その七

 虚数空間を利用した星間航行技術が確立され、その出入口である虚数空間門――通称「ゲート」が社会インフラの基礎となった未来。

 門近くにある惑星には、順番待ちの星間連絡船インター・プラネット・シップ――略称「IPS」が寄港し、乗客達がお金を落としてゆく。

 有力な恒星系政府の首都がある惑星の虚数空間門ともなれば、一日の間に往来するIPSは莫大な数になるから、そこからの利益が半端ではない。ところが、さほど目立った特徴のない惑星であっても門の恩恵に預かることが出来た。

 なぜなら、虚数空間門自体は大した技術ではないのだが、運用に大げさな施設が必要になる。複数運用しても今度は宇宙港の収容能力の問題があるので、自ずから数が限られてくる。

 虚数空間門を独自運用しているのは治安維持軍の大隊以上に限られるから、それ以外の一般船舶は社会インフラである門の前に整列して、大人しく突入の順番待ちをすることになる。

 そして、門と門の間で経過する航行時間はゼロに等しいものの、出口側の門が重なると入口側での順番待ちが激しくなる。出口で船舶が重複出現すると悲惨な結果になるから、順番が厳密に決められているのだ。

 そんな時、急いでいるIPSはよく迂回路を利用する。どんなにマイナーな路線であってもメジャー路線への接続時間を一枠は割り当てられているから、迂回したほうが早いこともしばしばなのだ。

 それゆえ、有名な迂回路の一つである惑星BFJK二七九一A――通称「ピースメイカー」も、軌道上に巨大な宇宙港を構えていた。

 ピースメイカーの主要産業は観光業である。ところがピースメイカー自体は場末の三流惑星であり、星自体にこれといった産物がある訳ではない。

 より正確に言えば、『惑星便覧』で紹介できるようなご立派な名物はないということで、人に言えないような産業では名高かった。

 なぜそうなったのか――説明すると長くなるが、少々お付き合い願いたい。


 まず、ピースメイカーの衛星軌道上には公転面に対して約二.五度傾き、公転軌道上にあるIPSからは右上がりの線に見える「輪」がある。

 それは過去に存在した月の名残で、人類がこの地を訪れる遥か昔に外部から飛来した天体との衝突でこなごなになってしまい、無数の宇宙塵となって宙を舞っていた。

 また、衝突の際に惑星にもかなりの数の欠片が降り注いだのだろう。当時惑星上に生息していた固有種はすべて死に絶えており、地面を掘れば化石として当時の姿を見ることが出来る。

 そして、惑星上にある起伏の殆どがその落下物によって生じたクレーターの名残である。円形の窪みがあちらこちらで重複する景観は非常に独特だ。

 中でも、ほぼ同じ大きさのクレーターが整然と三つ並んでいる奇跡の景観『トライピット』が人気で、その手のマニアにはたまらない眺めであるから、それだけを見に来る好き者もいるにはいる。

 しかし、普通それだけで観光業が成り立つことはない。

 そもそもピースメイカーと同じように月由来の輪を持つ惑星は珍しくないのに、そこに人が住んでいるケースは稀なのだ。従って産業自体、成立する余地がなかった。

 どうして住民がいないのか――なぜなら、そのような惑星では今もなお宇宙塵が絶えず落下し続けているのが常だからだ。

 大きなものは事前に人工衛星からのレーザー照射で細分化されるものの、設定値以下の塵は堕ちるに任せられている。

 塵とはいえ弾丸ぐらいの大きさはあるから、外を歩いている人間が運悪く当たって死ぬことも珍しくはない。

 そんな時、地元の人間ならばこう言う。

「運良く自然死かよ。嬲り殺しや生き埋めじゃなくてよかったな」

 いくら奇跡的な風景であっても、普通こんなところに町は出来ない。

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