第9話 人は死んだら猫になる
「猫を大切にしなさい。」
ってのは小学校で教わることだ。
何も動物愛護ってわけじゃない。この国では人は死んだら猫に生き変わり、猫が死んだら人になるという伝承が信じられている。
この国と言っても東北の一部だけの信仰で、この國といった方が正しいだろうか。
実際、大人になって知らない土地に来たはずが何故か懐かしくて心地よくて、その情景のことが妙に頭に引っかかったりする。
夢の中で会ったこともない知らない人や知らない土地が何度も繰り返し出てくる。
初めて会ったのに5分後にはその人と昔どこかであったんじゃないだろうかと思うこともよくある。
経験ないだろうか?
これは全部前世の猫の記憶だって言われてる。
だからこの国では猫は人間同様大切に扱われている。
そんな国のお話。
・・・
ガシャッ
「よっ、遊びにきたぜ。」
ピンポンもノックも無しに家の扉があく。声を聴かずとも誰だかわかった。大学同期の金籠というやつだ。
「もう、勝手に入ってこないでよ。着替え中だったらどうすんのよ馬鹿!」
まぁこいつが来るのはいつも同じ時間だから、いつ来るかわかってるしそんなことないんだけどね。
「何言ってんだお前家の中じゃいつもジャージ姿だろ?」
「~~うるさい!もう、あっちいってよ!」
「そっか、急にきて迷惑だったか。悪かったな。」
「あっ・・・まって!」
「ん?」
「え、えっと・・・その・・・その荷物は何?」
「あぁ、これか?クッキー持ってきたんだ。手作り。一緒に食べようと思って。」
「そ、そうなの? それじゃあしょうがないわね。上がってゆっくりしていけば?紅茶もちょうど入れたところだし。」
やった。クッキーのおかげで一緒にお茶をする口実ができた。ナイスクッキー。
(追い返さなきゃ普通にお茶出来たことを忘れている。)
「お、優しいな。」
「ち、違うわよ! あ、新しく紅茶買って飲もうと思ってたの!ついでよ!ついで!」
嘘だ。
ほんとはこの時間にこいつが来るのはわかってた。
わざわざお湯を沸かして待ってたのだ。
「はいはい、じゃあっ少しお邪魔するわ。」
「ええ。あがって。テーブルで待ってて。」
紅茶の準備をする。
「おっ、いい香りじゃん。ダージリン?」
「アールグレイよ。あんたはいつも適当ね。」
毎週火曜と金曜日。バイトもサークルもない日。
こいつはいつも私の家に来てくれた。
私が独りぼっちなのを気にかけてくれて。
優しくしてくれてるんだ。
それなのに、私は…
周りの人と話す勇気がなくって、
そしてこの人にさえ素直になれずにいる…
「…で、それが最高の幸せだと思うんだよね。 …おい、凛?聞いてるか?」
「…えっ?あぁ、うん、ごめんなさい。」
「なんだよー。で、お前の幸せって何なんだ?」
「そうね…友達が欲しい…かな。」
友達、か。
金籠は色んな友達がいて、いっぱい知り合いがいて、私なんてそのうちの一人でしかないんだ。
私はあいつの一番になれない。
「あはは。お前おかしなこと言うな。友達なら目の前にいるじゃんか。」
「・・・ばかっ。 で、あんたの幸せって何よ?」
「そうだなー、好きな奴と結婚して、子供は2人欲しいな、それで一緒に暮らして、老後まで恙なく過ごして、そんで相手に一日でいいから長く生きてほしいかな。」
「なにそれ、贅沢。」
「まあそうだな、好きな奴より先に死ねるならいいかな。」
「ほんと、あんたバカみたい。」
ホントに馬鹿だ。
なんでこんな私にこんな優しくしてくれるんだ。
・・・
「じゃ、紅茶ごちそうさま。また来るよ。」
「あっ、今度の金曜日は私いないわよ。ちょっと東京のほうに用事があって。5時くらいには帰るつもりだけど。」
「そっか。じゃあ帰ってくるまで待ってるよ。」
「馬鹿ねぇ。そんなに私に会いたいの?」
「おう。じゃあな。」
バタンッ
・・・何よそれ。期待しちゃうじゃない。
・・・喜んじゃってもいいのかな。
・・・
金曜日
午後 2時46分
私は東京でそれを受けた。
地元の東北大はそんなに深刻な被害はなかったが、金籠の実家は海辺近くだった。
あいつは、私を、待ってるって言っていた。
まさか。
とてもとても心配だった。最初によくある地震だと思った。次にここが東京だと理解した。そしてその異常事態を認識した。自分の身の安全を確認できたら、どうやって帰ろうか迷ってしまった。そして周りの人の話が聞こえてきて、東北がどうなっているか想像した。信じられなかった。新宿駅のスクリーンを見て、噂が本当だと知った。そこからあいつのケータイに電話したが出なかった。何度も何度も電話した。それだけでケータイの充電が赤くなり、あわてて電話を掛けるのをやめた。
それから寝るところをさがし、ひとまず実家のある群馬まで帰ろうとした。
しかし私は早くあいつに会いたかった。
実家までの電車がまず動かなかった。一か月は動かなかった。
実家に帰れてやっと涙が出た。
それからぐっすり12時間は眠った。それからお腹いっぱいご飯を食べた。
群馬ですら近所のスーパーコンビニ全部食べ物がなくなって、ガソリンも皆無であった。
お腹がいっぱいになりよく寝たところでやっと世界が心配になった。
テレビインターネットラジオ全部つけて情報を集めた。
電報も初めて使った。
東北大学に帰れたのは震災が落ち着いてきた3か月後だった。
後期の授業の単位は全部なくなったと思ったが春休み終わる直前の4月初めに追試を受けることができた。でも受かった試験なんて半分しかなかった。
あいつのことが心配だったんだ。勉強なんてできるはずもない。
私は人見知りだ。友達なんていなかった。
でもあいつのことを探した。大学の行く人ゆく人に金籠のことを聞いて回った。
そしてあいつの友達から、あいつはあれ以来大学にきておらず、テストも受けてないと知った。
ケータイにも連絡がなかった。
あいつは・・・
行方不明の欄にもあいつの名前はなかった。
あいつは今、生きてるんだろうか、それとも・・・
・・・
1年が過ぎた。
あれから私も少しがんばって、話せる友達も増えたんだよ。
震災のボランティアも大学そっちのけでやってさ。
がんばってたら、いつかどっかであなたに会えるんじゃないかって。
今日は金曜日。
みゃあ
「ふふっ、お前は毎日毎日うちに来るねぇー。よしよし。」
黒猫。生後1年くらいだろうか。
何か図々しくてふてぶてしくて、
でも私が寂しいとき頭をぽんぽんしたり尻尾でぺちぺちしたりして
まるで誰かさんみたい。
みゃぁ?
「なんでもないわよー。」
猫の首をゴロゴロさせて頭をちょいちょいする。
気持ちよさそうにしちゃって、もう。
「あんたまさかアイツの生まれ変わりだったりしてねー。」
「みゃぁっ」
「えっ、ほんとにそうなの!?」
「んなわけないだろ」
「えっ」
驚いて声のする方を振り返る。
聞き覚えのある声だった。忘れることなんてない。
「よっ、遊びに来たぜ。」
「あんた・・・今までどこで・・・!」
みゃあ?
トン・・・
「泣くほどうれしいか。よしよし。」
「馬鹿! 何してたのよ!」
ギュッ・・・
「ばかっ・・・おかえり。」
「おう、ただいま。」
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