第180話 宵闇の叫び声

 

 メフィス帝国南部。

 ミストリア王国からも然程離れていない、とある街道。


 忍ぶ様に宵闇に包まれた森の中を駆け抜ける4人の人影が在った。


 昨年、紅牙騎士団がメフィス帝国への潜入を行っていた際、調査は帝国の地区毎に各団員で分担しており、その時は二人一組でペアを作っていた。

 

 今回も基本方針は同じだ。

 メフィス帝国へ潜入するにあたり、未だに帝国に残していたメンバーと以前に帝国に潜入していたメンバーを選抜し、調査を開始した。

 彼らは皆、地の利を心得ている上に、土地に溶け込む術も承知しており都合が良いからだ。


 唯一選抜メンバーの中で、領土を無視して帝国中を西へ東へ駆け回っていたペアが存在する。

 それが司令官であるマリンダ&ディルのペアだ。

 この二人は騎士団員達の情報を統合する、という役目も担っており、文字通り、帝国全土を駆け廻っていた。


 今回はその二人に同行する形で、更に二人、ルノワールとリィルも潜入に参加している。


「女体化は解いた方が良いのでは?」


 とリィルの提言も在った。

 ルノワールの顔がレオナルドに知られてしまっているからだ。

 しかし、自由に性別を変更する事が出来る(性別転換薬が残っている限り)のは、潜入を行う上で、非常に便利であり有意義だ。


「ユリシアが居ない以上は新たに薬は作り出せない。こいつにはいざという時に男と女を使い分けてもらおうかと思っている」


 そんなマリンダの言葉に従い、ルノワールは未だに女装をしたままであった。

 更に言えば。


「女の方が何かと都合がいい事も多いのでな」


 紅牙騎士団には純粋な女性はマリンダとリィルしかおらず、調査範囲が狭まってしまう、ということが往々にして在ったのだ。


「とはいえそのままでは不味い」


 ルノワールの姿はばっちりとレオナルドに見られてしまっている。

 それは否定出来ない事実だ。


「うん……だから髪型だけ変えたんだ」


 そう言うルノワールは、あの長く美しい黒髪をばっさりと切っていた。

 肩口で揃えられた髪は、現在ブラウンに染め上げられている。

 更には薄い桃色の縁取りの眼鏡が彼女の目元を覆っていた。

 要するに簡単な変装をしているのだ。


「メフィス帝国では黒髪など珍しいしな。茶系の色の方が馴染み易い」


 マリンダとて潜入中はよく紅の髪を別の色に染める事がある。

 彼女の目の覚めるような髪色は非常に目立つのだ。


「まずはどこへ行くの?」

「少し遠いがウィシュハーンに向かう」


 軽装に地味なコートを身に纏ったまま駆ける足を止める事無く、ルノワールの問いにディルが即答した。


「レオナルドとて、まずは帝都に帰るだろう。あの地にはハインリヒ皇帝とオットー宰相が居るからな」


 特務官、レオナルド。

 皇帝、ハインリヒ14世。

 宰相、オットー=ダグラス。


 これら3人は現在実質的にメフィス帝国を動かしている最重要人物達だ。

 他にも武勇に名高い将軍達がいるが、国政に携わっているのは概ねこの3名だった。


 というよりも。

 他の人間に権限が行き渡らない程の独裁政治状態なのだ。


「いくらレオナルドとはいえ、所詮は外様の特務官だ。国を動かすような号令や命令は皇帝や宰相に代替わりしてもらう必要がある」


 それは当然だろう。

 宮中の人間ならばいざ知らず。国民のほとんどはレオナルドの事など知らないのだ。

 一体誰が、碌に素性も知らぬ特務官の指示に従うというのか。


「じゃあ」

「そう。レオナルドはまずは報告と今後の方針確認を兼ねてコルネアス城に向かう可能性が一番高い。そして恐らく――」

「ユリシアを監禁しておくのが」


 言葉にするだけでマリンダの額には青筋が浮かび上がって来る。


「はい。ユリシア様はコルネアス城に捕えられる事になるかと思います」


 帝都ウィシュハーン、そしてコルネアス城は、皇帝ハインリヒの座する聖域であり、当然ではあるがメフィス帝国内で最も守備が固い。

 コルネアス城は無数の兵士たちに守られているばかりではなく、侵入者に対する種々様々な結界や罠が仕掛けられており、尚且つ、かなりの数のレオナルド・チルドレンが潜んでいるのだ。


