その十三
その一部始終をマリアは目撃してしまった。
そして彼女は、保護された宇宙港の病院で何も言わずに涙を流し続けていたという。
病院は、原形を留めたものから原形を留めていないものまで、さまざまな死体の見本市のような有様で、そこに次から次へと死体候補の者が担ぎこまれてくる。
そんな環境に幼女をいつまでも置いておくことはできないのだが、だからといって行く宛もなかった。
マリアの素性は汎用生体認証ですぐに判明していたものの、困ったことに両親とも天涯孤独の身の上で、迎えに来てくれる親戚はいなかったのだ。
それでも緊急事態ということで、両親の個人記録に残っている友人関係に連絡を取ることが考えられたが、それを試みた病院関係者は表示されたアラーム表示に驚かされた。
「警告――一般権限によるアクセスが禁止されている情報です。第一種情報管理責任者権限のみ有効です」
第一種情報管理責任者というのは、「恒星系政府の長」以上の行政責任者を指す言葉である。
病院からの緊急連絡で使用される権限もかなりレベルの高いものであるが、さすがに行政トップとは比べ物にならない。
どうしてここまで強固なアクセス制限がかかっているのか病院の担当者は首を捻った。参照可能な履歴では、マリアの父親は多星系企業に勤務する社員であり、母親は専業主婦である。
とにもかくにも他に何も方策がなくなって、担当者が困っていたところに、
「あの、ちょっと宜しいでしょうか?」
と言いながら現れたのが、サトルをドウエル園に連れて行ったのと同じ男だった。
*
マリアはその翌日からドウエル園の一員となった。
しかし、運命の激変に対してすぐに切り替えが出来るほどの年齢ではない。
最初のうち、マリアは目が開いている時は暗い顔で俯くか、涙を流していることが殆どで、それに疲れて眠るということを繰り返していた。
食事も喉を通らず、口に入れてもすぐに吐き出してしまう。どうやら親の死に様が脳裏に焼きついて離れないらしい。
栄養剤の投与でなんとかしのいではいたものの、それでは体力が削られる一方である。それ以前に精神のほうがもたない。
園の職員達が五日間何もできずにいると、六日目の朝になってサトルがマリアの隣に座り込んでいた。
そのまま、彼は何も言わずにマリアの隣に、慰めるわけでもなく黙って座り続ける。しかも、彼女と同じように栄養剤しか飲まなくなった。
職員がそれを止めようとしたが、シスター・ミリアムがそれを制止した。
「まあ、黙ってみていなさい。危ないと思ったら私が止めに入るから」
園長からそう言われて職員達は渋々様子を見守ることにしたが、それからさらに五日間、状況に変化は全くなかった。
マリアは俯くか泣くかしている。
サトルはただ黙って隣に座り続けている。
二人とも、一日三杯の栄養剤しか口にしていない。
園長はそれを黙ってみている。
職員達の緊張が高まり、流石に決壊寸前となった時――サトルが朝、急に食堂に現れて言った。
「マリアがちゃんと食べるって言ってる」
そこで調理担当が消化しやすいように柔らかくなるまで煮込んだ野菜のスープを準備する。それですら以前のマリアは飲み込むことが出来なかった。
それが食堂の机の上に置かれたと同時に、サトルがマリアの身体を支えるようにして食堂に入ってきた。
それは、とても痛々しい光景だった。
サトルのほうがましとはいえ、それでも五日前よりは随分と肉が落ちている。それでも彼はアリスを支えながら、足元をふらつかせることはなかった。職員達が手を貸そうとするのを目で押し留めて、食堂の椅子にアリスを座らせる。
そして、自分はマリアの隣に座ると、先にスプーンを取ってスープを一掬い、口の中に入れた。
その時の様子を見ていた職員が、後日、同僚に漏らした言葉がある。
「私はね、仕事柄、お腹を空かせた子供達が食事をするところを何度も見てきましたけど、あんなに美味しそうな表情を見たのは初めてでした」
サトルの表情につられるようにして、マリアもスプーンを取ってスープを一掬いする。体力が限界まで落ちているせいか、手が小刻みに震えて大半が皿の中に落ちていたが、僅かに残ったものを彼女は口に入れた。
全員が息を呑んで次の瞬間を待つ。
そして――マリアはサトルを見つめると、美味しそうに微笑んだ。
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