第12話 付箋を裏返し



宮崎さんの一日は林檎から始まる。


実家が農家で、家庭でずっと一日1つの林檎を食べるようにと心掛けていた。


朝ごはんで必ず林檎を食べて、それから学校へと行った。


しかし社会人になってから一人暮らしを始め、忙しくなり、朝ごはんが思うように食べられなくなる日が増えてきた。


疲れからか、栄養不足か、簡単な仕事でもミスを繰り返して、その都度上司に怒られてた。



今日も林檎を食べられなかった。


だからといってデータが合わないのは決して林檎のせいじゃないんだけども、もうお昼近い時間帯は宮崎の思考回路をぐちゃぐちゃにした。



「三軒さん。少しよろしいですか?」



「はい?」



仕事でしかしゃべらないような、隣の三軒先輩に声をかける。背は高いのだが如何せん人をひきつけない態度やその風体から、隣の席でもあまり積極的に話すことはなかった。


といっても清潔感はあるので嫌ではなかったが。



「あの、このアンケート結果のデータなんですけど、どうしても本誌とズレちゃって…どうしたら収まりますか? 一応手動で計算してみて、あと表も見直したんですけど…」



うわぁ自分でも何が言いたいのかはっきりしないし頭も回ってないし馬鹿なんじゃないだろうか。



「そうだね…」



それなのに三軒さんは親切丁寧に親身になって教えてくれた。



「ありがとうございます!」



「いえいえ。」



教えてもらったところをメモに取った。



「宮崎さん?」



「はい?」



「その付箋…」



「あっ、これですか?イケメン付箋っていうんですよ。カッコイイですよね!」



先輩こんな付箋に興味があるのか。女子かよ、と脳内でツッコミをいれつつも、かわいいとこあるなとその意外な一面にギャップ萌えしそうだった。



「宮崎さん…いつもありがとう。仕事大変だけどがんばろうね。」



「ふぇっ?! え、えぇ…はい。 こちらこそ。」



突然何を言い出すんだこの人は。



「ん? 何か変なこと言った?」



「い、いえ… 三軒さんにそういうこと言われるの珍しいなって…」



「…そっかな?」



どうした?私に気でもあるのか?いやいやこんな童貞がそのまま大人になりました見たいな人に限ってこんな態度をとれるものか。



…ちがう。私だ。ここんとこ残業続きで疲れが顔に出てたんだろう。それで気を使ってくれたんだ。



失礼なことを思ったなと思いつつも少しときめいてしまった自分が阿保みたいだった。


ならこの気持ちはさっさと決着をつけねばならんな。よし。



「三軒さん、午後は一緒に外回りですよね? よかったら一緒にお昼食べ行きませんか?」



ならば私から積極的になろう。



☆ ☆ ☆



君の隠れ家、という行きつけのバーに千代田さんと来た。


ここで先輩が元ヤンキーと知ってからすっごい仲良くなったもんだ。



「み~やざ~きちゃ~ん!最近三軒君と仲いいじゃーん!どうしたのー!ずるーい!」



「先輩酔うのはやいですよー、てか千代田さんが積極的にならないとあんなでくの坊でも彼女のひとりや二人つくっちゃいますよー?」



「えー、やだー!」



まったくこの人は…



「てかー、あの人のどこがいいんですかねぇまったく…眼鏡で猫背で、おまけに背が高くて、ぶっちゃけ怖いってかキモいですよ?」



「うっせーな!私は強面好きなんだよ!背が高いのもいいだろ?それにあの眼鏡がもう知的っていうかさー、とにかく好きなんだよ!」



「知的ってかオタクみたいじゃないですか?」



「そっかな?あとさ、あいつあの見た目で意外とやさしとこあるじゃん?」



「あ、それは納得。意外とやさしいですよね。元ヤンの先輩とは合わなそうですけど。」



「そうなんだよなー、素が出せないんだよ!まぁこんな姿見せてんの会社で宮崎ちゃんくらいなんだけどさ。」



「それで積極的になれないって先輩なんか間違ってますよ。」



「うぅ・・・宮崎ぃー、私はどうしたらいいかなー?」



飲みは続いていく。



☆ ☆ ☆



私から積極的に接するようになって、3か月後にやっと夕食に誘ってもらえた。


ワインの美味しいイタリア料理のお店。


よしよし!恋愛下手かと思ってたけど最低限の理解はあるじゃない!


