その十二

 過去、惑星ピースメイカーでは社会の底辺を徘徊する勢力の大規模な武力闘争が数回勃発した。

 そして、そのうちのいくつかは治安維持軍による大規模な武力鎮圧によって終結した。

 闘争という呼び名であっても鎮圧という呼び名であっても、やっていることに大きな違いはない。それによって大勢が死に、それによって大勢の子供達が路頭に迷う。

 中には路頭のほうが待遇が良い子供もいたが、それはごく僅かな数であり、多数派は途端に明日の食事にも事欠くようになる。結果、いつの間にかその姿は見えなくなっていった。

 行き先は、街角の薄汚れた隙間の中ということもあれば、「部品」として他の星に移送される船の中ということもある。

 さすがに人道主義の観点から統合政府も事態を放置できず、公的資金で収容施設がいくつか設置されたが、その全てが常に定員オーバーの状態であった。

 なにしろ、闘争がなくても子供が放置されることは珍しくない地域である。

 さらには、施設に収容されたはずの子供が消えても珍しくはない地域でもある。

 設置当時の熱が冷めると政府機関は途端に冷淡になるから、殆どの施設が自力で資金を調達しなければならない状態に陥っており、その調達手段の中には非合法なものも含まれていた。

『ドウエル園』も、公的資金によって設立された「事故により親を失った子供達を保護するための施設」の一つだったが、他の施設と異なっている点が二つある。

 まず、一つ目――他の施設が人権擁護委員会主導で建設されたものであるのに対し、『ドウエル園』だけが治安維持軍主導で設置された。

 そして、二つ目――途中から民間資本の資金援助を受けることになり、財政基盤が安定していた。

 それでも、別に余剰の資金があるわけではないから、運営は楽ではない。

 それにピースメイカーにおける「社会保障」の考え方は、結局のところ「自分でなんとかする」である。子供達は最低限の生活を保障されたが、それは決して無償ではなかった。

 生活にかかった費用は、生体認証により残高管理される。そして、大人になってそれを精算し終えるまでは、公共サービスの利用に一定の制限を受けることになる。

 その負債から逃げることは、生体認証という「人間として生きるために必要な最小限の身分保証」すら放棄することを意味するから、よほどの覚悟がなければできなかった。

 仮に逃げられたとしても、政府にしてみれば以後の面倒を一切みなくて済むのだから、コスト的にはとんとんというところだろう。

 施設の子供達は将来的にその費用を負担する訳だから、単なる「顧客」である。だから、一応の上限を設けられていたものの好きなものを買うことが出来た。

 それでもサトルは、自分のためのものは何も持とうとしなかった。

 なぜなら、彼には守らなければならない「妹」がいたからである。


 *


 マリアが『ドウエル園』に引き取られた日のことを、マリアもサトルも覚えていない。

 当時、サトルはまだ仮の年齢で六歳で、マリアは四歳であったから、当然のことではある。

 マリアの両親は別な惑星の住人で、ピースメイカーに縁のある人種ではなかった。

 ところが、旅行代理店が手配した星間連絡船が規定ルートの混雑から迂回を余儀なくされたために、ピースメイカーを経由することになった。

 本来のルートを辿っていれば、彼女がこの星に来ることは万に一つもなかったはずだった。

 そして、ピースメイカーとの交点が生じてしまったがために、彼女の運命は変わってしまった。


 彼女の両親は事件に巻き込まれて命を落とした。

 それは、事件とにはあまりにもお粗末なもので、街角の窃盗事件で逃亡中の犯人が放り投げた爆弾が、たまたま彼らの近くに転がってきたものだった。

 日々頭の上から爆弾が落ちてくるピースメイカーの住人ならば即座に反応できただろうが、他星系の住民であったマリアの両親にはそんな便利なスキルはない。

 ちょうど柱の陰に隠れるようにして座っていたマリアは直撃を免れたものの、その両親は目の前で爆風に吹き飛ばされて、視線の先で赤い染みとなって果てた。

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