その九

 さて、ビッグ・ジョンのデッドラインを海まで降りてゆくと、レインタウン側の海岸線に沿って低い壁で囲われた三階建ての白い建物が現れる。

 学校か病院のように見えるこの建物の入口には、蔦の意匠を施された鋼鉄製の門があり、その左右には四角い柱がある。

 向かって右の柱には『ドウエル園』という浮き彫りが施されており、さらにその柱の上が平たくなっている。左の柱も上が平らで、双子がガーゴイルのように載っていることがあるのだが、その日がそうだった。

 向かって右側の柱の上では、十歳ぐらいの男の子が器用にバランスをとりながら逆立ちしている。

 短く刈り揃えた黒髪に、黒い瞳。白いシャツとベージュの半ズボンから覗く肌は日焼けしているが、元は黄色人種モンゴロイドである。

 その男の子が、門の前に立つ軍服の女性に話しかけた。

「心配しなくても大丈夫だよ、大姉おおねえちゃん。何か他の用事が出来ただけだって」

 左側の柱の上には、やはり十歳ぐらいの女の子がだらしなく寝そべっている。

 こちらは腰までありそうな長い黒髪で、それが柱に沿って垂れているところは「獲物を飲み込もうとしている蛇」に見えないこともない。

 襞の多い黒のドレスが小柄な身体を包み込んでおり、その髪と服を除くと男の子とほぼ見分けがつかなかった。

 その女の子が、物憂げな声で軍服の女性に話しかける。

「きっと帰り道の途中で女の子を引っ掛けて、どこかで宜しくやっているのよ」

 門の前に立つ女性の肩がぶるりと震えた。

「そんなことと言っちゃ駄目だよ、アンリ。小兄しょうにいちゃんがそんなことするわけないじゃないか」

「あの年で他の女に興味がないほうがおかしいのよ、ヘンリ。妹べったりなんて気持ち悪いじゃない」

「あれ、僕達だっていつも一緒じゃないか、アンリ」

「貴方は子供だから関係ないでしょう、ヘンリ」

「いやいや、僕は小兄ちゃんより年上だから」

「見た目は子供じゃない」

「中身は大人だって」

 とりとめもない会話を続けている双子の下で、女性は眉を顰めて泣きそうになっている。

 その後ろ、建物の玄関から古典的なメイド服をかっちりと身につけた身長百七十センチほどの若い女性が出てきて、門の前に立つ女性の後ろで止まった。

 エプロンの女は、門の前に立つ女性の後頭部を見上げる。そして、バイオロイド特有の感情の薄い声でこう言った。

「マリア様、サトル様のことが心配なのは分かりますけれど、そろそろ中に入って頂けませんか。でないと交通の妨げになりますから」

 その建物の前にはクラウドタウンとレインタウンを結ぶ幹線道路が走っており、日中は結構人通りが激しい。

 そしてその時、道を往来していた悪党と言う悪党が全員、マリアの泣きそうな顔に見蕩れて立ち止まってしまったがために、周辺交通が遮断されて混乱が生じていた。

 唖然とした顔のまま車に引かれて、路地の向こう側まで飛んでいってしまう者もいる。

「マリア様、ご覧の通り皆様のご迷惑になってしまいますよ」

 メイド服を着たバイオロイドの少女は、重そうな門の片側を片手で軽々と開いて外に出る。

 しかし、マリアは幼い子供がいやいやをするように、小さく頭を横に振った。それに伴って短く切り揃えた金髪が、身体の大きさに比べて小さすぎる頭の上で跳ねる。

 大きな碧眼はもう少しで涙が零れ落ちそうなほどに潤んでいる。何もつけなくても健康的な赤みを帯びた唇が歪んで、僅かに震えていた。

 加えて、腕を真っ直ぐに伸ばして腰の辺りで両拳を組んでいるものだから、胸が腕に挟まれて普段以上に隆起していた。

 また、彼女が普段身に着けている軍用迷彩服は、規格通りであれば身体のラインが出るものではないのだが、何故かマリアのそれだけは彼女の見事なラインをくっきりと表に現している。

 彼女がまだ現役の時に、軍司令官が権力に物を言わせてメーカーに特別注文して作らせたという噂があるが、真偽のほどは定かではない。

 それはともかくとして、身体は二十歳の完全に成熟した状態であるにもかかわらず、いまだ純情可憐な乙女でもあるマリアの表情に、周囲から溜息が漏れる。

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