その十一
物心ついた時、サトルは命と身体以外に自分のものと思えるものを何一つ持っていなかった。
まず、命と身体以外、親から貰ったものが何もない。
サトルの本当の両親は、他の星からピースメイカーにやってくるどうしようもない屑共のうちの僅かにましなほうだったらしいが、到着した直後に生まれたばかりのサトルをホテルに置き去りにして出かけた。
ホテルの従業員の証言によると、
「買い物だからすぐ戻る」
と言っていたらしいが、手荷物はすべて携行したというから実際のところは分からない。
その後、買い物のついでに入った先の飲み屋でこの星の暗黙のルールから少しばかり逸脱した行動をとってしまったがために、そのまま銃で撃たれてあっけなく死んでしまった。もっと念の入った屑ならば、生き残れたかもしれない。
その店は惑星管理者の監視対象区域外であったために、その時の詳しい状況は公安記録にも残っていないし、仮に残っていたとしても、サトルはその件に関して全く興味を持たなかった。
親がどうであったのかとは関係なく、彼はその時、自分で何とかするしかない立場に立たされており、だから彼が出来る唯一のこと――大声で泣き叫ぶことにした。
サトルが残されていたのは防音設備なんか期待できない安物のホテルであったから、彼の声は周囲に響き渡る。
そのあまりの五月蝿さに、隣の部屋に長期滞在していた男が、紳士的にもホテルのフロントに苦情を言ったため、命だけは助かった。
さもなければ、彼は命すら両親から残してもらえなかったかもしれない。
やる気のなさそうな警察官がホテルにやってきて、やる気のなさそうに調べた限りでは、ホテルの部屋には何も残っていなかった。
前述の通り荷物は両親が持って出かけ、死んだ瞬間に誰か他の者の所有物となったのだろう。サトルが寝ていたのはレンタル品の乳児用ポッドであったから、これは業者が速やかに回収に来る。
ホテルの宿泊記録に残っていた生体認証情報は、『ペーパー・パーソナリティ』と呼ばれる裏の世界で短期レンタルされているもので、最小限の個人情報しか登録されていない上に、その僅かな情報もすべて出鱈目である。
指紋その他の生体認証情報から、酒場で死んだカップルが彼の両親だと判明しただけのことで、もともとの素性については何も分からない。サトル・サトウという名前も、業者が登録した初期値から変更されていないことがログから分かる。
彼の両親はサトルに戸籍すら残さなかったのだ。
そして、この世界で正式な生体認証情報を持たないというのは、概ね「死んでいる」ことと同じ意味を持つ。
よほどの強運に恵まれない限り、放置された児童は一時保護施設に改めて放置されて、その先にある暗闇の中をひたすら下降してゆくことになる。
どうして公共施設の先に暗闇が広がっているのか、その理由は誰にも分からないし、わざわざ興味を持つ者もいない。持てば自分も暗闇の住民になると知っているからだ。
ともかく施設の先にあるのは、出来立てほやほやの臓器を目当てとする医療機関か、あるいは作業船用の頭脳目当ての物流業者か、あるいはその両方の機能を兼ねた業界団体である。
そのいずれに流されるかは定かではないが、いずれにしても部品に分けられて有効活用されることに変わりはない。
しかし、サトルは信じられないぐらい運が良かった。
そもそも両親が彼を安ホテルに置き去りにした時点で、運が良かったと言っても良い。さもなければ酒場の一件の巻き添えになっていたか、それこそ公共施設を経由することなく暗闇の中に落ち込んでいたところである。
しかも、ホテルの隣の部屋にいた男はサトルの泣き叫ぶ声がなかなか忘れられなかった。彼はピースメイカーの住民ではなかったから、幾分分別が残っている。
さらには取引先から常々「元気の良い赤ちゃんがいたら、商売に使わずにうちに連れて来い」と言われており、彼はその通りにした。
一度足のついたペーパー・パーソナリティは再利用できないから、サトルは偽者の生体認証情報が入ったままの状態で、男に引き渡され、そしてそのまま児童養護施設『ドウエル園』に横流しされる。
そこはピースメイカーという戦場で孤児となった子供達の、唯一の避難場所と言っても良い場所だった。
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