第2粒 チョコレート



「ちーよーこーれーえーとっ!」



大股で軽快に飛び跳ねる。


跳ぶたびに後ろでくくったポニーテールの髪がふわりと跳ね上がり、一緒にひらひらのミニスカートもふわりふわりと浮かび上がる。


ローファーで、制服で、よくもまぁあんだけ飛び跳ねられるものだなぁと感心した。



千裕は6歩歩くとその場で俺のほうに振り返り、そして遠くから叫ぶ。



「次ー!いくよー!じゃーん、けーん、ぽん!」



俺  グー


千裕 パー



パーで勝ったら6歩進む。



「ぱーいーなーっーぷーるっ!」



彼女の背中がさらに遠くになる。



「次ー!いくよー!」


「ちょ、ちょっと待った! もう降参! もうやめよ?」



千裕のもとへ走って追いかける。



「へへー、やったね。私の勝ちだね。」


「あのさぁ…お前恥ずかしくないの?」



「別にー? 昔こうして遊んでたじゃん?」


「そりゃ小2の時とかだろ。 今お前年いくつだよ?」



「17!」



そう、俺らは高校生だ。


冒頭の声だけ切り取って作文にでもしたら幼稚園の可愛らしい男の子と女の子が遊んでいるようにしか聞こえない。



「じゃぁカバン持ってね。図書館まで。」


「はいはい・・・」



今は高校3年の2月15日。私立の入試が終わってこれから国立の入試って時期。学校の授業は午前で終わり、そのあと近所の図書館まで行くのが日課になってた。



学校生活も残り少ない。授業がない分友達と会う機会も減って、その代わりと言ってはなんだがダチと時間いっぱいまで勉強して、一緒に帰るのが毎日の楽しみだった。




残り少ない大切な時間を、無駄づかいして過ごしている。




それが僕らにできる最後の青春、最後の反抗期の謳歌だった。




「どう?勉強は順調?」


「んー、まぁギリギリB判定だしなぁ。過去問はまぁ解けてるから大丈夫だけど。そっちは?」



「順調だよー。もう勉強したくないなー。」


「だよなー。俺私立受かってないから割とやばいんだけどさ。」



「まぁ第一志望はいけるでしょ?」


「どうだろうねー。いけるといいなー。」



いけるでしょ?って聞かれたときに顔を下からのぞき込まれて少しドキっとした。


男友達との時間を大切にしたい。だけどこいつも小学校からの大切な友達だ。


もうこいつともこうやって一緒に下校することもなくなるんだよな。


そう考えると何か少し寂しい。



「もうこうやって二人で帰ることもなくなるんだね。」


「あ、それ俺も今考えてた。」



「ホント?ふふ、気が合うねー!」


「そうだなー。あの遊びも昔よくやってたのに、いつの間にか二人で遊ぶことって少なくなったな。」



「でしょ?私少し寂しかったんだよ? 昨日のチョコレートだってさぁ。」


「あー、うん。ごめんごめん。」



千裕も俺も国立を受験する。


ちひろは私立もいいとこ受かってて第一志望も余裕の判定が出てて、それでも彼女の性格から言ってコツコツと本番まで手を抜かずに勉強しているはずだ。



小3の時からバレンタインの日にチョコレートをもらうようになってた。


義理だけど高2までずっともらってた。


でも今年は受験勉強をしてほしいと事前に俺のほうからいらないと断ってた。


ちょっと残念そうな顔をしていたけどまぁお互いのためだから。



「・・・ねぇ」


「何?」



「カバン、開けてみてよ。」


「ん?お前の?」



「そう。・・・ちょっと開けてくれる?」


「おう。・・・ん?何これ?」



彼女に持たされているカバン。その中に綺麗に包装された包み紙が入っていた。


どう見てもチョコレートっぽいなぁと思って取り出してみたらやっぱりチョコレートだった。



「おい。」


「なあに?」



「チョコじゃん。」


「チョコだよ?」



「作らなくていいって言ったよね?」


「だって、渡したかったんだもん!」



「お前さぁ・・・」


「大丈夫!ちゃんと勉強してるから! 渡せないと余計に気になっちゃうんだもん。 それに今日は2月15日だよ、バレンタインデーじゃないよ?」



「あー、はいはい・・・」


「てか、いいから食べてみてよ。 カバン私が持ってるからさ。」



帰り道もあと少し。立ち止まって袋を開ける。


中には形の整ったチョコレートがきれいに並んでいた。



「おっ、今年のめっちゃきれいじゃん。おいしそう。」


「そう?」



「いただきます。ん・・・おいしいな。」


「ホント?よかった。」



「なんかフツーにお店で出していい感じの味だな。おいしい。」


「そっかそっかー。」



彼女が隣で笑顔を見せてくれる。ポニーテールにこの笑顔は彼女のかわいさを100倍にしていると思う。



「・・・ねぇ、ほかに感想ないの?それだけ?」


「え、感想?うーん・・・」



「いいよ、正直に言って?」


「うーん、そうだなぁ。 美味しいし、形もよくって去年のよりすごくいいよ。 てかこのチョコちひろのっぽくない。」



「何それ?酷くない?」


「いや、ごめんごめん。 まぁこのチョコおいしいけど、昔の感じのも好きだったよ。 ほどよく苦くって、俺好みというか。 うん、今回のは甘すぎだな。 ・・・って何ニヤニヤしてんだよ気持ち悪いな。」



「えへへー、 何か気づかない?」


「ん? ・・・あぁ!これ買ってきたの?」



「そそ! ちゃんと言われたこと守ったんだよ! 今回は手作りじゃなくて買ってきたやつです!」



あー、これは、そうか、恥ずかしい、市販のチョコよりあいつの手作りが好きって言っちゃったのか、てかこいつ可愛いな、ニヤニヤしてるのそういうことだったのか、そっか、あー、もう、何で気づかなかったんだ、阿保か、恥ずかしい人か、



「ちょっと、何で顔赤くなってんのよ。」


「は?別に赤くなってねーよ。 なってる?」



「耳まで真っ赤だよ。」


「あー、まって、ほんと恥ずかしい、てか少しうれしい。」



「ふふふ、てか苦いのが好きなんだっけ?」


「いや、甘いのが好きだったんだけど。センター試験の時にさ、キットカット食べ過ぎて少し嫌いになった。」



「そっかそっかー。ん?じゃあ今までの私のチョコおいしくなかったってこと?」


「さぁ?」



「ちょっとー!」



起こる彼女もふてくされる彼女もかわいい。



「じゃぁいいよ。ちょっと口開けて? あーん。」


「? あー」



カラン。 と口の中に固形のチョコを一欠けらほうりこまれる。 


その直後、目を閉じた彼女の顔が近づく。



一瞬だった。



そして二秒のような永遠を感じた。



それから三秒目には徐々に顔が真っ赤に染めあがってきた。



「~~~~っ! これで少しは苦くなったかっ! ばーかっ!」



そういうと彼女は振り向いて走り去っていってしまった。



えっ、苦っ・・・甘っ?・・・



「味なんかわかんねぇよっ!!!」



遠くで彼女の笑い声が聞こえた。

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