エア・ウォーカー
森田
『とびだせ青春』
序
かんかんかんかんかん。
踏切遮断機にそっくりな警報機の音が、街の空に響いている。
霞雲の僅かに漂う澄み切った青空。
しかし足元のビル街に人の行き交う姿はない。
かんかんかんかんかん。
丸い目玉をモチーフにした、青いランプを点滅させる警報機。
その先端に座る1人の少年だけが、死んだように静まった都市を見下ろしている。
緩やかに風にあおられる銀色の髪、微かに頬に赤み差す色素の薄い肌、珊瑚の海のような緑青の瞳。
そのどれもに透き通るような静謐さを秘めた、水晶のような少年である。
少年は黒い硬質な外套を羽織り、背には身の丈ほどもある金属の直方体を背負っている。
退屈な観察をやめて、少年は立ち上がる。
そして一呼吸もなく、警報機の先端を蹴って、跳んだ。
綿毛のように舞い上がった少年は落下する事なく、軽やかに次の一歩を踏み出す。
虚空を蹴って、高度を上げていく。
地上30メートルほどの高さで、少年は立ち止まった。
その視線の先、建物を4つほど挟んだ距離の空間に、ひび割れがある。
青い空に一点、黒く異質な2次元的亀裂が走っている。
ぴしり、と、微かにひび割れが広がった。
警報機の音が止み、ランプが赤に変わる。
一瞬の沈黙が訪れる。
少年は肩がけのベルトを回し、直方体を手元に抱える。
バシッという軽い音が響く、グリップとトリガーが飛び出し、銃口が露出する。
ひび割れは広がり、やがて空が割れる。
亀裂の先、灰色の砂嵐の中から、『それ』が這い出す。
『それ』は一頭の、鯨か雲のように巨大な生き物だった。
魚のような頭と背ビレに、蛇めいたうねる胴と、緩やかに羽ばたく4枚の蝙蝠じみた羽を持った、地上のどこにもいない怪物だった。
『それ』は
亀裂から全貌を表した飛獣は、緩やかに羽ばたきながら欠伸のように、あぁー、と大きく鳴いた。
怪物の腹側に並んだ赤い点が一斉に輝き、放たれたいくつもの光の束が地上を撃った。
巨体の真下に位置していた街並みが光に貫かれる。
一拍のち、ずどん、と鈍い炸裂音と共に建物が土煙を上げて崩壊する。
蹂躙するように、飛獣の影は瓦礫の上を滑っていく。
意思の無い虚ろな瞳は、眼下を一瞥もしない。
がん。
その眼球に、黒い鋼の銛が撃ち込まれた。
銀色の少年は側面から間合いを図り、空中を跳躍しながら、今しがた銛を放った四角い銃……
再装填は行わず、そのまま背中のホルダーに固定する。
この大きさの飛獣に対して、質量を付与し続けて重みで落下させる戦法の有効性は低い。
飛獣の攻撃対象をこちらに移した時点でこの武器の役目は終わっている。
少年は外套の下で、ベルトに挿した黒い鉈の柄を右手に握る。
飛獣の背ビレの付け根に赤い光点が浮かび上がり、再び光線が放たれた。
順に放たれた6本の光線は少年の軌道を追うように空中に走る。
少年は身を捻りながら鋭角に曲がり、光線の間隙に飛び込んだ。
最後に放たれた1本を、左手で引き出した外套を盾にして弾き、強引に距離を詰める。
そのまま獲物を狙う隼のように急降下し、腹側に潜り込む。
赤い光点が一斉に輝きだす。
その光景を真っ直ぐに見上げながら、少年は跳ね上がる。
弾丸のような高速上昇。
空中の巨体と肉薄しながら、懐の鉈を抜く。
光線が放たれるよりも先に、飛獣の翼の一つが切り飛ばされた。
残る3枚の翼で空中の飛獣がバランスを保とうともがく暇もなく、少年は2枚目の翼を降下と共に切断した。
沈没船のように、飛獣は地上に向かって真っ直ぐに落下していく。
その巨体が地上に触れた瞬間、異常な変化が現れる。
飛獣の姿は白く変色し、ひび割れ、同質量の灰へと変わっていく。
ビルの狭間に、土煙と共に3t近くの灰の雨が降り注いだ。
侵略者の最期を見届け、片手に刃を握ったまま少年は空を見上げた。
少年……柊アリアは、空に向かって、はぁ、と息を吐く。
冷たく乾燥した大気に、白い揺らめきが溶けて消えた。
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