その四

 このような間合いは、賢い相手には確実に伝わる。案の定、目の前の男はにやりと笑うと、

「今度の支店長さんは実に懸命だね。前任者は露骨に見下してきたけど」  

 と、幾分砕けた言い方をした。

 アドルノは目を細める。これはテストに違いない。

「それは大変失礼致しました。前任者は視野の狭い男でしたからね」

「ああ、そうだね。外出した時に運悪く上から落ちてきた石で自然死するほどだから、随分と視野が狭い」

「まったくです。彼がもう少ししっかりしていたら、私はここにこなくてもよかったのですが」

「それにしては、随分とリラックスしているように見えるけど」

「与えられた環境に素早く順応できるというのが、私の取り柄ですから」

「ふうん」

 そう言うと、男は目を細めた。

 途端にアドルノの脳裏に危険信号が点る。

 ――この男、何者だ?

 そういえば、そもそも秘書のアンジェリカが、

「お客様です」

 とだけ言って、この男をここに通した時、微妙に声が楽しそうだった。名乗らない身元不明の客が来るのは日常茶飯事であるから、アドルノも、

「誰だい?」

 と聞き返さなかったが、ちゃんと確認しておいたほうが良かったのではなかろうか。部屋の中にいるアドルノの部下は武闘派で鳴らした猛者であるが、その百戦錬磨の男が静かに闘志をたぎらせている。

 二人とも、この男が何者なのかちゃんと把握済みということだ。

 アドルノにとって即座に有害な人物であれば、彼らが男を部屋に通したりはしないだろう。従って、少なくとも差し迫った危険はないということだが、部下が室内で控えているということは、話の内容次第であることを示している。

「まあいいや。それじゃあ本題に入らせてもらいますよ、アドルノ・アドリアーノさん」

「承知した」

 アドルノはまだ名乗っていないのに彼が自分の名前を知っていることについて、驚きもしなかった。調べがついているのが当然である。自分も出入りのときはそうする。

 男もそのことは了解したのだろう。右の眉を軽く上げると話を続ける。

「新任の支店長さんにこの星の流儀を伝えてくれという依頼を受けた。観光協会のモディリアーニさんが少々困っている。運送業者を使う時には観光協会に一言あるのが筋だと」

「ふむ、あそこの仲介料は少々高すぎるような気がするんだがね」

「適正なコストというものですよ。運送業者にはいろんな人間がいるから、そこでうまく荷を出し入れしようとすると、必要なコストが嵩むんだ」

「手数料ですか」

「そんなもんだね」

 アドルノは頭を傾げた。

 辺境惑星のローカルルールについては熟知している。本社も基本的にはコンプライアンス重視という立場をとりつつ、地元の商習慣に対しては寛容になることを勧めている。多少の脱法は、ビジネスの上では許容範囲内だ。

 しかし、アドルノは常々、まずは現地の地均じならしから始めるようにしていた。でこぼこのある環境では、スマートな仕事はやりづらい。時間がかかってプライベートに振り分けるべき時間が削られることになる。

 それはアドルノにとって極めてもったいないことであるから、まずは自分がやりやすいように相手にあわせて頂くことを優先していた。

 ところが、今回はどうにも心が騒いで仕方がない。いままでとは違う者を相手にした時には、それまでのことは綺麗さっぱり忘れることが大切だ。

 ただ、言われて「はい、そうですか」というわけにもいかない。アドルノは男の瞳を見据えて、微笑みながら言った。

「嫌だといったら、何が起こるのかな」

 男もアドルノの瞳を見据えて、微笑みながら言う。

「そうだね――コスト面の問題がリスク面の問題に変わるといったところだね」

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