リクエスト題材

第11枚 付箋紙



「おはようございまーす。」



誰もいない明かりのついていない部署の扉を開ける。


もちろん返事はない。


時刻は7時20分



タイムカードを押して、自分のデスクに座ろうとするとデスクトップに2枚の付箋が貼ってあった。


「うわー・・・」



デスクに付箋はろくなことがなかった。至急KOKI物流会社に連絡とか、搬入の明細書至急確認とか、そんなのばかり。これが3日も続くと鬱になる。



付箋をはがすと後ろに隠れるようにもう1枚紙が貼ってあった。


眼鏡をかけた男性の吹き出しの形をした可愛らしい付箋紙だった。



付箋で連絡するってのは重要事項だとか緊急の用事だとかそんなのばっかりだからこんな見えなくなる貼り方はまずしない。



8時くらいになると出勤してくる人も増えていき、部署に明かりがつく。


8時30分には全員が席に着くことになる。



千代田さんは来てないなぁ…今日出張だっけか。


なんてことを考えてた。



この付箋紙をくれたのは多分千代田さんだろう。お互いに同期で31歳。可愛らしい女性なのだが男性が苦手なのか、そもそも人と話すのが苦手なのか、あまり関わりにくい女性だった。



かくいう僕も所謂奥手、草食系、コミュ症の類だ。


人と話すのは出来るが一人でいることが楽なのだ。


交際している女性もいなければ自分から告白したこともない。


中学生の時1つ下の後輩に告白されて、まぁ断る理由もないからと付き合ってみたら、3か月後にフラれる始末だ。



僕が身長高くて目つき悪いのも人を寄せ付けない原因かもしれない。いい加減眼鏡の度を矯正しなくては。これ大学時代に買ったものだしなぁ…



「三軒さん。少しよろしいですか?」


「はい?」



作業の手を止める。嫌なことを思い出していたらもう11時近くになっていた。


声の主は僕の後輩。隣のデスクの宮崎さんだった。



「あの、このアンケート結果のデータなんですけど、どうしても本誌とズレちゃって…どうしたら収まりますか? 一応手動で計算してみて、あと表も見直したんですけど…」


「そうだね…」



・・・



「ありがとうございます!」


「いえいえ。」



彼女はペンで紙に書き込むとデスクに向き直った。


紙。



「宮崎さん?」


「はい?」



「その付箋…」


「あっ、これですか?イケメン付箋っていうんですよ。カッコイイですよね!」



彼女が書き込んだ付箋は紛れもない僕のデスクに貼ってあった付箋と同じものであった。



「宮崎さん…いつもありがとう。仕事大変だけどがんばろうね。」


「ふぇっ?! え、えぇ…はい。 こちらこそ。」



「ん? 何か変なこと言った?」


「い、いえ… 三軒さんにそういうこと言われるの珍しいなって…」



「…そっかな?」



彼女のくれた付箋には「お仕事大変だけどがんばりましょうねっ!!」ってかわいい字で書いてあった。


字的に、上に貼られてた付箋的にもこの犯人は千代田さんだと思ってたけど。


多分毎日辛い顔している僕を見かねてこっそり貼ってくれたんだろう。



・・・



「えっ、それ私じゃないですよ?」


「えっだって同じ付箋持ってたじゃん!」



3か月後、宮崎さんを食事に誘って会話してる中で、やっと誤解に気付いた。



「そーれーはー!どう考えても千代田さんでしょ!千代田さん三軒先輩の事好きですし。」


「えっ、そうなの!?」


「なんで気付かないんですかねーこうもニブいと千代田さんがかわいそうになってきますわ」



宮崎は悪酔いするタイプだったか。



「おい、ひどいこと言うな。」


「あの付箋は女子に人気なんですよ?職場で流行ってて、女性社員みんな持ってますよ?それをあんな勘違いして。」



「ああっ・・・」


「で?勘違いして私を食事に誘った挙句、ほかの女のフォローして。何なんですか私は。」



「すみません・・・」


「その勇気があるなら千代田さんに告ってくればいいじゃないですか。」



「でも、千代田さんは人間関係というか…男性が苦手でしょ?」


