その十四

 さて、ピースメイカーの孤児達が闇の流通経路に乗ることなく、運よく青年期まで成長することが出来た場合、その後の行き先はだいたい決まっていた。

 彼らはおおむね十五歳になると、ピースメイカー正規軍か非合法組織のいずれかに所属するようになる。そうすれば前歴に関係なく、とりあえず金を稼ぐことが出来るからだ。

 それ以外のまっとうな仕事に就こうとすると、経歴が黒いことで足元を見られ、賃金が馬鹿馬鹿しくなるほど安い仕事しか見つからない。

 もちろん軍も非合法団体も慈善団体ではないので足元は見るのだが、命の値段に見合った分は支払ってくれるので、他の仕事よりは割が良かった。

 いずれを選ぶかは本人の好みであり、サトルは軍を選んだ。

 ただ、普段の彼の好みからすると規律のうるさい軍よりも非合法組織の方が馴染みはよいのだが、しかしサトルは合法的なほうを選んだ。そうしないと、『妹』のマリアに迷惑がかかるかもしれないと考えたからである。


 妹――マリアにはちゃんとした汎用生体認証による出産記録が残っているから、正確な年齢が秒単位で分かる。

 サトルは両親が架空の生体認証記録つきで放置したものだから、正確な年齢が年単位ですら分からない。

 ドウエル園に保護された時点で、その身体の大きさから「一歳になったばかり」と仮定されて、そこから年齢が起算されているので、サトルがマリアよりも本当に年上かどうかは定かではない。

 ただ、幼児の頃はなんとなくサトルのほうが大きかったので、年齢も上であろうと安易に考えられていた。

 ところが、思春期を経過する途中でサトルの身長は足踏みをはじめ、マリアの身長が絶好の生育環境下にある植物のようにむやみに伸び始めると、しだいにそれも怪しくなってゆく。

 今では並んで立っていると、「姉と弟」という関係のほうが妥当に見えるのだが、しかし、それでもサトルは自分のことをマリアの『兄』と認識し、その上で、

「マリアを幸せにできるのは俺しかいない」

 と考えていた。だからこそ非合法団体ではなく軍を志向したわけであるが、その後の経過を考えるといずれでも結果は同じだったに違いない。

「必要なスキルを手に入れるための手段と方向性が違うだけで、結局のところは二人だけで自営業をすることになっただろうな」

 とサトルは思っていた。


 ところで、ピースメイカーには警察組織がない。理由は簡単――それでは役に立たないからで、治安維持は最初から軍の役割だった。

 また、人類が生活する領域すべての治安を維持することが目的で設立された組織に、治安維持軍というのがある。そして、ピースメイカー正規軍は、その治安維持軍の下部組織という位置づけにある。

 下部組織ではあるが、すべての星系の系列団体を治安維持軍が統括するというのは物理的に不可能であるから、問題がない限り権限委譲(という名目の放任主義)が基本となっていた。

 正規軍にはサトルが、十五歳の時に先に入った。それから一年後、マリアが十四歳であるにもかかわらず、強引に入り込んできた。どうやらシスター・ミリアムの手引きがあったらしいが、サトルも詳しくは知らない。

 まあ、合法的なほうを選んでおいたおかげでマリアが道を踏み外すことを避けられたのだから、それだけでも結構な話ではある。

 ただ、軍の阿呆な連中からマリアを守らなければならなかったので、サトルの軍歴は正式な活動においては抜群の成績であったが、軍生活における規律違反(おもに同僚との喧嘩騒ぎ)の面では、最低ランクに位置づけられていた。

 それでも軍曹にはなったのだから、どれだけ正式任務での活躍が華々しかったかは想像に難くない。加えて、正式な任務ではあるが決して公式には語られないほうの任務についても、着実に成果を上げていたことが分かる。

 そして、その正式かつ非公式な任務によって得られた報酬と経験と人脈が、のちのち彼の自営業に役立つわけであるから、軍生活というのも捨てたものではない。


 ともあれ、サトルは四年ほど軍に奉公した後、習得可能な技術はすべて習得し、頂けるものはすべて頂いた上で、マリアともども除隊した。

 その時、彼の除隊を惜しむ声は小さくなかった。ただ、それは将校クラスの、

「便利な最終手段を失ってしまった」

 という声である。

 一方、マリアの除隊を惜しむ声は上は将校から下は新兵まで、遍く軍内部に広がっていた。

 サトルが(さまざまな想定外の出来事で)いなくなったところでマリアに手を出そうと考えていた連中が、軍施設周辺の飲み屋で大荒れとなり、軍が出動を余儀なくされたほどである。

 まあ、それでも円満除隊だったと考えてよい。円満すぎて、非公式な任務のほうは今でも継続しているほどである。

 たまに、軍内部の自浄作用に関するもので昔の同僚に出会うことがあったが、サトルは昔のことは忘れることにしていたので気にならなかった。

 相手のほうがどう思ったのかサトルは知らないものの、大抵は「それ以降は何も考えられない」姿になるので問題はなかった。

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