第3峰 モンブラン



「ねぇ!見てみて! 白くてすっごいきれいだよ!」


「ちょっと待って…左ハンドル慣れてない…」



はじめて走る道、国、ルール。そりゃおぼつかないもので。


運転に集中しつつ右目を隣の女性のほうへと流す。



「…おぉ、見えたよ。」


「ね!見えるでしょ? どうどう?」


「…綺麗だね。」


「でしょー? へへへ!」



何故か自分のことのように自慢げで誇らしげな彼女がかわいかった。



「綺麗だねー、モンブラン。」


「うん。すごくきれい。」



モンブラン



この山のためにわざわざフランスまで来た。



フランス語で Mont Blanc. イタリア語ならMonte Bianco.


白い山、だ。


フランスとイタリアの国境に位置する、ヨーロッパアルプスの最高峰。


標高4810.9mで富士山の天辺より1kmも空に近いところにある。


西ヨーロッパ最高峰の景色は本当に美しかった。


フランスではしばしばLa Dame Blanche(白い婦人)という別称で呼ばれる。



「いやぁー、いいですねぇ。こんだけ綺麗だと登りたくなるねー。」



隣で僕の白い婦人が元気にしゃべる。



「そうだね。登りたかったね。」



僕は登山家で彼女はクライマー。学生時代に出会って、そのまま結婚した。こんな美人を嫁にいただけるなんて、僕みたいなぶ男には不釣り合いだと思った。



恋人同士の趣味や嗜好は似るもので、僕ら夫婦はお互いにスポンサーを見つけプロの登山家になった。



2人でエベレストに登れたらいいねーなんて、そんなことを夢見てた。



「…ごめんな。お前だけでも登ればよかったのに」


「そんなこと言わないで! 一緒に来たかったんだから! ねっ?まだまだフランス旅行は始まったばっかりですよ?」



「…そうだよね。ごめん、変なこと言って。 楽しまなくちゃね、もっときれいに見えるとこまで行ってみよ?」


「うん!そうこなくっちゃ!」



彼女はもともと明るくて元気ハツラツな性格だ。


そんな彼女が無理して明るくふるまうようにしてるのが耐えられなくって、彼女の空元気になんとか答えようと思った。



「…このへんでいいかな?」



それから数十分走って、ちょうどいいところを見つけた。


人気のない開けたところに車を停める。


モンブランも底辺から頂点まではっきりくっきりと見える。



「運転お疲れさま。ちょっと降りてみる?」


「そうだね。降りよっか。」



「あっ、ちょっと待っててね!」


「大丈夫だよ。」



扉を大きく開ける。心地よい、だが少し冷たい風が駆け抜けた。



「いいよー。降りて。」


「うん、ありがとね。」



車から降りて、彼女が用意してくれた椅子に座り込む。


彼女も簡易的な椅子だが僕の隣に座る。



山に慣れてるというか、根がアウトドアというか、こういう折り畳みのいすは常に持ち歩いていた。旅行中だってのにね。



「んー!やっぱ車の長旅は疲れるねぇ、風が気持ちいい! ちょっと寒いけど。 で景色がいいねぇ、来てよかったね!」


「そうだね、いい景色。お茶にしたいな。」



「あ、そうだよね! さっき有名なお店で紅茶とケーキ買ってきたんだった! ここで食べよっか?」


「あー、うん、そうだ。 後部座席に…」



「いいよ、後部座席だね? とってくるよー。」



フットワークの軽い彼女。


保温ポットと、ケーキと、さらに持ち運びの机まで持ってくる。



「はい、ケーキ! ふつうのモンブランとホワイトモンブランどっちがいい?」


「どっちでも…いや、ホワイトかな? この景色見ちゃうと。」



「だよねー。私もホワイトがいい! …ジャンケンしよっか?」



・・・



「…ごめんね、勝っちゃって。一口食べる?」


「うう…いいよ。モンブランおいしいから。」



「そんなすねないで。 はい、あーん。」


「あー・・・ん?んー!おいしい! ホワイトのほうが甘いねぇ!いいね!」



モンブランを見ながらモンブランを食べたい!なんて言われたときは笑ったがなかなかいいものだ。



この絶景よ。



青い空に薄い雲。それが視界全体へ広がる。 そこに白い山が大きく構えている。


山の白と雲の白が混ざって境界線がなくなる。



フランスと気取っていても田舎は田舎。多分全世界共通の景色だ。 何故か実家の長野のあの幅広い田舎道が、だだっぴろい駐車場が思い浮かんだ。



「ごちそうさまでした。」


「ごちそうさまでしたっ!」



「いいね。」


「おいしかったねー!流石フランスのケーキ屋さん!」



「…モンブランの上でモンブランを食べたら、もっとおいしく感じるのかなぁ。」


「え、何それ面白い。 じゃぁ登らなきゃだよ?」



「…登ろうよ。 何年かかってもいいから、二人でさ。」


「えっ・・・ほんとに?」



「うん。」


「ほんとに?! うれしい! 絶対だよ! 約束だからね!」



彼女が横から僕の肩を抱く。 少し涙ぐんだ声と、飛び切りの笑顔をくれた。



そっか、そんなに喜んでくれるのか。 来てよかったな。



「そっか、ありがとう。今までごめんね。」


「謝ることないよ! ううん、うれしい!」



「…じゃぁ、そろそろ行こっか?」


「そうだね、そろそろ行く? あっ、待って。」



「いいよ、一人で大丈夫。」


「いやいや、お任せくださいな。」



彼女が僕の車いすを押してくれた。

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