その六

「ふうん。モディリアーニのところは十五発以内で、しかも実際に使用した数まで、という条件だったぞ」

「そういう細かいことを考えるのは苦手でね。だから、本社からここに島流しにされて、こうして所在無く座っているんだ」

「それは信じがたいけど、まあいいや。承知したよ。それで、もう一つのほうはどんな内容なんだ?」

「いやね――」

 アドルノは笑いながら、部屋の中にいた部下のほうに視線を向けた。

「――このまま黙って帰したとあっては、彼の立場がないんだよ。申し訳ないんだが先ほどの報酬の範囲内でご対応頂けないかな」

 男は室内の巨漢を一瞥する。

「俺が怪我をしたら実費を請求するよ」

「その時は、それだけの人物だと思って支払うだけのことさ」

「ふん、ますます面白い」

 男は腕組みを解くと、そのまま身体の横に沿わせる。準備運動はなし。

「有り難うございます。アドルノ様」

 部下は大仰に頭を下げる。

 アドルノは、セミティアのテロリストだったという彼を一目見て気に入り、この星に来てから直属の部下として使っていた。

 射撃や爆弾のエキスパートが多いテロリストの中で、近接戦闘に特化した珍しい男。

 少しばかりもったいないが、彼は実によくやっているから、ここで暫く休暇をとってもらうのも悪くはなかろう――アドルノは軽く頷く。


 途端に巨漢は地を這う疾風となった。

 勢いすらつけずに足、腰、背中のばねだけでトップスピードに達すると、低い姿勢から伸び上がって男の頭部に向かって右足のハイキックを送り込む。

 一撃必殺、様子見はない。

 その圧倒的な速さを、男は頭を後方に傾けただけでかわす。

 さらに顔の前を通り過ぎる右足の脹脛部分を、左掌で強打した。

 自分が制御可能な最大の力を、さらに加速された部下は、もんどりうって部屋の片隅まで飛ばされる。

 そして、ぴくりとも動かなくなった。


「私は『赤子の手を捻るような』という表現が嫌いでね。よくもまあそんな可愛そうな想像を出来るものだと思うのだが――これはまた文字通りだな」

「いやいや、こいつは赤子じゃないよ。初等教育は終わっているんじゃないかな」

 男はそう言いながら、右手を振って部屋を出てゆく。

 それと入れ替わるように、秘書のアンジェリカが部屋の中に入ってきた。彼女は部屋の片隅でのびている巨漢を一瞥すらしない。

 アドルノが、

「今後は必要に応じて来客の情報を事前に渡してくれないかな」

 と苦笑交じりに彼女に告げると、アンジェリカはいつものように感情の見えない表情で、しかしながらいくぶん楽しそうに聴こえないこともない声で言った。

「彼とお友達になれたようですね」

「まあな」

「初対面で彼と仲良くなられた支店長は初めてございます」

「そうなのかい。それは光栄だな――で、彼は何者なんだい?」

 アンジェリカは眼鏡の向こう側にある色素の薄い瞳を僅かに輝かせると、彼の問いに答えた。

「二人組の何でも屋でございますよ。この星の住民で彼らを知らないものはおりません。ユニット名は『遠近法パースペクティブ』と申しますす」

遠近法パースペクティブ? それはまた妙な名前だね」

「彼が相棒と一緒にいるところをご覧になったら、理由がすぐにお分かりになります。ともかく、敵に回さなくてようございましたね」

「あ、実はもう仕事を依頼した。支払いをお願いできるかな」

 アンジェリカはアドルノの言葉に、彼女にしては珍しいことに、「おやまあ」という風な顔をした。

「……着任早々、彼らに仕事を依頼された支店長は今まで見たことがございません」

 そう言って部屋を出ようとするアンジェリカに、アドルノは訊ねた。

「ところで、前任の支店長は本当に隕石に当って死んだのかい? 本社の資料にはそう書いてあったけれど」

 アンジェリカは振り返り、今度は彼女にしては極めて珍しいことに、明らかに微笑んでこう言った。

「いくらなんでも、目の前から真っ直ぐ地面と平行に飛んでくる隕石なんてございませんよ」

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