「承」

 あの子との二人暮らしが始まった。あの子の名前はカズ。私は店の名前のままリンと呼ばれた。基本的に二人共無口だから部屋の中は至って静かなもの。必要以上にベタベタするでも無く、束縛がひどいでも無く、何をするのも、出歩くのも自由。あの子が仕事から疲れて帰ってくると、私も立場上、「おかえり」と言って側によって行くの。でもあの子は私の頭を少し撫でるだけでその後は何もしない。

 私だって別にそれ以上を求めているわけじゃないけど、あんまりタンパクにされると魅力が無いのかと思っちゃう。

 更には疑うかも知れないけど、家の事はあの子が全部やってくれるの!掃除、選択、炊事全部よ!凄くない?まるで私はお姫様状態よ。

 街で店で仲の良かった子達にこの事を話すとみんな羨ましいと言う。そしてため息混じりでグチり始める。

 「あんたの所は良いわね。私の所は最悪よ。一緒に寝るは当たり前、最近なんか一緒にお風呂よ?考えられる?いい歳した親父とよ?嫌だと言っても力ずくだもん。嫌になっちゃう」

 「私の所なんか着せ替え人形状態よ。悪趣味なドレスとかリボンとかつけて写真撮影。それをネットに上げて、同じ趣味も持つ人達と品評会。寒気がするー!」

 「ここに来てないミカなんか家から一歩も出してもらえないって噂よ。ここまで行くと人権侵害ね!私達をなんだと思っているの!」


 まあ、話を聞くと私の所は随分と恵まれているらしい。ただ私にもあの子に対して不満もないわけでは無い。あの子は年上の私に対してもタメ口なのだ。違う、それ以上に私を子供扱いするの。年下のくせにナマイキよ。

 例えばあの日なんか


 「あれー、おかしいなー。どこに置いたっけ?なー、リン、俺のスマホ知らない?まさか隠してないよな?」なんて言うから

 「知るわけ無いでしょ!なんであたしがあなたのスマホを隠す必要がある訳?」って怒り気味で言ってやったわ。そしたら、

 「わかるわけないよなー。お前が知っている訳ないもんなー。」だって!なら最初から聞くなって!バカじゃないの!


 別の日なんかテレビを見ながら


 「このアイドル可愛いよな。リン、何歳か知ってる?まだ20歳なんだよ?良いよなー」

 「……」私にそんな話を振るなんていい度胸よ。徹底的に無視してあげる。

 「なんで無視するんだよ?……もしかして…妬いてる?はははっ大丈夫大丈夫!リンにはリンの良いところがあるから!」

 「どうぞご勝手に。そんなに若いアイドルが良いならそっちに行けば?」と言い残し部屋を出て行こうとすると

 「怒るなよー。俺にはリンが1番だからさ」だって。……うるさい…バカ。


 昨日なんて


 「見て見て!リンの寝顔写真で撮ったんだー!お前起きてるときはツンツンしてるけど寝てるときは可愛いよな!」

 「………なっ、なっに言ってるの急に」……恥ずかしい。

 「何?照れてるのか??可愛いなー。お前が家に来てくれて本当に良かったよ。ありがとな」だって。……バカじゃないの。こっちこそありがと。


 一人じゃないって思える事がこんなにも温かいなんて知らなかった。カズとの何気ない毎日が、かけがえの無い毎日になっていく。こんな毎日が何時までも何時までも続くんだと思っていた。

 

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