「ええっ、知らないんですか? あの人、超がつくほどの不良だったんですよ?」



「えっ!何それ。」


「で、更生して大学行って、仕事に着いたら、もう素の自分は隠したいってことで最低限異性と関わらないようにしてたんですって。」



「それをどこで聞いたんですか。」


「飲み会ですよ飲み会。酔わせたらあの人素に戻って、いやぁカッコよかったですよ?」



「何それ、一回見てみたい。」


「あと、よそよそしくしてたのは三軒さんにだけですからね?好きでもじもじしてたのに勝手に人づきあいが苦手だとか勘違いして。 先輩も結構ズレてますよね。」



「そうだったのか・・・」


「まぁ三軒さんが勘違いして同類だと思い込んで優しく接してたから千代田さんも好きになったらしいですけど。 まー先輩は優しいですからねぇ、わからなくもないですが。」



「褒められてるんだか貶されてるんだか分からないな…」


「馬鹿にしてるんですよ。」



「おいおい、上司に向かってその物言いは…」


「大丈夫、先輩はやさしいですからねぇー。ふふっ。」



会計を済ませ店を出る。



「駅まで送ってくよ。」


「はい、ありがとうございます。」



・・・



駅。



「…先輩?」


「ん?どうした?」



「先輩がフラれたら、も一度お食事誘ってください。」


「そうだな。期待しないで待っててくれ。」



「ふふっ、じゃあ今日はお疲れさまでした。ありがとうございました。」


「おう、じゃあな。」



改札の向こうへと彼女が出ていき、手を振る。


手をグーパーして答える。



宮崎もかわいい。いい子だ。


だけど千代田さんのことを考えられずにはいられなかった。


今まで恋愛とは程遠いところで生きてきた僕がどっちの女性がいいか脳内会議を開けるご身分ではないことは重々承知だが緊急集会を開かざるを得なかった。



・・・



「おはようございまーす。」



明かりのついていない部署の扉を開ける。



「おはようございます。」



返事が返ってきた。三軒さんだ。


時刻は7時30分



タイムカードを押して、自分のデスクに座ろうとするとデスクトップに1枚の付箋が貼ってあった。



「うわー・・・ってこれ、三軒さん?」



付箋には、「至急、三軒まで」と書かれていた。



「おはようございます三軒さん。」


「あぁ、おはようございます。千代田さん。」



「あの・・・この付箋三軒さんが貼ったんですよね?」


「えぇ。・・・あのっ、千代田さん。千代田さんは僕のことが好きですか?」



「ええっ!? ・・・何をいきなり!」


「僕は、千代田さんが好きです。」



何もかも突然すぎて驚いた。


好きだった男性にいきなり告白をされた。



てかここ仕事場なんですけど!今朝なんですけど!!


今から仕事なんですけど!!!



「ちょっと、ここ何処だと思ってるんですか!あなたは阿保ですか!」


「すみません・・・」



「…やっと気づいてくれたんですね。 私も…好き」


ドンッ!



「おはようございまーす。」



「!!」


「!!」



入ってきたのは私の後輩宮崎さんだった。



私たちを一瞥してジト目でもう一度あいさつされた。


「・・・おはようございます。」



「お、おはよう。」


「おはようございます。」



「先輩方、誰もいないからって社内でイチャつかんといてくださいな。しかも今朝ですよ?」



「「ご、ごめんなさい・・・」」



私も三軒くんも愛しさと切なさと恥ずかしさで顔が赤くなった。



付箋にペンで書きこんで一枚はがし、三軒君のほっぺたに張り付ける。



「じゃあ、また後でね。」



席について、ほっぺたの付箋をはがして赤面する彼を見て私も悶えてしまった。




________________________


今度そういうこと言うの


2人っきりの時に


してくださいね♡


________________________



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