筆が、止まった。



林檎さんの大きな「すぅ・・・ハァーっ。」というため息と、筆を置く音でその終わりを知らせる。


林檎さんは疲れて新聞紙の床にへたり込んだ。



まつり「・・・すごい。」


わたる「綺麗・・・」


ひなた「わぁ・・・」



向日葵を持つ祭が、色独特で立体感のある白い壁の中にあった。



りんご「・・・まつり、これは明日届けてやる。


    今日はもう帰ってゆっくり休んで寝ろ。明日がんばれよ。」


まつり「・・・はい。林檎さん本当にありがとうございました。」


わたる「まつり、急ごう。遅くなった。家まで送ってくよ。」


ひなた「まつりちゃん、これさっき作ったんだけど、よかったら食べてね。」


まつり「わぁ、ありがとうございます。何ですかコレ?」


ひなた「林檎リクエストの目玉焼きトーストよ。」


わたる「何で目玉焼き・・・」


りんご「無知だなお前ら。目玉焼きは英語で向日葵だぞ?」


わたる「サニーサイドアップだろ」


ひなた「サニーサイドアップでしょ」


まつり「サニーサイドアップですよ」



☆ ☆ ☆



本番の日



日向さん主催でヒマワリで打ち上げの準備をした。



林檎さんはあの後徹夜で絵を完成させていた。



俺はあの夜、祭に髪留めを渡した。花束よりはいいと思ったさ。





ステージに祭が上がってきた。向日葵の髪留めを目立たないところにしていた。



自信に満ちた顔だ。大丈夫だ。



ステージに明かりが照らされ、アナウンスが流れる。


プログラム14番 


山陽高校 


     3年 小日向太陽さん 2年 日下英人さん 1年 向日葵祭さん 


曲名 組曲 カンタータ 土の唄より 「日廻り」



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