理系な話
第4(m/s) 第二宇宙速度に
~求めるだけでー行けたらーいいーのになー♪
「何の歌?」
「インディース時代のー、って言ってもわかんないか。こういう曲があるのよ。」
「ふぅん。」
りっちゃんが目の前で鼻歌交じりに小さく歌詞を口ずさんでいる。
周りの誰も知らないで自分が好きですきでたまらない曲ってのは他人に聞かせたくなるものだ。わかる。
これが放課後の帰り道だったら話題に乗っかってやるところだ。
でも残念ながら今はテスト期間であり、私の部屋で猛勉強中だ。そんな余裕はない。
「りっちゃん明日どうする?図書館いく?」
「んー、ファミレスがいいなぁ。ちーちゃんは?」
「家だと絶対やんないから図書館いこうかな。」
「いや、ちーは絶対明日寝て過ごすな。もしくはネットで一日つぶれてそう。」
「ありえるw」
「ダメじゃんw」
りっちゃんはどこでも集中できるすごい奴だ。
特に周りがうるさいところで勉強をしていると「あっこの中で私だけ勉強してるわ偉いわ。」みたいなこと考えてるらしく電車の中が最高の環境らしい。
最近はファミレスに入ってコーヒーとかドリバをため込んでお気に入りの音楽を聴きながら勉強するのにはまってる。
逆に自分の家では一切勉強しないらしい。
かくいう私はちーちゃんって呼ばれてる。
私はうるさいところがとにかくダメで、学習室か図書館に行かないと最大の集中は発揮できない。
テレビや動画を見ながら勉強をする人の気が知れない。あと勉強するときに音楽を聴くのもあまりやらない。
そして成績はりっちゃんが理系でめちゃ良くて、私は文系で平均に滑り込むレベル。
どうしてこうなった。
「あーもー、やってらんない!」
「どうした急に、勉強飽きた?」
「いやもー、なんでりつ文系来なかったん?女子で理系ってありえないし!何で文系じゃないの?勉強教えてもらえないじゃん!」
「んー、数学なら教えられるけど。」
「何で化学とか生物とかやってんの?クラスも別れちゃうしさぁー。」
「いやいややってないから、物理地学。別物。」
「知らねーわ。」
「世界史と地理と日本史と政経倫理くらい違うわ。」
世界史も地理も日本史も政経倫理も苦手なのでどれも同じものだと思った。
ちなみにりっちゃんと私は同じバレー部だ。
そうでもなければこんな頭理詰めの人間と科目の違うテスト勉強などやるものか。
「理詰めって意味違くない?」
「いいの、これ絶対流行るから。てか流行らせる。これからはこういう意味になっていくんだから。」
JKの流行語はマスコミが乗っかれば次の年の国語辞典に載るって雑誌に載ってた。
鳥肌立つだって負け犬だってお前ら意味違ってんだよってツッコミたい。
でも役不足とか役足らずとか間違った意味がそのまま浸透しちゃうの言葉の面白いとこだと思う。
「てかさー、勉強やだー。勉強好きだけどテストがやだー。バレーしたいー。」
「あんた部活中は『部活やだー、勉強でもして疲れずに過ごしたいー。』っていつもいってるくせに」
「ほんとさー、意味ないこと多すぎんのよ。オーストラリアの民族覚えたからって何になるのよ。宇宙速度って何なのよ! 作者の気持ちでも考えてた方がよっぽど有意義だと思わない?」
「…そうだねー。」
私の集中力が切れてこんだけべらべらとお話ししてるのにこいつときたら問題を解く手を止めない。りつの脳内は右脳と左脳で別れてるんじゃないかと思った。
「宇宙速度って地学?」
「いや、ぶっつり学。」
「何それ。」
ここで、やっとりっちゃんの手が止まった。幼稚園くらいの男の子が、ミニカーを見るような、そんなわくわくした目つきで私を見つめる。
イヤホンをはずし、にやりと笑ってさも楽し気な口調で聞いてきた。
「教えてあげよっか?」
「お、お手柔らかに…」
「まぁね、簡単に言うとね、第二宇宙速度はこの地球から飛び立つための速さよ。そんだけ速ければ重力に逆らって宇宙に行けますよって。」
「へー、私たちみたいじゃん。」
「ん?」
「高校生みたいだなって。受験とか部活とか忘れてさ、親や教師に逆らってどっか遠くに行けたらいいなって。」
「ちーちゃん詩人ですなぁ。いいね、そういうの。」
「で、だいにってことは第一もあるの?」
「そそ、第一は簡単に言うと、地球に落ちないための速さだね。」
「ふーん。」
ちょっとわかりにくいな。
「あー、そうだね。衛星ってあるじゃん?あれ地球の周りグルグル回ってるの知ってるよね?」
「あー、うん。わかる。」
「それで、地球に落ちないように回ってる速度が第一宇宙速度。んで、地球からロケット飛び出して宇宙まで逃げ切っちゃうのが第二宇宙速度。」
「あー、わかりやすい。りっちゃんが先生だったらわたし物理できるかも。」
なんてこと言ったらりっちゃんが解いたノートのアルファベットだらけの導入式を見せられた。
下線の引いてあるとこがV=√(2GM/R)か。多分これが答えなんだろう。
ルートの中に分数をぶち込むな。計算できないだろう。
「無理ね。」
「ふふっ、テスト終わったら説明してあげるね。」
そっか、宇宙って世界なんだ。
みんな仕事したり学校行ったりで忙しく動き回っている。
だって動いてないと下に落ちちゃうんだもん。これが第一宇宙速度。
そして目標持って上だけ見てコツコツがんばって自力でめっちゃ速くなった奴らがホントの宇宙まで行けるんだ。みんなの遥か高いところへ行けるんだ。
「あー、これで小論文かけそうだわ。」
「私も。ちーちゃんよりうまく書く自信あるよ?」
「なにそれ。」
「はい、勉強もどろ? 手ぇ動かしてー。」
りっちゃんはイヤホンを入れなおして勉強に戻る。
でも左耳はつけてなかった。
あーあ。こんな世の中から逃げ出したい。いや、飛び立ちたい。
りっちゃんがまたあの歌を口ずさむ。
てか物理をやってるときりつは毎回この歌を聴いてる気がする。
「あー、学校やめてどっかのイケメンの王子様に誘われて海の見えるお城に住みたいなー。」
「りっちゃんでもそういうこと考えるんだ、意外かも。」
「女の子はみんなそう思うでしょ?」
「まあね。」
私はりっちゃんと、二人で、ちっちゃくてもいいから一軒家借りてさ、一緒に住みたいって思ってるんだ。
海も見えるといいな、それで二人で幸せに暮らすんだ。
たまに彼氏とか家に連れてきてさ、フラれた日には酒かってきて一緒になぐさめあってさ。
そんな大学生活を夢見てんの。
「なのに理系行きやがって。」
「ん?何?」
「なんでもないよー。くっそどうしてりつは頭がいいのよ。」
「ふふ、ありがと。」
「褒めてなーい!」
あーあ
第二宇宙速度に思うだけで行けたらいいのに―
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