 さしものマリンダとディルであっても、容易に侵入する事など、とてもではないが出来そうにはない。

 この辺りは以前の潜入時にも入念に調査をしていた。


「……ではメフィルお嬢様も?」


 ルノワールが聞いたが、二人は頭を振った。


「レオナルド次第、というところだな」

「え?」

「こういう場合二通りの考え方が出来る。一つは二人を同じ場所に監禁しておくこと。こちらの方が一点に防御を固める事が出来るので余計な手間がない。しかし逆に考えると、折角二人も捕えたのに、万が一の際、同時に二人とも脱走されてしまう可能性が在る」


 もう一方の可能性。


「もう一つは二人を別々の場所に監禁しておくこと。こちらのメリットは互いを互いの『見えない』人質と出来ることだ」

「見えない人質?」

「そうだ」


 真剣な表情で首を傾げるルノワールにディルは答える。


「守るべき拠点は2か所に増えてしまうかもしれない。しかし別々の場所で監禁されている以上、同時に救出する事は困難だろう。そしてユリシア様にとってはメフィル嬢。メフィル嬢にとってはユリシア様が人質となる。ユリシア様が逃げる素振りを見せれば、メフィル嬢を容赦なくレオナルドは痛めつけるだろう。奴にとっては生きてさえいればいいわけだからな。指の一本や二本……最悪の場合、両手足を切断される恐れすらある」

「……っ!!」

「おい、馬鹿、落ち着け! 例え話だ!」


 聞いているだけでルノワールは冷静さを失い、その眼は薄暗く曇っていた。


「それに奴もそこまで愚かな事は早々しない筈だ! メフィル嬢は兎も角、ユリシア様を怒らせたくは無いだろうからな。利用価値が在る以上、あの二人は余程の事が無い限りは無事だ」


 吐く息も荒く、瞳孔が開いているルノワールを宥めるようにディルが言う。


「……二人が互いの場所を知らない以上はレオナルドの言葉しか判断材料がなくなる。そうなれば、あの二人は奴の言う事に従わざるを得なくなる」

「更に言えば……私達の目も撹乱することが出来る……?」

「そういうことだ。恐らくメフィル嬢はコルネアス城以外の場所に連れて行かれるだろう、と俺は思っている。実際にそうなると、俺達の索敵範囲も広げざるを得ない。メフィル嬢は俺達を引き寄せる為の餌にもなる」


 ここで重要なのは、レオナルドにとって本当に利用価値が高いのはユリシアのみ、ということだろう。

 ユリシアを大人しくさせるためにはメフィルは有用であるが、最悪の場合、レオナルドにとってメフィルはどうしても必要な駒では無い。


「故にコルネアス城以外の場所に連れて行かれるとしたらメフィル嬢になる。どうしたって警護のランクが落ちるからな」


 ならば。


「二人の救出は……同時に行う必要がある?」


 それが理想。


「ああ。最悪でもメフィル嬢だけは先に救出するべきだな。恐らくユリシア様が殺される事は無いが、ユリシア様を先に救出した際……メフィル嬢の利用価値が低下する」


 そうなってしまえば、当然レオナルドがメフィルに配慮する必要も無くなる、ということだ。


「どちらにせよ……まずは二人の場所を把握する事が大事、ってことだね」


 ディルの言葉は冷静で、どうしようもなく理に適っている。

 余計な感情を差し挟んでいるルノワールとは正反対だった。


「あぁ……少しは冷静になったか? やるべき事は明確なんだ。焦って事を仕損じる事だけは無いようにしろ」

「うん……ごめんね、ディル」


 メフィルが攫われてからというもの、ルノワールは明らかに情緒不安定だ。 

 年齢に比して優れていた判断力や理性が低下してしまっている。


 だがディルは決して声を荒げる事は無かった。

 無理も無い。

 彼女の気持ちはよく分かる。それに大切な弟分だ。

 駄目な時があるならば、その分だけ自分がしっかりしていればいい。彼はそう思った。


「馬鹿。謝るな」


 優しい声でディルがルノワールの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 そんなやり取りを横目で見ながらマリンダが呟く。


「厄介なのは……あのクソガキ共だな」


 不機嫌さを隠そうともせずにマリンダは毒を吐いた。

 彼女の言葉にルノワールも首を傾げている。


「あの子達って結局何なのだろう……?」


 母親の罵倒に対してルノワールは疑問を呈するように呟いた。


「一説ではレオナルドの作りだした人形、なんて説まであるが……」

「実態まではよく分からん。トーガを纏うような素振りも無く、大した魔術は使えない癖に、身体能力は馬鹿みたいに高い。そして何より奇妙なのが――」

「ゲートスキルを使う事、だよね」


 ゲートスキルとは、魔術を極めた末に手に入れる事の出来る力だ。

 ミストリア王国内でも数える程の戦士しかゲートスキル習得には至っていない。

 