三か月もちょうどいい期間だ!まぁ私は一か月くらいでもいいんだけどさ。



パスタよりもラーメンが好きってことは乙女の秘密だ。乙女って年でもないけど。





「あの、宮崎さん。ずっと言いたいことがあったんだけど…」



「っ、はい!」



やっと来たか。何を言われるんだか・・・



「宮崎さん、付箋ありがとう。あれで俺は元気をもらったよ。」



・・・付箋?



「えっと・・・何のことです?」



「前にさ、「がんばりましょうね!!」って付箋を貼ってくれたでしょ。えっと…俺もそのとき頑張ろうねって答えたと思うんだけど。」



・・・あ、あの日か。



「えっ、それ私じゃないですよ?」



「えっだって同じ付箋持ってたじゃん!」



「そーれーはー!どう考えても千代田さんでしょ!千代田さん三軒先輩の事好きですし。」



「えっ、そうなの!?」



なんだこいつら。中学生か。先輩方お二人そろいもそろって甘酸っぱい恋しやがって。



「なんで気付かないんですかねーこうもニブいと千代田さんがかわいそうになってきますわ」



「おい、ひどいこと言うな。」



「あの付箋は女子に人気なんですよ?職場で流行ってて、女性社員みんな持ってますよ?それをあんな勘違いして。」



「ああっ・・・」



「で?勘違いして私を食事に誘った挙句、ほかの女のフォローして。何なんですか私は。」



「すみません・・・」



「その勇気があるなら千代田さんに告ってくればいいじゃないですか。」



「でも、千代田さんは人間関係というか…男性が苦手でしょ?」



「ええっ、知らないんですか? あの人、超がつくほどの不良だったんですよ?」



「えっ!何それ。」



「で、更生して大学行って、仕事に着いたら、もう素の自分は隠したいってことで最低限異性と関わらないようにしてたんですって。」



「それをどこで聞いたんですか。」



「飲み会ですよ飲み会。酔わせたらあの人素に戻って、いやぁカッコよかったですよ?」



「何それ、一回見てみたい。」



「あと、よそよそしくしてたのは三軒さんにだけですからね?好きでもじもじしてたのに勝手に人づきあいが苦手だとか勘違いして。 先輩も結構ズレてますよね。」



「そうだったのか・・・」



「まぁ三軒さんが勘違いして同類だと思い込んで優しく接してたから千代田さんも好きになったらしいですけど。 まー先輩は優しいですからねぇ、わからなくもないですが。」



「褒められてるんだか貶されてるんだか分からないな…」



「馬鹿にしてるんですよ。」



「おいおい、上司に向かってその物言いは…」



「大丈夫、先輩はやさしいですからねぇー。ふふっ。」



会計を済ませ店を出る。



「駅まで送ってくよ。」



「はい、ありがとうございます。」



☆ ☆ ☆



駅。



「…先輩?」



「ん?どうした?」



「先輩がフラれたら、も一度お食事誘ってください。」



「そうだな。期待しないで待っててくれ。」



「ふふっ、じゃあ今日はお疲れさまでした。ありがとうございました。」



「おう、じゃあな。」



改札を出て振り返る。やさしそうな顔しやがって。



私が手を振ると手をグーパーしてくれた。



「あーあ、相思相愛やんけ。入る余地ないわー」



独り言のようにつぶやいた。



「勘違いしてんじゃねーぞっ!ばーか。」



駅のホームで待ってる人に冷たい目で見られたが声に出してスッキリした。



・・・まて、私はあそこで付箋のことを黙ってたら勘違いされたまま告白されてたんじゃないのか?



「私も馬鹿だな。あー、馬鹿正直!」



まぁ馬鹿な先輩と阿保な先輩の恋愛がうまくいくよう見守ってやろう。


そして私も馬鹿正直な彼氏見つけよう。



このとき私は翌朝バカップル目撃することを知らないでいた。

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