その八

 ところがピースメイカーの場合は、虚数空間門から近いという利便性とその偶発的な落下物の存在が、司法当局の目に触れたくない連中の趣味に上手く合致したらしい。

 政府組織は責任問題を回避したがるから、日常的なリスクとの同居は回避する。非常に都合が良かった。

 それで、虚数空間門の迂回路という位置と『トライピット』という奇跡の景観を売り物とした観光業が隠れ蓑となり、その裏側ではいかがわしい本業が殷賑いんしんを極めることになった。

 クレーターの内側斜面、日当たりが良いほうには、外壁が馬鹿げた強度に設計されている施設が適度な間隔で並んでおり、大抵は観光業者のオフィスかその住居として使われている。

 そして、その反対側には強度を最初から度外視した住居が密集していた。

 土地所有に向かない惑星環境から、物件の大半は賃貸である。しかも、その家賃は他の惑星に比べて格段に安い。それで、運命を神様に委ねてでも家賃を節約したい連中が自然に集まってくる。

 司法当局の目を避けたい連中と、命を容易く運命に委ねてしまう連中の集合体――どう考えてもまともな町になるわけがないし、事実その通りになった。


 一方、軌道上に残された月の名残りは大小様々で、大規模なものは資源採取のために使われていた。

 観光業はさほど人手を要しないが、採掘業のほうは自動化が進んだとはいえ未だに手作業が多い。それが雇用を生み出しており、様々な意味で労働力の回転率が高いので贅沢言わなければ仕事は山ほどある。

 そして、経済的合理性の観点から採掘対象に選ばれなかった中規模の宇宙塵の一部は、別な目的で使われていた。

 ピースメイカーでは、お金持ちは二つに区分される。

 まず、最上級のお金持ちが「宇宙塵を個人所有している」者である。こちらは恒星系外の住民が殆どで、宇宙塵はその別荘の一つに過ぎないのだが、中には定住している風変わりな人物もいた。

 そして、もう一方が「クレーターの日の当たる側に住む」者。こちらはビジネス目的で駐在している他星系の企業家と、相当数の成り上がり者から構成されていた。

 その二つの層が惑星人口の僅か三パーセントを占める。残りの九十七パーセントは成り上がることも出来ずに地べたを這い回り、時折宇宙からの贈り物で身体を貫かれていた。

 それを対岸の火事として明るい坂の上から眺めている連中と、さらにそれを成り上がり者の下賎な趣味と冷笑する軌道上の連中がいる。


 そんな所有資産により運命が異なる星――惑星ピースメイカーの首都『アレイランド』は、直径が二百キロ近くあるピースメイカー最大のクレーター『ビッグ・ジョン』の中にあった。

「一度爆撃を受けた場所は、再度爆撃を受ける確率が下がる」

 遥か昔、しかしながらピースメイカーの月が破裂した後の人類がまだ同じ惑星の中でしか生きられなかった時代に、戦場でそんなジンクスが流行ったことがある。

 確率の問題だけで言えば、それはただの迷信に過ぎないのだが、命がけの戦場ではまともな思考は望むべくもない。

 それと同じ心理の現れかどうかは判然としないが、ピースメイカー上の町は確かにすべてクレーターの中にある。

 前述の通りアレイランドには明暗が切り替わるライン――要するに、一年の何処かで日が当たることがあるエリアと、一年を通じて決して日の当たらないエリアの境目がある。

 日が当たるエリアの中でも、一年を通じて常に日が当たるところは「クリアタウン」、季節によって当たったり当たらなかったりするところは「クラウドタウン」と呼ばれていた。

 そして、年間を通じて日の当たらない場所は「レインタウン」という身も蓋もない、捻りもない妥当な名称で呼ばれていた。住民にとっては人生の方向性すら規定する絶対的な区分である。

 さらに、クラウドタウンとレインタウンの境目には、コンクリートを流し込んで作った十メートル幅の緩衝地帯が設けられており、それは過去の経緯から「デッドライン」と呼ばれていた。

 アレイタウンは窪地の西側が崩れて海と繋がっており、中心には湾がある。そのため、街は巨大なランドルト環のような姿をしていた。

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