 にもかかわらず、あれだけの数の子供達が習得しているというのは明らかにおかしい。

 はっきり言って異常だ。


「だが……あのレオナルド・チルドレンがあってこそ、レオナルドの躍進が在った事は間違いが無い」


 いくらレオナルドに覇者の器があろうとも。

 いくら優秀な側近がいようとも。


 たかだか数人の力で、瞬く間に一国を手中にする程の影響力を持つ事など不可能だ。

 行動を起こす為には、もっと多くの手駒が必要。

 その役目を担っているのがレオナルド・チルドレンだった。


「あの子供達はレオナルドを補佐する為の優秀な武官であり、文官であり、諜報員でもある」


 ユリシアとメフィルが攫われていった際。

 マリンダが再び最初に襲われた雪山に戻った時、打ち倒したレオナルド・チルドレンの姿は消えていた。


「兄さん。全員で何人ぐらいいるのか、分かっているのですか?」

「いや……正確な人数は分からん。だが……少なくとも100人以上はいるだろう」


 子供の容姿をしているとはいえ、油断は出来ない。

 ゲートスキルを所持している敵が100人は少なくともいる。

 それは間違いなく大きな脅威であった。


 確かに一人一人の戦闘能力はルノワールやマリンダと比較してしまうと、高くはない。

 しかし相手が見た事も無いような特異な能力を有していた場合、どうなるのか。

 また、そうでなくとも、5人、10人と集まれば、マリンダやルノワールとて苦戦する事は間違いが無いだろう。


「ある時は自分の従者として。ある時は誰かの護衛として。ある時は敵国への潜入役として。至る所でレオナルド・チルドレンは活躍している」

「私達からすれば、まさしく悪魔の子だ」


 マリンダは先日の戦闘を思い出す。

 戦場で対峙するのが、あの子供達だけでは無かったとしたら。

 ジョナサンやキャサリンのような超越者をサポートする形で戦闘に参加された時の、レオナルド・チルドレンは厄介極まりないのだ。


「……それでもウィシュハーンに行くの?」


 ルノワールが今の話を聞いていた限りでは、帝都に向かっても打開策が無いように思えた。

 たった4人でコルネアス城の守りを破る事など不可能であるし、メフィルはウィシュハーンには居ないのだろう。


「あぁ。まずは本当にユリシア様がウィシュハーンに居る事になるのかを確認したい」


 その言葉を聞いて、既にディルの予測を自分の中で確定事項と位置付けていた事にルノワールは気付いた。


「あ、そっか。でも……どうやって?」

「それぐらいであれば、当たりを付ける事は簡単だ。ウォレスがウィシュハーンを担当している。奴に聞けば恐らくレオナルドが来たかどうか、その後の動向も教えてくれる」


 ウォレスとは紅牙騎士団員の中でも戦闘・諜報経験に優れたベテラン戦士だ。

 ルノワールが脳内でふてぶてしいウォレスの顔付きを思い出している間にもディルは続けた。


「あとは、前回帝国潜入時に少しばかり話をしていた、とある御仁とコンタクトを取りたい」

「とある御仁?」

「帝国の人間だよ」

「信用できそうな人なの?」

「メフィス帝国の中では、かなり、な」


 ルノワールの疑問に答えたのはマリンダだった。


「あの男も一筋縄ではいかない類の男ではあるだろう。だが、帝国の現状を憂いているのは間違いない」

「その人もウィシュハーンに?」

「いや……奴は基本的に隣街のセトノアにいる」


 ここまで話し、ディルは確認するようにルノワールに告げる。


「いいか? ウィシュハーンに向かう目的は3つ。1つ目はレオナルドの動向を確認する事。そして可能であれば、ユリシア様が監禁されているという確証を得る事。2つ目はメフィル嬢の場所の当てを得る事。3つ目は帝国内の反乱分子と落ち合う事だ」


 指折り数えるディルの言葉に、マリンダ、ルノワール、リィルの3人が一斉に頷いた。


「恐らく明日の朝には到着するだろう。そうなったら、まずは――」


 ディルがそこまで言い終えた時。



「誰かっ!! 助け……っ!!」



 宵闇を切り裂く悲鳴と共に、大きな魔力を感じた。






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